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予期せぬ埴輪 1
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大人が10人は入れそうな巨大かまくらが出現していた。
登山道をふさいで堂々と鎮座している。山田を除く社員研修組がその周囲を取り囲み検分していたが、意を決して高橋が口を開いた。
「メグミちゃん。これ、何?」
「かまくらです」
「だから、なんでこれがここにあるのかって聞いてるのよ」
鈴木が眉を吊り上げる。
「今、私たちで声をそろえて呼んだじゃない」
「科学的根拠は?」
「ないわ。意志の力だけ」
鈴木は決然ときびすを返し、田原坂に向き直った。
「社長。この女をオトリにして逃げましょう」
「なんてことを言うんだ」
「だって、悔しいじゃない。青春を犠牲にしてひたすら勉強して有名大学を出て一流企業に就職して、バリバリのキャリアウーマンとして第一線でがんばってきたのに、不景気もまだ序盤の頃にあっさりリストラされて、できたばかりのこんなわけのわからない会社に入って当座の寄せ集めみたいなひよっこたちと同期になって、仕事の評価のためにしょうもないハイキングまがいの研修につきあって、あげくのはてに鼻の下の長い男どもにこんな女より下に見られて、黙って聞いてれば、意志の力ですってえ?」
「誰も君と比較したりしてないよ。メグさんの場合は特別なんだ」
田中がなだめるが、鈴木は聞く耳をもたない。
「さっきの山田さんの命令口調は何?」
「しかたがないじゃないか。エイズと言えば、命に係わる大ごとだぞ」
「おまけにこの女、社長や男性社員には丁寧な言葉使って、私にはタメ口なんですよ」
「同性だから親しみを感じて、つい」
「あんたなんかに親しみを感じてほしくないわ」
その時、またもプロペラ音が聞こえてきた。
「言い争ってる場合ではないわ。皆さん。早くこの中へ」
山田を除く男性社員全員がかまくらの中に避難した。ケンイチが鈴木の背を押すが、彼女はかたくなに拒む。
「つまらない意地で命を粗末にしちゃダメだ」
ケンイチが腕をつかむと、鈴木はその手を邪険に振り払った。
「かまくらなんて、どうせ雪じゃない。そんなものでどうやって銃撃を防ぐのよ」
「そうだ、そうだ」
山田が拳を振り上げる。ヘリがいよいよ近づいてきた。全員がかたずを飲んで空を見上げる。三度目の銃撃が始まった。
「きゃーっ」
鈴木が山田の背に抱きついた。
ズダダダダダダ。
これまでで一番激しい銃撃音が続けざまに響いた。プロペラ音が遠ざかり、恐る恐るかまくらに入っていた全員が出てきた。地面のそこここに、はね散らかされた雪がある。
たちこめていた煙が晴れるにつれて現れる『元・かまくら』の実体に、一同は目をみはった。入り口こそ台形にくりぬかれただけの質素なものだが、全体の形状はメタリックな輝きをもつ小型ドームである。
「では、お一人様一回限りでご質問を承ります」
落ち着き払ってメグミが一同を見回す。
田原坂が最初に物体を指さして訊ねた。
「本当は何かね」
「埴輪が頭にかぶっている防具です」
田中がこわごわ表面を撫でる。金属特有の冷たいつるりとした感触に、彼は身震いした。
「埴輪のカブトか」
「そういうことになるでしょうか。正式名称は知りません。担当が違いましたから」
「さっきはかまくらって言ったじゃない」
「さっきは見るからにかまくらだったもの」
「どうして、ここに?」と、これは佐藤。
「以前、『埴輪っ子ハニー君』っていう小学校高学年向きの歴史教育番組があったんです。出演者は進行役のタケルお兄さんと、埴輪の武者に馬。で、主人公のハニー君が…」
「こんな顔して海を真っ二つに切り裂くの?」
「鈴木君。それが子供向け特撮映画の草分け『大魔神』だとわかるのは、ぎりぎり私の世代までだ。プライドを捨ててまでやる顔じゃない」と田原坂。
「ここへきて鈴木さんがまさかの変顔」と田中。
メグミが何事もなかったように続ける。
