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9 魔ンドラゴラの赤い花びら
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「おばあさまは、ただ微笑んでいるだけ何も返答はない……。おばあさままで、俺を見捨てる気なのか……」
大声を出し、ルンバを抱きかかえ、頬を擦り付ける。
「俺には、もうお前しか残っていないんだよ。マイ・ルンバ様。これから油を足して、丁寧にメンテナンスしてやるからな。これから、1週間何処にも行かずに羽を伸ばしてゆっくり休めるぞ。良かったな。」
「そうと決まれば、さっそく」と、持ってきた荷物から修理セットを取り出す。プラスドライバーにマイナスドライバー、レンチや水平器などを取り出し、テーブルの上に一つ一つ綺麗に並べていく。これが男のステータスよ、とばかりに鼻でほくそ笑んだ。
カチ、カチ、
「その辺の魔法使いには、この奥深さが分かるまい。」
水平器を目の高さに持ち上げ、ルンバの傾きを0.1度単位で調整していた。
そのときだった。
ガチャ、とカギを掛けたはずのドアノブが簡単に開けられる音がした。
「何をしている。時間がない。さっさと行くぞ。」
いきなり入ってきたのは、冷たい表情のアンバーだった。
ビクターは驚き、咄嗟にルンバを抱きあげ、庇うような仕草を見せる。
「なんですか、いきなり。俺がシャワー浴びてたら、どうするんですか……」
「そんなことは、どうでもいい。おまえは気にならないのか?体育館の封印と、過去の妖精事件。
この学園は何かを隠しているに違いない。」
ビクターも、目で見た通り、体育館の封印は、通常の魔法式ではなかった。
「精霊ではなく妖精そのものが関係していると言いたいんですか?」
「それを、これから探りに行くんだ。」
「アンバーさん、授業は?明日も普通に学校ですよ。」
「僕も、一週間特別休暇をもらったんだよ。校長にも、許可をもらった。明日の朝早くに出発するぞ。」
「ルンバ様、留守番を頼んだぞ。」
早朝、一握りのパンを食べ、名残惜しげにルンバに別れを告げてから、向かった先は、ナショナル魔法図書館だった。
ナショナル魔法図書館に行くにはナショナル専用列車に乗らなければならない。ドローンを使った瞬間移動(行ったことのない場所にもドローンに乗れば瞬間移動で行くことができる)でも、魔法の箒でも行くことのできない、そこは座標軸の存在しない特別な聖域となっていた。
「よく切符が取れましたね。」
「ああ、ちょっと、校長のパソコンの専用パスを拝借したんだ。」
「拝借って、なに、まさか?」
「ああ、いつも見える場所に、貼ってあるのが悪いだろ。あの校長は、すぐ忘れるからって、いつも後ろの大きな柱時計に付箋で貼り付けているんだよ。そのおかげで、図書館までの往復チケットが手に入ったんだ。感謝だな。」
「うそだろ。校長。学校のセキュリティーは、どうなっているんですか?」
「まあ、セキュリティーはいいとして、問題が一つある。」
「いまさら、なんですか?」
「入館には、身体検査があるんだ。」
「身体検査?パスポートの提出ですか?俺パスポートなんて持ってないですよ。」
「しっ、静かに……、バレたら監獄行きだぞ。」
「か、監獄って、学校で謹慎処分になって、監獄行きなんて……冗談じゃありませんよ。俺帰りますよ。」
「今更遅い、こうなったら堂々とした方がバレにくい。ほら、見えてきた。出国ロビーだ。このチケットがあれば、通れるはずだ。」
チケットを渡されたビクターは、3番の出国ゲートの前で硬直していた。ゲートの中を難なく通るアンバーが見えた。早く来いと急かされているようだった。
ゲートの両脇には、意地悪そうなゴブリンたちが守衛としてその場を固めていた。ビクターは、ゴブリンとの相性が悪かったのだ。
ゴクリと喉を鳴らし、その場を通り過ぎる寸前だった。ゴブリンのうちの一人と目が合ったのだ。
「あっ、やばっ」
と思った瞬間、そのゴブリンは、いつの間にか胸ポケットから盗んだチケットを高々と掲げて走り回っていた。
テケテケテケ
「こら、待て……。この、くそゴブリン。チケットを返せ……。それがないと、列車に乗れないんだ。」
