黒き魔人のサルバシオン

鈴谷凌

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一章「王都動乱~紅蓮の正義~」

一章 第十三話「共通項」

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「どこから話そうかなぁ……」

 さくさくと土と葉を踏む音が鳴る。グレンと共にここへ来る際に付けた印によって、帰りの足取りは軽やかなものだった。
 しかし、一方のジェナといえば、話したいことがあると言ったきりこの調子である。
 それほど話しにくい内容であるのなら、無理に聞いても逆効果だろう。エルキュールは前を見据えながら、続く彼女の言葉を待つ。

「よし、これなら……あのね、エルキュールさん。まず、私が六霊守護に関係する人間だってことは知っているよね? 私が口を滑らせちゃったことなんだけど……」
「ああ――」

 やっとの思いで出た言葉、それはエルキュールが想定していた以上に、重い内容になるであろう空気を孕んでいた。
 六霊守護。その肩書が彼女がこれからする身の上話に絡んでくるとなると、こちらも真剣に耳を傾けるべきだろう。

「あまり詳しいことは言えないんだけど……六霊守護っていうのは古から伝わる六柱の大精霊――それが住まうとされる聖域を守る任を負う人々のことなんだ。大精霊様の数と同じ、六つの家系がそれを担当しているの」

 言葉を選ぶ、慎重な説明。書籍や伝聞で知っていた話ではあるが、無用に口を挟みジェナの話の腰を折るようなことはしないと心に決める。

「そんな大層な任を全うするには優れた魔術師である必要があってね。聖域には高濃度の魔素が充満しているから強力な魔獣を惹きつけやすいし、ヴェルトモンドで最も歴史ある宗教――その信仰対象の領地を守るってことだから。だから私も小さい時からずーっと、魔法の勉強と実践ばかりさせられていたんだ」

 過去を振り返る遠い目。所々に皮肉を込めた口調。それでも、語るジェナの表情に暗いものは見られない。

「最初の方は楽しかったんだ。順調に成長を実感できていたし、お父さんとお母さんに教えてもらうのも嬉しかった。難しい論理も、私が興味を持てるように工夫して説明してくれたし、何より魔法は楽しいものだって……いつも私に伝えてくれた」
「……そうか、それはいいご両親だな。楽しげな様子が目に浮かぶ」
「えへへ……うん」

 エルキュールの相槌に、ジェナも誇らしそうにはにかんだ。が、話を続ける彼女のそれは、一転して暗いものへと変化してしまった。

「でも、それも長くは続かなかった。色々あってね、私の成長が止まっちゃって、修行も思うようにいかなくなったんだ。そうしたら、私の祖父と祖母――当代の六霊守護なんだけど。『拘りを捨てなければ、殻は破れない。修行の旅に出て、己の見識を広めなさい』って」

 エルキュールから見たジェナは、それはもう魔法の才覚に溢れた少女であると形容せざる得ないものだ。若くして魔術師の職を賜り、上級魔法は魔人の肉体をいとも簡単に滅するほど。
 それでもなお、彼女には足りないものがあるというのだから、その祖父母はきっと厳格な人で、それだけ六霊守護というものは大きい役なのだろう。

「その言いつけの通り、私は旅に出た。アルトニーに来たのもそうなの」

 魔術師である彼女がこの辺境に滞在している理由は、やはりエルキュールの想像と合致していた。一つ予想外だった点を上げるとするなら、その旅の動機が後ろ向きな理由に由来していたことくらいだ。

 ともあれここまで聞けば、ジェナの身の上に関してこれ以上聞くことはないように思える。彼女がエルキュールに伝えたいと言っていたのはこのことなのだろうか。
 眉を顰めるエルキュールに、ジェナの語りは続けられる。

「この街では結構な収穫があったんだけど……あの噂について聞けたのは面白かったかなぁ」
「噂……? どんな?」
「――ヌールの街に住んでいるという仏頂面で黒づくめの男について。魔獣を狩る名手なんだって」
「……っ」

 不意にざわめくコアの鼓動を、エルキュールは決死な思いで抑えた。思いもよらぬ角度から飛んできた自分自身についての噂に悶えるエルキュール。その反応を見て何を勘違いしたのか、ジェナは嬉しそうに声をあげた。