「『オレの目はふし穴だ』ってカメラ目線で言って、カメラが寄っていくんです。で、そのハニー君が巨大化したって話があって…ドック・ダック、あれ、第何話だったかしら?」
「第33話じゃなかったかな」
「どうでもいいよ。それで?」
「やっぱり大魔神じゃない」
鈴木がまた、大魔神の顔真似をする。
「巨大化した全身を撮る時には市街地のジオラマ使って、他のシーンでは出演者が全員ハニー君の頭の上や周りにいることにしたんです」
「その時の監督、今回わしらと組んでる人物じゃが、彼がすごい凝り性でな。従来の大道具ではどうも感じが出ないと、わざわざ新開発のチタン合金で防具の部分を作らせたのさ」
「チタン合金の埴輪なんて、聞いたこともない。埴輪の『ハニ』ってのは元来、粘土を表してるんだぜ」と高橋。
「大体おかしいじゃない。教育教養番組専門のテレビ局のどこにそんなお金あったのよ」
「鈴木君、その顔ですごむのはやめたまえ」
「あの監督の出身地は石川県の金沢市なんだ」とドック・ダック。
「加賀百万石の末裔だとでも言いたいのか」と佐藤。
「まるっきり無関係というわけでもあるまいよ。実家は大富豪だというから」
そんなドック・ダックにケンイチが腕組みして応じる。
「そうだったのか。金のモノを言わせてさんざん好き勝手やるのを見てきたが、ここまできていたとは知らなかった」
「人形たちは平気だったな。知っていたのか」
「それか『驚きの表現』をマスターしていなかったか」
「大声で呼んだら来たってことは、音センサー内蔵の自立移動型ロボットか」
田中は屈んで念入りに物体を検分している。
「この、脚の部分が伸び縮みして、丘陵地でも移動できる仕組みだな。察するに、他にも金にあかしていろいろと無駄な機能が付いてるんだろうな。たった一話のために作る監督も監督だけど、それを捨てる局も局だよな」
「局の持ち山なら、置いといたんじゃないか、単に」
「テクノロジーを駆使した最強チタン合金製だぞ。山の中に無造作に置くか?普通」
「それがこういう形してるんだ。『普通』の収納法があるのか?あるならどこでやってるんだ」
佐藤に食ってかかる高橋を横目に、田原坂がドック・ダックに聞いた。
「その監督は引き取らなかったのか?」
「あの監督は撮影が終わると、使ったセット、大道具、小道具、一切見向きもせん。適当に処分してくれとでも言ったんだろう」
言い終わるまで待たず、メグミをじっと見ていた鈴木が口を開いた。
「私としては、雪の中に埋まってたこの女が、どうやってこの鉄カブトの所在と操作法を知ったのかおおいに興味があるわ」
「冬を探しに来た時、上流の河原で偶然見つけたの。それで、一緒にいらっしゃい、って言ってみたら、ついてきたの」
「普通、言わないよな」
「言ってみるもんだな」
「そして、例の場所で雪崩に遭って」
「雪崩、起して…の間違いでしょ」
「北側の斜面にこんもりと雪に覆われた小山があったが、これだったんだな」
田原坂が大きくうなずいた。
「でも、かわいそうなのはタケル兄さん」
メグミはそこまで言うと、急に男の声色になった。
「『僕の名前は間宮林蔵、マミリンって呼んでね』」
ここで彼女は声を元に戻し、続けた。
「とか、そういうこと言ってはNG出して上の人に叱られてたから、きっと真っ先に切られたはずだわ。それを考えると、心も凍るようだわ」
言い終わるなり両手で顔を覆った。
「心配には及ばんよ。あの独特なキャラと、歴史に親しみをもってもらうためなら手段を選ばない捨て身の言動がウケて、『埴輪っ子ハニー君』は新年度も継続だ」
肩に手を載せて慰めるドック・ダックとは逆の方を向き、顔を覆った指の隙間からメグミがボソッと言った。
「血も凍るような復讐をしてやる」
静かな山中で、メグミのつぶやきは全員に丸聞こえだった。
「それより、この固まった血、なんとかしてくれ」
山田が泣きべそをかき、それを気の毒そうに見ていたケンイチが、ぱっと顔を輝かせた。
「今のメグになら、何か解決策を考えられるかもしれない。メグ。何かいい知恵はないかい?」
