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武器と商人と傭兵と
父と娘とその事情と
しおりを挟む「どうなってんだ?こりゃ?」
ふって沸いた気配を感じ、その場から引いたのは良いものの、ミロチのあまりの変貌ぶりに理解が及ばないサイファはどう対応したものかと悩んでいた。
「すみません、サイファ。ミロチさんがいきなり苦しみ始めたらあの姿になって、駆け出してしまって。」
後ろから聞き慣れた声が耳に入ったサイファはミロチから視線を切らず、その声の持ち主に苦言を呈しつつ疑問を解消しようとした。
「おぃおぃ、頼むぜ。相棒。にしても、嬢ちゃんのあの姿は一体・・・?」
「私にも分かりません・・・が、それはヴァーチさんに聞く方が早いでしょう。それにあの姿のままミロチさんを放ってはおけません。」
「だな。ってことで、任せたわ。」
「あなたのその身体というかスキルというか本能とでも言えばいいのか、こういう時は不便ですね。」
「仕方ねぇだろ?こっちが殺すつもりが無くてもな。あぁも殺気立ってちゃあ、どうしようもねぇよ。始末したいわけでも痛めつけたいわけでもないしな。」
「そもそもヴァーチさんだって殺す気ないでしょうに。」
「うるせぇ・・・。」
「はいはい。とりあえず、気絶させるぐらいしか打開策がないですが、今後のためにもどの程度かまずは様子見しますよ。」
「じゃあ、頼まぁ。」
一応の経緯を知り、対処をエルドに任せたサイファは後ろへと下がっていく。逆に前に出たエルドは徒手で相手をすることにした。余計な負傷をあたえないために。
サイファが下がり、小柄なエルドが前に出て来ても、ミロチはヴァーチの側から一歩も動かず、殺意を向けていた。
「ウ、ウ・・・。ヴア゙ア゙ア゙ァァ!!」
ヴァーチの側で片膝を立てているミロチは腕を水平に振った。まるで「近寄るな!!」とも「来ないで!!」とも聞こえる叫びを苦しそうにミロチが上げる。
エルドは自然体のままミロチの元へと向かって行く。叫んでいたミロチは警戒すること無く近付いてくるエルドに歯を剥き出しにして唸って威嚇している。
(まずは一当たりか?いや、悠長に考えていて、取り返しがつかないとも限らないか。不意を突けるなら突く。そうじゃない場合は一度離れる。これで行くか。)
エルドはただ近付いたのではなく観察しながら近付いていた。苦しそうな声、狂乱ともいえる表情、そして何より、禍々しさの元凶と思わしき捻れた角。
エルドは迅速に行動指針を決め、サイファに言った実力の把握という目的を破棄した。ミロチはただ近付いてくる少年に唸りをあげ、時には吠えて威嚇している。
(獣のような状態なのか?言葉は喋らない・・・。ヴァーチさんの側からは離れない。守りたいのか?狂乱していると思わせ、不意を突くつもりなのか?)
