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第一章 (仮)
第十話 ブランデー
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家に帰りついた頃、さすがにシェイルは疲れている様子だった。寝ると言っていたのはたしか昼過ぎのことである。いつもそんなにしゃべる方ではないがさらに言葉が少ない。
エリッツの方はというと疲労というよりはいろいろな出来事がありすぎて半ば混乱をきたしていた。
ラヴォート殿下に折檻されているシェイルのあの表情が忘れられない。まともに顔を見ることもできない。――と、思いつつも気になって見てしまう。そして「その目つきをやめてください」と、道中シェイルにたびたび叱られた。
さらに久しぶりに人の集まる場所に出たせいで精神的にもかなり消耗している。デルゴヴァ卿の舐めるような視線に嫌なことまで思い出してしまった。
「あの、寝る前にまたなでてもらえませんか」
このままでは眠れない。思い切ったお願いにもシェイルは嫌な顔ひとつしない。
「いいですよ」
家に戻るなりシェイルはいつもマリルが紅茶になみなみと注ぎ入れているブランデーの瓶を持ち出した。そういえば、シェイルが酒を飲むところを一回も見たことがなかった。
「今から飲むんですか。大丈夫ですか」
「はい、どうぞ」
食堂のテーブルにカップが二つ並べられブランデーがそそがれる。
エリッツは飲酒する習慣はなかったがとりあえず席に着いた。食べ物もそうだが飲み物にもあまり興味がない。いずれも必要最低限の量が摂取できればそれでよかった。
出されたカップに申し訳程度に口をつける。香りのいいブランデーだった。マリルが気に入っているだけあってかなりいいものなのかもしれない。
ふと気が付くとシェイルは自身のカップに二杯目のブランデーを注ぎ入れているところだった。
「家に戻る気はないんですか」
シェイルは唐突にエリッツに問いかける。
「もう、帰れないので。居場所がない、というか」
あまり詳しく説明することはできない。シェイルやマリルがレジス国の中枢にかかわっていると分かった以上、しゃべりすぎれば父や兄たちに迷惑がかかる。家名が汚れることを何よりも嫌う人たちだ。
エリッツが言いよどんでいる間にシェイルは二杯目のブランデーも一気に飲み干してしまった。
「これからどうするんですか。今日一日でわかったと思いますが、ここにいると嫌な思いばかりしますよ」
「ここを出て行けってことですか」
エリッツは思わず立ち上がった。
「いや、そういうことじゃないんですが。もしその気があるなら、城内の王立学校に入れるように手配しましょう。わたしもそこの出身なんです。今は休戦中ですから軍部に進まなくとも、マリルのように街中で働いたり、事務官、書記官、秘書官、成績がよければ仕事はいくらでもありますよ。家に戻らないなら仕事が必要でしょう」
シェイルはさらに一杯ブランデーを飲み干しつつ、顔色一つ変えない。極端に酒に弱いという事情を抱えているわけではなさそうだ。
「結局出て行けってことじゃないですか」
ここを出て兄を探せばいいはずだがなぜかそれは嫌だった。もう少しここにいたい。兄がレジスの街にいることはわかっている。もし何らかの事情で街にいなくとも、嫌な思いをする覚悟で実家を頼れば探す手立てはいくらでもある。しかしここを出てしまったら再度シェイルに会うのは難しい。ずっとそんな気がしていたがこの家はシェイルの家ではない。
シェイルはブランデーのカップをゆすりつつ、「とりあえず座ってください」と言った。
「今日、盗み聞きをしていましたね」
「え」
エリッツはまたシェイルのあの表情を思い出してしまい動揺した。それも見透かされているような気がしてさっと顔が熱くなる。