メグミは左手を腰に当て、指をピストルの形にした右手を顎に当て、フォークダンスの〈ヒール〉のポーズをとった。
「あのポーズから生まれたどんな名案にも、私だったら従わない」
鈴木が半眼で見下す。
「ダメ。頭が割れそう」
頭を抱えるメグミの肩をケンイチが抱き寄せた。
「考えるな。メグ。もう考えるんじゃない。おまえの頭はもともと、考えるようにはできてないんだ。これ以上考えると、頭が割れて二つになるぞ。どうしてこんなことになってしまったんだろうって、頭を抱えようにもどっちの頭にすればいいか悩まなくちゃいけなくなって、そうしたらもう、出口のない悪循環だ」
「何、わけのわからないこと言ってるんだよ。今にもまた、敵機が来るかもしれないって時に」
山田が大声を出した。
「素性も分からずに敵機扱いするのはどうかな。我が国がどこかの国と一触即発の局面にあるなんてニュース、最近聞いたか?」
そんな田中に高橋が反論する。
「攻撃してくるんだ。友好的とは言えんだろ」
「俺たちが山登りしてる間に、どこかの国が電撃的に攻撃をしかけてきたんじゃないか」
佐藤が言うと田原坂が静かに首を振った。
「あり得んな。我々が見るかぎり、ヘリはあの一機だけだ。あの型はどこかで見たことがあるような気がするんだが…」
突然複数の、笛のような音が同時に起こり、それが徐々に大きくなったかと思うと続けざまに破裂音が鳴り響いた。
「鈴木さん、あれ、もしかして戦時中にアメリカ軍のB29が空襲で日本に落としてた焼夷弾というヤツ?」
「なんで私に聞くのよ」
「まあ、あれだけ無茶なことをしてるんだ。そのうち自衛隊が出て、警告なりなんなりしてくれるだろう」
「なんか、よくわかんないけど、いざとなったらアメリカが守ってくれるらしいし」
そんな田中を高橋が蔑みの目で見る。
「日米安全保障条約を字面だけで手前勝手に解釈してるようだな。アメリカが石油の出ない国を守ると思うか。そもそも、あんな、風船飛ばして大統領決める国を信頼していいのか。象付きの帽子かぶったばあさんが星条旗振って候補者の応援してる国を…」
「それより、怪我人はないか?」田原坂が高橋の暴走にストップをかける。
「いたらどうするんです。レスキュー隊でも呼ぶんですか?もうこりごりですよ。今度はソッピース・キャメルだの、レッド・バロンだの、エノラ・ゲイだの、トマホークだのぞろぞろ出てくるんじゃないですか?」
「佐藤。話を飛躍させるなよ。混乱を招くだけだ」
田中が言い終わるか終わらないうちに、またしてもプロペラ音が近づいてきた。
「わああっ。また来た」
山田が絶叫した。
登山道をふさいで堂々と鎮座している。山田を除く社員研修組がその周囲を取り囲み検分していたが、意を決して高橋が口を開いた。
「メグミちゃん。これ、何?」
「かまくらです」
「だから、なんでこれがここにあるのかって聞いてるのよ」
鈴木が眉を吊り上げる。
「今、私たちで声をそろえて呼んだじゃない」
「科学的根拠は?」
「ないわ。意志の力だけ」
鈴木は決然ときびすを返し、田原坂に向き直った。
「社長。この女をオトリにして逃げましょう」
「なんてことを言うんだ」
「だって、悔しいじゃない。青春を犠牲にしてひたすら勉強して有名大学を出て一流企業に就職して、バリバリのキャリアウーマンとして第一線でがんばってきたのに、不景気もまだ序盤の頃にあっさりリストラされて、できたばかりのこんなわけのわからない会社に入って当座の寄せ集めみたいなひよっこたちと同期になって、仕事の評価のためにしょうもないハイキングまがいの研修につきあって、あげくのはてに鼻の下の長い男どもにこんな女より下に見られて、黙って聞いてれば、意志の力ですってえ?」
「誰も君と比較したりしてないよ。メグさんの場合は特別なんだ」
田中がなだめるが、鈴木は聞く耳をもたない。
「さっきの山田さんの命令口調は何?」
「しかたがないじゃないか。エイズと言えば、命に係わる大ごとだぞ」
「おまけにこの女、社長や男性社員には丁寧な言葉使って、私にはタメ口なんですよ」
