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第十九話 王家が切り捨てたもの
第十九話 王家が切り捨てたもの
王城の大広間には、ひさしく味わったことのない緊張が満ちていた。
玉座の前に並ぶのは、王家の重臣、諸侯、教会の高位聖職者たち、そして王太子ルイス。
かつては未来の王としてこの場に立ち、誰もがその前途を疑わなかった青年は、今やただ一人、裁かれる側としてそこに立たされていた。
国王ルイ十二世が、静かに口を開く。
「これより、王太子ルイス・ド・ヴァロワに対する諸侯連合の申し立てを審議する」
その声には、怒りも悲しみもなかった。
感情を削ぎ落とした、ただの宣告の声だった。
そしてその一言で、この場にいる全員が理解した。
これは裁判ではない。
すでに結論が固まりきったうえで行われる、政治的処分の最終確認にすぎないのだと。
最初に進み出たのは、南方伯だった。
「王太子殿下は、貴族学院において、確たる証拠もなく、エノー公爵令嬢アリエノールを断罪し、婚約破棄を公言されました」
朗々とした声が広間に響く。
「その結果、公爵家の名誉は著しく傷つけられ、王国の秩序は大きく揺らぎました」
続いて、東部侯が一歩前に出る。
「いじめの告発は、すでに虚偽であると明らかになっております」
「それにもかかわらず、王太子殿下は撤回も謝罪も行われなかった」
その言葉が重ねられるたびに、広間の空気は冷たく、重くなっていった。
ルイスは歯を食いしばり、うつむいたまま動かない。
彼の胸の内には、なお消えない思いがあった。
自分は正しいことをしたはずだ。
ただ、マリアを守ろうとしただけだ。
だが、その正しさを、この場の誰一人として認めてはいなかった。
宰相が、静かに前へ進み出る。
「問題は、婚約破棄そのものではありません」
その言葉に、何人かがわずかに視線を上げた。
「王家が保証した婚約を、一個人の感情によって破壊したことにあります」
宰相の声は淡々としている。だが、その一言一言は鋭かった。
「それがどれほど重大な政治的意味を持つか――殿下は、理解しておられなかった」
国王ルイ十二世は、その言葉を聞きながら静かに目を閉じた。
「……理解していなかった、か」
低い声が落ちる。
そして、重く続けた。
「それこそが、最大の罪だな」
国王は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
大広間の空気が、一瞬で張り詰める。
この国において、王が玉座から立ち上がるという行為は、それ自体が決断を意味した。
「王太子ルイス・ド・ヴァロワ」
名を呼ばれ、ルイスははっと顔を上げた。
国王はまっすぐ息子を見据えていた。そこに父としての情は見えない。
「お前は、自らの立場を理解しないまま公爵家を敵に回し、王家を孤立させた」
「その結果、エノー公爵領は他国との婚姻同盟を検討するに至った」
その一言に、列席していた者たちの間に小さなどよめきが走る。
知っていた者もいる。だが、国王の口から正式に語られた意味は重かった。
エノー公爵家が再婚によって国外と結びつけば、それは単なる縁談では終わらない。王国の力の均衡そのものが変わる。
国王は続けた。
「これは、王家の失政だ」
広間の空気が凍りつく。
王が、自ら王家の失政を認める。
それは異例だった。
「だが、王家が生き残るためには、責任の所在を明確にせねばならぬ」
そして、はっきりと言い渡した。
「よって、王太子ルイス・ド・ヴァロワを、王位継承権より除外する」
その瞬間、場の空気が止まったように感じられた。
廃嫡。
その一言が持つ重みは、誰もが知っている。
王家は、生き残るために、自らの後継者を切り捨てたのだ。
ルイスは立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。
叫ぶことも、訴えることもできない。何かを言ったところで、もはや覆る段階ではないことを、彼自身が理解してしまったからだ。
国王はそこで視線を横へ向けた。
「なお、貴族学院における虚偽告発の件について」
その先にいたのは、拘束されたマリアだった。
