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35.プログレ浄土へ向かう3人の亡霊
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船の電飾の明かりに照らされて見える彼らはそれぞれ、手に何かを持っていた。
「私の名は〈ジスト〉。あなたが湖に落としたのは、この、USBメモリスティックですか?」
左側の、背の低い男が言う。
「私の名は〈ヤング・マーブル・ジャイアント〉。それともこの、ノーマル・カセットテープですか?」
右側の背の高い男が言う。
「私の名は〈ウィークエンド〉。あるいはこの、ミニ・ディスクですか?」
真ん中の小柄な女性が言い終えると、3人がそろって、船べりから手に持ったものを差し出した。
「ジョフィエル。何も言うなよ」
テュリクセルがジョフィエルの脇腹を肘でこづく。
「どうしてだ」
ジョフィエルが小声で聞く。
「3つとももらっといて、声が元に戻ったら隅から隅まで歌を入れようと思ってるだろう」
「なぜ、わかるんだ」
「レーザーメスでも切れない腐れ縁だからな」
ジョフィエルとテュリクセルの間に火花が散る。
見かねたラウエルが声をあげる。
「どれも要らない。みんな、あんたたちが持っててくれ。必要なければ、勝手に処分してもらってかまわない」
「ラウエル。なんてことを言うんだ」
「湖に落としてしまってから、よく考えてみたんだ。
その音源を元にGDを出してしまったら、次はツアーだろ。動画配信だろ。テレビ出演だろ。だが、ジョフィエルは声変わりしてしまった。だから、もうGDなんか出しても意味がないじゃないか」
「口パクでごまかせばいい。かつての人間界ではビデオ・クリップだけでなく、たまにはライブでもそうやってた」
「だからって、天使がやってもいいってことにはならないだろう」
ナイジェルの主張にジョフィエルが反駁する。
「天使代表の僕がやれば全面解禁。僕が掟だ。以前の音源を使って僕の澄んだ美しい歌声をサウンドボックスに記憶させておいて、そのデータを基に新しい歌も録音する。ライブもその口パクで通す」
「そんなことをしてみろ。スタンドマイクを固定しておいて、ヒュリエルとのいちゃつきパフォーマンスで真正面をふさいでやる。君は目立ちたがりだから、我慢できなくなってマイクを離れるだろう。それでも歌は聞こえ続ける。なんだ、口パクか。亡霊たちの呆れ顔が目に浮かぶようだ」
この仲間割れを面白そうに見ていた〈ウィークエンド〉が、目を細めてにっこり笑った。
「大丈夫。ライブとGDが違うなんて誰も言わないわ。この中のヴォーカルの部分はヒュリエルの録音した声から、声変わりした後のジョフィエルの声に変えてあるから」
「なんて用意周到な女」
ギヒテルが唸る。
「やぼったい長髪だけなら、ロック界をいったん結婚退職して忘れられた頃にカムバックしたパンクの女王パティ・スミスに似ているが」
ゼピエルの低いつぶやきは、夜明け前のしじまの中で丸聞こえだった。
「よけいなお世話よ。あんたこそ、その天然クマドリ、オカルト趣味のヴィジュアル系バンドが見たらうらやましがるわ。メイクの手間が省けるのに、って」
〈ウィークエンド〉が髪の毛を放射状に逆立てる。怒髪天を突くとはこのことで、並みの亡霊とは一線を画すど迫力だった。
「君たちは何者なんだ」
テュリクセルが怒鳴る。
「そうだ、忘れてた。何者なんだ」
ジョフィエルも慌てて怒鳴る。
権威を意識して不必要なダメ押しをするリーダーはどこにでもいるものだ。
「私たちは〈さまよえるユーロ・ロックの亡霊たち〉」
ユーロ・ロック。
かつて、人間界でプログレッシブ・ロック全盛の頃、その本場はイギリスであり、それ以外のヨーロッパの国々のプログレは、よほどメジャーでないかぎりひとまとめにこう呼ばれていた。
大仰でシンフォニックな音と日常からSF的東洋哲学的神話類型的にかけ離れた歌詞のセットは全てこの分野に区分され、イタリア、ドイツ、フランスのバンドがそのほとんどを占めていた。
