黒き魔人のサルバシオン

鈴谷凌

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一章「王都動乱~紅蓮の正義~」

一章 第三十六話「再生の兆し」

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 グレンとヴォルフガングの邂逅から少し前のこと。

 襲撃の前から街の不穏を感じ取っていたロベールは、エルキュールらとの会合を前に少しでも情報を精査しようと、郊外にまでその足を延ばして調査を重ねていた。

 その結果、街の防衛はデュランダルを始めとする協力者に負担をかけてしまった形になったが、それでもロベールたちは辿り着いた。

 この王都の惨状を作り上げた黒幕の一人と思しきビル・マクダウェルという男の存在に。

 王都民の記憶についても、ヌールとの関連についても、ヌール伯の件についても全ての流れが彼を指し示していたのだ。

 あからさまな符合ではあるが、これを放置して防戦に徹していても状況は打破できない。
 彼を問い詰めることにこそ今回の事件を真に解決する糸口があると踏んだ騎士団長ロベールは、他の協力者の誰よりも早く部下の騎士を引き連れ、中央区に位置するマクダウェル邸へと向かった。

 記憶の改ざんを受けてしまった騎士を差し引き、各所の対処へと充てる人員から捻出したのは、八名という僅かな数ではあったが。

 最低限以上の戦力と高い機動力を有したロベール部隊が、マクダウェル邸の家門にまで辿り着くのにそう時間はかからなかった。
 あとは中に入って確かめるだけ。

 しかし、だというのに。王都の建築物の中でもとびきり豪奢なその佇まいを前に、ロベールは突入するでもなくただただ怪訝そうに視線を彷徨わせていた。

「あの、団長? どうかしましたか」
「……分からぬか?」
「分かるとは、一体なにが」

 後ろから尋ねてくる部下にロベールは口で答えることはせず、硬い表情で広大な庭園を隔てた先にある屋敷の扉の方を見やった。

「屋敷一体を包み込む穢れた魔素の気配、ここまでのものは街中でも滅多になかったほどだ。恐らく比較的手強い魔獣、それもかなりの数が蔓延っている可能性が高い」

「左様ですか。やはり団長の魔素感覚は素晴らしいですね……ただ、魔獣ですか。見たところ庭の部分は至って平常のようですけども」

 部下の言葉通り、庭園を彩る植え込みも、湧き上がる噴水も、整えられた芝生も。外見上は何の問題もなかった。

 それでも、その通常を目にするロベールの眉間には、一層険しい皺が寄った。

「油断をするな。死角となる部分か、はたまた屋敷の内部か。確実に彼奴らはいる……だが、この状況……魔獣の被害を受けたということなのか? あのマクダウェルが? いや、まさか――」

 ロベールの意識が次第に内へと向かっていく。

 この穢れた魔素について純粋に考えるならば、敷地内に魔物の侵入を許したと考えるのが妥当ではある。

 しかし、これまでの背景を考えるとそう断定できない面もある。
 行方不明になっていったヌール伯の人為的な殺害が発覚した時点で、この屋敷の付近にいる協力者にそれとなく周囲の状況を探ってもらっていたのだが。

 ミクシリアの中心にある中央区にまで魔物が侵入した形跡はまだほとんどなく、あっても周りの者が然るべき対処をしたという。

 つまり、ここが魔獣に襲われたという新たな情報もない以上、この光景をそう単純に説明できる道理はないということだ。

 むしろ、ビルにかかる嫌疑を考慮すれば、事態はより複雑で深刻に捉えられるだろう。

 ロベールは思考を止めるように首を振ると、それまで後ろに控えていた八名の騎士に告げる。

「この異常……中で起こることに想像がつかない。慎重に当たるべきであろう。中には私が行く。君たちは手分けしてここの敷地の周辺を囲み、万が一魔物が外に漏れたときに備えよ」
「私が行くって……団長お一人で向かわれるということですか!? いくらあなたが王都きっての実力者であろうとも、流石にそれは……」

 それまで会話をしていた部下以外からも、それと似た否定的な反応が幾つも飛ぶ。
 だがロベールはこうなることを予期していたようで、眉一つ変えずに口々言う部下たちを手で制した。

