魔法学園ピンクローブ事件簿〜ルンバでやって来た男、封印の謎に巻き込まれる~

加茂茶 芽衣

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8 精霊の反乱

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この学園は、樹海を切り開いて立っていた。校庭と呼べるものは、学園でも中央に位置する初等部の中に申し訳程度にあるだけで、校庭はおろか体育館さえ現時点では存在しない。

「ビクター君、このようなことは前代未聞だよ。まさか、体育の授業中にほうきが暴走するなんて、初めてのことだ。」

校長は、校長用の重厚なデスクに腰を下ろし、重々しく口を開いた。ビクターとアンバーは二人並んで戸口に立っている。

「校長先生、申し訳ございません。まさか、普段従順で生徒に慣れているはずの学校の箒が、こんなことになるとは思ってもいませんでした。」

魔法界の学校なら、箒学そうがくは基本中の基本であり、誰もが乗りこなすべきものと考えられている。いにしえの伝統や歴史の授業でも必ず取り上げられるべきものであり、代々大臣が記者会見を開くときは、各省に伝わる魔法の箒を片手に会見するのがセオリーだった。

「うちの学園はね、いにしえより伝わる良き伝統を守り、後世に伝えることを校是こうぜとしている。体育の授業はなくても、箒の授業だけは、代用の教員や養護の先生が代替教室で教えていたんだ。ねえ、アンバー君」

「はい、私も教えたことがありますが……、ビクター先生が教えた途端、こんなにひどい有様になるとは。……正直、驚いています。しかし、……」

「ところでだ、……遥か昔に開いた球技大会での妖精の暴動事件もあることだし……、この年代は特に暴走しやすい時期なんだ。何事も慎重にやらねばね。過去の二の舞になりかねない。そこでだ、……緊急の職員会議で決まったんだが、」

校長はチョビひげを気にしていた。

そして、一拍置いて口を開いた。

「……君はしばらく謹慎処分だ。」

「どうしてですか。納得がいきません。この子たちは卒業をしたら、大抵が省庁に就職します。未来の大臣候補生ですよ。」

ビクターは納得がいかなかった。上手く乗りこなせない生徒たちを樹海から守り、しかも箒も傷つけずに、すべて回収できたのだ。


「だからだよ。魔法界はいま騒然としている。妖精関係長からも、抗議が来るくらいだ。」

「ですが……」

ビクターは、悔しさをグッと腹の奥に堪える。どうして、「俺ばかりが責められるのか」と、耐えるように拳を強く握りしめた。

隣のアンバーからは冷たい目線が刺さっていた。

「ビクター、当然だろう。こんなことは、初めてなんだ。今までは、箒と生徒たちの関係は上手くいっていたんだ。ことは妖精界との外交問題に発展しかねない。嫌がる精霊を無理やり暴力で使役するのは契約違反なんだ。ここは少しこらえろ。」



「俺が命令して、暴力を振るわせたというのか……ちきしょう……」

ビクターは一人、職員用の寄宿舎で寝転がっていた。ベッドの上で、ゴロゴロと何度も寝返りを打つ。ポケットからスマホを取り出し、画面を操作する。

スワイプすると画面には、ピンクのローブを羽織っている優しい笑顔の老婆が映し出された。その隣には黄色いローブの不安げな表情の男の子がいた。老婆はその子をしっかり抱いて、不思議な言葉を操りながら懸命にあやしていた。

「偉大なるおばあさま。俺は、どうすればいいんだ。おばあさまとの約束が……」

画面の中の祖母は、少しだけ画面の外にいるビクターを見とめて微笑んだような気がした。

祖母が、箒に乗ったのを見たのはあの幼い時、樹海で迷子になった時の一度だけだった。その時の湿っぽい腐ったような草木の匂い。奥へ進めば進むほど霧も立ち込め、匂いもきつくなっていた。その時に明かりの光と共に現れた祖母の高らかな声が、どんなにビクターに安らぎを与えたか。どうして、魔法を使わないのか聞いたことがある。その時、祖母は「何事も平等でなくちゃね。まだ、分からないでしょうけど。」と笑っていた。あの時のビクターは、まだ幼すぎて分かっていなかった。

人間に恋をした祖母。魔法を使えない人間と魔法を使うことがステータスとなっている魔法師。初めから上手くいくはずがなかった恋だった。妖精や精霊を恐れ崇める人間と当然のように使役する魔法使い。そのとき魔法使いとしての大きな価値観が揺らいだということだった。

つづく



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