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予期せぬ出会い 3
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「僕はN・E・Cの専属タレントで、去年の9月、ここに秋を探しに来て偶然山火事に遭ったんです」
「N・E・C?」
「ナショナル・エデュケーション・チャンネルのことです」
「ああ。就学前児童から生涯学習の一般人までをターゲットに、人形と着ぐるみを中心にした教育番組と講師が画面に語り掛ける教養番組を一日中放送している、あのテレビ局だな」
田原坂が腕組みしてうなずく。
「そうです。で、その日は空気が乾燥してたし風も強かったんで火の回りが速くて、消火器で消そうとした時にはもう、手遅れでした。撮影スタッフは避難が早くて無事だったけど、僕はどうしても火の海に取り残されたミラとクルを助けに行きたかった。でも、ダメでした。あの子たちはご存知のように合成樹脂でできています。だから、あっという間に引火して、僕は有毒ガスの煙にまかれて倒れました。目が覚めたらヘリの中。レスキュー隊員の人たちにミラとクルのことを訪ねましたが、まだ話さないほうがいいと言われただけでした。後で現場写真を見せてもらったら、そこにはミラとクルの、顔もわからないほどの黒焦げ死体が…」
ケンイチの声が涙でかすれる。
「心臓が凍るようでした。あの子たちを見殺しにして僕だけ助けるなんて」
「当然だろ。人命は地球より重いんだ」
「自分より重いものを1999年現在で60億乗せて回ってる地球は、たいした根性だ」
いつの間にか新入社員たちも木の下に集まっていた。
田原坂が人形たちをふりむいて指差す。
「ミラとクルってのはこの二人のことだろう。きれいなもんじゃないか」
ミラとクルはそれぞれ両手で自分の頬を包み、フォークダンスの「ヒール」のポーズで互いに顔を近づけている。番組仕込みの照れの表現らしい。
「この子たちはミラとクルの二号なんです。人気キャラクターだから、焼けた後すぐに新しいのを作ったんです。でも、微妙に違う。初代のは眉毛のあたりまでカールした前髪がかかってて、そばかすも…左右でそれぞれ二、三個ずつ多かった」
ケンイチはついに泣き出してしまった。
「まあまあ、専門的なことはわからんが」と田中。
「どこが専門的なんだ」
山田が小声でつっこむ。
「新しく人形も作ってもらったことだし、新規まき直しでがんばってみてはどうかね?」
田原坂に肩を叩かれ、ケンイチはさらにうつむく。
「ダメです。僕はもう、辞めさせられたんですから。退院してその足で出社したらもう僕の後釜が僕の衣装を着て、この新しい人形たちとリハーサルをやってたんです。そいつと言い争ってたら上の人に呼ばれて」
ケンイチはここで急にコウモリのような耳障りな高音になった。
「『テレビの前の良い子のみんなは一人ひとりが将来この国を支える大切な人材なんだ。それなりの自覚と責任感のある人間でなければ務まらないんだ。悪いが辞めてもらうよ』って」
ミラとクルは腕組みし、同時に頬に手を当てた。番組仕込の思案の表情らしい。
「辞めたんなら、さっきまでのは何のマネだよ」
激昂する田中に、ケンイチは決然と言い返す。
「僕はこの仕事が心底好きなんだ。家でテレビを観ていても気づかないうちにあのチャンネルに合わせてるし、人と話しててもいつの間にか噛んで含めるような口調で顔を覗きこむようにして語りかけてるし、寝ても覚めても考えるのは人形たちと野山を歩いたことばかり。とうとう我慢できなくなって、ある晩、局の倉庫に忍びこみ、こっそり人形たちを連れ出して…」
「もう関係者じゃないんだし、それはれっきとした犯罪だぞ」
ケンイチは佐藤に言われて反駁しようと息を吸い込んだがそれをため息にして出し、声を落とした。
「わかってるよ。わかってるけど、僕はどうしても、『小学校高学年向け科学番組・はてさてどうした』のメインパーソナリティーが忘れられないんだ」
