ヤミ米峠の約15名

瑠俱院 阿修羅

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予期せぬ襲撃 3

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眼鏡をかけたアヒル、首に緑色の蝶ネクタイをくっつけたウサギ、頭に巨大なピンクのリボンをつけたウサギの着ぐるみグループが縦一列に並んで行進してくる。

「全体、止まれ」

アヒルの号令に、全員がその場で2回足踏みをして止まった。

「ドック・ダック、マジ太君、カル子ちゃん」
メグミが駆けより、一人ひとりと抱擁を交わす。
「まさか」
「そんな」
「だろうよ」
「だけど」

そんな社員たちを尻目に、田原坂がすたすたと歩み寄る。

「この方たちは?」
「N・E・Cの仲間です。番組は違いますけど」
「どうしたんだ?みんな」
「どうしたって?ケンイチ君。君と同じさ」

ドック・ダックと呼ばれたアヒルが答える。

「年度末を前に録りは終了」とマジ太。
「切られたの。私たち、みんな」とカル子。
「お兄ちゃん、クビになってたの?」
「話してなかったのか?ケンちゃん」

ドック・ダックが驚く。

「『つもる話』が思わぬ方向に行ってしまったものでね。しかし、この中で誰も新しい番組に出られないのか?あのチャンネルは予算の都合からタイムテーブルが再編成になっても、一人か二人メンバーを入れ替えてタイトルをちょこちょこっといじって、あとは前からいるキャラクターを新登場の設定にして使うというのが伝統なのに」
「CGを使えば、今までの何十倍も面白い番組が作れるんだと」

ドック・ダックが失望をあらわにして言う。

「制作費はかなり高くつくけど、どうせ何回再放送しても『再』の字は一つでいいから、キャラクター商品の売り上げで元を取るまでくり返すんだって」とマジ太。
「新番組の中で一番人気があるのが、3Dホログラム番組『アシュラの正面だあれ?』よ」

カル子がそう言いながら、一回ずつキレよく区切って三方を向く。

「オープニングで、東南アジアの涅槃仏が片目を開けて言うんだ『お釈迦さまでも気がつくめえ』って。目を閉じて寝そべってちゃ、たいていのことは気がつかないと思うけど」

マジ太が肩をすくめる。

「最近の子供たちは人形には人形使い、着ぐるみには中身がいることがわかって醒めた目で見ているから、興味が長続きしない。やはり、コンピューター処理された映像が今からの時代には合っている、とこういうわけだ」
「今後はテレビ局の名前をP・E・Cに変えて最先端のものを作ると言ってる。プログレッシブ・エデュケーション・チャンネルの略だよ」とドック・ダック。
「俺たちは用済みってこと」とマジ太。
「それで、なぜこの山へ?」とメグミ。
「ここはあのテレビ局の持ち山だ。新番組の趣旨から行って滅多にロケはないし、思い出の場所で一つぱっと仇花でも咲かせてやろうと思ってな。上の人間たちが我々をクビにしたことを後悔し、新人たちが驚き慌て怯え先を争って辞職願を出すようなことをやるのさ。細工はりゅうりゅう、仕上げをごろうしろ、だ」

メグミが気の毒そうにそんなアヒルを見る。

「ドック・ダック…」

 高橋が小馬鹿にしたように片側の頬で笑う。

「さっきから気になってんだが、ドッグ・ダックだって?犬とアヒルをくっつけたキメラ生物か?髪ぼさぼさのマッド・サイエンティストの博士が映画の中で作るような?そうは見えないけど」
「その『博士』のドクター、略してドックだよ。なあ、ケンイチ君。誰だ?この、ドックとドッグの違いもわからない四つ星級の馬鹿は」
「この人たちはメグを雪の中から助けてくれたんだ。妹の命の恩人だよ」
「メグさんを?これは失礼しました」
「ま、なりゆきだけどね。ふっ」

腕組みして一歩踏み出した山田が木の根につまずき、幹に顔面からぶつかった。

「いてっ」

そのままの姿勢で動かない。

「あんたらに見つけてもらえて、メグさんは本当に運が良かった。この山では最近、モグリの救助犬による被害が続出しているというからな」
「モグリの救助犬?」田原坂が聞く。
「正規の訓練も受けていないのにこの山を歩き回っては遭難者を見つけ…」
「危害を加えるのか?」と佐藤。
「いや。『助けてやるから代わりに面白い話をしろ』と書かれたボードを首から提げていて、まずそれを見せてから遭難者を背負う。苦しい息の下から記憶の中にある漫才や落語、笑い話をしぼり出して話すだろ。それで初めて歩き出すんだ。途中で意識が朦朧としてしゃべりが滞ると崖っぷちを歩く。ちゃんとしゃべっていても、麓に着く前にオチが来たらそこに置き去りにされる」
「なるほど。生きて人里までたどり着きたかったら、オチをお預けにしなきゃならんわけだ」と高橋。
「もしくは、古典落語の『寿限無』に思いつくかぎりの名前を足していくか」
「動ける同行者が下山して通報し、捜索隊が駆けつけたら動けないはずの人間が消えていた、というケースが何件かあって、真相を追究してみたらそいつの仕業だった」
「その犬はどこから湧いたんだ?」と田中。
「生番組『ミニミニペット事典』のレギュラーで、なんでも、待ち時間にその前の『日本の笑い百選』をモニターで観ていて落語と漫才のファンになったという話だ。そいつも今度の新編成で切られて、ロケで何度か来たことのあるこの山にふらふらと…」
「おまえらの身内の奇行をあらいざらい話せ。今まとめて驚くから」

