黒き魔人のサルバシオン

鈴谷凌

文字の大きさ
124 / 158
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」

二章 第三十九話「虚ろなる幻影」

しおりを挟む
 少女と魔人の結束と同時刻、聖域アルギュロスにて。

「ヒヒャヒャヒャ! お母サマ、お母サマ、お母サマァ……!」

「……この化物が」

 アメリア・イルミライトの姿をした黒き影の猛攻は、当代六霊守護エヴリンの力を以てしても捌ききれぬ領域にまで達していた。
 それはエヴリンが年老いたからでも、敵の戦術がとりわけ優れているからでもない。
 人智を超えた超常的な産物。偏にその力のためであった。

「聖杖カドゥケウスが、何故アメリア様の影に使役されている……? あれは、やはりあれはただの魔物ではないのか!?」

 エヴリンの傍に控えていたソレイユ戦士団の頭領ヘクターが、魔物の右手に握られた杖に驚愕の表情を見せる。
 聖杖カドゥケウス。古代より光の聖域アルギュロスに封印させられし、精霊ルシエルの遺物であるそれは。六霊守護という役目の要と称してもいいそれが。
 今ではあろうことか、たかがイブリス一人の手に堕ちていたのである。

「王都に出没したディアマントと同じことであろう。何の因果か、イブリスは精霊の遺物との親和性が高い。それに彼奴は、我が娘アメリアをオリジナルとした魔物だ。ウィルフリッドの魔法が完全ではなかったゆえに、知能までは模倣できなかったようだがな」

 防壁魔法で光弾を防ぎつつ、エヴリンは苦しげな表情ながらも分析を試みる。
 こちらには手負いのエヴリンの他に、あちこちを駆けずり回った疲労困憊のヘクターが一人。
 彼の魔法適性が低いことを考慮すると、これ以上戦闘を継続するのは恐らく厳しい。
 数年前、獅子魔獣マルティコアスを封じた時には思いもしなかったことだが。
 あのアメリアの姿をした魔物は、元となった肉体に刻まれた本能からアルギュロスの魔素と共鳴し、カドゥケウスを使役するまでに至ったのだろう。
 元々高い魔力を有するイブリスと、精霊の魔力の残滓たる遺物の合体。これはエヴリンにとっても完全に誤算であった。

「あのバカ息子め……とんでもない置き土産を残してくれたものよ」

「エヴリン様、奴が身に纏うオーラがあまりに堅牢なためか、私の槍もまるで効きません。ここは、一時撤退を――」

「ならん! 周辺の魔素異常の原因も、この地でのアマルティアの暗躍も、民に知られぬうちに対処する所存! 暗雲垂れこめるこの世に、これ以上の不穏分子をばら撒く訳にはいかぬだろう!」

 このエヴリンは、間違いなく大陸に六つある六霊守護の中でも質実さに秀でた人物であった。
 だからこそ、齢七十の身にありながら欠かさず鍛錬に励み、後継者であるジェナを災厄から守る余裕すら捻出できたのだ。
 だが、如何なる巨木であろうとも。寒風が吹き荒べば葉は散り、栄養が尽きれば朽ち果てよう。
 立て続けに到来したアマルティアやデュランダルの介入、そして聖域内で膨らみ続ける邪悪が。鞭を打って働き続けたこの老体を蝕まないはずがなかったのだ。

「この命も、やがては尽きる時が来る。そして、後世に芽生える種は既に撒いておる……どうせ散りゆく定めなら。この秘密、最後まで守り通して見せよう」

「エヴリン様……」

 主の覚悟を感じ取ったヘクターも、決意を固め槍を握りしめた。
 己の主義に、村の安寧に、国の存続に、自らを捧げんとするその姿勢が堪らなく眩しい。

「――お供します」

「ふん、足手まといになってくれるなよ。ヘクター」

 並び立つ戦士に、憮然と返すエヴリン。
 もう手加減はしていられない。
 魔物が携える遺物をも砕く勢いでなければ、志半ばで息絶えてしまうだろう。

「ヒヒ、お母サマ……ヘクター……見テ、この魔力。ワタシコソ、六霊守護ノ役目ニ相応シイデショウ?」

「戯言を。直ぐに眠らせてやる」

 互いに臨戦態勢をとる両者。
 聖域内は未曽有の災禍に包まれようとした、その時だった。

「――御託は十分吐き出したか? ならばこの悲劇にも、そろそろ幕を下ろすとしよう」

 エヴリンらと魔物を隔てる殺意に満ちた空間に、突如として暗黒が顔を覗かせた。
 全てを飲み込まんとする黒は円状に広がり、やがてそこから二つの人影が姿を現す。
 一つは、亜麻色の髪の少女。絶望に喘ぎ、一度はこの戦域から逃げ帰った魔術師。
 そしてもう一つは。この場にあってはならない異分子にして、底知れないほどの魔法の才を備えた黒衣の青年。
 どちらも、エヴリン自らが遠ざけた者たちであった。
 想定外の連続にエヴリンらが言葉を発せずにいる中、アメリアを象った魔物が嬉々とした表情で歓声を上げた。