ミラとクルが無言でケンイチに寄り添い、抗議の目で社員たちを見た。
「こいつら、しゃべれないのか?」
高橋が、ミラの頬を人差し指でつつく。
「勝手知ったるテレビ局の倉庫には忍びこめても、声優の家まではちょっと。それに声優たちはほかの局も含めて五つくらい番組を掛け持ちしてるし」
「それはいいが、じゃあ、なんで歩けるんだ」
「さあ」
「さあですむか」
「いいじゃないか。世の中には科学で解明するとおもしろくないことが山ほどある」
大学の超常現象検証サークルの気質が抜け切っていない佐藤にとって、面白さが物事の基準である。
田原坂が気の毒そうにケンイチに言う。
「しかし、不可抗力の火事でわが身を投げうって人形たちを救おうとした君をクビにするとは、上の人間たちの考えがわからんな」
「しかたないんです。その前にもいろいろ失敗があったんですから。
社会科の番組を担当していた時のことです。自転車で町を探検していて、タイヤが線路の溝に挟まって取れなくなり、JRに迷惑をかけました。
ツナ缶の製造工場を見学に行って、誤ってあやつり人形をマグロの専用圧力釜の中に落としてしまいました。ああ、かわいそうなワクワクワッ君に犬のジョブ太郎。あの二人の破片が缶に混入し、工場にも迷惑をかけました。
理科の番組を担当した時には、水鉄砲でロシアンルーレットをやってロケ先の学校の小学生を中耳炎にして親に怒鳴りこまれました。相方のロボットをショートさせて自分も二度死にかけました。
教室のお友達からの質問に答えるために、ハツカネズミに白目があるかどうか確かめようとして咬まれて手の甲を五針縫いました」
「あんた、じっさい、その仕事向いてないよ」
「そもそも、なんで雇われたのかわからん」
「不器用さでは、小さい方のハサミが利き手になってるシオマネキに勝てる」
「リストラで雇用者側が迷わないためにいるような人材だ」
「なんで見ず知らずのあんたたちにそこまで言われなきゃいけないんだ」
「そっちが延々と身の上話をしてるから、親身になって聞いてやってるのに、なんだよ」
佐藤はそう言って人形たちに向き直った。
「おまえらもな、こいつと一度も組んだことがないのに一緒に来ることはなかったんだ。今のうちに帰れよ。さもないと、とんでもない目に遭うぞ。先輩たちの悲惨な最期、聞いただろ」
ミラとクルは言われれば言われるほどかたくなにケンイチの側に寄り添い、離れようとしない。ムキになって引き離そうとする高橋を田原坂がたしなめる。
「まあまあ。この人は今落ちこんでいて、他人を気遣う余裕がないんだ。追いつめちゃ、かわいそうじゃないか」
「ありがとうございます。ふん、どうだい。やっぱり、社長になるような人は器が違うぜ」
「おまえ、なんで社員でもないのに社長にだけ丁寧な言葉使って俺たちにはタメ口なんだ」
佐藤が高橋の肩をもってこう言うと、山田が止めに入った。
「つっかかるなよ。こいつ、俺たちと同年輩なんだから、いいじゃないか」
田中が冷ややかに笑う。
「じゃあ君は、この山に春を探しに来たというより、失った人生の春を探しに来たというわけだな」
「うまい」
男性社員たちがいっせいに笑う。
「他人のことだと思って」
ケンイチは拳をかまえて勢いよく立ち上がるが、足元がふらついて倒れこんでしまった。ミラとクルが両脇から助け起こし、背中をさすって介抱し始めた。
「大変。立ちくらみだわ。怪我はない?」
鈴木が駆け寄り顔を覗きこむと、ケンイチはすまないというように手ぶりで弱々しく応じた。
「貧血気味なんだな」
「鉄分が足りないんだ」
「人形の破片が混入した缶詰をお詫びに引き取って、毎日食えばよかったのに」
「でも、ほうれん草やレバーじゃなく、ツナ缶だったんだろ」
「だから、缶ごと」
皆口々に勝手なことを言う。
「空き缶はペットボトル等と分別し速やかにリサイクルへ。ポイ捨てはやめましょう」と田中。
「いよっ、エコロジスト」と佐藤。
「昔は『空き缶はくずかごへ』と言っていたのよ」
「鈴木さんといると、歴史の勉強になるなあ」