「詳しい話は置いておくとしてレジスは次期国王の座をめぐって当人たちよりも大臣、高官たちの水面下の争いが激化しています。北方の帝国とは休戦中で退屈しているんでしょうね。ローズガーデンは――」
そこでシェイルはまたブランデーを飲み干した。先ほどからそうだが、なぜ一気に飲んでしまうのか。
シェイルはしばし慎重に言葉を選んでいるようであったが最終的に「ローズガーデンではよくないことが起こりますよ」と、子供にいい聞かせるような言い方をした。
「マリルとその仲間たちは多くの高官を捜査対象にしていますが、どうもローズガーデンに関連していくつかの動きがあるようです。詳しくはわかりません」
「わからないんですか」
シェイルは少し考えるような仕草をすると、思い出したようにまたブランデーをあおった。
「飲むのが早すぎませんか」
シェイルはひとつうなずいて、空になった瓶を脇に寄せると、また部屋の奥からブランデーの瓶を持ってくる。
「え。まだあるの? ってかまだ飲むの」
そしてブランデーの瓶を持ったまま先ほどのエリッツの向かいではなく隣に腰かける。
「な、なんですか」
シェイルはエリッツの腕をつかんで唇を耳元に寄せた。すぐにその手の方を凝視してしまう。大きな手だ、早くなでてほしい。
「いいですか、多くの人が誤解していますが、いえ、誤解するように仕向けていますが、わたしは高官たちの調査はしていません。狗のようにあちこちかぎまわっているのは陛下直属の部下であるマリルたちです。わたしはあくまでラヴォート殿下の側近としてローズガーデンの企画を補佐しているだけです」
強いブランデーの香りを感じた。
「陛下の許可が出た場合のみ情報を流してもらっています。はたから見れば陛下の部下であるマリルとラヴォート殿下の側近であるわたしが結託して高官たちのあら探しをしているように見える。しかもわたしは目立つでしょう」
その誤解によって生ずるのは国王陛下とラヴォート殿下の間に強い繋がりがあるという錯覚だ。やがて周りは次期国王は陛下の信頼が篤いラヴォート殿下に違いないと噂をたてる。すでに今その段階まで来ている。噂の力は馬鹿にできない。
「ローズガーデンを仕切ることを任された殿下は、陛下にローズガーデンを安全に執り行うための情報の提供を願い入れた。それが聞き届けられたのが今の状態です。マリルはわたしの古い友人なので、多少の馴れ合いが生ずることも殿下の計算に含まれています」
シェイルはよくやくエリッツの耳元から離れる。ここまでの話は人に聞かれてはまずい話題だったのだろう。エリッツは離れてしまったシェイルの手を未練がましく目で追った。
「ラヴォート殿下はこの国の王になるつもりなんですか」
「そうです」
シェイルは迷いなくそう言ってまたブランデーを飲み干す。ラヴォート殿下は確かに国王にふさわしい雰囲気のある人物だったが、兄を出し抜いて王になろうというほどの野心家には見えなかった。まだ一度しか会っていないからよくわからないが、何か深い理由がありそうである。
「ちょっと飲みすぎではないでしょうか」
飲むペースが速すぎて心配になってくる。ある意味酒をとめられるのも納得だ。
「すみません、あなたをここへ連れてきたのは軽率でした。ここはかなり危ない場所でしょう」
あれだけ飲んで顔色が変わらないうえに、話はあくまで真面目、話しぶりも冷静。不気味ですらある。
「家には帰りませんよ」
これだけはゆずれないと、エリッツは主張する。ふいにシェイルが持っていたカップをテーブルに置き、指を一本立てた。
「エリッツ、あなたの家はどっちですか」
指の動きから方角を問われていることは明白だ。
街道にそって歩きレジスの南門から入って、今は西門を出てほぼまっすぐ森へ入ったから、実家は南東の方角になるのか。エリッツは指さそうとして慌てて指を別方向へスライドさせる。
家を教えてどうするんだ。シェイルのことだから方角だけでも見当がつくのかもしれない。いや、そもそもオルティス家はそっちじゃない。
