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38. 《神》の使いのヘラクレス ジョフィエルのお株を奪う
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ジョフィエルは《神》にしては小さいと思ったが、彼の前世が動物、鳥、はては金色の雨にまで姿を変えられる全能の神であったころを思い出し、ときめく胸をおさえて仲間の天使たちに告げた。
「あれが《神》だ」
ロドフェルとギヒテルが反射的に目を見かわす。
「神自ら地上に下ってこられたのか。よかった。老いさらばえて死ななくても天国へ行けるよう直訴しよう。翼が役に立たなくなって、あきらめかけていたんだ」
頬はこけ、ガイコツよりも怖い顔の中で異様に目をぎらつかせ、ゼピエルが満面の笑みを浮かべる。
そんな彼の興奮をよそに、ジョフィエルが続ける。
「《神》であり、別名をゴルゴポタモス・阿・ヴァン・アンク・O・タオ・ギータ。また、もう一つの名を《Z神》」
7人の天使たちにとってせっかく見えかけていた話が、この二つの名前のせいで再び雲に隠れてしまった。ナイジェルが怪訝な顔で問い直す。
「神って、我々の主であるキリスト教の神のことじゃないのか?」
「どういうことだ。我々の神が君と一緒になってGDを出したのか?」
ロドフェルがつめよる。
「僕の音楽パートナーの《神》はギリシャの神で、ゼウスの生まれ変わりなんだ」
とうとう言ってしまった。
しかし、ジョフィエルが期待した派手なリアクションは得られなかった。天使たちは、その目で真実が確かめられそうな場合はなるべくジョフィエルの説明に頼らない習慣を身に着けている。
彼らは無言で、きらきらと光を放ちながら降りてくるなにものかを見つめた。
「♪アレクサンドラ、アレクサンドラ…」
『モスクワは涙を信じない』のテーマソングを口ずさみながら、光る物体はぷるるるるるるる、と羽音をたててゆっくりと垂直降下してきた。そして、ぴたりとジョフィエルの肩の上にとまった。
「それが《神》なのか?」
ナイジェルがあっけにとられて指差す。
どう見ても大型の甲虫である。
「君はその虫と一緒にGDを出したのか?」
ロドフェルが必死に笑いをこらえている。
「三頭身で舌を出した神のほうがまだましじゃないか」
ギヒテルが大真面目に言ってまじまじと虫を見る。
「残念ながら、私は《神》じゃありません。《神》は先ほどまで〈二ムロド・スタジオ〉からで音声ライブ配信で演奏を披露なさっていたお方で、ここにいる私はその代理です。私の名前はヘラクレス」
「ヘラクレス?君がか」
ギヒテルが雪男顔をさらに近づける。虫は微動だにしない。むさくるしい髭面なら日頃から〈ニムロド・スタジオ〉で見慣れているからだ。
「『君がか』とは心外ですね。ヘラクレスといえば、体長17cmのカブトムシと昔から決まっておりましょうが。他に何がいるんです?オリジナルのゼウスのお手がついてアルクメネが産んだ、ライオンの皮をかぶりこん棒を持った半神半人?誰がそれを見たんですか?キューバのヘラクレスオオカブトを見た者なら、大勢おりますがね」
そう言って飛び上がる甲虫に慈悲の微笑みを浮かべて、ジョフィエルが手をさしのべた。ヘラクレスはその手をよけてジョフィエルの肩から飛び上がり、彼の頭のてっぺんに止まった。
《神》の代理と最初に言われていなければ、ライブでまっきんきんに染めてラメまでかぶる髪にとまる虫は、即座にはたき落とされているところだ。
「ギリシャのヘラクレスは女神ヘラにいじめぬかれたらしいですがね。私の原産地のキューバは、交替で象とロバに踏まれたり蹴られたりした歴史があります。〈赤い巨人〉なんて図体はでかくても中は空洞のマトリョーシカで、よりかかったらすぐに倒れてしまいました。スペイン語の『独立』のスペルの中には既にCIAがもぐりこんでいたんですよ。メイン号一艘で砂糖の島がまるまる一個手に入れば安いもんだ」
「すごい。ジョフィエルよりわけのわからないことを言えるヤツが現れた」
ギヒテルが感嘆の声をあげる。
ジョフィエルは焦った。彼はこんなことでも、誰かと比較されると焦るのだ。
「ハバネーラ、ルンバ、マンボ、ボレロにチャチャチャ。キューバは音楽の宝庫なのに、なぜ、レゲエ一つ覚えのジャマイカだけが人間界の国際市場で認められてメジャーになったのか、私には得心がいきません」
このヘラクレスの愚痴に対し、誰も答えを持ち合わせていなかった。ただ、民族の苦悩や魂の叫びをマンボやチャチャチャに込めるのはさぞ難しかろうと、皆、漠然と思っていた。
「そういうわけで国そのものは全くいいとこなしだったんです。ただ、私の仲間はわりといい目をみてましたね。虫けらのように珍重してくれる昆虫学者やコレクター、マニア、虫ヲタがわんさといましたから」
「そうだ。《神》の代理だと言っていたね。彼から何か言づてがあるだろうか」