「ケンカするのも面倒だから、ほめられてるととってあげるわ。それから、今でこそ美容の大敵と恐れられている日焼けが、健康美の象徴だった時代もあったのよ」
「ヤマンバギャルが通う日サロ?」
「いいえ、もっとずっと昔。1970年代」
鈴木の後を佐藤が引き継ぐ。
「高度成長期の象徴のようなリカちゃん人形のシリーズで、唯一国籍不明だったというピチピチリカちゃんが、すっごい色黒だったんだ。今、超レアものとして今マニアの間では高値で取引されてる」
「佐藤。おまえ、やっぱりちょっと危ないよ」と田中。
「俺の友達で美少女フィギュアをどんぶり飯に逆さに立てて、『犬神家のシンクロ』とかやってるヤツいるぞ。それに比べたらましだと思うが」
「単に類が友を呼んでるだけじゃないの」
「その『犬神家のシンクロ』を仏壇に供えられた日にゃ、仏さんは浮かばれないな」と山田。
「浮かばれんこともないだろ。シンクロなんだから」と高橋。
そんな新入社員たちの話を、ケンイチの介抱をしながら聞いていた田原坂がふりかえって言った。
「シンクロといえば、頂上から見下ろした北側の斜面に、雪を割って高山植物が顔を出していたよ」
「シンクロと何の関係があるんです?」
「うん、その先のもっと雪深いところに、人間の脚が突き出ていたものだから」
「なんだって?」
「大変だ」
「一刻も早く助けなきゃ」
「人命にかかわる一大事だ」
口々に叫びながら男性社員たちが、先を争って走り出した。鈴木が慌てて折りたたみ携帯を取り出す。田原坂が男性社員たちの後ろ姿を見ながらつぶやく。
「個性的な社員たちだと思っていたが、緊急時には地が出るものだな。名前の通り、まるで判で押したような反応だ」
鈴木は二つ折り携帯をバッグに戻した。
「え?じゃあ、今のは私たちの反応を見るための作り話だったんですか?」
「え?私の言ったことは本当だよ。何してる。早く119番してくれたまえ」
「ぎえーっ。ずわわわわわわわ」
再びバッグから携帯を取り出し、あてずっぽうでボタンを押しながら走り去る鈴木を見送り、田原坂は満足げにうなずいた。
「鈴木君、頼もしいぞ。なんて独創的な慌て方だ」
「待ってくれ。その脚は多分メグだ。去年の暮れに冬を探しにこの山に登って、そのまま行方不明になったボクの妹のメグミ、通称メグなんだよう」
ふらふらしながら社員たちの後を追うケンイチを、ミラとクルが両脇から支えて歩き出した。
「N・E・C?」
「ナショナル・エデュケーション・チャンネルのことです」
「ああ。就学前児童から生涯学習の一般人までをターゲットに、人形と着ぐるみを中心にした教育番組と講師が画面に語り掛ける教養番組を一日中放送している、あのテレビ局だな」
田原坂が腕組みしてうなずく。
「そうです。で、その日は空気が乾燥してたし風も強かったんで火の回りが速くて、消火器で消そうとした時にはもう、手遅れでした。撮影スタッフは避難が早くて無事だったけど、僕はどうしても火の海に取り残されたミラとクルを助けに行きたかった。でも、ダメでした。あの子たちはご存知のように合成樹脂でできています。だから、あっという間に引火して、僕は有毒ガスの煙にまかれて倒れました。目が覚めたらヘリの中。レスキュー隊員の人たちにミラとクルのことを訪ねましたが、まだ話さないほうがいいと言われただけでした。後で現場写真を見せてもらったら、そこにはミラとクルの、顔もわからないほどの黒焦げ死体が…」
ケンイチの声が涙でかすれる。
「心臓が凍るようでした。あの子たちを見殺しにして僕だけ助けるなんて」
「当然だろ。人命は地球より重いんだ」
「自分より重いものを1999年現在で60億乗せて回ってる地球は、たいした根性だ」
いつの間にか新入社員たちも木の下に集まっていた。
田原坂が人形たちをふりむいて指差す。
「ミラとクルってのはこの二人のことだろう。きれいなもんじゃないか」
ミラとクルはそれぞれ両手で自分の頬を包み、フォークダンスの「ヒール」のポーズで互いに顔を近づけている。番組仕込みの照れの表現らしい。
