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一章「王都動乱~紅蓮の正義~」
一章 第十五話「交わるとき」
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アルトニーの森を脱したエルキュールとジェナが騎士団詰所に帰還したのは、もうすっかり陽が落ちてしまった頃であった。
詰所に先に逃げ延びていたグレンとカイル、未だ帰ってこないジェナたちを心配するクラーク一家は、二人の無事に大いに喜んだ。
クラーク夫妻は腰を痛めるのではないかと心配するほどエルキュールらに頭を下げていたし、ずっと不安と緊張を抱えていただろうサラは大声で泣きだす始末。事件の渦中にいたカイルは自分のした行いを猛省し、そんな妹に申し訳なさそうに何度も謝っていた。
それぞれが思い思いに感情を爆発させる様に、エルキュールはもちろんのことジェナやグレンも若干押され気味だった。
それに追い打ちをかけるが如く、遠くから騒ぎを駆け付けた騎士連中までもがその人の渦の中になだれ込んできた。
一兵卒の過失によるこの事件に責任を感じていたアルトニー騎士たち。もちろん全員ではないがカーティス隊長を筆頭に数人が集い、事件解決に動いてくれたエルキュール、グレン、ジェナの三名に丁寧な陳謝と賞賛を送った。 ここまで事が大きくなるとは思っていなかったエルキュールは、正直いって多くの人間に囲まれるというこの状況から逃げ出したくあったのだが。
彼の弱気に目聡く気付いたジェナとグレンによってそれも阻まれ、むしろかえって二人からの揶揄いを受けることになったのだった。
詰所内はまるで祭りでも催されているのかという程の賑わいを見せていたのだが、やはり勢いというのは時が立てば落ち着くもので、次第にそのほとぼりも冷めていった。
先ほどエルキュールらにお礼を述べてきた騎士などは、この時間になってもなお仕事に追われているらしく、早々とそれぞれ持ち場に戻っていった。
この街が抱えている問題は依然としてあることを再認識させられるが、とにかくこれからの展望について語るのなら、今が絶好の機会だろう。
疲弊した精神を癒すべく、集団から離れていたところで暫しの休憩していたエルキュールは、場の空気が落ち着いていくのを感じながら決意した。
王都へ至る道にグレンのほかにジェナが加わった。まずはそのことを知らせようと赤髪の彼を探す。
こういう時、背の高さは素晴らしいものだなと思う。部屋の隅の方でカーティス隊長と話しているグレンの姿を容易に確認できた。
「そういえば、グレンの家はあのブラッドフォードだったな」
二人が会話している様子から、エルキュールは今朝の出来事を思い返していた。
王都には古くから栄える名家が数あるが、その中でもブラッドフォード家の名声は一際高い。
紅炎騎士、ヴォルフガング・ブラッドフォード――現当主である彼は王国議員としての肩書を捨て、革新的な裁判所を設立した。
養子とはいえ、そんな傑物の子息であるとは。今になっても半信半疑であった。
「おい、エルキュール。そんな所で突っ立って何をやってるんだ?」
急にかけられた言葉に弾かれたように顔をあげる。見やると、直前まで会話に興じていた二人が、揃ってエルキュールの方へ視線を投げかけていた。
「……すまない、少し今朝の事で考え事を」
まじまじと見すぎてしまったと短く反省しながら、二人の間に入る。しかしこれでは、元々二人で会話をしていたところを邪魔したように思えてしまい、エルキュールは気まずそうに視線を逸らしてしまう。
そうしてどのように切り出そうかと迷っていると、そんな彼の様子が可笑しいとでもいうようにカーティス隊長が噴き出した。
「くっ、くく……そんなに思い悩まずとも良いのですよ、エルキュール」
くつくつと笑いながら言う彼女からは、その小柄な老婆という姿も相まって、今朝の様子からは考えられないほどに親しみやすそうな印象を受けた。
カーティス隊長は騎士制服の襟元を正し、エルキュールを見上げる。
「改めまして。私、ここアルトニーの騎士を束ねる騎士隊長兼統治者を務めております、ノーラ・カーティスと申します。再三ですが、此度の件については大変助かりました」
「ああ、いえ……って、統治者? ということはあなたがこの街の長ということですか」
まさか騎士を纏めるだけでなく、街の管理すら行っているとは。街の統治者は原則として貴族の役割であると聞き及んでいたため、エルキュールは思わず聞き返さずにはいられなかった。
騎士階級が爵位を得ることはしばしばあるが、まさかこういった場合もあるのかと、問いに頷く彼女を見ながら驚くエルキュールであった。
