プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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34. 第2ラウンドに眠りを妨げられたジョフィエルの復讐

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「♪ジャ、ジャ、ジャ~、チャ、チャ。ジャ、ジャ、ジャ~、チャ、チャ」
バリ島の伝統民族歌唱“ケチャ”に似たやかましいスキャットで、天使たちは目を覚ました。
第一期《ケルビム》のアルバムに入っている20分にも及ぶ曲『乱心の門』のクライマックスでリピートされるフレーズである。オリジナルでは全員の声だが、今聞こえているのは独唱。それに、合間に入る猛獣の声のサンプリング音もない。つまり、これはオーディオ機器による再生音ではない。
そして、この聞き苦しいダミ声は。

 と、ここまで考えた時、天使たちはベッドからガバッと起き上がり、ぞろぞろと〈レイク・スタジオ〉から出てきた。
夜明け前の薄暗がりの中、スタジオの窓から洩れる明かりに際限なくスキャットをくり返すジョフィエルの姿が浮かび上がる。その隣でナイジェルが、腕組みして遠くを見つめている。

「おーい、何してるんだ」
一番に駆けつけたギヒテルが呼びかける。
「水平線の向こうの未来を見つめているんだ」
「ナイジェル。君のことなど今はどうでもいい。ジョフィエルは何をしているんだ」
寝ぼけまなこをこすりながら、二番手のテュリクセルが怒鳴る。
「彼なら見てのとおり、歌ってるんじゃないか」
テュリクセルに追いついて歩をゆるめながら、ヒュリエルがそんなナイジェルに呼びかける。
「西は太陽の沈む方角。理論的に言うと、そっちにあるのは未来じゃなく過去だよ。それに湖の場合、水平線とは言わないんじゃないかな」

「ヒュリエル、こんな時によく、ナイジェルに注意が向けられるな」
「もう片方はもともと、僕の手におえないもので」
「ジャジャジャー、チャ、チャ…。やあ、おはよう。おや、4人か。みんな翼を付けたりローブを着替えたりするヒマはなかったみたいだな」

「抜き打ちの避難訓練みたいなことをするために、わざわざこんな夜中に歌っていたのか。ジョフィエル」
テュリクセルの大魔神顔の中に埋もれかけている細い眼が吊り上る。
「午前4時はもう朝だ。ところで、データ・パニック氏はどうした?」
「ドアにメモがはさんであった。『命の恩人は名も告げずに立ち去るもの。D・P(仮名)』」
ヒュリエルがメモをひらひらと振ってみせた。

「データ・パニックは偽名だったのか」
「本名がデータ・パニックのはずないな。変だと思った」
「前にどこかでオレたちの悪口を書いたことがあって、名前を明かせなかったのかな」
「いや。きっと、本名が他人に言えないくらい変な名前なんだ」 
ジョフィエルは《神》の別名を意識しつつ、力をこめてそう言った。

 彼はもう一度、天使たちを見回した。
「ラウエルはどうした?」
「スタジオのステレオボックスの下だ」
「じゃあ、例によってヨガの亀のポーズで」
ギヒテルとロドフェルのこの会話を聞いて、ヒュリエルがけげんな顔をした。
「何の話をしてるんだ」

「音源データを守る時はみんな、そうやるんだ。エントランス・ホールにUSBメモリスティックが落ちてたんで、中身をちょっと聴いてみたら、これが守る価値があると判断して」
「あっ、それなら僕が持ってきた今回のGD用のデモ音源だ。荷物の中に見当たらないから、てっきり途中に落としてきたかな、と思ってたんだ」

 それを聞いてテュリクセルが胸をなでおろす。物事はなるようになるものなのだ。
「でも、どういうこと?音源データを何から守るっていうんだ?他の天使バンドや亡霊GD公社のスパイからかい?」
「違うよ。ジョフィエルからだ」
テュリクセルがヒュリエルの肩に手を置いて答え、ギヒテルが説明を始めた。

「曲が細部まで完成していたら、あとは各自で自分のパートを録音していくだろう」
待ちかまえてテュリクセルが引き継ぐ。
「しかし、それには問題があって…」
間髪おかずロドフェルが横取りする。
「メンバーの了解も得ず、インスト・パートに勝手に歌をかぶせてしまうヴォーカリストがいるんだ。理由を聞くと、『だって、歌詞がまだあるんだ』と、こうだ。よその〈前衛天球派〉バンドの事情は知らんが、かつての《ケルビム》の20分以上に及ぶ大作は、言ってしまえば歌とインストの追いかけっこの産物だ」

「知らなかった」
ヒュリエルが呆然とする。
「ジョフィエルとは何度も話し合ったんだが、彼の理性は夜になると『歌を入れたい』という誘惑に打ち克つことができないらしい。おかげでアレンジの記録用でもデモ音源でも、とにかく音源がある時の同宿では必ず一人は寝ずの番。迷惑な話だ」

 インタビュー散会後早々に始まった第2ラウンドの最中にテュリクセルの体の下で(あるいは上で)ヒュリエルがジョフィエルに届けとばかりにはりあげる声に眠りを妨げられ、《神》を想いながら一人悶々としていたジョフィエルは、そんな事情があったと知って思わず声を荒げた。
「君たちはどうしてそう、粒ぞろいの馬鹿なんだ。それは内容の深い神秘的な詞を書いていた昔の話だろう。当時はやむを得なかったんだ。さんざん理解に苦しむ言葉を並べ立てて、『なぜならば、それは…』で終わっていいのか?」

「どうせその先もわけがわからないんだから、別にいいよ」
と、ナイジェルがつぶやく。
その時、〈レイク・スタジオ〉の扉が開く音がして、薄闇の中を何かが転がってきた。膝を抱えたラウエルだった。
「おおい、みんな。そこ、どいてくれ。亀が甲羅干しに来たぞ」
皆と同じように翼をとりはずしたローブ姿の彼は、後ろで束ねた髪を、ばっさ、ばっさ、と振って前転し、湖の岸から10センチのところでぴたりと止まった。その正確さは、一分の隙もない彼のギター・プレイを思わせた。

 ジョフィエルはヒュリエルに一矢報い、同時にラウエルを困らせるうまい方法を思いついた。
「ラウエル。いかな僕でも、機材もない所で録音はできない。それに、僕は今、こんな声なんだよ。卵を守る親鳥の役目はひとまずやめにして、背筋を伸ばしたらどうだ」

 ジョフィエルに言われて、ラウエルは立ち上がった。とたんに腹と膝の間にはさんでいたUSBメモリスティックが落ちた。メンバーたちが「あっ」と叫んだ時にはもう遅く、USBメモリスティックは短い草にひっかかりひっかかりしながら土手を滑り落ちていくと、とぽん、と無情に軽い音を残して暗い湖面に消えていった。
「あーあ」
全員が呆然と、USBメモリスティックの消えたあたりを見、次いでラウエルを見る。ジョフィエルの言葉に従って周りのヒンシュクを買うのは、彼にとって実に4年ぶりだ。

 ザパーン。
突然、派手な音がして、何かが湖の中から突然現れた。
凝りに凝ったきらびやかなロココ調の電飾と流線型のアウトラインのせいで初めは全体像がつかめなかったが、月と星の光をたよりに目を凝らしてみると、どうやら船のようだ。
船首にグリフォン像を戴いた小型一本マストの帆船で、卵色の神秘的な光に包まれていた。
甲板の上に、背丈はかなり違うが顔のよく似た二人の男と、うっとうしいぼさぼさ髪を背中まで垂らした女一人がこちらを向いてたたずんでいる。


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