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予期せぬ出会い 2
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「やあ、教室のみんな。ケンイチ兄さんは今日、ミラとクルと一緒に春を探しに来たんだ」
黄色いポロシャツを腕まくりした青年が林のどこかわからない一点に向って朗らかにそう言うと、人形たちは同じ方向を向いて大きく2回うなずいた。
「今頃、人が通りかかったよ」
「人間か?ありゃ」
「少なくとも、真ん中のはそうだろう」
ケンイチは社員たちを無視してジーンズの尻ポケットから虫眼鏡を取り出すと、足元の草の葉に当てた。
「ほら、ミラ、クル、見てごらん。こんなところにも春が」
「テレビの教育番組らしいが、近くにテレビカメラはないし、何してるのかな」
「本番に備えてリハーサルだろうか」
「草むらにでも隠れて撮ってるのかも」
「ドッキリじゃあるまいし」
山田の一言に、佐藤が慌てて周りを見回す。
「新入社員を試す為に仕掛けられたドッキリかもしれないぞ」
「あのう、何をしているんですか?」
「話しかけるな、鈴木さん。飛んで火に入る夏の虫だぞ」
近寄ろうとする鈴木を山田が制した。
ケンイチは虫眼鏡から目を離さずに答える。
「春を探しているんです」
ミラとクルと呼ばれた人形たちは、ケンイチの両脇で大きく2回うなずいた。
「春を探すとはまた、漠然とした目的だな」
「ツチノコ探しのほうがまだ、具体性があるぜ」
「こいつ、まだ言ってるよ」
「だって、たしかに見たんだ」
「きっと慣れない山登りで脳の酸素が不足して存在しないものを見たんだ。目の錯覚だよ」
「足の疲れが即刻目に来るこの不思議」
「足裏マッサージは『魚の目』の疲れを取る所業か」
「『魚の目』の目やには足拭きマットで取る」
「視力は道路標示で測る」
新入社員たちにリレーされてどんどん横道に逸れていく話題に全く動じず、田原坂が言う。
「奇遇だな。実は我々も春を探しに来たんだ」
それを聞いて鈴木がすっとんきょうな声を出す。
「えっ?」
「そうだったのか」と山田。
「知らなかった」と佐藤。
「初耳だ」と高橋。
「春を探すってどういうことです?社長。社員研修じゃないんですか?」
鈴木が思いつめた顔で問いただす。
「一週間後の社員研修では山へ春を探しに行くと、私は先週の月曜日の朝礼で言わなかったか?まったく…ほとんどがつい最近大学を出たばかりだというのに、既成の概念の枠内でしか情報を受け入れられない硬化した脳の持ち主ばかりだな」
「そういえば」
「でも、まさかと思ったから」
「真剣に記憶に留めてなかった」
「本当に、脳が拒否したんだな」
せめて社会常識を確認し合おうとする新入社員たち。その中にあって田中だけが同調せず、田原坂に向って一歩、進み出た。
「社長。僕は憶えていました。春を探すという言葉の真の意味を探り、わが社の事業との関連を見出そうと、僕なりに努力したつもりです」
「鬼の首を取ったみたいに言うなよ」と山田。
「そんなもの取ったら、置き場所に困るぞ」と佐藤。
「田中君。君の心意気は認めるが、抽象的観念的な語句から比喩や寓意のみ読み取りたがる人間を私はあまり評価しないな。それよりみんな、あの人たちの邪魔をしちゃいかん。行こう」
「は~い」
不ぞろいに気のない返事をして男子新入社員たちは立ちあがり、無言でじゃんけんを始めた。負けた高橋が無言無表情で人数分の荷物を担ぎ、全員がぞろぞろと社長の後に続く。
一方ケンイチはというと、虫眼鏡を葉に当てたまま微動だにしない。両脇から真剣に、ミラとクルが見つめている。
「うわああ!熱つつつつ」
ケンイチが奇声を発した。
「どうした?」
田原坂が引き返してみると、ケンイチは右手を押さえて地面を転げまわり、ミラとクルはおろおろしながらそれを見守っている。田原坂がケンイチを助け起こし、揺すぶった。
「どうしたんだ。しっかりしろ」