「と、そうではないですよね。名乗られたのだから、こちらも返さなくては。俺は――」
それは意外な情報だったが、礼を失するのはよくない。
慌てて自らも名乗ろうとしたが、その寸前に奇妙な違和感がエルキュールの心に湧き出てきた。
そういえばこのカーティス隊長は、始めにエルキュールの名前を口にしていたような。
余程わかりやすく顔に出ていたのだろうか、またしても彼女は愉快げに笑い、それまで沈黙を貫いていたグレンの方を示した。
カーティス隊長からの合図にグレンは肩をすくめるだけで何も言わなかったが、その一連を見るだけでエルキュールはどういう訳かを察することができた。
大方、エルキュールが加わる前にでも話していたのだろうが、問題はカーティス隊長がエルキュールについてどこまで知っているかだ。
エルキュールは自身の事情を出来るだけ明るみに出したくはなかった。グレンとジェナについてはある程度話したが、やはり情報を開示する相手は慎重に選びたかった。
エルキュールはもはや縋るようにグレンの方を見やる。エルキュールにまで見つめられた彼は、いよいよ居心地悪そうに肩を落とすと、深い息を吐いた。
「……オレから積極的にべらべら喋ったわけじゃねえが、この婆さん……見た目に反してそこそこ頭が切れるみてえだ。オレたちがヌールから来たという情報から、お前が置かれている状況も簡単に言い当てちまった」
「……そうか」
まるで自身の咎を詫びるかのような落ち込みようだったが、これに関してグレンは一切悪くない。
ヌール事件の被害者であるにも関わらず、エルキュールはその晩のうちにアルトニーへと出発した。その他の難民が翌日になってから各地に避難し始めたのを考えると、それはあまりにも奇妙なこと。
エルキュールらがヌールからやって来た時、ここの見張りの騎士と接触した。その時点で遅かれ早かれこの結末に至っていただろう。
エルキュールは微塵も不快感を露わにすることなくグレンに返す。
元はと言えばこの詰所を訪れた理由は、ここの騎士たちとヌールの事件について詳しく話すためであった。むしろ一部手間が省けたと喜ぶべきだろう。
「こちらのことを知っているのなら話が早い。カーティス隊長、少し話しておきたいことがあるのですが、お時間は如何でしょうか」
意を決して、今度はこちらから切り込む。とはいえ現在時刻は夜の八時に差し掛かろうとしている。
かれこれ半日は活動している計算だ。積もる話をするのならば日を改めるのも手だと、目線で以てカーティス隊長へ投げかける。
「構いませんよ。そうですね……できれば早い方がよい。今は時間がとにかく足りませんからねえ。ふむ、よろしければ今から……食事でもしながらどうです?」
「食事、ですか……ええ、まあ、構いません。グレンもそれでいいか?」
「……つーか、ぜひそうしてくれ。飯の話されたもんだから急に腹が減ってきたぜ」
自らな腹を叩きながら肯定するグレン。魔人であるエルキュールにとってその感覚は分からないが、ずっと働きづめだったことを思えばそれも自然なことなのだろう。
食事を共にすることにも一定のリスクはあるが、せっかくの機会をふいにするわけにもいかない。
矛盾を抱えることになっても、人の縁を頼ることはこの先の戦いにおいて必要だと。そう、グレンとジェナに教えられたのだから。
「あ――」
目的が定まったところだが、ふとエルキュールの口から言葉ともとれない声が漏れる。
この会合に不可欠な人物がもう一人いたことをすっかり忘れていた。
彼女にも参加してもらう旨を伝えようと、エルキュールは二人の方を見やるが――
「なあ、せっかくあんたの奢りだ。この街で一番の店を所望させてもらうぜ。酒が出るところだったらなお良いな」
「……グレン卿。私は今も厳密には公務中であり、街は非常事態なのです。あまり滅多なことは口にしないほうが良いと思いますけどねぇ」
「何言ってるんだ? 宿酒場ならともかく、難民が多く景気が悪い今はちょっと高級な食事処なんかはさぞ経営で困っているだろ。そういう奴らの生活も慮ってこその統治者じゃあねえか」
「なるほど、一理ありますね。が、それならあなた方が厚意で無償としてもらったという宿泊代、それも支払ってもらったほうがよろしいかもしれませんねぇ。持てる者が施す――実に素晴らしい思想です。感銘を受けましたよ」
「ぐ……やっぱり嫌なほどに頭が切れるな、このババ――」
「おっと。それ以上はいけませんよ」
火花を散らすような言い争いを繰り広げていた。両者ともに真顔のままであったが、実際は仲がいいのではないかと勘違いするほどの淀みのない言葉の応酬であった。
その怒涛の勢いを前にし、エルキュールは暫くの間口を挟むことができなかった。
「全く……何をしているんだ、二人とも」