混乱した思考の中で逆方向を指そうとして、北西の方角に何があるのかよく知らないことに気づく。たぶん帝国との国境か。それならとさらに南西を指そうとしたが、あちらはスサリオ山だ。山村くらいはあるかもしれないがつっこまれて聞かれても答えられない。
「いっぱい歩いたのでよくわかりません」
さんざん指先を空中に泳がせたあげく、エリッツは誤魔化した。
「あなたの家はオルティス家なんですね」
シェイルが確認するようにエリッツの目をのぞきこむ。漆黒の目。
真面目な話をしているのになぜかまたラヴォート殿下に折檻されていた情景を思い出してしまう。エリッツの脳裏にはまたあのなやましい表情のシェイルが浮かぶ。なぜそんなに気になるのか。そんな自分にも動揺してしまう。
「エリッツ、その目つきやめてくださいってば」
シェイルは呆れたようにため息をひとつつくと、席を立つ。
「どうもさっきから余計なことばかり考えているようですね」
「え、その、余計というか、何というか、家に戻るのだけは……」
夜の湖面のような黒い瞳に見据えられ、しどろもどろになってしまう。
「余計なことというのはこういうことです」
シェイルはエリッツの顎を強く引き寄せ唇を押し当てる。
喉がそらされ一瞬息がとまる。
エリッツは何をされているのかよく理解できないうちに強引に押し入ってきたシェイルの舌を迎え入れるはめになる。強いブランデーの香りだけで酔いそうだ。ようやく状況を理解したときには舌をからめられる感触に頭の芯まで溶けきっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
半ばパニックになりながら椅子から立ち上がり何とかシェイルの体を押しのけたものの膝がふらついてしまう。
「立つならしっかり立ちなさい。転びますよ」
何ごともなかったかのような顔で体を支えてくれたものの、やはり膝が立たない。自分はブランデーひとなめしかしていなのにという理不尽な感情がわきあがる。いや、ブランデーは関係ない。エリッツは唇と舌に残る甘やかな感触にひたすら動揺していた。自分はどうしてしまったのだろうか。
「こっちを勃たせてどうするんですか」
シェイルが足の間に膝をわりこませ、耳元で小さくささやく。
いつの間にか起こっていた体の変化を指摘されさらに動揺し、その隙をつかれてまた唇を奪われる。その舌が丁寧に刺激を与えてゆくので息があがってまた頭が真っ白になってしまう。だめだ、やばいとエリッツは絶望的な気分になった。絶望というか絶頂というか。
「んん」
何度も体に走り抜ける快楽に小さく体を震わせたのち、羞恥のあまりエリッツの目じりにじわりと涙が浮かんだ。
シェイルもエリッツの身に起こった変化に感づいたのかそっと身を離した。
「待ってって言ったじゃないですか」
「あ、すみません。あれ、おかしいですね」
何がおかしいのかよくわからないが、心底困惑したようなシェイルの表情にエリッツは居たたまれなくなる。
「つかぬことを聞きますが、舌はわりと……ええと、感じる方なんですか」
「感じたらダメなんですか。仕上がった男娼でどうもすみません!」
シェイルを思いっきり押しのけるとそのまま家を飛び出し、まだ冷たい泉に躊躇なく飛び込む。
その水音に驚いたのか森のあちこちからギャアギャアと鳥が騒ぐ声が聞こえた。木々の間から見上げた空には見事な満月が浮かび上がっている。
しばらく放心したまま泉の湧き出す音を聞いていたが、いつのまにか岩場にシェイルがいた。
「あの、ほんとにすみません。これは……たぶんちょっとした人違いで」
「人違い……? 誰と間違えてこんなことになるんですか」
「はい。確かに。おかしな話ですね」
見上げたシェイルの顔は酔っている様子は微塵もない。ただただ複雑な表情で何かを考えこんでいる。酔っての蛮行とは違うのか。