「熱い、熱い。山火事だ。僕の体は火だるまだ。助けてくれ。ミラ、クル、どこにいるんだぁ」
この騒ぎに新入社員たちがぞろぞろと引き返してきた。
手をこまねいて遠巻きにする男性陣。見かねた鈴木が思い切ってケンイチの顔を叩く。
「安心して。どこもなんともないわ。あなたは幻覚を見てるのよ。目を覚まして」
「助けれくれぇ。山火事だ。熱い、熱い」
田原坂が裸足の足をケンイチの前に差し出した。
「さあ、早く。ここにヤケドした指を挟むんだ」
「うっ」
ケンイチは鼻を押さえてうつむき、一秒後には正気に戻った。
「僕、いったいどうしたんだ」
「どうもこうもないよ。人騒がせな」
佐藤が言うとケンイチはすっくと立ち上がり、つかつかと男性社員たちの方に歩いてきた。
「見ろ。この葉っぱを」
ケンイチが木の葉を差し出すと、すかさず高橋がその場に荷物を全部落として受け取った。
「穴があいて、周りが黒く焦げてる」
「穴の端が指に届いて熱かった、ってことね」
「虫眼鏡で太陽光線を集めて葉っぱを焼いたんだろ。小学生でもわかるよ」
佐藤が邪険に言う。
「そういう言い方しちゃ実もふたもないぜ。この人、どうやら、そういうことを小学生にわからせる仕事をしてるみたいだ」
山田がかばう。田中が高橋の手から木の葉を取って真剣に見入る。
「こんな水分の多いものに、いとも簡単に穴があくもんだな」
これを聞くとケンイチが急に、教え諭す表情になった。
「特殊な発熱物質を使用し、技術の粋を集めて作った特製虫眼鏡だ。規定の時間内に発火の過程がカメラに納められるように」
「そんなことするくらいなら再生速度を速めようって、誰も言い出さなかったのか?」
「だいたい、たかが春を探しに来るのにそんなごたいそうなもんが要るのか?」
「それにちょっと指に熱が届いたくらいで、山火事だの火だるまだのと大げさな」
「その前に指を放すくらいは、大脳がお留守でもできる単純な反射だぞ」
一言言われるごとに後ずさりするケンイチを後ろから田原坂が支える。
「何か深い事情があるようだね。さしつかえなければ、話してもらえないだろうか」
田原坂はケンイチの肩を押して木の下に座らせた。
勧められたお茶を一口飲み、ケンイチは大きく息を吸い込むと、おもむろに話し始めた。
黄色いポロシャツを腕まくりした青年が林のどこかわからない一点に向って朗らかにそう言うと、人形たちは同じ方向を向いて大きく2回うなずいた。
「今頃、人が通りかかったよ」
「人間か?ありゃ」
「少なくとも、真ん中のはそうだろう」
ケンイチは社員たちを無視してジーンズの尻ポケットから虫眼鏡を取り出すと、足元の草の葉に当てた。
「ほら、ミラ、クル、見てごらん。こんなところにも春が」
「テレビの教育番組らしいが、近くにテレビカメラはないし、何してるのかな」
「本番に備えてリハーサルだろうか」
「草むらにでも隠れて撮ってるのかも」
「ドッキリじゃあるまいし」
山田の一言に、佐藤が慌てて周りを見回す。
「新入社員を試す為に仕掛けられたドッキリかもしれないぞ」
「あのう、何をしているんですか?」
「話しかけるな、鈴木さん。飛んで火に入る夏の虫だぞ」
近寄ろうとする鈴木を山田が制した。
ケンイチは虫眼鏡から目を離さずに答える。
「春を探しているんです」
ミラとクルと呼ばれた人形たちは、ケンイチの両脇で大きく2回うなずいた。
「春を探すとはまた、漠然とした目的だな」
「ツチノコ探しのほうがまだ、具体性があるぜ」
「こいつ、まだ言ってるよ」
「だって、たしかに見たんだ」
「きっと慣れない山登りで脳の酸素が不足して存在しないものを見たんだ。目の錯覚だよ」
「足の疲れが即刻目に来るこの不思議」
「足裏マッサージは『魚の目』の疲れを取る所業か」
「『魚の目』の目やには足拭きマットで取る」
「視力は道路標示で測る」
新入社員たちにリレーされてどんどん横道に逸れていく話題に全く動じず、田原坂が言う。
「奇遇だな。実は我々も春を探しに来たんだ」
それを聞いて鈴木がすっとんきょうな声を出す。
「えっ?」
「そうだったのか」と山田。