ただし、スコーピオンズのような一目(聴)瞭然のハード・ロックバンドはこれに該当しない。逆に、イギリス国内でも極端にマイナーでツウの中のツウしか知らないプログレは、音楽誌や音楽紙によってこの分野に分類された。
「私たちはイギリスで〈ヤング・マーブル・ジャイアント〉というパブ・バンドから出発したんだけど」
「それが枝分かれして僕たち兄弟が〈ザ・ジスト〉というバンドを」
「少し遅れて私が〈ウィークエンド〉というバンドを結成して」
「それぞれが独立系のレーベルからLPレコードを1枚ないし2枚出し」
「〈ザ・ジスト〉が大手レコード会社の企画したカセット・テープに1曲提供したが」
「どちらも2、3年で解散」
「それぞれのバンドのマテリアルから数曲ずつ集めた『蕾のうちに摘み取る』というタイトルのアルバムを‘80年代の後半に出した」
「でも、ご存知のようにその時既に、プログレは下火になってたってわけ」
「で、廃業して他の職に就いたり結婚したりして普通に暮らしてたんだけど」
「いざ天寿をまっとうしてみると、やり残したことがあるような気がして昇天できず」
「亡霊になってこうしてまた、つるんでるんだよ。アワードとまでは言わない。一度でいいから『オールド・グレイ・ホイッスル・テスト』に出たかった」
〈ザ・ジスト〉がため息混じりに言葉を結んだ。
「落ち目になったら悲惨だなあ。天使バンドだって、解散後ちりぢりになって音楽をやめた連中は、亡霊たちに混じって街をあてどなくうろついているというし。明日はわが身という気がする。他人事とは思えない」
直情型のラウエルが目をうるませている。
「それで、ここへはなぜ?」
再びジョフィエルの先をこして、テュリクセルが尋ねる。
「〈プログレ浄土〉へ行く途中なんだけど」
「〈プログレ浄土〉?」
「そう。元プログレやユーロ・ロック関係の亡霊が行く、楽園のような場所よ」
「象の墓場みたいなもんか?」
「楽園と言ったでしょう。ラウエル。その耳の穴、縦長になったせいで音が洩れるんじゃないの?」
〈ウィークエンド〉がまた、髪の毛を逆立てる。
「私の名は〈ジスト〉。あなたが湖に落としたのは、この、USBメモリスティックですか?」
左側の、背の低い男が言う。
「私の名は〈ヤング・マーブル・ジャイアント〉。それともこの、ノーマル・カセットテープですか?」
右側の背の高い男が言う。
「私の名は〈ウィークエンド〉。あるいはこの、ミニ・ディスクですか?」
真ん中の小柄な女性が言い終えると、3人がそろって、船べりから手に持ったものを差し出した。
「ジョフィエル。何も言うなよ」
テュリクセルがジョフィエルの脇腹を肘でこづく。
「どうしてだ」
ジョフィエルが小声で聞く。
「3つとももらっといて、声が元に戻ったら隅から隅まで歌を入れようと思ってるだろう」
「なぜ、わかるんだ」
「レーザーメスでも切れない腐れ縁だからな」
ジョフィエルとテュリクセルの間に火花が散る。
見かねたラウエルが声をあげる。
「どれも要らない。みんな、あんたたちが持っててくれ。必要なければ、勝手に処分してもらってかまわない」
「ラウエル。なんてことを言うんだ」
「湖に落としてしまってから、よく考えてみたんだ。
その音源を元にGDを出してしまったら、次はツアーだろ。動画配信だろ。テレビ出演だろ。だが、ジョフィエルは声変わりしてしまった。だから、もうGDなんか出しても意味がないじゃないか」
「口パクでごまかせばいい。かつての人間界ではビデオ・クリップだけでなく、たまにはライブでもそうやってた」
「だからって、天使がやってもいいってことにはならないだろう」
ナイジェルの主張にジョフィエルが反駁する。
「天使代表の僕がやれば全面解禁。僕が掟だ。以前の音源を使って僕の澄んだ美しい歌声をサウンドボックスに記憶させておいて、そのデータを基に新しい歌も録音する。ライブもその口パクで通す」
