プログレた天使たち 

瑠俱院 阿修羅

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42. ヒュリエルの決意 テュリクセルの一途な愛

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 ヒュリエルの大真面目な悩みを聞いて、わきにいた天使たちは思わず吹きだした。
「まだまだ、先のことだろう」
ゼピエルが慰める。
「亡霊たちもいるし、二人だけってわけじゃない。遠く離れて暮らせばいいんだ。地球は広いんだから」
ナイジェルが励ます。
「なんなら、寝てる間にみんなでジョフィエルを鳥葬にしてやろうか?」
ロドフェルだけは常にこうである。
「でも、アフロディテに探されてるのは君なんだろう?」
ギヒテルが言う。
「探されてるからって名乗り出ることはない」
テュリクセルがヒュリエルの肩を抱いた。

「でも、私の立場もわかってください。私はアフロディテに、人類最後の美青年を探し出さないとカエルの姿に変えると言われているんです」
天使たちは皆、今の姿とどっこいだと思った。
「おとぎ話のカエル王子は人間のお姫様と結婚しましたが、私はカエルにキスするようなゲテモノ好きな女と結婚するなんてまっぴらごめんです。亡霊ならなおのさらこと」

「カエルになったからって、お姫様に出会うとはかぎらないだろう。なんなら、お姫様の霊の出没しそうにない熱帯雨林が砂漠地帯に住めばいい」
ラウエルがさっきのショックから立ち直って助言を与える。
「とにかく私は女神の怒りが怖い。やはり、報告します」
言うが早いかヘラクレスは飛び立った。テュリクセルは追ってはばたこうとしたが、あいにく翼を着けていなかった。ジョフィエルに頼んでも無駄なことはわかりきっている。

「湖の中に隠れるといい。私が責任をもって〈プログレ浄土〉にかくまおう。さあ、勇気をもって水に飛びこむんだ」
テュリクセルは、ヒュリエルの肩を抱いた手に力を入れてゆすぶった。
「安心しろ。なんとかしてオレが、アフロディテからかくまいとおしてやる」
ヒュリエルの目が宙を泳ぐ。
人目にたたない潜伏生活。それはライブ演奏が生き甲斐のヒュリエルにとって、生きながら死んだも同然だった。しかし、もしライブに出れば女神の餌食。考えられる中で最も酷な二択だった。

「〈プログレ浄土〉でなら少なくとも音楽活動は続けられるぞ。それとも女神の、海より深い愛で溺れさせられてもいいとでもいうのかね?」
これを聞くとヒュリエルはテュリクセルの腕をふりほどき、湖に向ってダッシュした。テュリクセルは追ったが間に合わず、ヒュリエルは水に飛びこんだ。水と女を秤にかければ女が怖いということか。

 跳ね上がった水しぶきにかき消されるようにして、空中のホルガー・チューカイの顔も消えた。後には静寂だけが残った。
天使たちは一人、また一人と決まり悪そうに〈レイク・スタジオ〉のほうへ歩き出した。
湖の周りにいたゴルゴポタモス・阿・ヴァン・アンク・O・タオ・ギータのファンたちは、とうとう最後までその気配すら感じさせないまま潮が引くように帰ってしまっていた。後には彼らが暗いうちに足元を照らすために持参していた松明だけが、そこかしこに散らばっていた。

 一人残ったテュリクセルは土手から身を乗り出して湖を覗きこみ、高く低くヒュリエルの名を呼んだ。耳を澄ますと、『怒りをぶつけたいならスカッシュコートの壁はやめときな』が聞こえた。〈プログレ浄土〉の誰かのギターを借りて弾いているらしい。
テュリクセルは急いで〈レイク・スタジオ〉へ行き、ヒュリエルのギターと自分のベースを持って戻ってきた。湖にギターを投げ入れ、その音色でメイン・コードが聞こえ始めたところで、ベースでリズムを刻む。ヒュリエルは聞こえているのかいないのか、ただひたすら、『怒りをぶつけたいならスカッシュコートの壁はやめときな』のメイン・コードを弾いていた。

 やがてギターの音がやみ、水の中から顔が浮かんできた。さっきとは比べ物にならない見目麗しい顔。一瞬、ホルガー・チューカイが若返ったのかと思ったが、土台からして違っていた。それはヒュリエルの顔だった。話しているが声は聞こえず、テュリクセルは演奏中の大音量の中で寄ってきた時いつもするように、唇を読むことにした。

「謀られた。ホルガー・チューカイの罠だったんだ。彼の顔が空中にある時誰かが水に飛びこめば、その誰かが身代わりとして〈プログレ浄土〉の長老になり、島の周辺の水中、水面、空中を漂うことになる。そして、彼はそう望みさえすればいつでも天国へ解放される」

 そこまで言って、顔は再び水に沈んでいった。テュリクセルはベースを水に沈め、力なく〈レイク・スタジオ〉の建物に戻ってきた。そこでは案の定、ヒュリエルなき後、どうやって女性ファンを動員するかという問題が議論されていた。けんけんごうごうの仲間たちの脇を通り抜け、テュリクセルは自分の部屋に戻ってローブをステージ・コスチュームに着替えた。

 翌日、〈レイク・スタジオ〉にテュリクセルの姿はなかった。きちんと畳んだローブの上に大小2対の翼が重ねられていた。夜中にトドが水に飛びこむ時そっくりの音を聞いたとギヒテルが証言したが、彼の言うことはどこまでが本気でどこまでが冗談かわからない。トドが水に飛びこむ音を彼が生で聞いたことがあるとは思えないし、アザラシが温泉に飛びこむ音とどう違うかも誰にもわからない。

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