結局エルキュールの仲裁もあり、その会合にジェナが参加することと、場所は個室付きの少し位が高い料亭で行うこと、金に困っているので宿泊代は免除してほしいことが取り決められた。
詰所に先に逃げ延びていたグレンとカイル、未だ帰ってこないジェナたちを心配するクラーク一家は、二人の無事に大いに喜んだ。
クラーク夫妻は腰を痛めるのではないかと心配するほどエルキュールらに頭を下げていたし、ずっと不安と緊張を抱えていただろうサラは大声で泣きだす始末。事件の渦中にいたカイルは自分のした行いを猛省し、そんな妹に申し訳なさそうに何度も謝っていた。
それぞれが思い思いに感情を爆発させる様に、エルキュールはもちろんのことジェナやグレンも若干押され気味だった。
それに追い打ちをかけるが如く、遠くから騒ぎを駆け付けた騎士連中までもがその人の渦の中になだれ込んできた。
一兵卒の過失によるこの事件に責任を感じていたアルトニー騎士たち。もちろん全員ではないがカーティス隊長を筆頭に数人が集い、事件解決に動いてくれたエルキュール、グレン、ジェナの三名に丁寧な陳謝と賞賛を送った。 ここまで事が大きくなるとは思っていなかったエルキュールは、正直いって多くの人間に囲まれるというこの状況から逃げ出したくあったのだが。
彼の弱気に目聡く気付いたジェナとグレンによってそれも阻まれ、むしろかえって二人からの揶揄いを受けることになったのだった。
詰所内はまるで祭りでも催されているのかという程の賑わいを見せていたのだが、やはり勢いというのは時が立てば落ち着くもので、次第にそのほとぼりも冷めていった。
先ほどエルキュールらにお礼を述べてきた騎士などは、この時間になってもなお仕事に追われているらしく、早々とそれぞれ持ち場に戻っていった。
この街が抱えている問題は依然としてあることを再認識させられるが、とにかくこれからの展望について語るのなら、今が絶好の機会だろう。
疲弊した精神を癒すべく、集団から離れていたところで暫しの休憩していたエルキュールは、場の空気が落ち着いていくのを感じながら決意した。
王都へ至る道にグレンのほかにジェナが加わった。まずはそのことを知らせようと赤髪の彼を探す。
こういう時、背の高さは素晴らしいものだなと思う。部屋の隅の方でカーティス隊長と話しているグレンの姿を容易に確認できた。
「そういえば、グレンの家はあのブラッドフォードだったな」
二人が会話している様子から、エルキュールは今朝の出来事を思い返していた。
王都には古くから栄える名家が数あるが、その中でもブラッドフォード家の名声は一際高い。
紅炎騎士、ヴォルフガング・ブラッドフォード――現当主である彼は王国議員としての肩書を捨て、革新的な裁判所を設立した。
養子とはいえ、そんな傑物の子息であるとは。今になっても半信半疑であった。
「おい、エルキュール。そんな所で突っ立って何をやってるんだ?」
急にかけられた言葉に弾かれたように顔をあげる。見やると、直前まで会話に興じていた二人が、揃ってエルキュールの方へ視線を投げかけていた。
「……すまない、少し今朝の事で考え事を」
まじまじと見すぎてしまったと短く反省しながら、二人の間に入る。しかしこれでは、元々二人で会話をしていたところを邪魔したように思えてしまい、エルキュールは気まずそうに視線を逸らしてしまう。
そうしてどのように切り出そうかと迷っていると、そんな彼の様子が可笑しいとでもいうようにカーティス隊長が噴き出した。
「くっ、くく……そんなに思い悩まずとも良いのですよ、エルキュール」
くつくつと笑いながら言う彼女からは、その小柄な老婆という姿も相まって、今朝の様子からは考えられないほどに親しみやすそうな印象を受けた。
カーティス隊長は騎士制服の襟元を正し、エルキュールを見上げる。
「改めまして。私、ここアルトニーの騎士を束ねる騎士隊長兼統治者を務めております、ノーラ・カーティスと申します。再三ですが、此度の件については大変助かりました」
「ああ、いえ……って、統治者? ということはあなたがこの街の長ということですか」
まさか騎士を纏めるだけでなく、街の管理すら行っているとは。街の統治者は原則として貴族の役割であると聞き及んでいたため、エルキュールは思わず聞き返さずにはいられなかった。
騎士階級が爵位を得ることはしばしばあるが、まさかこういった場合もあるのかと、問いに頷く彼女を見ながら驚くエルキュールであった。
「と、そうではないですよね。名乗られたのだから、こちらも返さなくては。俺は――」
それは意外な情報だったが、礼を失するのはよくない。
慌てて自らも名乗ろうとしたが、その寸前に奇妙な違和感がエルキュールの心に湧き出てきた。
そういえばこのカーティス隊長は、始めにエルキュールの名前を口にしていたような。