「知らなかった」と佐藤。
「初耳だ」と高橋。
「春を探すってどういうことです?社長。社員研修じゃないんですか?」
鈴木が思いつめた顔で問いただす。
「一週間後の社員研修では山へ春を探しに行くと、私は先週の月曜日の朝礼で言わなかったか?まったく…ほとんどがつい最近大学を出たばかりだというのに、既成の概念の枠内でしか情報を受け入れられない硬化した脳の持ち主ばかりだな」
「そういえば」
「でも、まさかと思ったから」
「真剣に記憶に留めてなかった」
「本当に、脳が拒否したんだな」
せめて社会常識を確認し合おうとする新入社員たち。その中にあって田中だけが同調せず、田原坂に向って一歩、進み出た。
「社長。僕は憶えていました。春を探すという言葉の真の意味を探り、わが社の事業との関連を見出そうと、僕なりに努力したつもりです」
「鬼の首を取ったみたいに言うなよ」と山田。
「そんなもの取ったら、置き場所に困るぞ」と佐藤。
「田中君。君の心意気は認めるが、抽象的観念的な語句から比喩や寓意のみ読み取りたがる人間を私はあまり評価しないな。それよりみんな、あの人たちの邪魔をしちゃいかん。行こう」
「は~い」
不ぞろいに気のない返事をして男子新入社員たちは立ちあがり、無言でじゃんけんを始めた。負けた高橋が無言無表情で人数分の荷物を担ぎ、全員がぞろぞろと社長の後に続く。
一方ケンイチはというと、虫眼鏡を葉に当てたまま微動だにしない。両脇から真剣に、ミラとクルが見つめている。
「うわああ!熱つつつつ」
ケンイチが奇声を発した。
「どうした?」
田原坂が引き返してみると、ケンイチは右手を押さえて地面を転げまわり、ミラとクルはおろおろしながらそれを見守っている。田原坂がケンイチを助け起こし、揺すぶった。
「どうしたんだ。しっかりしろ」
「熱い、熱い。山火事だ。僕の体は火だるまだ。助けてくれ。ミラ、クル、どこにいるんだぁ」
この騒ぎに新入社員たちがぞろぞろと引き返してきた。
手をこまねいて遠巻きにする男性陣。見かねた鈴木が思い切ってケンイチの顔を叩く。
「安心して。どこもなんともないわ。あなたは幻覚を見てるのよ。目を覚まして」
「助けれくれぇ。山火事だ。熱い、熱い」
田原坂が裸足の足をケンイチの前に差し出した。
「さあ、早く。ここにヤケドした指を挟むんだ」
「うっ」
ケンイチは鼻を押さえてうつむき、一秒後には正気に戻った。
「僕、いったいどうしたんだ」
「どうもこうもないよ。人騒がせな」
佐藤が言うとケンイチはすっくと立ち上がり、つかつかと男性社員たちの方に歩いてきた。
「見ろ。この葉っぱを」
ケンイチが木の葉を差し出すと、すかさず高橋がその場に荷物を全部落として受け取った。
「穴があいて、周りが黒く焦げてる」
「穴の端が指に届いて熱かった、ってことね」
「虫眼鏡で太陽光線を集めて葉っぱを焼いたんだろ。小学生でもわかるよ」
佐藤が邪険に言う。
「そういう言い方しちゃ実もふたもないぜ。この人、どうやら、そういうことを小学生にわからせる仕事をしてるみたいだ」
山田がかばう。田中が高橋の手から木の葉を取って真剣に見入る。
「こんな水分の多いものに、いとも簡単に穴があくもんだな」
これを聞くとケンイチが急に、教え諭す表情になった。
「特殊な発熱物質を使用し、技術の粋を集めて作った特製虫眼鏡だ。規定の時間内に発火の過程がカメラに納められるように」
「そんなことするくらいなら再生速度を速めようって、誰も言い出さなかったのか?」
「だいたい、たかが春を探しに来るのにそんなごたいそうなもんが要るのか?」
「それにちょっと指に熱が届いたくらいで、山火事だの火だるまだのと大げさな」
「その前に指を放すくらいは、大脳がお留守でもできる単純な反射だぞ」
一言言われるごとに後ずさりするケンイチを後ろから田原坂が支える。
「何か深い事情があるようだね。さしつかえなければ、話してもらえないだろうか」
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