衛兵に挟まれた少女は、怯えきった顔で立ち尽くしている。
「聖女マリア」
名を呼ばれ、彼女はおそるおそる顔を上げた。
国王は冷静な声で告げる。
「お前は、学園内は平等であると信じて行動した」
「それ自体は、罪ではない」
その言葉に、マリアの瞳に一瞬だけ光が宿る。
助かるかもしれない。
そんなかすかな希望が、確かに生まえた。
だが、次の言葉がそれを容赦なく打ち砕いた。
「しかし、その思い込みが貴族社会を混乱させ、王太子を誤った判断へ導いた」
「よって、その責は免れぬ」
判決は短かった。
「聖女マリアを、身柄拘束の上、王都地下牢へ移送する」
マリアの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
彼女は、最初から悪意をもっていたわけではない。
ただ、この世界にも平等があると信じていただけだ。
だが、その信念は、この国の秩序にとってあまりにも危うかった。
ここでは、正しいと信じることと、許されることは同じではない。
その残酷な現実が、ようやく彼女の前に突きつけられたのだった。
裁定が終わると、諸侯たちは静かに退出していった。
誰も余計な言葉を残さない。
勝利の表情もなければ、同情の気配もない。ただ、必要な手続きが終わったという顔で、それぞれが広間を後にする。
やがて広間に残されたのは、国王と、廃嫡された元王太子ルイスだけだった。
「……父上」
絞り出すような声だった。
だが、国王は振り返らない。
背を向けたまま、低く告げる。
「覚えておけ、ルイス」
静かな声だった。だが、その言葉は刃のように鋭かった。
「王とは、守りたいものだけを選ぶ存在ではない」
そして、ゆっくりと続ける。
「切るべきものを切れる者だけが、王になれる」
その背中は、あまりにも遠かった。
ルイスが知っていた父ではない。王としての顔だけを残した、一人の統治者の背中だった。
この日、王家は確かに生き延びた。
王太子を切り捨てることで、王国はぎりぎりのところで崩壊を免れたのだ。
だが同時に、王家は取り返しのつかないものを失っていた。
信頼か、未来か、それとも血のつながりか。
何を失ったのかを、この時点で正確に言い当てられる者は、まだ誰もいなかった。
王城の大広間には、ひさしく味わったことのない緊張が満ちていた。
玉座の前に並ぶのは、王家の重臣、諸侯、教会の高位聖職者たち、そして王太子ルイス。
かつては未来の王としてこの場に立ち、誰もがその前途を疑わなかった青年は、今やただ一人、裁かれる側としてそこに立たされていた。
国王ルイ十二世が、静かに口を開く。
「これより、王太子ルイス・ド・ヴァロワに対する諸侯連合の申し立てを審議する」
その声には、怒りも悲しみもなかった。
感情を削ぎ落とした、ただの宣告の声だった。
そしてその一言で、この場にいる全員が理解した。
これは裁判ではない。
すでに結論が固まりきったうえで行われる、政治的処分の最終確認にすぎないのだと。
最初に進み出たのは、南方伯だった。
「王太子殿下は、貴族学院において、確たる証拠もなく、エノー公爵令嬢アリエノールを断罪し、婚約破棄を公言されました」
朗々とした声が広間に響く。
「その結果、公爵家の名誉は著しく傷つけられ、王国の秩序は大きく揺らぎました」
続いて、東部侯が一歩前に出る。
「いじめの告発は、すでに虚偽であると明らかになっております」
「それにもかかわらず、王太子殿下は撤回も謝罪も行われなかった」
その言葉が重ねられるたびに、広間の空気は冷たく、重くなっていった。
ルイスは歯を食いしばり、うつむいたまま動かない。
彼の胸の内には、なお消えない思いがあった。
自分は正しいことをしたはずだ。
ただ、マリアを守ろうとしただけだ。
だが、その正しさを、この場の誰一人として認めてはいなかった。
宰相が、静かに前へ進み出る。
「問題は、婚約破棄そのものではありません」
その言葉に、何人かがわずかに視線を上げた。
「王家が保証した婚約を、一個人の感情によって破壊したことにあります」
宰相の声は淡々としている。だが、その一言一言は鋭かった。
「それがどれほど重大な政治的意味を持つか――殿下は、理解しておられなかった」