彼我の距離は幾ばくも無い。互いの攻撃範囲には既に入っている。エルドはミロチの一挙手一投足を見逃さないようにじっと見つめている。ミロチは段々と表情に険しさが表れる。
互いの息づかいすら勝手に耳に入る距離になって、エルドは急に止まった。
右の掌を前に突き出し、半身になり、左足を後ろに下げる。両足に均等に力を入れ、腰を少しだけ落とした。
「ガアァア!!」
父に危害が加えられると判断したのか、それとも危険と感じただけなのか。ミロチは地面につけていた膝を浮かせた瞬間にエルドに飛び込んだ。
右腕を掻い潜り、いるはずの敵の腹部へと拳が向かうが空を穿つだけ。
居るはずのエルドが消えたと思えば、ミロチに背中に何かの感触が伝わる。
エルドはミロチが右腕の目の前に来たとき、ミロチを中心にして音も無く半円を描いて、背後を取り、指先を背中の中心に添えた。
「ミロチさん、申し訳ありません。聞こえてないかもしれませんが、先に謝罪を。」
添えた指先を支えにして、手の付け根をぽんと優しく打ちつけた。
「少し痛いでしょうが、そのまま倒れて下さい。『水波貫《みずなみつらぬき》』」
ミロチの目の前に薄い膜が現れた。まるで静かな水面のような膜が。
エルドに背中を押されたことでミロチはその水面に沈むと波紋が広がった。
ミロチが水面に落ちるとそのまま膝から崩倒れ、気を失ってしまった。意識がなくったおかげか、ミロチに生えた角は戻っていき、禍々しかった雰囲気も何処かへ消え去った。
「一撃で済ませられて良かった。意識を断てば、元に戻るという予想も当たりましたし。これで一安心できますね。さて、問題はこれからどうするかですが・・・。」
「そこら辺の林の木陰にでも行って休むのがいいんじゃねぇか?おっさんはともかく、嬢ちゃんの方は無理に起こさない方が無難だろ?」
ミロチが地面に倒れ伏したのを見たサイファはゆったりと近づき、エルドの呟きに答えた。エルドはゆったりと近付いてくるサイファを半目で責めるような視線をぶつけた。
サイファはエルドの視線をふいっと顔を逸らせて逃げようとした。実際には逃げ切れていないのだが。
「そうですね・・・。そうしましょうか。まずはヴァーチさんに回復薬をかけてから移動しましょう。」
「そこまでしてやる必要があんのか?」
暗に回復させる必要は無いと言ったサイファにエルドはサイファを睨みつけた。
「サイファがやり過ぎたからでしょう?こんな事態になったのは!体力切れになったのが分かっているのだから、決着が付いたことを言うだけで良かったでしょう!何処でそんなに熱が入ったのか知りませんけど、止めを刺そうと見せかけるためにスキルまで使って!大体!それにミロチさんのあんな姿を見てしまったら、仲間に入れないっていう選択肢が選べなくなったじゃないですか!あんな状態になる彼女を貴方は放っておけますか?えぇ?」
「悪かった、悪かったって!やり過ぎちまって悪かったよ!」
烈火の如くエルドは捲し立て、サイファは直ぐさま謝るが、エルドは止まらなかった。
「ホントに悪いと思っているのですか!反省しているのですか!どう思っているのですか!なぜ、悪ふざけしたのかちゃんと答えなさい!」
「真剣に悪いと思ってるって!ちょっと興に入っちまってよ。ついな、つい。出来心だったんだよ!」
「出来心ですって!そんなことでミロチさんを追い込んであんな風に苦しめたのですか!まぁ、ミロチさんのことは予想しようがないので仕方ないとはいえ、あなたはいつもそうだ!何かと言えば、面白くなっただとか、楽しそうだとか!今まで何度あったと思ってるんですか!」
「いやぁ~、何度だろうな?ははは・・・。」
「はははじゃないでしょう!!はははじゃ!!どうも反省していないようですね・・・。」
苦笑いで有耶無耶にしようとしたサイファを見たエルドは業を煮やし、ある決断をした。サイファから2、3歩離れ、ビシッとサイファを指差した。サイファは嫌な予感に包まれていた。
「よろしい!ならば、“肉抜き”7日間だ!!」
この世の終わりとも言える通告にサイファは焦ったように取り繕う。
「ま、待ってくれ、相棒!この通りだ!肝に銘じるから、それだけは許してくれ!頼むよ、相棒!いや、エルドさん!いや、エルド母さんっ!!」