「ね、面白いでしょ? その人は定期的に魔獣を狩っているって話だから、間違いなく腕が立つはずなの。それなのにあまり広くは知られていないみたいで……私自身もヌールにそんな人がいるなんて知らなかったからさ、気になって会いに行こうと思ってたの。それだけの使い手に会えば、旅の目的も少しは果たされるかもって……」

 声を弾ませながらその噂の人物について教えてくるジェナに、曖昧な対応でお茶を濁す。
 単に自分のことについて語られるのが気まずかったからなのだが、その消沈した態度までもを勘違いした彼女は、エルキュールの意図を汲むが如く頷いた。

「うん、だけどヌールの街は一昨日、魔獣の襲撃にあって……多くの人が傷ついた。後から聞いた話では、あのアマルティアも関わっていたみたいだし……きっと、今から行っても会える可能性は低いと思うんだ」
「……それはどうだろうな。探せば見つかるかもしれないぞ?」

 どう反応すればいいか分からず、ついいつのものように当たり障りのない言葉で壁を作ってしまう。だがそんなエルキュールの心中など露知らず、ジェナは花が咲くような笑みを見せる。

「あはは、ありがとう……励ましてくれて。でも、大丈夫だよ。代わりに新しい目的も見つかったし、ね」

 そう言いてジェナは意味ありげにエルキュールへと視線を送った。真っ直ぐに見つめられる瞳。流石にそれが示す意に気付かないエルキュールではなかった。
 しかしなんて巡り合わせだろうか、彼女が指しているのは結局のところ同じ人物であるのだが、今はそのことには触れないで話を前へと進める。

「……話を聞く限り、旅の主目的はきっと多くの経験を積むということなのだろうが……それが俺に関わってくる理由が分からないな。俺は魔法士の資格すら持たない平凡な男だ」
「平凡って……はあぁぁ……私からすると、とっても嫌味に聞こえるなぁ、それ」

 確かに魔人であることと平凡という言葉は、相容れないものだろう。しかし、それを除けばエルキュールという存在はあまり特異なものではないというのが、彼自身の自己評価であった。
 エルキュールにとっては疑いようもない事実を述べたに過ぎないのだが、ジェナにとっては違うようだ。頬を膨らませて非難する彼女は、殊更にあどけなく見えた。

「君からすると、と言われてもな。君は魔術師であり、次代の六霊守護だろう。もし俺の態度が卑屈に映ったのなら謝るが、君の言い分はやはり無理があるように思える」
「む……だから……って、ああ、そっか。ごめん、私が言い忘れてたんだ」

 なおも不満そうにするジェナだったが、突然両の手をぽんと叩くと申し訳なさそうに告げた。

「話が前後しちゃうんだけどね? 私が修行を言い渡されたところ。祖父母にはああ言われたけど、結局私には何が足りなくて、どうすればいいのか、考えてもよく分からなかったんだ。今の私でもほとんどの属性の魔法を扱えるし……その今ある力を伸ばすだけなら、家を出ずにただ魔法の修行をすれば済む話だからね」
「それはそうだが……その祖父母に直接理由を尋ねれば解決するんじゃないのか?」
「……聞いて素直に教えてくれる人たちじゃないよ、あれは」

 ジェナのものとは思えない、冷めた声色。彼女と祖父母の間にある関係が察せられるようだが、踏み込まないのが得策だろう。

「それで、君は何が原因だと思ったんだ?」
「ああ、うん。見聞を広めるという言葉から考えてみたんだけど……もう少し幅広く捉えてみて、魔法についてもう一度広く学んでみようと思ったの」
「魔法、か。繰り返すようで悪いが、そちらの分野ではもう伸びしろが少ないように思えるが」
「それは違うよ。あるんだ、私にも。一つだけ、今の私に確実に足りないものがある」

 存外に力強く、確信めいた言葉。その有無を言わせぬ態度に、反論の言葉も霞のように消えていった。
 ただただ興味を惹かれ、ジェナの瞳に吸い込まれそうなくらいに視線を送った。

「……闇魔法だよ」
「――――」
「私には闇魔法の適性がこれっぽっちもないの。そこだけぽっかりと欠けているの。きっと、それなんだ。私に足りないのは。うん、そうに違いない。だから、お父さんだって――」
「ジェナ……?」