チョロチョロと走り回るゴブリンは、すばしっこくて、とても追いつけそうもない。ゴブリンは揶揄するように縦横無尽に前後左右へと走り回る。いくら体力に自信のあるビクターとはいえ、こうなっては素手で捕まえる自信はなかった。
「ピンクピンクピンク」
ゴブリンの空間を切り裂くような甲高い声が、辺りに虚しく響き渡る。なにより、興味津々で注がれる周囲の視線が痛かった。
「畜生、こうなっては、あまり使いたくなかったが……」
溜息をつき、魔法の杖を出そうと思った瞬間だった。
ピタッ
「止まれ。何事かと思ってきてみたら、またお前だったか……」
ここを管轄しているかなりの年配と思しきゴブリンだった。頭には白髪が生え、片レンズの眼鏡をかけている。その年配ゴブリンの声にあわせて、走り回っている悪戯ゴブリンの周りだけの時間が、制止しているかのように動きが止まった。周囲の空気が凍り付いたかのように静まりかえっていた。
彼は、その手から切符をもぎ取ると、ビクターのもとへやって来た。
「あなたは、ビクターさんですよね。うちの若いものがすみません。これは、切符です。」
「あなたは?なぜ俺の名前を?」
「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、僕は以前まだ青年期だった頃に幼いビクターさんに助けられているんですよ。あの盛りのついた魔ンドラゴラ、覚えていませんか?」
「魔ンドラゴラ……?あっ、あの時の……!」
以前、幼少期に遊びに訪れていた祖母の家の庭で、暴走していたあの盛りのついた赤黒い魔ンドラゴラ。あの赤黒く咲き乱れた花びらを振り乱しながら襲いかかっていた相手は、彼だったのか。
ビクターは偶然迷い込んできたゴブリンを助けたときがあった。ゴブリンは寿命が短いとは聞く。あのゴブリンが、今、こうして立派になって目の前に現れたことにビクターは感慨に浸っていた。
「いつの間に、こんなに立派に、誰かを守る立場になっていたんですね……」
「あの時の僕は、まだ若くて、やんちゃをしていた時でした。あのことで、僕は少し考えたんです。なにより、僕の子供が生まれなくて良かったと。それから、これで貸し借りは無しですよ。借りを作るのは嫌いな主義なんです。」
つづく
大声を出し、ルンバを抱きかかえ、頬を擦り付ける。
「俺には、もうお前しか残っていないんだよ。マイ・ルンバ様。これから油を足して、丁寧にメンテナンスしてやるからな。これから、1週間何処にも行かずに羽を伸ばしてゆっくり休めるぞ。良かったな。」
「そうと決まれば、さっそく」と、持ってきた荷物から修理セットを取り出す。プラスドライバーにマイナスドライバー、レンチや水平器などを取り出し、テーブルの上に一つ一つ綺麗に並べていく。これが男のステータスよ、とばかりに鼻でほくそ笑んだ。
カチ、カチ、
「その辺の魔法使いには、この奥深さが分かるまい。」
水平器を目の高さに持ち上げ、ルンバの傾きを0.1度単位で調整していた。
そのときだった。
ガチャ、とカギを掛けたはずのドアノブが簡単に開けられる音がした。
「何をしている。時間がない。さっさと行くぞ。」
いきなり入ってきたのは、冷たい表情のアンバーだった。
ビクターは驚き、咄嗟にルンバを抱きあげ、庇うような仕草を見せる。
「なんですか、いきなり。俺がシャワー浴びてたら、どうするんですか……」
「そんなことは、どうでもいい。おまえは気にならないのか?体育館の封印と、過去の妖精事件。
この学園は何かを隠しているに違いない。」
ビクターも、目で見た通り、体育館の封印は、通常の魔法式ではなかった。
「精霊ではなく妖精そのものが関係していると言いたいんですか?」
「それを、これから探りに行くんだ。」
「アンバーさん、授業は?明日も普通に学校ですよ。」
「僕も、一週間特別休暇をもらったんだよ。校長にも、許可をもらった。明日の朝早くに出発するぞ。」
「ルンバ様、留守番を頼んだぞ。」
早朝、一握りのパンを食べ、名残惜しげにルンバに別れを告げてから、向かった先は、ナショナル魔法図書館だった。
ナショナル魔法図書館に行くにはナショナル専用列車に乗らなければならない。ドローンを使った瞬間移動(行ったことのない場所にもドローンに乗れば瞬間移動で行くことができる)でも、魔法の箒でも行くことのできない、そこは座標軸の存在しない特別な聖域となっていた。