「誰がお母さんですかーーーーー!!!」
サイファは心底、謝り、頭を何度も下げ頼んだ。しかし、焦っていたのか、咄嗟に出てしまった余計な一言で自らの首を絞める結果となってしまった。
哀れなサイファである。
その後、エルドはヴァーチに回復薬を振りかけ、エルドがミロチをおぶさり、サイファがヴァーチを咥えて少し離れていたが林の木陰へと移動した。そして、それからしばらくしてヴァーチが目を覚ました。
「う、ここは?」
「気が付かれましたか?ヴァーチさん。」
「エル坊・・・?み、ミロチは!?」
「ミロチさんはお隣で眠っていますよ。」
ヴァーチはミロチが居ないことを感じるとがばっと起き上がった。そして、地面から盛り上がっている木の根に座るエルドがヴァーチの隣を指差すとほっと安堵の息を漏らすのだった。
ミロチの寝息に安堵したヴァーチは辺りを見回し、自分達が林にいること、身体に痛みが無いことが分かるとエルドに自分が気を失ってからのことを尋ねた。
「なぁ、エル坊。俺はアイツに、サイファに止めを刺されたんじゃ・・・?」
「あぁ、あれですか。あれはですね・・・。ヴァーチさんには言い辛いのですが・・・。サイファの悪ふざけです。それに敵対したわけでもないのに止めなんて刺しませんよ。」
ヴァーチは自分が限界まで力を出し、判断能力が鈍っていたのか。思い返し、冷静に考えてみるとそれもそうだなと思うのだった。
「そりゃ、そうだな。敵同士じゃないんだからな。それで、サイファは何処に行ったんだ?姿が見えねえが?」
「サイファですか?サイファならあそこで反省してますよ?」
エルドが親指で指し示すとそこには影と一体となっているサイファがいた。この世の終わりとも言えそうな雰囲気を出しているサイファにヴァーチは恐る恐るエルドに尋ねてみた。
「な、なぁ、エル坊?アイツはなんであんなに死にそうなほど落ち込んでるんだ?」
「気にされなくて大丈夫ですよ?ヴァーチさん。」
とても良い笑顔できっぱりと告げるエルドに底知れぬ何かを感じ取ったヴァーチは「お、おぅ。」と返すので精一杯だった。
そして、エルドはヴァーチが目覚めたことで気になったミロチの豹変について話し尋ねると、ヴァーチは顔を顰めて、深呼吸を何度か繰り返した。
「妻が殺されたことはさっき言ったな?」
「えぇ、先程伺いました。」
「ミロチはその光景を見ていたんだ。妻が、エスカレーネが殺される瞬間を。それは落ち着いてから、本人が話してくれて分かったことなんだがな。ミロチがあんな風に暴走状態になった切掛は妻が殺されるのを見たからだと思う。妻の遺体の周りには色々な死体が転がっていた。最初は誰がやったのか見当すら付かなかった。そして、1度だけ、ミロチがああなったのを見たことがある。そのときも俺が死ぬかもしれない状況だった。その時になって漸く分かったのさ。妻の周りにあった死体はミロチが作った物だと。」
「そうだったのですか・・・。母親を目の前で失ったことで狂乱状態となり、ヴァーチさんが死に瀕するのを目撃するとそれが呼び水となると・・・。」
「あぁ。そういう事だ。だから、ミロチの“角”には恨みと憎しみが込められている。あんなに禍々しいのはそれしか考えられない。」
「たしかに、それはそうかもしれません。ですが、それだけはないかもしれません。」
「どういうことだ?」
「ミロチさんはあの状態になりながらも貴方の側から離れませんでした。私が近付いても。私には貴方を守っているように見えました。それから私が攻撃する姿勢を見せて、初めて離れました。攻撃をするためか危険を感じたのかは分かりませんが。なので、もしかしたらあの角には“失うことへの恐怖”の表れでもあるのかもしれません。」
「そうだな、それもあるかもしれねな・・・。」
沈黙が辺りに流れ始めた。ヴァーチは愛娘を愛おしそうに悲しそうに見つめ、頭を撫でた。
エルドはそれを見守り、徐ろに切り出した。
「ヴァーチさんが見せたくなかったのはあの“角が生えた”姿ですか?あなた方は一体・・・?」
ヴァーチは顔をエルドに向けて、頷いて答えた。