 熱に浮かされたように呟くその様子から漏れる影。尋常じゃない様子に、エルキュールはその呪詛にも思える呟きを遮った。
 呼ばれ、弾かれたように身体を大きく震わせるジェナ。覗き込んだ顔は憑き物が落ちたような表情をしていた。

「ごめんなさい……少し、話が逸れちゃってたね。あははは……」

 思えばジェナの言葉の節々には、闇魔法に対する独特な執着が見られた。それが今になって堰を切ったように溢れだしたのだろうか。
 その執念の根源にあるものは分からぬままだが、ともかく彼女のその様子を見て、彼女の目的とエルキュールとの間にあるものが闇魔法であるということが理解できた。

「あなたたちが私たちを助けに入って、それで魔法を初めて見たときね……とっても驚いたし、それに凄く嫉妬したんだ。嫌だなぁ……とすら思ったくらい」
「そうか……嫌か」
「ああ、ああ! 違うよ! 魔法の話ね! エルキュールさんの事は嫌ってないし、むしろいいと思うよ、うん!」
「……ふ、冗談だ。嫌いになるとか、疎まれるとか、今更俺が気にするようなことではないからな」

 大慌てで訂正するジェナに、本気にしていないと笑い返す。重くなった空気は弛緩し、本当に彼が怒っていないことを知ったジェナはすっかり平常心を取り戻したようだった。

「もう、そんな冗談を言う人には見えなかったんだけどなぁ……って違う違う。そう、あなたの闇魔法を見て思ったのはそんな暗いことだけじゃなくて。純粋に自分には出来ないことをやってのけるあなたは凄いなぁって思ったし、もしよかったら……私に闇魔法を教えてくれないかなって、そう思ったの」
「教える……? 俺がか?」

 まさか教えを乞われるとは思わなかった。エルキュールは狂ってしまいそうな声の調子を保ちながら聞き返す。

 教えることに対する抵抗はなかったが、それでも自分なんかが適任だろうかという戸惑いも大いにあった。
 書籍から得た知識を元にした我流の魔法が、彼女に何かをもたらすことがあるのだろうか。
 そもそもエルキュールとて、自身の目的のために旅をしている身だ。そしてその目的を果たすためには、アマルティアとの闘争は避けられない。
 そんなエルキュールが魔法を教えるということは、どうしてもその事情に彼女を巻き込んでしまうことに繋がる。
 ただでさえ、ジェナには今日の一件で危険を冒させてしまっている。どうしても引け目を感じざるを得なかった。

 負い目から返答を渋るエルキュールに、ジェナは依然として懇願する。

「お願い! やっと掴みかけた希望なの! 私には、あなたが必要なの!」

 迫る熱意は相当なもので、語気にもまた熱がともっていた。彼女の境遇からはエルキュールと似たものが感じられる。
 それに同情したからだろうか、エルキュールは彼女の頼みを聞いてやってもいいと考え直していた。

 だがそれには、やはり彼女にも知ってもらう必要があった。エルキュールの覚悟を。エルキュールの因縁を。エルキュールの切望を。

 ジェナはある程度踏み込んで話してくれた。本音を聞かせてくれた。
 ならばエルキュールもまた、その誠意に釣り合うだけの対価を天秤に乗せる必要があるだろう。

 ここにはいないグレンも言っていたことだ、アマルティアに立ち向かうには協力者が不可欠なのだ。
 家族との縁をいったん切ったとしても、それは新たに縁を結ぶのを拒む理由にはならない。
 瀬戸際までヒトであり続けようと、ちょうどミルドレッドの戦いを経て思い直したところだ。

 拒む理由はない。そうと心に決めれば、思いのほか言葉は湧き出るものだった。

「その頼み、受け入れることは構わない。だが、二つ。俺からの条件を呑んでほしい」

 儀式めいた固い口調。だがエルキュールにとっては確かに必要な手順だった。

「一つ、これから俺はこれから俺が言うことを信じること。そして二つは……そのことをみだりに人に教えないこと。いいか?」

 敢えて突き放すように低く告げたその言葉に、是非もないといった態度で頷くジェナ。頼もしさすら感じるその肯定に、エルキュールも満足げに応じる。
 ジェナからエルキュールへと流れた会話が、今度はエルキュールからジェナへと、まるで鏡合わせのように反転する。

 そして、アルトニーへと続く道のりもまた、折り返しに差し掛かろうとしていた。

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