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10 時間歪曲空間
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ナショナル図書館行きの三両編成の列車は、3番のプラットホームから時間通りに出発した。
メイド・イン・ジャパンの新幹線を改良したものらしく新幹線の性格は、時間に対しては几帳面そのもので、車内は清潔で、ごみ一つ落ちていなかった。
乗り合わせる人も、まばらで3両目の座席には空席が目立つ。一両目がファーストクラス、2両目がビジネスクラス、この三両目がエコノミークラスだった。エコノミーに乗りたがる人はいないのだろうか。ビジネスを取ろうと思ったが、すでに満席の状態だったらしい。
『ただいまから、時間歪曲空間への進入を開始いたします。座席の魔力干渉防御用ヘッドフォンとシートベルトを各自装着して下さい。魔法酔いにより、ご気分の優れない方は前方のエチケット袋(自動浄化式)をご利用ください。』
列車の硬質なアナウンスが鳴った。
「時間歪曲?」
聞きなれない言葉にビクターは眉をひそめる。「何ですか、それ……?」と。
アナウンスと共に天井からグレーのヘッドフォンが落ちてきた。そして、体には頑丈なシートベルトが巻き付いていた。これでサングラスでもあれば、まるで戦闘機のコックピットだった。隣をみると、アンバーがサングラスを取り出している。
「サングラス?」
ビクターは、何に使うのかと、訝しげにアンバーを見た。
「持ってきてないのか?乗り物には、サングラスは必須だろ?」
「そう言われても、俺は今まで、そういうものには乗ったことはないんです。」
ビクターの言葉に、アンバーは、何を言っているのかと、理解できないとばかりに、肩をすくめ、首を左右に振っている。
「それじゃ、今までどうやって移動してたんだ?」
「俺は、ルンバと共に生きると誓ったんです。浮気なんて出来ません。ナショナル図書館はこの列車でなければ行けない場所だから、仕方なく乗っただけです。」
ビクターには不確かな自信があった。これからは、ルンバで空を駆け巡る時代だと。箒に乗って旅をしたいのは、少女ばかりではないはずだと。箒はもう古い。時代はルンバだ。
「しょうがない。予備があるから貸すよ。サングラスがないと……」とアンバーはいった。ルンバしか知らないビクターにはサングラスの意味もヘットフォンの必要な訳も、分からなかった。
それは、これから散々知ることになるのだった。
時間歪曲空間では、光の屈折が常識を裏切る。最初に、体に訪れた異変は、色による視界の屈曲伸展だった。色彩が反転し、遠近感覚が崩れていく。
ビクターは強烈な吐き気を催す。
次に訪れたのは聴覚の遮断。間もなく女の人の叫び声や男の人の呻き声が重なり、やがてうねり、中耳を劈くような超音波となる。そして体が急に浮き上がり、投げ飛ばされる感覚にビクターはエチケット袋どころではなくなった。
「これが四次元の感覚か。」
隣のアンバーの感心するような感嘆の溜息に、ビクターは信じられないものを見るような感覚でいた。
体が燃えるように熱いのだ。まるでサウナに長時間入っているような蒸し暑さとでも言おうか。喉が渇き、常に甲高く鳴り響く超音波音の感覚とガンガンと揺さぶられる身体の奥の奥。体どころか頭までが破壊されてしまいそうな感覚だった。
声なんて出せるわけがないのに、アンバーの声が、なぜか脳みその最奥で響く。
「噂には聞いていたが……、脳内魔力の位相が完全にズレている……確かにこれはすごい……」
その症状が、ようやく治まるとやがて言い表すことのできないほどの高揚感が押し寄せてきた。
脳内に大量のドーパミンが分泌され、脳内で弾け飛ぶ感覚、そしてふわふわとした浮遊感のあとには、もう何もしたくないほどの幸福感が訪れる。あの長い苦役の後のご褒美だろうか。優しい天使の声たちが聞こえてきた。
「えらい、よく頑張ったわ、あなた」
「もう、大丈夫だ。安心しなさい。ここからは天国だよ。」
「ずっと、ここにいていいんだよ。」
どのぐらいの時間がたったのだろうか。もうビクターは一生あの苦しい現実世界には戻りたくなかった。
『まもなく列車は、目的地ナショナル図書館前へと入って参ります。乗り入れる際は、相当の揺れと空間衝突音がしますので、どなたさまも舌を噛まないようご注意ください。ご気分の悪い方は、降りて左手前方に救護室がありますので、遠慮なくご利用ください。』
非情なアナウンスが響いた。現実が容赦なくビクターを夢の空間から引き裂いていく。物凄いエンジン噴射の爆音とともに空間を破壊するような大きな音が聞こえた。ガコーンという大きな揺れと共に、まもなく目的地へと着いたのだった。