これを聞くと、ヘラクレスはもったいぶって、ジョフィエルの頭の上で咳払いを一つした。その咳払いの一秒が災いして、肝心の返答は次の瞬間に起こった水音にかき消されてしまった。
ざざざざざざざ。
湖から幽霊船やクレーンの時とは比べものにならない、まるで滝のような轟音が湧き上がった。
「あれが《神》だ」
ロドフェルとギヒテルが反射的に目を見かわす。
「神自ら地上に下ってこられたのか。よかった。老いさらばえて死ななくても天国へ行けるよう直訴しよう。翼が役に立たなくなって、あきらめかけていたんだ」
頬はこけ、ガイコツよりも怖い顔の中で異様に目をぎらつかせ、ゼピエルが満面の笑みを浮かべる。
そんな彼の興奮をよそに、ジョフィエルが続ける。
「《神》であり、別名をゴルゴポタモス・阿・ヴァン・アンク・O・タオ・ギータ。また、もう一つの名を《Z神》」
7人の天使たちにとってせっかく見えかけていた話が、この二つの名前のせいで再び雲に隠れてしまった。ナイジェルが怪訝な顔で問い直す。
「神って、我々の主であるキリスト教の神のことじゃないのか?」
「どういうことだ。我々の神が君と一緒になってGDを出したのか?」
ロドフェルがつめよる。
「僕の音楽パートナーの《神》はギリシャの神で、ゼウスの生まれ変わりなんだ」
とうとう言ってしまった。
しかし、ジョフィエルが期待した派手なリアクションは得られなかった。天使たちは、その目で真実が確かめられそうな場合はなるべくジョフィエルの説明に頼らない習慣を身に着けている。
彼らは無言で、きらきらと光を放ちながら降りてくるなにものかを見つめた。
「♪アレクサンドラ、アレクサンドラ…」
『モスクワは涙を信じない』のテーマソングを口ずさみながら、光る物体はぷるるるるるるる、と羽音をたててゆっくりと垂直降下してきた。そして、ぴたりとジョフィエルの肩の上にとまった。
「それが《神》なのか?」
ナイジェルがあっけにとられて指差す。
どう見ても大型の甲虫である。
「君はその虫と一緒にGDを出したのか?」
ロドフェルが必死に笑いをこらえている。
「三頭身で舌を出した神のほうがまだましじゃないか」
ギヒテルが大真面目に言ってまじまじと虫を見る。
「残念ながら、私は《神》じゃありません。《神》は先ほどまで〈二ムロド・スタジオ〉からで音声ライブ配信で演奏を披露なさっていたお方で、ここにいる私はその代理です。私の名前はヘラクレス」
「ヘラクレス?君がか」
ギヒテルが雪男顔をさらに近づける。虫は微動だにしない。むさくるしい髭面なら日頃から〈ニムロド・スタジオ〉で見慣れているからだ。
「『君がか』とは心外ですね。ヘラクレスといえば、体長17cmのカブトムシと昔から決まっておりましょうが。他に何がいるんです?オリジナルのゼウスのお手がついてアルクメネが産んだ、ライオンの皮をかぶりこん棒を持った半神半人?誰がそれを見たんですか?キューバのヘラクレスオオカブトを見た者なら、大勢おりますがね」
そう言って飛び上がる甲虫に慈悲の微笑みを浮かべて、ジョフィエルが手をさしのべた。ヘラクレスはその手をよけてジョフィエルの肩から飛び上がり、彼の頭のてっぺんに止まった。
《神》の代理と最初に言われていなければ、ライブでまっきんきんに染めてラメまでかぶる髪にとまる虫は、即座にはたき落とされているところだ。
「ギリシャのヘラクレスは女神ヘラにいじめぬかれたらしいですがね。私の原産地のキューバは、交替で象とロバに踏まれたり蹴られたりした歴史があります。〈赤い巨人〉なんて図体はでかくても中は空洞のマトリョーシカで、よりかかったらすぐに倒れてしまいました。スペイン語の『独立』のスペルの中には既にCIAがもぐりこんでいたんですよ。メイン号一艘で砂糖の島がまるまる一個手に入れば安いもんだ」
「すごい。ジョフィエルよりわけのわからないことを言えるヤツが現れた」
ギヒテルが感嘆の声をあげる。
ジョフィエルは焦った。彼はこんなことでも、誰かと比較されると焦るのだ。
「ハバネーラ、ルンバ、マンボ、ボレロにチャチャチャ。キューバは音楽の宝庫なのに、なぜ、レゲエ一つ覚えのジャマイカだけが人間界の国際市場で認められてメジャーになったのか、私には得心がいきません」
このヘラクレスの愚痴に対し、誰も答えを持ち合わせていなかった。ただ、民族の苦悩や魂の叫びをマンボやチャチャチャに込めるのはさぞ難しかろうと、皆、漠然と思っていた。
「そういうわけで国そのものは全くいいとこなしだったんです。ただ、私の仲間はわりといい目をみてましたね。虫けらのように珍重してくれる昆虫学者やコレクター、マニア、虫ヲタがわんさといましたから」
「そうだ。《神》の代理だと言っていたね。彼から何か言づてがあるだろうか」
これを聞くと、ヘラクレスはもったいぶって、ジョフィエルの頭の上で咳払いを一つした。その咳払いの一秒が災いして、肝心の返答は次の瞬間に起こった水音にかき消されてしまった。
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