「多少無茶を言っているのは理解している。ただ、これだけ広大とはいえ室内で陣形を組んで移動するのは難しい。かといって数を減らして分担を図っても、君たちの実力ではやや不安が残る。無理に固まって万が一全員が汚染を受けたとあっては目も当てられないだろう」

 汚染。その単語をロベールが口にした瞬間、全員の顔が強張る。

 それはリーベがイブリスへと変貌してしまう現象。
 そして魔物との戦闘において最も注意を払うべきことでもある。

 魔物が有する穢れた魔素に長時間触れ続けることで生じるとされるが、その具体的な仕組みは分かっていない。

 中世の時代においては、人体に高濃度の魔素を注入するといった今では禁忌とされるような実験も行われていたそうだが。それでも体調が優れなくなったり命を落としたりという例はまだしも、人が魔物に変貌するといった事例は現時点では確認されていない。

 イブリスにのみ由来する極めておぞましい、謎に包まれた汚染現象。

 それはやはりリーベにとって最大の恐怖に違いないが、それに立ち向かい、その脅威を取り除くことこそロベールらの本当の役割でもあるのだ。

 慄く騎士衆にロベールは続ける。

「外の方が周りとの連携も容易く、即席ゆえの練度の浅さもある程度は誤魔化せる。それに必要ならばナタリアらを呼んでも構わない。兎に角、最悪の場合の犠牲は少なければ少ないほど望ましく、君たちには荷が勝ちすぎている……その危険を負うのは他でもない、騎士団の筆頭たる私の責任であるのだ」

「団長……しかしそれでは……」

「ああ、だが勘違いをするな。この分担が最善だとは考えているが、なにも私とてただ死にに行くわけではない。この惨状を未然に防げなかった罪を雪ぎ、恐怖の中で散っていった数多くの仲間たちへ報いる……そしてブラッドフォードを始め変わりつつあった王都と、アマルティアの脅威に揺れるこの世界をこの先も己が力で守護していく。私が行くのは、ただその未来を拓くためであるのだ」

 ヌールが襲撃される前に騎士の移動に勘付いていれば、記憶の改ざんから部下たちを守ることができていれば。
 そう何度も、人の上に立つにしては不甲斐ない己自身を恨んだ。
 身の回りの事にばかり注意を割き、全体を疎かにしてきた態度を恥じた。

 だからこそ今は、今だけは。頭にこびりついた保守的な考えを捨てねばならなかった。
 最善を尽くすため自らの命すらを駒として扱う、俯瞰的な視点。より多くのものの安全のために奉仕する、古き良き騎士としての矜持。

 そしてそれを為すとき抱えるのは、消極的な自己犠牲の心などではなく、己を含む全ての者の幸福への希望である。

 その精神を身をもって表すことこそ、この窮地の中で取り戻したロベールの正義であった。

 騎士団長が見せる決意は、部下たちにも光をもたらしたようで。

「それにだ、確かにマクダウェル邸への突入は事態の解明には有効……しかし、魔獣の脅威はそれとは関係なしに襲ってくる。どちらにも備えることが今後の我々が生きる未来にとって必要なことなのだ。ゆえに私は、今のこの邸宅の状況を鑑みて君たちをここに残すと決めた」

 その託すような言葉に皆が口を閉ざして聞き入る。

「魔獣が外から来るにしろ、屋敷の内から漏れるにしろ……決して恐怖に怯えて保身に拘ってはいけない。他を生かすことが、己を生かすことにも繋がるのだと、我々は今ここに学んだ。己を含め、今この瞬間に生き残っている全ての民を救う……各自その気概を持って、事に当たりなさい。よいな?」

「……はい、了解しました!」

 その言葉に、異を唱える者はもう誰もいなかった。

 部下の騎士たちは口を揃えて一斉に応えると、次の瞬間には率先して自らの分担について話し始めていた。

 その様子を少し離れたところから窺い、ロベールは薄く口角を上げる。

「……我々は王国騎士団だ。絶望に打ちひしがれたはずのヌールの民でさえ今も抗っているというのに、我々がいつまでも腐ってはいられまい。そうであろう、ヴォルフ」

 伝え聞くヌール難民の現状と、あの惨劇の最中にいたという青年。
 そしてかつては志を共にし、今までずっと同じ過ちを犯してきた旧友に思いを馳せ、ロベールはついにマクダウェル邸へと足を踏み入れた。

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