プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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22. ステージで殺されたいと公言していたデヴィッド・ボウイの享年69歳は天使の6900歳

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「ああ、やっぱり立ち聞きしていたのか。それっぽいシチュエーションだとは思っていたが」
そう言ってロドフェルが勢いよくふり返り、ギヒテルもそれに習う。

 入り口側の壁にはジョフィエルだけでなく、テュリクセル、ゼピエル、ナイジェル、そして、やや間隔をあけてラウエルの5人が並んでいた。
真ん中の3人は傷ついた顔で二人を見、ラウエルは目に涙を浮かべてそっぽを向いている。ジョフィエルはそんなラウエルを意識しつつ、あえて彼のほうを見ずにロドフェルに言う。

「人類文明末期の荒廃現象を考えてみろ。神が不平等に創った世界を是正しようという慈善運動家たちの僭越至極な思い上がりの果てに福祉がゆき過ぎて我も我もと弱者を名乗り、労働人口が激減して生産が停滞した時期があっただろう。老けて醜くなる天使、美しいままの天使。神がそういう不公平をなさったのなら、それはそれでいいじゃないか」

 ジョフィエルはあえて美声という単語を避けたことを誰かにつっこまれないうちにと、慌ててあとを続ける。
「天使は神が火から創りたもうたものだ。つまり、神は我らが父。君がさっき、僕の行いとして挙げたのは、人類で言えば二大罪悪の一つにあたる、言語道断の、とんでもない、おぞましい、創造するだけでバチのあたりそうな人倫問題だが、念のためもう一度聞いておく。本当にそう思っているのか?」

 深い眼窩からジョフィエルの青い目が妖しい光を放つ。まっすぐに突き進んでくる視線に押されてロドフェルがあとずさる。だが、すぐに体制を立て直して反撃に出た。
「た…ただの噂だよ。じゃ、言わせてもらうが、スパイ説のほうはどうなんだ。現にそうやって、当事者たちに気づかれずにこっそり入ってきて、会話を立ち聞きしていたじゃないか」

「それは僕だけじゃなく、ここにいる4人にも言えることだろう。5人もぞろぞろ入ってきても気づかないくらい、人の陰口に熱中していたんだ、君たちは。それに、別に盗み聞きが目的だったわけじゃない。僕たちはみんな、逃げてきただけだ」
ジョフィエルはそこで、思い出したようにドアに鍵をかけた。

建築デザイナー天使ロギエルの気まぐれで、内側からゼンマイのような鍵を差し込んで施錠するタイプのドアだ。
「逃げるって」
「何から…」
「ロドフェル、ギヒテル。どうして、君たちは建物が揺れるような音と振動に平気でいられるんだ。ミラーボールをまとった雪男と20世紀の精神異常者にも感覚ぐらいあるだろう」
「な、みんな。聞いただろう。こんなヤツなんだよ」
 そんなロドフェルの肩に手をおく者があった。心の傷が浅く立ち直りの早かったナイジェルだ。
「ここが防音装置完備で気密性に優れ、建物の中で一番頑丈な録音スタジオだってこと、ジョフィエルは忘れてるんだよ」

「忘れてるなら、なんでここに逃げこんでくるんだ」
「ロドフェルの言うとおりだ。それに、僕はもう銀ピカのマントを着てキーボードを弾いてはいない。何年前のことを言ってるんだ。まったく」
「『20世紀の精神異常者』は僕のことじゃなく、《ケルビム》を脱退してすぐに僕が加入した《グレイブ・ストーンズ》が好んでコピーしていた、人間界のプログレッシブ・ロック史に残る名曲だ」

 ジョフィエルは形勢不利になった時の常でころりと話題を変える。
「角が取れて丸くなったとまだ信じてもらえないようだが、本当なんだ。僕は人生の転機を迎えた。人生の起動を修正するのに遅すぎるこということはない。2600歳なんて、デビッド・ボウイに比べたらひよっこみたいなもんだ」

「デビッド・ボウイの享年は69歳だろう」
「実際の没年は69歳だが、『ステージで殺されたい』と公言していたロック・スターの69歳は、漫然と生きた天使の6900歳に匹敵するんだ」
「そうだったのか」
と、ロドフェル。
「知らなかった」
と、ギヒテル。

 この時、ギヒテルの脳裏に、人類遺産のレコードコレクションで見たデビッド・ボウイのアルバム『ハンキー・ドリー』と『スペース・オデュッセイ』のジャケット写真が浮かんだ。どちらも顔のアップである。ギヒテルは《ケルビム》加入以前と解散後に山ほどソロ・アルバムを出したが、一度も顔のアップをGDジャケットに載せたことがない。
(それでよかったのかもしれない)
 ギヒテルはため息をついた。ロドフェルが頭にかぶっているシンバルに、湾曲し横に長く引き伸ばされた彼の雪男顔が映る。

 その時、建物の上でがりがりと不穏な音がした。まるで、何か得体の知れない生き物が団体で屋根の上を這いまわっているようだ。
「最近、火山の〈ホット・スポット〉を根本的に勘違いした亡霊グループが、活火山の火口付近に集まり大音響でBGMをかけて踊り狂っているという噂だ。この付近は彼らの通り道になっているんだろう。とにかく、この中にいれば大丈夫」

 まだ不安げな天使たちを見回し、ジョフィエルは落ち着きはらって先を続ける。
「何年生きたかなんて二の次。問題は生き方だ。それによって年齢はケース・バイ・ケース・バイ・ケース・バイ・ケース・バイ・ケース・バイ・ケース・バイ…」
「いったい何ケースあるんだ」
「一応7回言うべきかな、と思って」
「ヒュリエルがいない!」
 叫んだのはテュリクセルだった。
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