田中が語気を荒げる。
そんな田中の背に隠れるようにして、高橋が不安そうに周囲を見回した。

「打ち切りになった番組のレギュラーに、人を襲う猛獣はいないんだろうな」
「安心しろ。猛獣と呼ばれる四つ足の肉食獣はみんなかわいい猫舌だ」

佐藤だけは面白がっている。
ケンイチがここへきて初めて憂い顔になった。

「しかしあの、博識で冷静沈着なドック・ダックが、クビを切られて報復措置とは嘆かわしい」
「そう言ってくれるな。わしだって、自分があのテレビ局の一部のような気がしていた。なのに、プロデューサーはこんなことを言うんだ」

ここでドック・ダックはさっきのケンイチと同じ、コウモリを思わせる高い声になって言った。

「『君にこれ以上仕事をさせるのは、コンビ二のシャッターに広告を描くようなものだ』」

そしてまた元の声に戻った。
「ショックだったなあ」
「独特なキャラのプロデューサーだな」

高橋がつぶやく。

「あの時は目の前が真っ暗になったよ。物知り博士ももう廃業。明日からは渋谷のカラスに混じって夜明け前の繁華街でゴミあさりでもしようか。そう思っていた時だ。マジ太とカル子がこの山を使って一大イベントをやろうと言い出したのは。久しぶりにわくわくしたなあ。心が躍るとはまさにこのことだよ」

カル子が後を引き継ぐ。

「この山に来たのには、もう一つ目的があったの。去年の冬にここで雪崩に遭って行方不明になったメグお姉さんたちを捜したくて」

マジ太がさらに続ける。

「だって、メグお姉さんたちが雪に埋まるとこ、番組で流れたんだよ。雪崩の後の一面の銀世界がロングショットになって、『早く雪が溶けて春になるといいですね』って、『ふれあい地球一家』のお姉さんのナレーションの後、エンドロール。僕、あんまりだと思った」
「話さえヒューマニズム風にまとめてしまえば後はどうでもいい、ってとこあるからな、あの局は」

ケンイチがしみじみと言う。

「そろそろ雪も溶けるだろうから、メグミお姉さんたちを捜しに行こうって、あの番組のプロデューサーに持ちかけたんだ。だけど、彼今、ドキュメンタリー部門に移ってて、特別番組『ピラミッドの秘密・内部から手引きされた盗掘』の企画制作で忙しいからダメだって」

マジ太が不満をあらわにする。

「内部から手引きされた盗掘?」
「ピラミッドの財宝がミイラともども消えた事件があったんだ。その後の調査で、棺の周りにミイラの足跡がみつかったんだと」
「他のスタッフも、『しぜんをさがそう』は2月末で終了した。もう過去のものだ。我々は常に前進し続けなければならない、なんて言ってとりあってくれないし」

メグミがマジ太の肩をつかむ。驚くマジ太にメグミはせいいっぱいの笑顔を作って聞いた。

「『しぜんをさがそう』は私なしでも続いてたの?」

震えるマジ太に代わってドック・ダックが答える。

「ADの女の子がメグミさんのピンチヒッター務めてたが、今度の総入れ替えで彼女もカメラの前から姿を消して裏方に戻ったよ」
「そう、気の毒に…」

メグミは明らかにほっとした顔で言った。

「いや、本人はむしろ喜んでた。何しろひどいアガリ症で、本番前には必ず『人』という字を手のひらに書いてのんでいたからな
「いつも、胃が痛いって言ってたよ」とマジ太。
「わかるわ。人の字って、とんがったとこが3つもあるものね」

カル子が空中に大きく「人」の字を書いた。
突然、ヘリコプターのプロペラ音が聞こえてきた。

「ああ、来た、来た。レスキュー隊のヘリだ。では鈴木君、善処してくれたまえ」
「社長、鈴木さんには荷が勝ちすぎてませんか?」

なぜか、かなりくぐもった声で山田が言う。

「山田。おまえ、ヤケに鈴木さんをかばうな。好きなんじゃないか?」
「本人の前で言いにくいが、敬老精神だ」

田中が佐藤に言い、その後山田に向き直った。

「山田。いつまで木にキスしてるんだよ」
「どうでもいいけど、取れないよ」

山田は顔を木から剥がそうともがいている。

「まさか、接着剤が塗ってあったわけでもなかろうに」

田中が木と鼻の接着面をしげしげと見る。

「取れなくなったならちょうどいい。それで呼んだってことにしよう」と佐藤。
「そうだな。オレの卵アレルギーよりはずっとリアリティがある。しまった。自分で言っちゃった。かゆい、かゆい」

高橋が身をよじる。

「おーい。ここですよう」

田中が上空に向け、上着を脱いで振り回す。

「わざわざ居場所を知らせなくていいよ。むこうが気がつかなきゃつかないで、その方がかえって好都合なんだ」
「だめよ。社名を名乗っちゃったんだから」

 プロペラ音が最高潮に達し、全員が真上を向いた。田原坂がぽつりとつぶやく。

「レスキュー隊のヘリじゃない」

プロペラ音が徐々に遠ざかり、それにつれて全員の顔が右に半回転した。

「行っちゃいましたね」

田中が言う。

「ああ、その方がいいかもしれん」

田原坂が言い終わるか終わらないうちに、遠くで続けざまにものすごい音がした。

ズダダダダダダ!
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