「アア、アア……会イタカッタワ、ジェナ……! ソレニ、ウィル……アナタマデ来テクレルナンテ」

「エル君と父さんは違うから。マルティコアス」

 青年に並び立つ光の魔術師、ジェナが厳しい目つきで魔物と相対する。

「さっき私が無様を晒したのは、あなたに少しでも母さんの意識が残っていると夢見てたから、ただそれだけの理由。でも、私はもう迷わない。今すぐに精霊様の遺物を返してもらうし、美しかった過去をこれ以上汚させはしないんだから……!」

 携えた杖を突き出し啖呵を切るジェナ。
 傍らで佇むエルキュールは、なおも状況を把握できていないエヴリンらに首だけで振り返って告げる。

「ヘクター、約束は守った。後の処理は俺たちに任せてくれ」

「エルキュール・ラングレー、いったいお主は何を……否、待て。ヘクターと言ったか?」

「申し訳ありません、エヴリン様。彼を軟禁していた洞窟が、偶々禁書庫に繋がっておりまして」

「……ちっ。聖域に入る前、どこかで結界が破られたのを感知したのは、そういうことだったか。よくも謀ってくれたな、ヘクター」

「……これもソレイユの未来の為にと愚考した次第であります。ここを無事に切り抜けた後、如何なる処罰も甘んじて受け入れましょう」

 依然として苦い顔のエヴリン。
 二人の諍いに、エルキュールは興味無さげに視線を戻すと、転移魔法からハルバードを取り出した。

「俺も所詮は他所人。内輪揉めに介入するつもりはない。だがアマルティアや精霊の遺物の一件は、全ヴェルトモンドに影響を及ぼす恐れがある問題だ。旧態依然とした考え方は結構だが、デュランダルに属する者として、イブリスの謎を追う者として……あの魔物を見過ごすわけにはいかないんだ」

 重く、刻みつけるように言い放ち。一歩、また一歩とエルキュールは魔物との距離を詰める。

「アア……ウィル、オ願イ……切ナイノ、サッキカラ魔力ガ足リナイノ……! アナタナラ、コノ疼キヲ止メラレル……?」

「なるほど。あなたには俺がそう映るのか。彼も俺と同じく闇魔法の使い手だったらしいが」

「ふんっ、エル君は私の先生なんだから。あなたみたいに人の母親の姿を勝手に真似る、性格の悪い魔物にはあげないよ!」

「それはそれでどうなんだ、ジェナ……ふぅ、まあいい。これは君の呪縛を解く為の闘いでもある。俺も全力を尽くす。だから――」

「うん。絶対に勝とうね、エル君!」

 二人の闘志に呼応して、周囲には光闇の魔素が渦巻く。
 尋常ではない魔力の奔流。それは罪深き被造物を葬り去るための序曲であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

チート魔力のせいで世界の管理者に目を付けられましたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる―― そう信じている守銭奴、鏡谷知里(28)。 交通事故で死んだはずの彼が目を覚ますと、そこは剣と魔法の異世界。 しかもなぜか、規格外のチート魔力を手に入れていた。 だがその力は、本来存在してはいけないものだった。 知里の魔力は、封印されていた伝説の冒険者の魔力と重なったことで生まれた世界のバランスを崩す力。 その異常な魔力に目を付けたのは、この世界を裏から支配する存在―― 「世界を束ねる管理者」 神にも等しい力を持つ彼らは、知里を危険視し始める。 巻き込まれたくない。 戦いたくもない。 知里が望むのはただ一つ。 金を稼いで楽して生きること。 しかし純粋すぎる仲間に振り回され、事件に巻き込まれ、気付けば世界の管理者と敵対する羽目に――。 守銭奴のチート魔力持ち冒険者 VS 世界を支配する管理者。 金のために生きる男が、望まぬまま世界の頂点と戦うことになる 巻き込まれ系異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった

夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

.
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

処理中です...