「早く水からあがった方がいいですよ。風邪をひきます。わたしはちょっと調べないといけないことができたので、先に行きますね」
「ちょっと待ってください。寝る前になでてくれる約束ですよね」
「その約束、いきてたんですか」
「当たり前です」
エリッツはわざと大きな水音を立てて泉からあがった。
エリッツの方はというと疲労というよりはいろいろな出来事がありすぎて半ば混乱をきたしていた。
ラヴォート殿下に折檻されているシェイルのあの表情が忘れられない。まともに顔を見ることもできない。――と、思いつつも気になって見てしまう。そして「その目つきをやめてください」と、道中シェイルにたびたび叱られた。
さらに久しぶりに人の集まる場所に出たせいで精神的にもかなり消耗している。デルゴヴァ卿の舐めるような視線に嫌なことまで思い出してしまった。
「あの、寝る前にまたなでてもらえませんか」
このままでは眠れない。思い切ったお願いにもシェイルは嫌な顔ひとつしない。
「いいですよ」
家に戻るなりシェイルはいつもマリルが紅茶になみなみと注ぎ入れているブランデーの瓶を持ち出した。そういえば、シェイルが酒を飲むところを一回も見たことがなかった。
「今から飲むんですか。大丈夫ですか」
「はい、どうぞ」
食堂のテーブルにカップが二つ並べられブランデーがそそがれる。
エリッツは飲酒する習慣はなかったがとりあえず席に着いた。食べ物もそうだが飲み物にもあまり興味がない。いずれも必要最低限の量が摂取できればそれでよかった。
出されたカップに申し訳程度に口をつける。香りのいいブランデーだった。マリルが気に入っているだけあってかなりいいものなのかもしれない。
ふと気が付くとシェイルは自身のカップに二杯目のブランデーを注ぎ入れているところだった。
「家に戻る気はないんですか」
シェイルは唐突にエリッツに問いかける。
「もう、帰れないので。居場所がない、というか」
あまり詳しく説明することはできない。シェイルやマリルがレジス国の中枢にかかわっていると分かった以上、しゃべりすぎれば父や兄たちに迷惑がかかる。家名が汚れることを何よりも嫌う人たちだ。
エリッツが言いよどんでいる間にシェイルは二杯目のブランデーも一気に飲み干してしまった。
「これからどうするんですか。今日一日でわかったと思いますが、ここにいると嫌な思いばかりしますよ」
「ここを出て行けってことですか」
エリッツは思わず立ち上がった。
「いや、そういうことじゃないんですが。もしその気があるなら、城内の王立学校に入れるように手配しましょう。わたしもそこの出身なんです。今は休戦中ですから軍部に進まなくとも、マリルのように街中で働いたり、事務官、書記官、秘書官、成績がよければ仕事はいくらでもありますよ。家に戻らないなら仕事が必要でしょう」
シェイルはさらに一杯ブランデーを飲み干しつつ、顔色一つ変えない。極端に酒に弱いという事情を抱えているわけではなさそうだ。
「結局出て行けってことじゃないですか」
ここを出て兄を探せばいいはずだがなぜかそれは嫌だった。もう少しここにいたい。兄がレジスの街にいることはわかっている。もし何らかの事情で街にいなくとも、嫌な思いをする覚悟で実家を頼れば探す手立てはいくらでもある。しかしここを出てしまったら再度シェイルに会うのは難しい。ずっとそんな気がしていたがこの家はシェイルの家ではない。
シェイルはブランデーのカップをゆすりつつ、「とりあえず座ってください」と言った。
「今日、盗み聞きをしていましたね」
「え」
エリッツはまたシェイルのあの表情を思い出してしまい動揺した。それも見透かされているような気がしてさっと顔が熱くなる。
「詳しい話は置いておくとしてレジスは次期国王の座をめぐって当人たちよりも大臣、高官たちの水面下の争いが激化しています。北方の帝国とは休戦中で退屈しているんでしょうね。ローズガーデンは――」
そこでシェイルはまたブランデーを飲み干した。先ほどからそうだが、なぜ一気に飲んでしまうのか。