「よく切符が取れましたね。」
「ああ、ちょっと、校長のパソコンの専用パスを拝借したんだ。」
「拝借って、なに、まさか?」
「ああ、いつも見える場所に、貼ってあるのが悪いだろ。あの校長は、すぐ忘れるからって、いつも後ろの大きな柱時計に付箋で貼り付けているんだよ。そのおかげで、図書館までの往復チケットが手に入ったんだ。感謝だな。」
「うそだろ。校長。学校のセキュリティーは、どうなっているんですか?」
「まあ、セキュリティーはいいとして、問題が一つある。」
「いまさら、なんですか?」
「入館には、身体検査があるんだ。」
「身体検査?パスポートの提出ですか?俺パスポートなんて持ってないですよ。」
「しっ、静かに……、バレたら監獄行きだぞ。」
「か、監獄って、学校で謹慎処分になって、監獄行きなんて……冗談じゃありませんよ。俺帰りますよ。」
「今更遅い、こうなったら堂々とした方がバレにくい。ほら、見えてきた。出国ロビーだ。このチケットがあれば、通れるはずだ。」
チケットを渡されたビクターは、3番の出国ゲートの前で硬直していた。ゲートの中を難なく通るアンバーが見えた。早く来いと急かされているようだった。
ゲートの両脇には、意地悪そうなゴブリンたちが守衛としてその場を固めていた。ビクターは、ゴブリンとの相性が悪かったのだ。
ゴクリと喉を鳴らし、その場を通り過ぎる寸前だった。ゴブリンのうちの一人と目が合ったのだ。
「あっ、やばっ」
と思った瞬間、そのゴブリンは、いつの間にか胸ポケットから盗んだチケットを高々と掲げて走り回っていた。
テケテケテケ
「こら、待て……。この、くそゴブリン。チケットを返せ……。それがないと、列車に乗れないんだ。」
チョロチョロと走り回るゴブリンは、すばしっこくて、とても追いつけそうもない。ゴブリンは揶揄するように縦横無尽に前後左右へと走り回る。いくら体力に自信のあるビクターとはいえ、こうなっては素手で捕まえる自信はなかった。
「ピンクピンクピンク」
ゴブリンの空間を切り裂くような甲高い声が、辺りに虚しく響き渡る。なにより、興味津々で注がれる周囲の視線が痛かった。
「畜生、こうなっては、あまり使いたくなかったが……」
溜息をつき、魔法の杖を出そうと思った瞬間だった。
ピタッ
「止まれ。何事かと思ってきてみたら、またお前だったか……」
ここを管轄しているかなりの年配と思しきゴブリンだった。頭には白髪が生え、片レンズの眼鏡をかけている。その年配ゴブリンの声にあわせて、走り回っている悪戯ゴブリンの周りだけの時間が、制止しているかのように動きが止まった。周囲の空気が凍り付いたかのように静まりかえっていた。
彼は、その手から切符をもぎ取ると、ビクターのもとへやって来た。
「あなたは、ビクターさんですよね。うちの若いものがすみません。これは、切符です。」
「あなたは?なぜ俺の名前を?」
「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、僕は以前まだ青年期だった頃に幼いビクターさんに助けられているんですよ。あの盛りのついた魔ンドラゴラ、覚えていませんか?」
「魔ンドラゴラ……?あっ、あの時の……!」
以前、幼少期に遊びに訪れていた祖母の家の庭で、暴走していたあの盛りのついた赤黒い魔ンドラゴラ。あの赤黒く咲き乱れた花びらを振り乱しながら襲いかかっていた相手は、彼だったのか。
ビクターは偶然迷い込んできたゴブリンを助けたときがあった。ゴブリンは寿命が短いとは聞く。あのゴブリンが、今、こうして立派になって目の前に現れたことにビクターは感慨に浸っていた。
「いつの間に、こんなに立派に、誰かを守る立場になっていたんですね……」
「あの時の僕は、まだ若くて、やんちゃをしていた時でした。あのことで、僕は少し考えたんです。なにより、僕の子供が生まれなくて良かったと。それから、これで貸し借りは無しですよ。借りを作るのは嫌いな主義なんです。」
つづく
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