ビクターは、再び現実の吐き気に襲われた。
つづく
メイド・イン・ジャパンの新幹線を改良したものらしく新幹線の性格は、時間に対しては几帳面そのもので、車内は清潔で、ごみ一つ落ちていなかった。
乗り合わせる人も、まばらで3両目の座席には空席が目立つ。一両目がファーストクラス、2両目がビジネスクラス、この三両目がエコノミークラスだった。エコノミーに乗りたがる人はいないのだろうか。ビジネスを取ろうと思ったが、すでに満席の状態だったらしい。
『ただいまから、時間歪曲空間への進入を開始いたします。座席の魔力干渉防御用ヘッドフォンとシートベルトを各自装着して下さい。魔法酔いにより、ご気分の優れない方は前方のエチケット袋(自動浄化式)をご利用ください。』
列車の硬質なアナウンスが鳴った。
「時間歪曲?」
聞きなれない言葉にビクターは眉をひそめる。「何ですか、それ……?」と。
アナウンスと共に天井からグレーのヘッドフォンが落ちてきた。そして、体には頑丈なシートベルトが巻き付いていた。これでサングラスでもあれば、まるで戦闘機のコックピットだった。隣をみると、アンバーがサングラスを取り出している。
「サングラス?」
ビクターは、何に使うのかと、訝しげにアンバーを見た。
「持ってきてないのか?乗り物には、サングラスは必須だろ?」
「そう言われても、俺は今まで、そういうものには乗ったことはないんです。」
ビクターの言葉に、アンバーは、何を言っているのかと、理解できないとばかりに、肩をすくめ、首を左右に振っている。
「それじゃ、今までどうやって移動してたんだ?」
「俺は、ルンバと共に生きると誓ったんです。浮気なんて出来ません。ナショナル図書館はこの列車でなければ行けない場所だから、仕方なく乗っただけです。」
ビクターには不確かな自信があった。これからは、ルンバで空を駆け巡る時代だと。箒に乗って旅をしたいのは、少女ばかりではないはずだと。箒はもう古い。時代はルンバだ。
「しょうがない。予備があるから貸すよ。サングラスがないと……」とアンバーはいった。ルンバしか知らないビクターにはサングラスの意味もヘットフォンの必要な訳も、分からなかった。
それは、これから散々知ることになるのだった。
時間歪曲空間では、光の屈折が常識を裏切る。最初に、体に訪れた異変は、色による視界の屈曲伸展だった。色彩が反転し、遠近感覚が崩れていく。
ビクターは強烈な吐き気を催す。
次に訪れたのは聴覚の遮断。間もなく女の人の叫び声や男の人の呻き声が重なり、やがてうねり、中耳を劈くような超音波となる。そして体が急に浮き上がり、投げ飛ばされる感覚にビクターはエチケット袋どころではなくなった。
「これが四次元の感覚か。」
隣のアンバーの感心するような感嘆の溜息に、ビクターは信じられないものを見るような感覚でいた。
体が燃えるように熱いのだ。まるでサウナに長時間入っているような蒸し暑さとでも言おうか。喉が渇き、常に甲高く鳴り響く超音波音の感覚とガンガンと揺さぶられる身体の奥の奥。体どころか頭までが破壊されてしまいそうな感覚だった。
声なんて出せるわけがないのに、アンバーの声が、なぜか脳みその最奥で響く。
「噂には聞いていたが……、脳内魔力の位相が完全にズレている……確かにこれはすごい……」
その症状が、ようやく治まるとやがて言い表すことのできないほどの高揚感が押し寄せてきた。
脳内に大量のドーパミンが分泌され、脳内で弾け飛ぶ感覚、そしてふわふわとした浮遊感のあとには、もう何もしたくないほどの幸福感が訪れる。あの長い苦役の後のご褒美だろうか。優しい天使の声たちが聞こえてきた。
「えらい、よく頑張ったわ、あなた」
「もう、大丈夫だ。安心しなさい。ここからは天国だよ。」
「ずっと、ここにいていいんだよ。」
どのぐらいの時間がたったのだろうか。もうビクターは一生あの苦しい現実世界には戻りたくなかった。
『まもなく列車は、目的地ナショナル図書館前へと入って参ります。乗り入れる際は、相当の揺れと空間衝突音がしますので、どなたさまも舌を噛まないようご注意ください。ご気分の悪い方は、降りて左手前方に救護室がありますので、遠慮なくご利用ください。』
非情なアナウンスが響いた。現実が容赦なくビクターを夢の空間から引き裂いていく。物凄いエンジン噴射の爆音とともに空間を破壊するような大きな音が聞こえた。ガコーンという大きな揺れと共に、まもなく目的地へと着いたのだった。
ビクターは、再び現実の吐き気に襲われた。
つづく
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