シェイルはしばし慎重に言葉を選んでいるようであったが最終的に「ローズガーデンではよくないことが起こりますよ」と、子供にいい聞かせるような言い方をした。
「マリルとその仲間たちは多くの高官を捜査対象にしていますが、どうもローズガーデンに関連していくつかの動きがあるようです。詳しくはわかりません」
「わからないんですか」
シェイルは少し考えるような仕草をすると、思い出したようにまたブランデーをあおった。
「飲むのが早すぎませんか」
シェイルはひとつうなずいて、空になった瓶を脇に寄せると、また部屋の奥からブランデーの瓶を持ってくる。
「え。まだあるの? ってかまだ飲むの」
そしてブランデーの瓶を持ったまま先ほどのエリッツの向かいではなく隣に腰かける。
「な、なんですか」
シェイルはエリッツの腕をつかんで唇を耳元に寄せた。すぐにその手の方を凝視してしまう。大きな手だ、早くなでてほしい。
「いいですか、多くの人が誤解していますが、いえ、誤解するように仕向けていますが、わたしは高官たちの調査はしていません。狗のようにあちこちかぎまわっているのは陛下直属の部下であるマリルたちです。わたしはあくまでラヴォート殿下の側近としてローズガーデンの企画を補佐しているだけです」
強いブランデーの香りを感じた。
「陛下の許可が出た場合のみ情報を流してもらっています。はたから見れば陛下の部下であるマリルとラヴォート殿下の側近であるわたしが結託して高官たちのあら探しをしているように見える。しかもわたしは目立つでしょう」
その誤解によって生ずるのは国王陛下とラヴォート殿下の間に強い繋がりがあるという錯覚だ。やがて周りは次期国王は陛下の信頼が篤いラヴォート殿下に違いないと噂をたてる。すでに今その段階まで来ている。噂の力は馬鹿にできない。
「ローズガーデンを仕切ることを任された殿下は、陛下にローズガーデンを安全に執り行うための情報の提供を願い入れた。それが聞き届けられたのが今の状態です。マリルはわたしの古い友人なので、多少の馴れ合いが生ずることも殿下の計算に含まれています」
シェイルはよくやくエリッツの耳元から離れる。ここまでの話は人に聞かれてはまずい話題だったのだろう。エリッツは離れてしまったシェイルの手を未練がましく目で追った。
「ラヴォート殿下はこの国の王になるつもりなんですか」
「そうです」
シェイルは迷いなくそう言ってまたブランデーを飲み干す。ラヴォート殿下は確かに国王にふさわしい雰囲気のある人物だったが、兄を出し抜いて王になろうというほどの野心家には見えなかった。まだ一度しか会っていないからよくわからないが、何か深い理由がありそうである。
「ちょっと飲みすぎではないでしょうか」
飲むペースが速すぎて心配になってくる。ある意味酒をとめられるのも納得だ。
「すみません、あなたをここへ連れてきたのは軽率でした。ここはかなり危ない場所でしょう」
あれだけ飲んで顔色が変わらないうえに、話はあくまで真面目、話しぶりも冷静。不気味ですらある。
「家には帰りませんよ」
これだけはゆずれないと、エリッツは主張する。ふいにシェイルが持っていたカップをテーブルに置き、指を一本立てた。
「エリッツ、あなたの家はどっちですか」
指の動きから方角を問われていることは明白だ。
街道にそって歩きレジスの南門から入って、今は西門を出てほぼまっすぐ森へ入ったから、実家は南東の方角になるのか。エリッツは指さそうとして慌てて指を別方向へスライドさせる。
家を教えてどうするんだ。シェイルのことだから方角だけでも見当がつくのかもしれない。いや、そもそもオルティス家はそっちじゃない。
混乱した思考の中で逆方向を指そうとして、北西の方角に何があるのかよく知らないことに気づく。たぶん帝国との国境か。それならとさらに南西を指そうとしたが、あちらはスサリオ山だ。山村くらいはあるかもしれないがつっこまれて聞かれても答えられない。
