黒き魔人のサルバシオン

鈴谷凌

文字の大きさ
58 / 158
一章「王都動乱~紅蓮の正義~」

一章 第三十四話「紅炎騎士の述懐 前編」 

しおりを挟む
「その眼差し……少しは慎み深くなったようではないか、放蕩息子め」

 犬型魔獣と対峙するグレンの横に、ヴォルフガングが悠然と並び立つ。

 先ほどのグレンの派手な立ち回りの最中、逃げ遅れた少女を安全な路地裏へと匿った彼が構えるは、赤い剣身に金の装飾が映える荘厳な大剣。

 グレンの得物と同じく、火の魔素を含んだ魔鉱石が用いられた刀剣だが、その価値はただ武具としての範疇に留まらないことをグレンは知っていた。

 初代オルレーヌ王の右腕にして、建国時この地域一帯に蔓延っていた魔獣を殲滅した無双の戦士、ヴィンセント。
 後にブラッドフォードの姓と紅炎騎士の称号を賜った彼が振るった宝剣・レーヴァテインは、悠久の時を経て当代のヴォルフガングにまで受け継がれた。

 全てを守護する清廉なる剣、悪を挫く正義の剣。
 かつてのグレンにとっては、己の身を賭して尊い民を守るという、憧れた理想の騎士像を象徴する剣でもあった。

「ふん……アンタこそこんな犬っころに手間取るなんて、事務仕事で身体が鈍ったんじゃねえのか? それとももう歳かよ?」
「はっはっは! 抜かせ、おれは落ちぶれてなどないわ。原因があるとすれば、おまえが出て行ってくれたおかげで忙しない日々を送っていたせいだろうよ」
「そうか、そりゃ悪かったなあ……! だったら、オレが魔獣を狩るのを黙ってみてろっ!」

 数年ぶりに顔を合わせて言葉を交わしたというのに、流れる言葉は淀みない。
 先ほど囲まれていたのを心配していたのが馬鹿らしくなるほどの減らず口に鼻を鳴らし、グレンは握る銃大剣へと意識を持っていくと柄に魔素を込める。

 目前では犬型がこちらに飛びかかってきていたのだ。

 その爪がグレンに届く寸前、身体を捻ってこれを回避。攻撃を外して空中で隙を曝すその魔獣の、燦然と輝くコアが位置する首を目がけて下から斬り上げる。

 強化された斬撃は容易くその首を断ち切るが、後続の魔獣も決して止まっているわけではない。
 その攻撃の隙を突こうと一斉に襲いかかってくる。重たい大剣を振りぬいたばかりの確かな硬直、防ぐことができないタイミング。

 一見して、ヴォルフガングとの戦闘で蓄積した経験に基づいた、有効な手だと思われるだろうが、やはり所詮はたかが獣の浅知恵であった。

「させんぞ!」

 大剣を横に構え、犬型の攻撃を防ぐヴォルフガング。三連に並んだそれは剣身に頭突きを繰り出し、無理やりに突破しようと試みるが。

「はあっ!」

 左手でも剣の先の方を押さえ、凄まじい膂力で以てこれを押し返す。空中に弾き飛ばされた魔獣は、当然そこで無防備な身体を曝した。

 そしてそれを逃すヴォルフガングではない。抜け目ない彼は、隆々とした体躯とは似つかぬ跳躍力を発揮し魔獣との距離を詰めると、首のコアを立て続けに三つ斬り飛ばす。
 脚の支えのない空中で振るわれたとは思えないほどの力強い斬撃は、魔獣の首元に絶望的ともいえる傷跡を残した。
 そして活動を停止した骸が重力に導かれて地面に落ちる頃には、その身体は魔素に分解され、光を帯びる塵を儚く散らした。

 十体以上いたはずの魔獣は気付けば、奥で様子を窺っていた二体の兎型魔獣を残すのみとなった。

「ギ、ギギ……!」

 己の不利を悟ったか、戦闘の意志を見せずに後退を図る兎型。
 身をよじり奥の通りを行こうとする彼奴らを目に、グレンとヴォルフガングは目を見合わせて頷く。

 姿勢を低くして地を蹴って逃げる兎を追う。脱兎を動作の素早いことにたとえるスパニオの言葉もあるそうだが、今の二人の前ではその意味も成さなかった。

 グレンが右の、ヴォルフガングが左の魔獣の逃げ道を塞ぎ、その小さな額に埋まるコアを叩き潰したのはほぼ同時の事だった。
 二人とも火の魔法を得意とする魔法士であるゆえ、強化の魔法を用いたその手並は大層鮮やかなものだった。
 寸分の狂いもなく振り下ろされた斬撃が、見事にコアの中心部を割っていた。