余程わかりやすく顔に出ていたのだろうか、またしても彼女は愉快げに笑い、それまで沈黙を貫いていたグレンの方を示した。
カーティス隊長からの合図にグレンは肩をすくめるだけで何も言わなかったが、その一連を見るだけでエルキュールはどういう訳かを察することができた。
大方、エルキュールが加わる前にでも話していたのだろうが、問題はカーティス隊長がエルキュールについてどこまで知っているかだ。
エルキュールは自身の事情を出来るだけ明るみに出したくはなかった。グレンとジェナについてはある程度話したが、やはり情報を開示する相手は慎重に選びたかった。
エルキュールはもはや縋るようにグレンの方を見やる。エルキュールにまで見つめられた彼は、いよいよ居心地悪そうに肩を落とすと、深い息を吐いた。
「……オレから積極的にべらべら喋ったわけじゃねえが、この婆さん……見た目に反してそこそこ頭が切れるみてえだ。オレたちがヌールから来たという情報から、お前が置かれている状況も簡単に言い当てちまった」
「……そうか」
まるで自身の咎を詫びるかのような落ち込みようだったが、これに関してグレンは一切悪くない。
ヌール事件の被害者であるにも関わらず、エルキュールはその晩のうちにアルトニーへと出発した。その他の難民が翌日になってから各地に避難し始めたのを考えると、それはあまりにも奇妙なこと。
エルキュールらがヌールからやって来た時、ここの見張りの騎士と接触した。その時点で遅かれ早かれこの結末に至っていただろう。
エルキュールは微塵も不快感を露わにすることなくグレンに返す。
元はと言えばこの詰所を訪れた理由は、ここの騎士たちとヌールの事件について詳しく話すためであった。むしろ一部手間が省けたと喜ぶべきだろう。
「こちらのことを知っているのなら話が早い。カーティス隊長、少し話しておきたいことがあるのですが、お時間は如何でしょうか」
意を決して、今度はこちらから切り込む。とはいえ現在時刻は夜の八時に差し掛かろうとしている。
かれこれ半日は活動している計算だ。積もる話をするのならば日を改めるのも手だと、目線で以てカーティス隊長へ投げかける。
「構いませんよ。そうですね……できれば早い方がよい。今は時間がとにかく足りませんからねえ。ふむ、よろしければ今から……食事でもしながらどうです?」
「食事、ですか……ええ、まあ、構いません。グレンもそれでいいか?」
「……つーか、ぜひそうしてくれ。飯の話されたもんだから急に腹が減ってきたぜ」
自らな腹を叩きながら肯定するグレン。魔人であるエルキュールにとってその感覚は分からないが、ずっと働きづめだったことを思えばそれも自然なことなのだろう。
食事を共にすることにも一定のリスクはあるが、せっかくの機会をふいにするわけにもいかない。
矛盾を抱えることになっても、人の縁を頼ることはこの先の戦いにおいて必要だと。そう、グレンとジェナに教えられたのだから。
「あ――」
目的が定まったところだが、ふとエルキュールの口から言葉ともとれない声が漏れる。
この会合に不可欠な人物がもう一人いたことをすっかり忘れていた。
彼女にも参加してもらう旨を伝えようと、エルキュールは二人の方を見やるが――
「なあ、せっかくあんたの奢りだ。この街で一番の店を所望させてもらうぜ。酒が出るところだったらなお良いな」
「……グレン卿。私は今も厳密には公務中であり、街は非常事態なのです。あまり滅多なことは口にしないほうが良いと思いますけどねぇ」
「何言ってるんだ? 宿酒場ならともかく、難民が多く景気が悪い今はちょっと高級な食事処なんかはさぞ経営で困っているだろ。そういう奴らの生活も慮ってこその統治者じゃあねえか」
「なるほど、一理ありますね。が、それならあなた方が厚意で無償としてもらったという宿泊代、それも支払ってもらったほうがよろしいかもしれませんねぇ。持てる者が施す――実に素晴らしい思想です。感銘を受けましたよ」
「ぐ……やっぱり嫌なほどに頭が切れるな、このババ――」
「おっと。それ以上はいけませんよ」
火花を散らすような言い争いを繰り広げていた。両者ともに真顔のままであったが、実際は仲がいいのではないかと勘違いするほどの淀みのない言葉の応酬であった。
その怒涛の勢いを前にし、エルキュールは暫くの間口を挟むことができなかった。
「全く……何をしているんだ、二人とも」
結局エルキュールの仲裁もあり、その会合にジェナが参加することと、場所は個室付きの少し位が高い料亭で行うこと、金に困っているので宿泊代は免除してほしいことが取り決められた。
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