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第1部

第35話「記憶媒体に残った動画を再生する顛末」

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 記憶媒体に残されたデータは、ぼくのスマホで撮った写真と動画。それ以外に、病院名が書かれていないハイバネーション同意書。
 お父さんが学会で発表する予定だった、生きた人間へのクライオニクスは、航空機事故に遭ったぼくに対して、世界で初めて施術されたということになる。署名は、お父さんの名前だった。つまり、あの絶望的な事故を、お父さんは生き延びたのだ。

 動画が再生される。キッチンカウンターで洗い物をするお母さんと、背を向けた妹の友梨ゆり。二人は何か喋っている。友梨が振り返る。椅子から下りて歩いてくる。ぼくのスマホに手をかざす。真っ暗になる。

 * * *

 ラウンジのソファの上で、ライブセックスに疲れ果てたユリアとエレナが裸のまま抱き合って眠る。柱の向こう側で、サチとハルトがセックスしている。
 ぼくはテーブルにキーボードをのせて、記憶媒体からサルベージしたデータをみる。ぼくにとってはごく最近のものばかりだけど、実際は五十年以上前のデータだ。

 眠らないレピタがジアルジアのボトルをテーブルに置いて、ぼくの両脚の間に滑り込み、陰茎をちゅるりと飲み込む。ぼくはレピタの頭を撫でる。レピタは口を離す。上目遣いでぼくをじっとみつめる。
 エレナの電脳をコピーされていても、アンドロイドは滅多に自分から喋らない。

「レピタはともかく、どうしてみんな避妊しないの?」
 ずっと気になっていたことを訊く。
「妊娠しないから……」
「なんで、どうして?」
「電脳政府が、あたしたちの電脳鍵と、生殖鍵を管理してるの。市民なら、結婚すると生殖鍵を返してもらえて、妊娠することができるけど……」
「そうなの? 自由民は?」
「自由民は戸籍が凍結されるから結婚できないよ」
「じゃあ、妊娠もできないの?」
「生殖鍵があれば、バイオユニットでも妊娠できるよ。それを取り返すために、ゲリラが政府と戦争してるの、アタシたちはリオとファックできればどっちでもいいけどね……」
 声は違うけど、エレナの喋り方。

「ネムの電脳の、バックアップがあるわ」とレピタが珍しく能動的に喋る。
「電脳の? どこに?」

 レピタが自分の頭を指差す。

「薬品倉庫に盗みに入った晩に、スナップショットが送られてきたの。ブートする? ネムとファックできるよ」

 そんなことしてもネムは生き返らない、そう言いかけて、くだらない台詞だと思う。ネムとは一晩愛し合っただけだ。ぼくは彼女のことを知らない。
 ふとまばたきしたしゅんかん、切れ長の冷たい瞳がぼくをみつめる光景が瞼に浮かぶ。柔らかいのに引き締まった身体をおもいだす。そういう断片ですら、まだ、ぼくには辛い。

「レピタは、エレナのままでいて」
「いいの?」
「いいよ」

 レピタの幼い顔が綻ぶ。

「ウフフ……嬉しい、きもちよくしてあげるね」

 そう囁いて、ぼくを柔らかく飲み込む。

 * * *

 画像、動画、画像、画像、動画、ぼくがスマホで撮影したものばかりだったけれど、事故のあったあの日よりも、二ヶ月あとに撮影された動画ファイルが一件。なんだろう。開く。


 女の子の首筋。画面から離れる。妹の友梨が映っている。黒いタンクトップを着ていて、部屋の時計は五時半。こちらをじっとみつめる友梨の表情は、よくわからない。すこし疲れたかんじ。

 お兄がこの動画をみるころには、お父さんも、お母さんも、あたしも、もう死んでるかもしれない。だから、何があったか、残しておくね。
 お兄は、お父さんと一緒に乗った飛行機が墜落しました。バードなんとかって……、鳥がエンジンに入った事故。墜落したのが海だったから、お兄とお父さんを含めて、十一人が助かった。だけど、お兄は脊髄せきずい損傷で、自分で呼吸もできなくなったの。お父さんは腕と脚を骨折して、いま病院でリハビリ中だけど、元気だよ。
 お父さんの同期の柿崎先生が、お兄ちゃんをハイバネーションするって、昨日、連絡がありました。お父さんが説明してくれたけど、あたしバカだからよくわかんくて……。なんか、冷凍睡眠? みたいなことをするらしくて、お兄ちゃんは死なないけど、いつ目覚めるかもわからないって。少なくとも、あたしたちが生きている間は無理だろうって。だから、もうお兄ちゃんと、会えないんだって……。

 友梨がうつむいてポロポロ涙を流す。鼻を啜る。

 お兄ちゃんは、書類上は死んだことになるって。だから、雑司ぞうしの霊園にお墓を買ったみたい。誰も入ってないけど、お兄ちゃんがそこに入ったことになるって。
 でも、将来、お父さんやお母さんや、あたしもそこに入るかもしれないから、もし、お兄ちゃんがずっとずっと未来で、無事に目覚めたら、お墓参りにきてね。アハハ……、まだ生きてるのに変だよね。
 それから、お兄のスマホは解約しちゃったけど、柿崎先生に預けます。
 じゃあね、お兄ちゃん……さよなら。

 最後は震える声で手を振り、スマホに手を伸ばしたところで動画が終わる。


 ぼくはバイザーを脱ぐ。フェラチオしているレピタの頬に触れる。抱き起こして、ぼくの膝に乗せる。幼い割れ目に陰茎を沈める。ソファに凭れて、レピタの律動に身を任せる。
 レピタがぼくの濡れた頬を指先で拭う。
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