あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

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第二章 もう一度、あなたと友達でいられる最後の日

犠牲

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 小春にさようならを言って、家に帰って、それでいいはずだった。

 なのに柊は落ち着かない。胸騒ぎがあった。何か間違えている気がする。それでも、目を瞑ると小春から届いた告白への返信を思い出してはこれでいいと言い聞かせた。振り返って考えると、自殺の可能性もある。無理矢理のつもりはなかったが、大人しい小春が自分の意志を貫けただろうか。本当は嫌なのに諦めてしまってもおかしくはない。

 脈がないことは柊も自覚していた。

 はっきりと分かったのは大学生だった頃、小春の誕生日にデートらしいことがしたくてホテルのラウンジに行った時だ。不安そうな顔で柊を見ていた。どうしてここに行くのか分からないという困惑がありありと伝わり、冷水を浴びせられたような気分になった。そして一人盛り上がっていた自分を恥じたのだ。どうにか食事を終えて、会計を柊がすべて払おうとすれば小春は自分の分をしっかりと払った。俺が払うよ、と言っても聞かない。

「何で? 恋人じゃないんだから、気を遣わないで」

 おかしそうに笑う小春は残酷だった。けれどその言葉は痛いくらいに正しい。二人は友達だ。

 そして小春は柊と違って、実家に住んでいるわけではない。その頃はまだ大学生で、実家からの仕送りで生活していたのだ。この出費は苦しいだろう。他の学生と付き合いがないから払えたのだ。

 次からはちゃんと友達にならなければならない。

 本当は誕生日プレゼントだって買っていた。けれど、これはきっと小春には高価なものだろう。律儀な彼女は同じ価格帯のものを用意するはずだ。

 そうなったらもう、小春にとって柊は負担を強いる存在になってしまう。

 だから柊は用意していたプレゼントを出さなかった。ブレスレットなんて、男が女の友達に贈るものではない。

 ――どうすれば、小春は俺を男として意識してくれるんだろう。

 何度も食事を繰り返した。小春が成人してから酒だって飲んだ。酔って頬が赤くなった小春は柊を見て嬉しそうに笑うだけで、隙なんてなかった。その足でしっかりと立って、家に帰る。柊に迷惑をかけない。

 なら、柊が一人暮らしを始めたらどうだろう。引っ越しの手伝いをしようか、と言ってくれた小春に甘え家に来てもらう。次はカフェではなく、宅飲みでもしないかと誘いたかった。しかし小春は頷かない。彼女の口から出るのは柊の負担についてだ。後片付けをさせてしまうのが申し訳ないからと、気軽に店で食べようと提案してくれる。きっとこんなにいい子はいないだろう。いい子すぎて、柊は涙が出そうになる。

 次は何をしたか。柊から誘うのやめてみた。回数を減らし、小春から誘ってくれるのを待った。距離ができたらどうしよう、と怖かった。それでも、誘って欲しかったのだ。

 結果、どうなったかと言えば小春は一人で出かける回数が増えただけだった。

『源氏山公園の桜が綺麗でした』

 ホワスタでは一人で鎌倉に行ったらしい小春の投稿があり、彼女は楽しそうに花見や散歩をしたことが分かる。カフェに行った写真には向かいの席には誰もいない。一人だ。

「一人なら誘えよ……」

 一声くらいかけてくれてもいいだろうにと苦しくなる。

 友達が一人もいないと泣いていた頃の小春はどこに行ってしまったのか。あれは確かに、小春の本音だった。

 しかし柊と友達になったとしても、いつでもどこでも一緒というわけでもない。泣いてしまうくらい寂しいはずなのに、小春は一人でいても楽しみを見いだせる。だから出会った当初、小春に友達がいないのは自らの意思だと思っていた。

 今はもう小春が何を考えているのか、柊には分からない。

 こんなに焦がれているのは、柊だけなのだろうか。

 このまま柊が誘わなかったら途切れてしまいそうな縁だった。

 自分だけが必死になって手を伸ばしている。

 抱きしめて、キスをして、体を繋げたら小春の本心に触れられたらよかったのに。


 時間が経つにつれて、胸の鼓動が強くなる。

 やっぱり、もう一度小春の家の近くに行こう。そう決めて、家を出る。もう会わないと決めたのだから、小春と顔は合わせない。せめて家の明かりがついているかどうかだけ見ようと思った。そうすれば、安心できる。

 しかし、小春が住んでいる部屋の明かりはついていない。もう寝ているのか。小春なら日付が変わる前に寝ていてもおかしくなかった。

 大丈夫だよな。きっと、大丈夫だ。柊は自分に言い聞かせながら、アパートを離れる。明日から小春と関わらない生活をしなければならない。小春にフラれてしまった今、見合いを断る気も起きなかった。

 更新されていないだろうけれど、小春のホワスタを見る。いつかこの投稿に男の存在がチラつくようになるのだろうか。想像するとゾッとする。怖くてたまらないのに、柊は何度も彼女の投稿を見るのだろう。

 スマホを見るのをやめて顔を上げると、まったく違う道を歩いていた。駅とは反対方向だ。戻ろうとするが、道の先に何かが落ちていた。鞄だ。白いレザーのミニハンドバッグで、落とし物にしては不自然だった。

 反射的に近づきたくない、と柊は思った。指の先がヒリヒリと痺れる。それなのに持っていたスマホをズボンのポケットに入れ、バッグに近づいた。

 暗い夜道であってもその白は目立った。見たことのあるものだった。持ち主はどこにいるのだろうか。こんな川沿いの歩道に鞄を置いてどこかに行くような場所はない。自然と、柊の顔は川の方を向いた。掘りの深い川はそれほど水がない。

 そこに人の体があった。

 柊はガードレールの反対側に行き、慎重に手足を使って川の底へ下りる。

 近くで見れば、認めざるを得なかった。

「小春……」

 真っ白な頬に触れると、驚くほど冷たい。

 小春は自殺ではなかった。柊に追われて事故死したわけでもない。まさかよろけて川に落ちたはずはないだろう。二度目ともなれば、誰かの手によって小春が死んだことになる。

 何故、すぐにループしようとしたのだろうか。

 遮断機で小春が死んだのを知った時、監視カメラの映像を調べるべきだった。原因を突き止めてから行動するべきだったのに、衝動的に動いたせいで彼女が二回も死んだ。

 こうなった手がかりはないだろうか。考えてみるが、思い当たる節はなかった。小春の人間関係は広くない。関わりのある人はほとんど会社の関係者で、彼女のいる部署には同じ年代の女性はいなかった。個人的な関わりはないだろう。その中に小春を殺したいと思うほど憎む人がいるのだろうか。

 柊は半年の間、小春と会っていなかったこともあり、彼女の周りでトラブルがあったのか分からなかった。四月十七日を繰り返せば、原因を知ることができるだろう。だが、そうなると小春は何度も死んでしまう。柊にはとてもできなかった。もう死んで欲しくない。きっととても怖かっただろうし、痛かったはずだ。時間を戻すからといってそれらがすべてなかったことになったとしても、割り切れることではない。なら、どうするか。

 これは柊一人で解決できることではない。

 だが、解決できる人間に心当たりがあった。

「小春、ごめん。次は絶対に死なせないから……」

 もう一度、小春の頬に触れる。柔らかいはずの頬はすこし硬くなっていた。
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