「この子たちはミラとクルの二号なんです。人気キャラクターだから、焼けた後すぐに新しいのを作ったんです。でも、微妙に違う。初代のは眉毛のあたりまでカールした前髪がかかってて、そばかすも…左右でそれぞれ二、三個ずつ多かった」
ケンイチはついに泣き出してしまった。
「まあまあ、専門的なことはわからんが」と田中。
「どこが専門的なんだ」
山田が小声でつっこむ。
「新しく人形も作ってもらったことだし、新規まき直しでがんばってみてはどうかね?」
田原坂に肩を叩かれ、ケンイチはさらにうつむく。
「ダメです。僕はもう、辞めさせられたんですから。退院してその足で出社したらもう僕の後釜が僕の衣装を着て、この新しい人形たちとリハーサルをやってたんです。そいつと言い争ってたら上の人に呼ばれて」
ケンイチはここで急にコウモリのような耳障りな高音になった。
「『テレビの前の良い子のみんなは一人ひとりが将来この国を支える大切な人材なんだ。それなりの自覚と責任感のある人間でなければ務まらないんだ。悪いが辞めてもらうよ』って」
ミラとクルは腕組みし、同時に頬に手を当てた。番組仕込の思案の表情らしい。
「辞めたんなら、さっきまでのは何のマネだよ」
激昂する田中に、ケンイチは決然と言い返す。
「僕はこの仕事が心底好きなんだ。家でテレビを観ていても気づかないうちにあのチャンネルに合わせてるし、人と話しててもいつの間にか噛んで含めるような口調で顔を覗きこむようにして語りかけてるし、寝ても覚めても考えるのは人形たちと野山を歩いたことばかり。とうとう我慢できなくなって、ある晩、局の倉庫に忍びこみ、こっそり人形たちを連れ出して…」
「もう関係者じゃないんだし、それはれっきとした犯罪だぞ」
ケンイチは佐藤に言われて反駁しようと息を吸い込んだがそれをため息にして出し、声を落とした。
「わかってるよ。わかってるけど、僕はどうしても、『小学校高学年向け科学番組・はてさてどうした』のメインパーソナリティーが忘れられないんだ」
ミラとクルが無言でケンイチに寄り添い、抗議の目で社員たちを見た。
「こいつら、しゃべれないのか?」
高橋が、ミラの頬を人差し指でつつく。
「勝手知ったるテレビ局の倉庫には忍びこめても、声優の家まではちょっと。それに声優たちはほかの局も含めて五つくらい番組を掛け持ちしてるし」
「それはいいが、じゃあ、なんで歩けるんだ」
「さあ」
「さあですむか」
「いいじゃないか。世の中には科学で解明するとおもしろくないことが山ほどある」
大学の超常現象検証サークルの気質が抜け切っていない佐藤にとって、面白さが物事の基準である。
田原坂が気の毒そうにケンイチに言う。
「しかし、不可抗力の火事でわが身を投げうって人形たちを救おうとした君をクビにするとは、上の人間たちの考えがわからんな」
「しかたないんです。その前にもいろいろ失敗があったんですから。
社会科の番組を担当していた時のことです。自転車で町を探検していて、タイヤが線路の溝に挟まって取れなくなり、JRに迷惑をかけました。
ツナ缶の製造工場を見学に行って、誤ってあやつり人形をマグロの専用圧力釜の中に落としてしまいました。ああ、かわいそうなワクワクワッ君に犬のジョブ太郎。あの二人の破片が缶に混入し、工場にも迷惑をかけました。
理科の番組を担当した時には、水鉄砲でロシアンルーレットをやってロケ先の学校の小学生を中耳炎にして親に怒鳴りこまれました。相方のロボットをショートさせて自分も二度死にかけました。
教室のお友達からの質問に答えるために、ハツカネズミに白目があるかどうか確かめようとして咬まれて手の甲を五針縫いました」
「あんた、じっさい、その仕事向いてないよ」
「そもそも、なんで雇われたのかわからん」
「不器用さでは、小さい方のハサミが利き手になってるシオマネキに勝てる」
「リストラで雇用者側が迷わないためにいるような人材だ」
「なんで見ず知らずのあんたたちにそこまで言われなきゃいけないんだ」
