プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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36. 恋人ジョフィエルの危機に駆けつける《神》

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 さては湖に住む怪物かと、一同固唾を飲んで見守る。
ジョフィエルはかつてロギエルが造ったステージ・セットの一部〈マグマ・アンジュ〉を思い浮かべていた。
ステージ上を点滅しながら端から端まで転がる、直径一メートル強の電飾アルマジロである。ヤケを起こしたついでにロギエルが湖に投棄している可能性があり、さらに最悪の事態を考えるとそれが凶暴化している恐れがある。

 水しぶきが治まったとき、天使たちの目の前に現れたのは、湖の中ほどに建つ巨大な塔らしきものだった。
湖畔の数箇所でサーチライトが同時に点灯した。塔のように見えたものは人工の浮島に鎮座する、白く塗られた巨大クレーンだった。ライトが湖の中央に集まる。
そこにはいつの間に現れたのか、水上ステージが浮かんでいた。ドーリア式円柱一対が両端に建ち、その上にレリーフ入りの破風屋根がある。中央に何やら白い囲いのようなものが見えた。頂をわざといびつにして、遺跡を模しているらしい。全貌はパルテノン神殿とその周囲の遺跡をイメージしたステージ・セットである。

 水上ステージの前面に取り付けられた数個のサーチライトがいっせいに点き、湖面を光の輪が交錯した。
ステージから荘厳なシンセサイザー音が聞こえてきた。
ゴルゴポタモス・阿・ヴァン・アンク・O・タオ・ギーダのGD“Tierra“に入っている曲『無蓋の天体』があたりに響きわたった。

「My sweet heart!」
ジョフィエルが目を輝かせて叫んだ。ラウエルが目を見開いてジョフィエルを見た。
他の天使たちはステージの上に目をこらして、ゴルゴポタモス・阿・ヴァン・アンク・O・タオ・ギーダの姿を探した。どんな天使かジョフィエルに聞いても、ここぞとばかりに小難しい修飾語とわけのわからない比喩を総動員してとぼけるだけ。その奇妙な名前から本人を想像することは困難であり、彼らは皆、実体を一目見たいと思っていたのだ。

 だが、模造遺跡のセットに囲まれて、誰もその姿を見ることはできなかった。
一曲目が終わると、湖のあちこちから水中花火があがった。〈レイク・スタジオ〉の方から子供たちの声が聞こえた。彼らは建物の水平な屋根に登って一部始終を見ていたのだ。

「イエーイ。湖の水は煮えたぎり、魚はみんな煮魚になるぞ」
ダミアンが奇声をはりあげる。彼の性格には、やはりその名前が暗い影を落としているようだ。
バチバチと凄まじい音がした。動き出したクレーンのアームで花火が炸裂して三色の火花が散り、ほの暗い空に煙が漂っている。先端からも黄色い火の粉を吹きながら、アームは半円を描いて反復運動をする。

 吊り下げられたバケットからは、大量の小石のようなものが湖面にばらまかれている。
ジョフィエルと《神》のコラボレーション・アルバム『神話集』の2曲目、『火焔と旋風』のイントロが聞こえてきた。
条件反射でジョフィエルが歌いだす。

「♪Einmai wir tun roufen…」
「ジョフィエル。その声」
「おお。僕のボーイ・ソプラノが元に戻ってる」
「なんとすばやい裏取引。いつの間に、どうやったんだ」
ロドフェルがジョフィエルと亡霊船を交互に見比べる。〈さまよえるユーロ・ロックの亡霊たち〉はもはや《ケルビム》など眼中になかった。彼らは流れてくる3センチ角のいびつな氷のようなものをヒシャクですくって船に積みこんでいる。どんどん増えていく積荷のせいで、喫水線がみるみる下がっていく。

「君たち。何をしてるんだ。沈んでしまうぞ」
「沈んでいいんだ。元々中にいたんだから。それに、この下が〈プログレ浄土〉だと言っただろう。それより、僕たちは今、とても珍しいもののエッセンスを凍らせて立体パズルにしたピースを採集してるんだ。話しかけないでくれ」

「あっ。これはゴルゴポタモスが10年以上も前に〈ヒュエバ・レーベル〉から出した幻の名盤『それは午後の9時だった』の譜面よ。あのレーベルはとっくにつぶれてるから、これほど貴重なお土産はないわ。
あっ。2枚目のアルバム『霰と雹』に入ってる『私はここにいる』の歌詞。これはすごいわ。もう《ケルビム》の名前もジョフィエルの声もどうでもいい。さあ、〈ヤング・マーブル・ジャイアント〉、〈ジスト〉ひとかけら残さずすくうのよ。パーツが一個でも足りないと後で再生した時、音にひずみが出たり発音が違ったりして価値が下がる。きゃあ、あれはファースト・アルバム『世界の終末』の音源。ああ、流れていく。早く、早く」

 ヒシャク片手に船べりから身を乗り出す三人。船が片側に大きく傾く。
「あそこに『Tierra』一曲目の“He-o”の迫力満点のストリングスが。待ってぇ。ぐわ、ごぼごぼ」
船尾が水に没してからはあっという間もなかった。湖面に光の輪が交錯する中、ダイナミズムに満ちたシンセサイザーの調べをBGMに、帆船は水中へと引き込まれていった。

「名前や声を持っていくと言われても困るけど」
「あんな風にどうでもいいと言われると、自尊心が傷つくな」
「確かに《5エンジェルス》と《ケルビム》のGDは、〈前衛天球派〉ブーム再来のおかげで都市部に住む亡霊ならわりとお手軽に手に入るけど」
「何はともあれ、僕の声が元に戻ってよかった」
「ジョフィエル。またしても、勝手なことをしてくれたな」
せっかく危機を脱したと言うのに、ほっとする間もなくテュリクセルがつっかかる。

 ヒュリエルの望むバンド名《8エンジェルス》にするチャンスをすんでのところでまたしても逃し、面白くないのだ。
「勝手なこと?どういう意味だ?」
上空でホバリングしながら、しれっ、と応じるジョフィエルに、今度はラウエルが詰め寄る。

「なんで、ここに、ゴルゴポタモス・阿・ヴァン・アンク・O・タオ・ギータの曲が流れ、大量に彼の発表した音楽からみのものが流れてくるんだ。あのステージにいるのはヤツなのか?」
ラウエルの口調は嫉妬と憎しみを帯びていた。だが、今のジョフィエルは彼の感情など全く意に介していない。

「彼のGDは多重録音の産物で、主旋律以外ほとんど音源データに頼らざるを得ないライブはやらないとあれほど言ってたのに。僕の危機を知ってわざわざポンペイくんだりまで助けに来てくれたんだね。ありがとう」
ひときわ響き渡る高音のありがとうとともに、ジョフィエルは水上ステージに向って大きく手を振った。夜明け前の薄暗い空にまた。炎の文字が浮かび上がる。ジョフィエルが無意識にそれを読み上げた。

「ΑΓΓΕΛΟΣ」
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