「同性だから親しみを感じて、つい」
「あんたなんかに親しみを感じてほしくないわ」
その時、またもプロペラ音が聞こえてきた。
「言い争ってる場合ではないわ。皆さん。早くこの中へ」
山田を除く男性社員全員がかまくらの中に避難した。ケンイチが鈴木の背を押すが、彼女はかたくなに拒む。
「つまらない意地で命を粗末にしちゃダメだ」
ケンイチが腕をつかむと、鈴木はその手を邪険に振り払った。
「かまくらなんて、どうせ雪じゃない。そんなものでどうやって銃撃を防ぐのよ」
「そうだ、そうだ」
山田が拳を振り上げる。ヘリがいよいよ近づいてきた。全員がかたずを飲んで空を見上げる。三度目の銃撃が始まった。
「きゃーっ」
鈴木が山田の背に抱きついた。
ズダダダダダダ。
これまでで一番激しい銃撃音が続けざまに響いた。プロペラ音が遠ざかり、恐る恐るかまくらに入っていた全員が出てきた。地面のそこここに、はね散らかされた雪がある。
たちこめていた煙が晴れるにつれて現れる『元・かまくら』の実体に、一同は目をみはった。入り口こそ台形にくりぬかれただけの質素なものだが、全体の形状はメタリックな輝きをもつ小型ドームである。
「では、お一人様一回限りでご質問を承ります」
落ち着き払ってメグミが一同を見回す。
田原坂が最初に物体を指さして訊ねた。
「本当は何かね」
「埴輪が頭にかぶっている防具です」
田中がこわごわ表面を撫でる。金属特有の冷たいつるりとした感触に、彼は身震いした。
「埴輪のカブトか」
「そういうことになるでしょうか。正式名称は知りません。担当が違いましたから」
「さっきはかまくらって言ったじゃない」
「さっきは見るからにかまくらだったもの」
「どうして、ここに?」と、これは佐藤。
「以前、『埴輪っ子ハニー君』っていう小学校高学年向きの歴史教育番組があったんです。出演者は進行役のタケルお兄さんと、埴輪の武者に馬。で、主人公のハニー君が…」
「こんな顔して海を真っ二つに切り裂くの?」
「鈴木君。それが子供向け特撮映画の草分け『大魔神』だとわかるのは、ぎりぎり私の世代までだ。プライドを捨ててまでやる顔じゃない」と田原坂。
「ここへきて鈴木さんがまさかの変顔」と田中。
メグミが何事もなかったように続ける。
「『オレの目はふし穴だ』ってカメラ目線で言って、カメラが寄っていくんです。で、そのハニー君が巨大化したって話があって…ドック・ダック、あれ、第何話だったかしら?」
「第33話じゃなかったかな」
「どうでもいいよ。それで?」
「やっぱり大魔神じゃない」
鈴木がまた、大魔神の顔真似をする。
「巨大化した全身を撮る時には市街地のジオラマ使って、他のシーンでは出演者が全員ハニー君の頭の上や周りにいることにしたんです」
「その時の監督、今回わしらと組んでる人物じゃが、彼がすごい凝り性でな。従来の大道具ではどうも感じが出ないと、わざわざ新開発のチタン合金で防具の部分を作らせたのさ」
「チタン合金の埴輪なんて、聞いたこともない。埴輪の『ハニ』ってのは元来、粘土を表してるんだぜ」と高橋。
「大体おかしいじゃない。教育教養番組専門のテレビ局のどこにそんなお金あったのよ」
「鈴木君、その顔ですごむのはやめたまえ」
「あの監督の出身地は石川県の金沢市なんだ」とドック・ダック。
「加賀百万石の末裔だとでも言いたいのか」と佐藤。
「まるっきり無関係というわけでもあるまいよ。実家は大富豪だというから」
そんなドック・ダックにケンイチが腕組みして応じる。
「そうだったのか。金のモノを言わせてさんざん好き勝手やるのを見てきたが、ここまできていたとは知らなかった」
「人形たちは平気だったな。知っていたのか」
「それか『驚きの表現』をマスターしていなかったか」
「大声で呼んだら来たってことは、音センサー内蔵の自立移動型ロボットか」
田中は屈んで念入りに物体を検分している。
「この、脚の部分が伸び縮みして、丘陵地でも移動できる仕組みだな。察するに、他にも金にあかしていろいろと無駄な機能が付いてるんだろうな。たった一話のために作る監督も監督だけど、それを捨てる局も局だよな」