国王ルイ十二世は、その言葉を聞きながら静かに目を閉じた。
「……理解していなかった、か」
低い声が落ちる。
そして、重く続けた。
「それこそが、最大の罪だな」
国王は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
大広間の空気が、一瞬で張り詰める。
この国において、王が玉座から立ち上がるという行為は、それ自体が決断を意味した。
「王太子ルイス・ド・ヴァロワ」
名を呼ばれ、ルイスははっと顔を上げた。
国王はまっすぐ息子を見据えていた。そこに父としての情は見えない。
「お前は、自らの立場を理解しないまま公爵家を敵に回し、王家を孤立させた」
「その結果、エノー公爵領は他国との婚姻同盟を検討するに至った」
その一言に、列席していた者たちの間に小さなどよめきが走る。
知っていた者もいる。だが、国王の口から正式に語られた意味は重かった。
エノー公爵家が再婚によって国外と結びつけば、それは単なる縁談では終わらない。王国の力の均衡そのものが変わる。
国王は続けた。
「これは、王家の失政だ」
広間の空気が凍りつく。
王が、自ら王家の失政を認める。
それは異例だった。
「だが、王家が生き残るためには、責任の所在を明確にせねばならぬ」
そして、はっきりと言い渡した。
「よって、王太子ルイス・ド・ヴァロワを、王位継承権より除外する」
その瞬間、場の空気が止まったように感じられた。
廃嫡。
その一言が持つ重みは、誰もが知っている。
王家は、生き残るために、自らの後継者を切り捨てたのだ。
ルイスは立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。
叫ぶことも、訴えることもできない。何かを言ったところで、もはや覆る段階ではないことを、彼自身が理解してしまったからだ。
国王はそこで視線を横へ向けた。
「なお、貴族学院における虚偽告発の件について」
その先にいたのは、拘束されたマリアだった。
衛兵に挟まれた少女は、怯えきった顔で立ち尽くしている。
「聖女マリア」
名を呼ばれ、彼女はおそるおそる顔を上げた。
国王は冷静な声で告げる。
「お前は、学園内は平等であると信じて行動した」
「それ自体は、罪ではない」
その言葉に、マリアの瞳に一瞬だけ光が宿る。
助かるかもしれない。
そんなかすかな希望が、確かに生まえた。
だが、次の言葉がそれを容赦なく打ち砕いた。
「しかし、その思い込みが貴族社会を混乱させ、王太子を誤った判断へ導いた」
「よって、その責は免れぬ」
判決は短かった。
「聖女マリアを、身柄拘束の上、王都地下牢へ移送する」
マリアの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
彼女は、最初から悪意をもっていたわけではない。
ただ、この世界にも平等があると信じていただけだ。
だが、その信念は、この国の秩序にとってあまりにも危うかった。
ここでは、正しいと信じることと、許されることは同じではない。
その残酷な現実が、ようやく彼女の前に突きつけられたのだった。
裁定が終わると、諸侯たちは静かに退出していった。
誰も余計な言葉を残さない。
勝利の表情もなければ、同情の気配もない。ただ、必要な手続きが終わったという顔で、それぞれが広間を後にする。
やがて広間に残されたのは、国王と、廃嫡された元王太子ルイスだけだった。
「……父上」
絞り出すような声だった。
だが、国王は振り返らない。
背を向けたまま、低く告げる。
「覚えておけ、ルイス」
静かな声だった。だが、その言葉は刃のように鋭かった。
「王とは、守りたいものだけを選ぶ存在ではない」
そして、ゆっくりと続ける。
「切るべきものを切れる者だけが、王になれる」
その背中は、あまりにも遠かった。
ルイスが知っていた父ではない。王としての顔だけを残した、一人の統治者の背中だった。
この日、王家は確かに生き延びた。
王太子を切り捨てることで、王国はぎりぎりのところで崩壊を免れたのだ。
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