「そんなことをしてみろ。スタンドマイクを固定しておいて、ヒュリエルとのいちゃつきパフォーマンスで真正面をふさいでやる。君は目立ちたがりだから、我慢できなくなってマイクを離れるだろう。それでも歌は聞こえ続ける。なんだ、口パクか。亡霊たちの呆れ顔が目に浮かぶようだ」
この仲間割れを面白そうに見ていた〈ウィークエンド〉が、目を細めてにっこり笑った。
「大丈夫。ライブとGDが違うなんて誰も言わないわ。この中のヴォーカルの部分はヒュリエルの録音した声から、声変わりした後のジョフィエルの声に変えてあるから」
「なんて用意周到な女」
ギヒテルが唸る。
「やぼったい長髪だけなら、ロック界をいったん結婚退職して忘れられた頃にカムバックしたパンクの女王パティ・スミスに似ているが」
ゼピエルの低いつぶやきは、夜明け前のしじまの中で丸聞こえだった。
「よけいなお世話よ。あんたこそ、その天然クマドリ、オカルト趣味のヴィジュアル系バンドが見たらうらやましがるわ。メイクの手間が省けるのに、って」
〈ウィークエンド〉が髪の毛を放射状に逆立てる。怒髪天を突くとはこのことで、並みの亡霊とは一線を画すど迫力だった。
「君たちは何者なんだ」
テュリクセルが怒鳴る。
「そうだ、忘れてた。何者なんだ」
ジョフィエルも慌てて怒鳴る。
権威を意識して不必要なダメ押しをするリーダーはどこにでもいるものだ。
「私たちは〈さまよえるユーロ・ロックの亡霊たち〉」
ユーロ・ロック。
かつて、人間界でプログレッシブ・ロック全盛の頃、その本場はイギリスであり、それ以外のヨーロッパの国々のプログレは、よほどメジャーでないかぎりひとまとめにこう呼ばれていた。
大仰でシンフォニックな音と日常からSF的東洋哲学的神話類型的にかけ離れた歌詞のセットは全てこの分野に区分され、イタリア、ドイツ、フランスのバンドがそのほとんどを占めていた。
ただし、スコーピオンズのような一目(聴)瞭然のハード・ロックバンドはこれに該当しない。逆に、イギリス国内でも極端にマイナーでツウの中のツウしか知らないプログレは、音楽誌や音楽紙によってこの分野に分類された。
「私たちはイギリスで〈ヤング・マーブル・ジャイアント〉というパブ・バンドから出発したんだけど」
「それが枝分かれして僕たち兄弟が〈ザ・ジスト〉というバンドを」
「少し遅れて私が〈ウィークエンド〉というバンドを結成して」
「それぞれが独立系のレーベルからLPレコードを1枚ないし2枚出し」
「〈ザ・ジスト〉が大手レコード会社の企画したカセット・テープに1曲提供したが」
「どちらも2、3年で解散」
「それぞれのバンドのマテリアルから数曲ずつ集めた『蕾のうちに摘み取る』というタイトルのアルバムを‘80年代の後半に出した」
「でも、ご存知のようにその時既に、プログレは下火になってたってわけ」
「で、廃業して他の職に就いたり結婚したりして普通に暮らしてたんだけど」
「いざ天寿をまっとうしてみると、やり残したことがあるような気がして昇天できず」
「亡霊になってこうしてまた、つるんでるんだよ。アワードとまでは言わない。一度でいいから『オールド・グレイ・ホイッスル・テスト』に出たかった」
〈ザ・ジスト〉がため息混じりに言葉を結んだ。
「落ち目になったら悲惨だなあ。天使バンドだって、解散後ちりぢりになって音楽をやめた連中は、亡霊たちに混じって街をあてどなくうろついているというし。明日はわが身という気がする。他人事とは思えない」
直情型のラウエルが目をうるませている。
「それで、ここへはなぜ?」
再びジョフィエルの先をこして、テュリクセルが尋ねる。
「〈プログレ浄土〉へ行く途中なんだけど」
「〈プログレ浄土〉?」
「そう。元プログレやユーロ・ロック関係の亡霊が行く、楽園のような場所よ」
「象の墓場みたいなもんか?」
「楽園と言ったでしょう。ラウエル。その耳の穴、縦長になったせいで音が洩れるんじゃないの?」
〈ウィークエンド〉がまた、髪の毛を逆立てる。
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