ヤミ米峠の約15名

瑠俱院 阿修羅

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予期せぬ襲撃 1

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田中と山田がそれぞれ脇と脚を支え、ぐったりしている女性を運んできた。

「メグ、メグ。僕だよ。お兄ちゃんだよ」

かたわらを歩きながらケンイチがひっきりなしに呼びかけ、ミラとクルもメグミの顔を覗きこむようにして付き添っている。

田原坂と高橋がそれぞれ、人間の身長の半分くらいの犬と猫のあやつり人形を持ち、やや離れてついてきた。
鈴木が携帯にせわしなく呼びかけながら後に続き、だいぶ遅れて山田が、頭の後ろで手を組みのんびりとついてきた。ブルーシートを敷いた大木の下まで来ると、田中が言った。

「ここに寝かせよう。いいか、そうっとだ」
「ああ、降ろすぞ。その根っこが枕代わりだ」
「1、2の」
「3っ」

木の下に寝かされてぐったりと動かないメグミ。その顔を覗きこんで山田がため息をつく。

「きれいな人だ」
「卵に目鼻とはこの人のことだな」田中も見とれる。
「じっさいに卵に目と鼻があったら怖いな」と山田。
「そうだな。目玉焼きにするつもりでフライパンの縁にたたきつけて割ろうとしたら『オレの顔をつぶす気か』なんてすごまれたりして」
「う…うん」

メグミがかすかにうめいた。

「お、気がついたか」

だが、それきりまた静かになってしまった。

「まるで白雪姫だな。キスしたら起きるかな」

佐藤がつかつかと歩みよってきた。

「実はオレ、小学校の時いつも学習発表会で王子様の役だったんだ」

高橋も犬のあやつり人形を放り出して後に続く。

「実はオレも」
「今までかくしてたけど、実はオレも」

田中と山田が割りこむにいたって、ついに鈴木が携帯をバッグに乱暴にしまいこんでわめいた。

「いい加減にしなさい。あなたたち」
「メグに指一本でも触れたら許さないぞ」

ケンイチの一言をうけて、ミラとクルがすばやくメグミの脇をかためた。

「実は私は小学校の頃から…」
「社長までなんです。下の者に示しがつかないとお思いになりませんか」
「いや、違うんだ。小学校の頃から、疑問に思っていたことがあるんだ。ドイツという国はりんごの片側だけに毒を注入し、もう片側に浸透させない技術をグリム兄弟の時代よりも前からもっていたんだろうか。それがのちの化学兵器の開発につながり、ついには独裁者による二十世紀最悪の迫害と大虐殺の悲劇を生んだのだろうか」

話に熱が入り身振りが加わった際に猫のあやつり人形がはずみで飛ばされ、さっき高橋が投げ出した犬の上に重なった。

「世界の歴史をひもとくと指導者たちは総じて私益を優先し、国益に反する政策をとってきている。これは人類の起源から約200万年を経て科学が進歩した現在も、何も変わらん。それどころか、科学の発展がその問題をさらに複雑化している。兵器は拡散し、一つの国の中で民族や宗教が対立し、解決には未知数の年月が必要だ」

社員たちはしだいに田原坂を囲み、真剣な面持ちで耳を傾けている。
気を失っていたメグミが田原坂の熱弁の途中で目を覚まし、その輪の中に入って聞き入っていることにケンイチが気づいた。声をかけようとした時、彼女は突然、何かが憑依したようにしゃべり始めた。

「多年にわたる地道な聞き取り活動を経てグリム兄弟が編纂した、世界の民族学上有数の貴重な資料である『家庭と子供の為の寓話集』によっても、ドイツ理想主義の下地となった民族性をうかがい知ることができます。
メルヒェンとは単に童話を指すのではなく、非日常的な設定と展開によって人間心理の根底に肉薄する優れた創作なのです。注目すべきはそれを語り伝えたのが名もない市民であったということです。
ドイツでは19世紀末まで封建制度が根強く残って、統一国家形成を阻んでおりました。農民は農奴の状態におかれており、よってドイツ観念論はフランス革命に直接影響を与えた英仏の啓蒙思想とは別の方向へ向いました。すなわち、理想主義の道を一途に内向したのです。
ドイツ啓蒙主義の大成者カントは、批判の目を理性そのものへ向け…」
「誰だ、この非常時に期末試験の追い込みやってるの」
「非常事態を起こした本人です」
「メグ、気がついたのか」

ようやくケンイチが平静を取り戻し、満面の笑みを浮かべてメグミの手をとった。メグミははっと我にかえり、同じく満面の笑みを浮かべた。

「お兄ちゃん、なぜ、ここに?それに、ミラとクルも」

ミラとクルが両脇からメグミに頬ずりした。
ケンイチが林の向こうのあらぬ一点を見ながら言う。

「ミラとクルを連れて、この山に春を探しに来たんだ」

終ると人形たちが大きく2回うなずいた。

「おまえ、それ言う時、ほかの言い方はできないのか?」と佐藤。
「メグ、もう心配しなくていいからね」
「メグミさんとやら、大丈夫かね?」

田原坂が尋ねる。

「大丈夫です」
「だそうだ。鈴木君。119番はキャンセルしてくれたまえ」
「ピザの宅配みたいに簡単にはいきませんよ。救急車が入れないので、地元の山岳レスキュー隊に連絡してヘリをよこすと言ってました。もう着く頃だと思います」
「ヘリには無線がついている。119番に電話すれば取り消しの連絡をしてくれるだろう。今この瞬間にも、どこかに救助を求めている人がいるかもしれない。無駄足をさせてはならん」
「わかりました」

鈴木は携帯を出してボタンを押していたが、納得がいかないという顔になった。

「変ね。通じない」
「山に遮られて、圏外なんだろ」高橋が言う。
「でも、さっきは通じたのに」
「試してみよう」

田中が自分の携帯を取り出し、しばらくボタンを押していたがあきらめてポケットに戻した。

「通じないよ」
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