 息を吸って吐く間に等しい、極めて短い時間の共闘。

 辺りを見回し、群れの殲滅を注意深く確認するグレン。
 すぐに残党の姿はどこにもないと理解できたが、それすらも終えるといよいよ気まずくなってきたようで、今度は意味もなく周囲に視線を彷徨わせ始めた。

 急を要する戦いは一先ず終わった。
 そしてこの場にはグレンとヴォルフガングの二人のみ。

 もちろん当初の目的を忘れたわけではない。ここの魔獣は一掃したとはいえ、未だミクシリアは戦いの渦の中にあるのだ。

 一刻も早く事態の収拾に向けて行動を再開させるべきなのだが。

「クソ……」

 成り行きとはいえ長い時を経て再会した養父を置いて、このまま何も言わずに行くのも如何なものか。かつては微塵も感じたことのない後ろ髪を引かれる思いに、グレンは戸惑う。

 確かに自分から飛び出していったのだが、旅を経験した今となっては反抗心以外にも彼に対して思う部分はあった。

 ならば一言でも、謝意を述べるべきではなかろうか。それがたとえ遅すぎる後悔によるものだとしても。

 しかし。先ほどは魔獣への怒りで昂っていたから軽口を叩けたものの、いざこうして真剣に切り出すとなるとどうにも勝手が分からない。

 そもそも王都に来たのもエルキュールに協力するために過ぎず、家を訪れる気などさらさらなかったのだ。

「あー……その、なんつーか……」

 心構えも何もあるはずがなく、ほとほと困り果てたグレンにできたのは、無造作に髪を掻いて曖昧な言葉を発することだけだった。

 この期に及んで何を口にすればいいのか悩むグレンだったが――


「七年ぶりほどだったか、グレン? ふむ……なるほどな。改めて見れば、中々どうして顔つきも精悍になり、勇ましくなったではないか。『男子三日会わざれば』とロベールやオーウェンが頻りに口にしていたが、ようやく腑に落ちた心地だ。あっはっはっは!」

「…………は?」


 予想外な気安い調子に、否――それすらも通り過ぎたあまりの軽さに、そんな殊勝な思考が容易に凍り付く。

 長らく家を空けた不義理を咎めるでもなく、魔獣との戦闘での助太刀を感謝するでもない、彼の口から飛び出たそれはただグレンの成長を称える言葉であった。

「なんで、だ……」

 意味が分からなかった。

 どうして今になってそんな言葉を吐けるのか不思議でたまらない。

 災禍に飲まれる現状と過去の遺恨とを考えれば、お気楽にも程があるはずだ。

 堪らずたじろぐグレンに、ヴォルフガングはお道化た口調で続ける。

「うむ……? なんだ、その呆けた顔は。あれだけおれに罵詈雑言を浴びせて飛び出していった愚息にかける言葉としては、この上ないほど優しいものだと思うのだが?」

「…………」

 知らずに止まっていた息を、わざとらしく吐き出す。それは何か口気とは別のものさえも外に出してしまったかのようで。

 グレンはそっと視線を下げる。両者の足元に忘れ去られていた、粉々にひび割れた路面のみがその視界に映った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

チート魔力のせいで世界の管理者に目を付けられましたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる―― そう信じている守銭奴、鏡谷知里(28)。 交通事故で死んだはずの彼が目を覚ますと、そこは剣と魔法の異世界。 しかもなぜか、規格外のチート魔力を手に入れていた。 だがその力は、本来存在してはいけないものだった。 知里の魔力は、封印されていた伝説の冒険者の魔力と重なったことで生まれた世界のバランスを崩す力。 その異常な魔力に目を付けたのは、この世界を裏から支配する存在―― 「世界を束ねる管理者」 神にも等しい力を持つ彼らは、知里を危険視し始める。 巻き込まれたくない。 戦いたくもない。 知里が望むのはただ一つ。 金を稼いで楽して生きること。 しかし純粋すぎる仲間に振り回され、事件に巻き込まれ、気付けば世界の管理者と敵対する羽目に――。 守銭奴のチート魔力持ち冒険者 VS 世界を支配する管理者。 金のために生きる男が、望まぬまま世界の頂点と戦うことになる 巻き込まれ系異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった

夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

.
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

処理中です...