「そうだ。俺達は【角族】という一族だ。ここら辺のモンじゃねえがな。ただ、いくつかの大きな戦い、まあ、戦争だな。色んな大陸を巻き込んでの大規模のな。そのときの活躍が原因で逸話というか事実の一人歩きというかそういうのがあるんだ。“角を生やしたヒトとは思えない凶暴で凶悪”っていうオマケ付きでな。別にバレた所で何か罪があるとか捕まるなんてのはないんだが。下手に情報を流したくなかったんでな。仇の中には気付く奴がいるかもしんねえ。」
「なるほど。それも一理ありますね。それで仇はどれくらいいるのですか?」
「色々な所を渡り歩いて見つけて始末したのは3人。残りは恐らく1人だ。長髪で両腕に蛇と剣の入れ墨をした男だ。」
「入れ墨の男ですか・・・。私はその情報を持っていません。お力になれず申し訳ない。」
頭を下げたエルドにヴァーチは慌てて顔を上げるように言った。
「顔を上げてくれ、エル坊。お前が気に病む事じゃねえよ。ありがとうな。」
快活に笑うヴァーチにエルドはついでにと気になったことを尋ねてみた。ヴァーチの妻が殺された理由である。
ヴァーチ曰く、冒険者をしていたときに買った恨みか、美人だった妻を狙った貴族か、腕に覚えのある奴が挑んできたのか、それとも他の理由か。敵討ちをしている間にもその情報は得られず、ヴァーチには特定することが出来なかったようだ。
粗方、尋ねたいことを聞き終えたエルドがこれからのことについて離そうとすると話が一段落したのを見計らったようにミロチが目を開けた。
「あれ?ここは?」
「近くの林らしいぞ?ミロチ。」
「父ちゃ!!良かった!!無事!!」
ヴァーチに気が付いたミロチは起き上がり、父にヒシっと抱きつき、何度も額を擦りつけた。その微笑ましい光景にエルドは頬が自然と緩んだ。ミロチが目覚めたことで、エルドはサイファを呼びつけた。
足取りも纏う空気も重いサイファはのそのそと歩き、ヴァーチとミロチの前に座った。
「悪い、嬢ちゃん。おふざけが過ぎた。」
しゅんと項垂れて謝るサイファをミロチは睨むが、ヴァーチに頭を撫でられるとそちらに目線を向けた。
「ミロチ、あれは模擬戦とは違う。だから、命を落とす危険はあった。だから、睨むことじゃねえよ。それにだ。俺は今も生きてるしよ。」
父に笑いながらそう言われ、渋々だが頷いたミロチはサイファに顔を向け直して文句を言いつつも許した。
「仲間じゃない。けど、敵同士と違う。やり過ぎは良くない!!」
「あぁ、悪かったよ。」
「うん、許す!」
年相応の可愛らしい笑顔でサイファを許したミロチを見て、エルドはこれからの事について話し始めた。
「一応の決着がついたということで、これからの話をしましょう。まずは仲間に入れてくれと言う件ですが・・・。」
ヴァーチが息を飲む。限界まで力を出したものの、結果としてはサイファの毛を切るだけだった。一縷の望みをかけているよう握る手に力が入る。
「仮でいきましょう。」
「「「仮?」」」
エルド以外の面々に疑問符が浮かんでいた。サイファは加入させると思っていたし、ヴァーチは中途半端な答えに、ミロチは訳が分からなかった。
「えぇ、仮です。理由としては実力差はハッキリしています。この段階で断るつもりだったのですが、ミロチさんをこのまま放っておけません。なので、お二人にはこれから訓練を受けて頂きます。まずは師匠に立ったまま対峙できるようになりましょう!」
エルドの気合の入りようとは逆にヴァーチとミロチはエルドのセリフ更に頭を傾げた。だが、意味が分かる頃には壮絶に後悔することになる。仲間になりたいと言わなければ良かったと。
エルドとサイファがカーマの元に帰るまでにいくらかの時間を要した。2人がカーマに耐えられるように“不帰の森”でカーマが課した“訓練”を施すのだった。
~あとがき~
今回のお話でこの編は終わりです。次編からはお待ちかねかどうかは分かりませんが、カーマとエルドとの出会い、そして魔改造の話になります。
沢山の方に楽しんで読まれるようにこれからも『師匠の特訓は理不尽ですか?いいえ、魔改造です。』をよろしくお願い致します。
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