魔法学園ピンクローブ事件簿〜ルンバでやって来た男、封印の謎に巻き込まれる~

加茂茶 芽衣

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23 モリーの秘密+スピンオフ

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 扉の前に佇むビクターは、手前にいるゼロッテを見る。

 緊張のためか手の震えを感じていた。

「ごめんね。こんなに長くかかってしまったわ。リアン……」


 ゼロッテが紋章に手を触れた途端に、体育館の奥からガタガタと何かが崩れたような音がし始めた。

「ようやく、あなたに会いに来られたわ。リアン、こんなに長く待たせてごめんね……。」

 不意に足元が揺らぎ、体育館の扉が自動的に開いた。長い年月、手つかずのままだとは思えないほどの綺麗な状態だった。

「これは、私の記憶なのよ。」

 ゼロッテの手によって簡単に開けられた体育館には、高校生くらいの男の子がいた。片隅にいまだおびえるように一人で体育座りしている。ただし、すべてがモノクロに見えていた。彼には、まったくこちらの状況が見えないようだった。

「あの時の禁忌を許してもらう代わりに、私は魔法力をここに封印したの。
 だけど、ここにいるリアンは、人間だもの。とっくに亡くなってしまったわ。私は封印したのは魔法。リアンは私との記憶を犠牲にした。許せなかったのよ。魔法を捨てて、リアンと生きるつもりだったのに、リアンには……その記憶がないなんて。」


「大丈夫か?やっぱり、建物全体が揺れたから、どうも、おかしいと思ったんだ。」
 駆けつけたのは、校長と教頭だった。

「モリー、やめるんだ。」

 ビクターの近くに居たはずのゼロッテは、体育館のなかにゆっくりとした足取りで入っていった。リアンの手を握ろうとしていた。

「もういい、モリー、そんことしたら、もう戻れなくなるぞ。」

「ごめんなさい。エリオット先生、シークエントさん、初めからこうするべきだったのよ。」

 そう言いながら、リアンの手を取ったゼロッテは、見る見る若返っていく。皺が一つ一つ消え、絹糸のような白髪がみるみる生命力をたたえた赤毛に代わっていく。ゼロッテの瞳は、かつての輝きを取り戻していた。

 いまや、女子高生となったゼロッテ=モリーは、幸せそうに微笑んでいた。

「モリー……」

 教頭先生の泣き声が聞こえた。
 目の前でカラーが消えていく。モノクロの写真の中に閉じ込められた残像のように。

「記憶のなかに……消えていく……」

 その場面は、モノクロの映像から現実へと溶けていき、静かに横たわるエリーゼへと姿を変化させていた。


 **


 時が経過する。

 ゼロッテの最後の言葉が、ビクターの脳内に直接語り掛けているようだった。

「ビクター、私の最後の願いよ。私は、何も後悔していないわ。彼リアンと一緒に居られるなら、消滅してもよかったのよ。ビクター、あなたは、間違えないでね。」



「ゼロッテおばあさんは、馬鹿だよ。彼女の記憶が戻らなくてもいいじゃないか。どうして、最初からやり直そうとしなかったんだよ。」

「ゼロッテさんにそんなことがあったなんて、私、知らなかったわ。でも、何となくわかる。自分の存在そのものを否定されるのは、すごく悲しいもの。そうよね、アンバー教授……」

「僕には、何となくわかるよ。魔法なんて持たない方がいい時がある。誰かを犠牲にして得る魔法なんて本来ない方がいいんだよ。」

 アンバーは、遠い目を誰もいない空の向こうに向けていた。

 その向こうには、広大な樹海の森が広がっている。

「この樹海だって、なにか守っているものがあるはずなんだ。敵意さえ向けなければ、とてもいい協力関係が成り立つと思うんだよ。それより、次の時間が始まるから、僕はそろそろ行くよ。」

「私もだわ。」

 アンバーとエリーザは瞬間移動であっという間にこの場からいなくなった。
 ビクターは駆け足で、屋上から48階まで下りていく。ルンバを使いたい所が、廊下はルンバ禁止だからだ。

 階段の途中に『階段は歩いて渡りましょう』という張り紙があった。昨日まではなかったのに、どうしてだろうかと、ビクターは首をひねった。

 降りている途中に、下から足音が聞こえてきた。

「これは、教頭先生かな……」


 200歳となるその年で、毎日午前午後1階ずつの巡回はきついものがあるだろうに、よく毎日やってられると、ビクターは感心する。

「お疲れ様です。」
「ゴホン、いま、誰か走っていなかったか?」

 ビクターは、キョロキョロと辺りを見渡し、「知りません」と答えた。

 48階に着き体育館のドアを開けると、3年生が中を周回していた。シモンは、一番最後尾だった。どうやら、周回遅れではないらしい。ビクターは「よかったよかった。」と思わずうなずいた。

「また女の子に間違われて、雄魔ンドラゴラに襲われたら堪ったものじゃないからな。」

 かつてのゼロッテの屋敷内で魔ンドラゴラに襲われ、遠い目をして微笑むシモンを思い出していた。

「強烈だっただろうな。」

 シモンが、ビクターにいち早く気づいて、魔法で全体に合図を送る。
 その狼煙は、モクモクと煙を立て、かつてビクターも見たことのある形に変化した。

「あのときは、笑っているように見えるんだよな。」

 シモンがビクターへと向かって、みんなを引き連れ走ってきた。

「ようこそ、シモン。これで君も立派な星読みだ。」




 完



※スピンオフ

これは、封印の奥で静かに待ち続けた彼の物語です

【体育館の向こう側】


もう、ここに閉じ込められてどのくらい経つだろうか。

数えることもしなくなってしまった。ここに訪ねる者も誰もいない。モリーの笑顔だけが、僕の生きる糧だった。

暑さも寒さも感じないこの空間で、あの時の選択は間違っていたのだろうか、と一日中考えて過ごす。僕は何よりも君の笑顔を守りたかった。

『君はいつも魔法なんていらなかったのに。魔法使いなんかに生まれなくても良かったのに、』と言っていたね。

僕はそれが、少し悲しかった。だって、君と出会えたのは、君が魔法使いだったから。

あの日森で出会ったとき、僕の一目ぼれだったんだ。きみの心配そうに僕を覗き込む姿が、太陽に輝いて反射して見えた。キラキラと輝いた君の赤い髪の毛が、とてもきれいだった。一瞬でこれが巷で噂の魔法使いだと分かった。僕が生きている間は、決して出会うことのない人。だから必死だった。繋ぎ止めておきたかった。だから、何度もわざと森を彷徨って抜け穴を探した。君に助けられる度に、嬉しさと、自分でも抑えられないどうしようもない衝動がこみ上げた。


――手放したくはない。


あの日、君が魂との代償に魔法を差し出すと分かったとき、僕はとっさに、自分の記憶を差し出した。

魔法を持たない君が、平凡な人間としての僕を見たときに、どう思うか怖くて、仕方がなかったんだ。

『あ、あれは、誰かの気配。懐かしい、この匂い……、もしかして、……会いたい……』

【体育館の向こう側】完


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