「いっぱい歩いたのでよくわかりません」
さんざん指先を空中に泳がせたあげく、エリッツは誤魔化した。
「あなたの家はオルティス家なんですね」
シェイルが確認するようにエリッツの目をのぞきこむ。漆黒の目。
真面目な話をしているのになぜかまたラヴォート殿下に折檻されていた情景を思い出してしまう。エリッツの脳裏にはまたあのなやましい表情のシェイルが浮かぶ。なぜそんなに気になるのか。そんな自分にも動揺してしまう。
「エリッツ、その目つきやめてくださいってば」
シェイルは呆れたようにため息をひとつつくと、席を立つ。
「どうもさっきから余計なことばかり考えているようですね」
「え、その、余計というか、何というか、家に戻るのだけは……」
夜の湖面のような黒い瞳に見据えられ、しどろもどろになってしまう。
「余計なことというのはこういうことです」
シェイルはエリッツの顎を強く引き寄せ唇を押し当てる。
喉がそらされ一瞬息がとまる。
エリッツは何をされているのかよく理解できないうちに強引に押し入ってきたシェイルの舌を迎え入れるはめになる。強いブランデーの香りだけで酔いそうだ。ようやく状況を理解したときには舌をからめられる感触に頭の芯まで溶けきっていた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
半ばパニックになりながら椅子から立ち上がり何とかシェイルの体を押しのけたものの膝がふらついてしまう。
「立つならしっかり立ちなさい。転びますよ」
何ごともなかったかのような顔で体を支えてくれたものの、やはり膝が立たない。自分はブランデーひとなめしかしていなのにという理不尽な感情がわきあがる。いや、ブランデーは関係ない。エリッツは唇と舌に残る甘やかな感触にひたすら動揺していた。自分はどうしてしまったのだろうか。
「こっちを勃たせてどうするんですか」
シェイルが足の間に膝をわりこませ、耳元で小さくささやく。
いつの間にか起こっていた体の変化を指摘されさらに動揺し、その隙をつかれてまた唇を奪われる。その舌が丁寧に刺激を与えてゆくので息があがってまた頭が真っ白になってしまう。だめだ、やばいとエリッツは絶望的な気分になった。絶望というか絶頂というか。
「んん」
何度も体に走り抜ける快楽に小さく体を震わせたのち、羞恥のあまりエリッツの目じりにじわりと涙が浮かんだ。
シェイルもエリッツの身に起こった変化に感づいたのかそっと身を離した。
「待ってって言ったじゃないですか」
「あ、すみません。あれ、おかしいですね」
何がおかしいのかよくわからないが、心底困惑したようなシェイルの表情にエリッツは居たたまれなくなる。
「つかぬことを聞きますが、舌はわりと……ええと、感じる方なんですか」
「感じたらダメなんですか。仕上がった男娼でどうもすみません!」
シェイルを思いっきり押しのけるとそのまま家を飛び出し、まだ冷たい泉に躊躇なく飛び込む。
その水音に驚いたのか森のあちこちからギャアギャアと鳥が騒ぐ声が聞こえた。木々の間から見上げた空には見事な満月が浮かび上がっている。
しばらく放心したまま泉の湧き出す音を聞いていたが、いつのまにか岩場にシェイルがいた。
「あの、ほんとにすみません。これは……たぶんちょっとした人違いで」
「人違い……? 誰と間違えてこんなことになるんですか」
「はい。確かに。おかしな話ですね」
見上げたシェイルの顔は酔っている様子は微塵もない。ただただ複雑な表情で何かを考えこんでいる。酔っての蛮行とは違うのか。
「早く水からあがった方がいいですよ。風邪をひきます。わたしはちょっと調べないといけないことができたので、先に行きますね」
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