「局の持ち山なら、置いといたんじゃないか、単に」
「テクノロジーを駆使した最強チタン合金製だぞ。山の中に無造作に置くか?普通」
「それがこういう形してるんだ。『普通』の収納法があるのか?あるならどこでやってるんだ」
佐藤に食ってかかる高橋を横目に、田原坂がドック・ダックに聞いた。
「その監督は引き取らなかったのか?」
「あの監督は撮影が終わると、使ったセット、大道具、小道具、一切見向きもせん。適当に処分してくれとでも言ったんだろう」
言い終わるまで待たず、メグミをじっと見ていた鈴木が口を開いた。
「私としては、雪の中に埋まってたこの女が、どうやってこの鉄カブトの所在と操作法を知ったのかおおいに興味があるわ」
「冬を探しに来た時、上流の河原で偶然見つけたの。それで、一緒にいらっしゃい、って言ってみたら、ついてきたの」
「普通、言わないよな」
「言ってみるもんだな」
「そして、例の場所で雪崩に遭って」
「雪崩、起して…の間違いでしょ」
「北側の斜面にこんもりと雪に覆われた小山があったが、これだったんだな」
田原坂が大きくうなずいた。
「でも、かわいそうなのはタケル兄さん」
メグミはそこまで言うと、急に男の声色になった。
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言い終わるなり両手で顔を覆った。
「心配には及ばんよ。あの独特なキャラと、歴史に親しみをもってもらうためなら手段を選ばない捨て身の言動がウケて、『埴輪っ子ハニー君』は新年度も継続だ」
肩に手を載せて慰めるドック・ダックとは逆の方を向き、顔を覆った指の隙間からメグミがボソッと言った。
「血も凍るような復讐をしてやる」
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「それより、この固まった血、なんとかしてくれ」
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「何、わけのわからないこと言ってるんだよ。今にもまた、敵機が来るかもしれないって時に」
山田が大声を出した。
「素性も分からずに敵機扱いするのはどうかな。我が国がどこかの国と一触即発の局面にあるなんてニュース、最近聞いたか?」
そんな田中に高橋が反論する。
「攻撃してくるんだ。友好的とは言えんだろ」
「俺たちが山登りしてる間に、どこかの国が電撃的に攻撃をしかけてきたんじゃないか」
佐藤が言うと田原坂が静かに首を振った。
「あり得んな。我々が見るかぎり、ヘリはあの一機だけだ。あの型はどこかで見たことがあるような気がするんだが…」
突然複数の、笛のような音が同時に起こり、それが徐々に大きくなったかと思うと続けざまに破裂音が鳴り響いた。
「鈴木さん、あれ、もしかして戦時中にアメリカ軍のB29が空襲で日本に落としてた焼夷弾というヤツ?」
「なんで私に聞くのよ」
「まあ、あれだけ無茶なことをしてるんだ。そのうち自衛隊が出て、警告なりなんなりしてくれるだろう」
「なんか、よくわかんないけど、いざとなったらアメリカが守ってくれるらしいし」
そんな田中を高橋が蔑みの目で見る。
「日米安全保障条約を字面だけで手前勝手に解釈してるようだな。アメリカが石油の出ない国を守ると思うか。そもそも、あんな、風船飛ばして大統領決める国を信頼していいのか。象付きの帽子かぶったばあさんが星条旗振って候補者の応援してる国を…」
「それより、怪我人はないか?」田原坂が高橋の暴走にストップをかける。
「いたらどうするんです。レスキュー隊でも呼ぶんですか?もうこりごりですよ。今度はソッピース・キャメルだの、レッド・バロンだの、エノラ・ゲイだの、トマホークだのぞろぞろ出てくるんじゃないですか?」
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