「そっちが延々と身の上話をしてるから、親身になって聞いてやってるのに、なんだよ」
佐藤はそう言って人形たちに向き直った。
「おまえらもな、こいつと一度も組んだことがないのに一緒に来ることはなかったんだ。今のうちに帰れよ。さもないと、とんでもない目に遭うぞ。先輩たちの悲惨な最期、聞いただろ」
ミラとクルは言われれば言われるほどかたくなにケンイチの側に寄り添い、離れようとしない。ムキになって引き離そうとする高橋を田原坂がたしなめる。
「まあまあ。この人は今落ちこんでいて、他人を気遣う余裕がないんだ。追いつめちゃ、かわいそうじゃないか」
「ありがとうございます。ふん、どうだい。やっぱり、社長になるような人は器が違うぜ」
「おまえ、なんで社員でもないのに社長にだけ丁寧な言葉使って俺たちにはタメ口なんだ」
佐藤が高橋の肩をもってこう言うと、山田が止めに入った。
「つっかかるなよ。こいつ、俺たちと同年輩なんだから、いいじゃないか」
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「大変。立ちくらみだわ。怪我はない?」
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「鉄分が足りないんだ」
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「だから、缶ごと」
皆口々に勝手なことを言う。
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「いいえ、もっとずっと昔。1970年代」
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「高度成長期の象徴のようなリカちゃん人形のシリーズで、唯一国籍不明だったというピチピチリカちゃんが、すっごい色黒だったんだ。今、超レアものとして今マニアの間では高値で取引されてる」
「佐藤。おまえ、やっぱりちょっと危ないよ」と田中。
「俺の友達で美少女フィギュアをどんぶり飯に逆さに立てて、『犬神家のシンクロ』とかやってるヤツいるぞ。それに比べたらましだと思うが」
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「その『犬神家のシンクロ』を仏壇に供えられた日にゃ、仏さんは浮かばれないな」と山田。
「浮かばれんこともないだろ。シンクロなんだから」と高橋。
そんな新入社員たちの話を、ケンイチの介抱をしながら聞いていた田原坂がふりかえって言った。
「シンクロといえば、頂上から見下ろした北側の斜面に、雪を割って高山植物が顔を出していたよ」
「シンクロと何の関係があるんです?」
「うん、その先のもっと雪深いところに、人間の脚が突き出ていたものだから」
「なんだって?」
「大変だ」
「一刻も早く助けなきゃ」
「人命にかかわる一大事だ」
口々に叫びながら男性社員たちが、先を争って走り出した。鈴木が慌てて折りたたみ携帯を取り出す。田原坂が男性社員たちの後ろ姿を見ながらつぶやく。
「個性的な社員たちだと思っていたが、緊急時には地が出るものだな。名前の通り、まるで判で押したような反応だ」
鈴木は二つ折り携帯をバッグに戻した。
「え?じゃあ、今のは私たちの反応を見るための作り話だったんですか?」
「え?私の言ったことは本当だよ。何してる。早く119番してくれたまえ」
「ぎえーっ。ずわわわわわわわ」
再びバッグから携帯を取り出し、あてずっぽうでボタンを押しながら走り去る鈴木を見送り、田原坂は満足げにうなずいた。
「鈴木君、頼もしいぞ。なんて独創的な慌て方だ」
「待ってくれ。その脚は多分メグだ。去年の暮れに冬を探しにこの山に登って、そのまま行方不明になったボクの妹のメグミ、通称メグなんだよう」
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