プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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32. ジョフィエルの声変わり 音楽評論家に発覚する

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 テュリクセルは、自分たち二人のこのバンドでの命運もこれまでだと、あきらめの表情を浮かべている。
ジョフィエルは作り物のようなポーカー・フェイスで微動だにしない。
ラウエルはやはり黙っていた。何も言う必要はない。実力のない天使だけが、それを言葉で補おうとするのだ。主張はギターに任せておけばいい。

「ヒュリエル。この業界で長く生きぬいていこうと思ったら、先輩たちにタテつかず、学ぶべきところは学ぶものだ」
データ・パニック氏が声を落として忠告する。
「例えば、『影響を受けた』という便利な言葉を使って今に名を残す人間界の有名なミュージシャンのプレイをそっくりそのまま真似るあつかましさとか、演奏を間違えただけなのにあたかもアレンジを変えたような顔をしてみせるしたたかさとか、ひとの作った曲に横合いからごちゃごちゃ口を出してコンポーザーに名を連ねるずうずうしさなんかですか?」

 データ・パニック氏ははらはらしながらメンバーを見回した。しかし、誰も口をきかない。ものを言えば、それは自分のことだと名乗り出ることになるからだ。
データ・パニック氏は、一般論を持ち出してその場をとりつくろうことにした。
「それにしても、最近の天使ミュージシャンはどんどん俗化して、人間界にいたロック・ミュージシャンとそう変わらなくなっている。ライブにしても、わきあいあいにみせかけて目立とう精神のせめぎあい。こないだも、人気もないのにカッコつけたい一心で往年の人間界のミュージシャンのように『サンキュー、イエイ』とピックを客席に投げ、ラケットで打ち返されたギタリストがいた。一瞬のことで顔は良く見えなかったが亡霊にはないはずの後光がすごい勢いで燃え上がって仁王像か風神雷神に見えたというから、たぶん、シューゾー・マツオカの亡霊だろう」

 突然、ジョフィエルがテーブルに指で字を書きながら、小さな声で歌を歌いだした。
「♪か~ぜ~の中の羽根のようにい~つ~も変わる~吸血鬼の血液型~」
心配そうに顔をのぞきこむデータ・パニック氏から眼をそむけるように、ジョフィエルは仲間の天使たちをふりむいた。
「『ハップガードハウス』ってオランダ語、あったっけ?」
「ジョフィエルがまた、わけのわからないことを言い出したぞ。ラウエル、おまえの担当だろう」
「昔のカンが取り戻せるだろうか」

「それで、データ・パニックさん。僕に質問というのは、何でしょう」
この変わり身の早さには誰もが驚いた。そして、これが、他人の注意を引きたい時のジョフィエル流のやり方だと気づき、データ・パニック氏は手帳のページをめくった。
「さて、ジョフィエル」
「はい」
ジョフィエルが身を乗り出す。

「元気かね?」
「それが…質問ですか?」
「そうか。空中分解同然に解散した後、すぐに身のふりかたを決めたことに腹をたててずっと音信不通だった昔の仲間を呼び集めて関係修復に努めているというから、評論家連中が心配してるんだ。『以前の、ひとをひととも思わぬ傍若無人のバチが当たって万魔殿行きが近い』なんて匿名の通報があれば、なおのことね」

「どこにでもいますよね。そういう、物事には必ずウラがあると思いたがり、他人にいやがられるほど自分に正直で、思いついたことは片っ端から口に出さなきゃ気がすまない単細胞」
メンバーたちは固唾を飲んでロドフェルの動向を見守った。ロドフェルはじっと壁を見つめて指を折っていた。
ジョフィエルが言った字数と全く同じ字数の、彼の悪口を考えているのだった。

 その間にもデータ・パニック氏の質問は続く。
「怒らないで聞いてくれよ。君が“5エンジェルス”の曲に付けているのは、一般的な人間同士の愛情をモチーフにしたものではなく、個人的な愛の詞だという説があるんだが」
「詞には諸説紛々飛び交うものです。第一期《ケルビム》での難解な詞については、もっと荒唐無稽な解釈や意味づけを聞いたことがありますよ」

「一人称が君で二人称がいつも同じキャラクターだとか、誰かを熱心に賛美している、と言う者がいてね」
「対象になるような個人がいますか?賛美しているのは、誰かではなく神です」
ロドフェルとギヒテルが顔を見合わせた。

「賛美歌と同じことですよ。どこかに神への畏敬の念を織り込んでおかないと、ただのラブ・ソングでは僕らのアイデンティティが失われてしまうと感じたんです」
ジョフィエルがさらりと言い足す。

「そうだな。元は神への賛美からスタートした〈前衛天球派〉音楽のバンドなのに、亡霊たちもつまらないことにこだわるものだ。瑣末なことと大事なことの区別がつかないのは、なにも亡霊になってからの話じゃないらしい。彼らの一部は人間の頃『“キッス”のメンバーの素顔なんかどうでもいい』って気づくまで、10年以上かかってるんだから」

 データ・パニック氏はそこで言葉を切り、手帳に眼を落としたまま言いにくそうに早口で聞いた。
「気を悪くしないで聞いてくれ。第一期《ケルビム》時代のGDに入っている『唯一無二の神への前進』はかつて人間界で“トリアナ”がリリースした『トリアナ2』の2曲目に似ているという声が、一部にあるんだが…」

「ベートーベンの交響曲『皇帝』のアレグロの一部分から『スキヤキ』のフレーズを聴き取る者もいるくらいですからね」
「やはり、ただの噂だな」
「いや。おっしゃってたとおりですよ」
「なんだって?」
「だって、グレゴリオ聖歌をパクッたら一目瞭然で恥ずかしいじゃないですか。『トリアナ2』なら大丈夫だと思ったんです。音符の組み合わせは無限じゃないし、メロディが枯渇したからって、人間界でラップとか呼ばれたリズムお経だけはやりたくないし」
「なるほど、そんなものかな。さてと、次の質問は、ちょっと歌ってもらってそれからにしよう」

ジョフィエルは一瞬ためらったが、おもむろに長編『天国の門』のサビを歌い始めた。
「♪Gleih o Gleich…」
データパニック氏は深々とため息をついた。
「声変わりしたというのは、本当だったのか」


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