14 / 239
第一章 (仮)
第十四話 うさぎ
しおりを挟む
あの祝賀会があった日からシェイルはやたらと忙しそうである。外出が増え、帰ってきたと思ったら部屋にこもりきりだ。
今朝もエリッツが目を覚ました時にはすでにシェイルが出かけた後だった。
いろいろと気まずいのであまり会わずに済むのはありがたいけれど、少しさみしい。ボードゲームをしたいし、またなでてほしいし。あの長い指が髪をそっとすいていく感触を思い出しエリッツはうっとりと目を閉じた。そして自身のくちびるにふれる。
あれはなんだったのか。びっくりしたが嫌ではなかった。むしろよかった。とても。
岩場は平和な水音と木漏れ日に満たされている。しかし読書はあまり進まない。心地よい眠気に思想はあちこちにとんだ。
そういえばあれからマリルもここに来ない。
たぶんエリッツの出自はあらかた二人にばれてしまったんだろう。いつまでも隠し通せるとは思わなかったが、ばれたらすぐに家に戻されるものと考えていたからいまだに何も言われない状況をどうとらえていいのかわからない。
そのとき泉の向こう側で草木が揺れる音がした。
うさぎである。
最近よく見かけるがエリッツが物音を立てるとすぐに走り去ってしまうので息を殺してうさぎを眺める。後ろ足で体を支え長い耳をぴくぴくとさせている。周りを警戒している様子だ。水を飲みに来るのだろうか。
「エリッツ、そこで何をしてるんですか」
「あ」
帰ってきたシェイルに突然声をかけられエリッツは思わず岩場に立ち上がる。その物音に驚いたのかうさぎは文字通り脱兎のごとく逃げ出した。
「そこにうさぎがいたんですよ」
つい興奮したような声をあげてしまってすぐに恥ずかしくなる。シェイルの顔に濃い疲労の色が浮かんでいるのを見てしまったからだ。ごろごろしながらうさぎを眺めているくらいしかやることがないエリッツのことをどう思っているだろうか。
「うさぎが食べたいんですか」
明らかに疲れているだろうに嫌な顔一つせず、シェイルは岩場へとやってくる。
「え。うさぎを食べるんですか」
聞いたことはあるが基本的にこの辺りでは家畜の牛か鶏を食べている。「うさぎ」と聞いて即「食べる」という発想が浮かんでくるあたり文化の違いを感じた。エリッツは師の漆黒の瞳をじっと見つめる。誰も話題にしないが、この人はどこの生まれなのだろう。
「食べますか?」
「えーっと、いや、どうですかね」
そもそも食べること自体に興味がない。さすがに「うさぎがかわいそう」といい出すほど子供でもないが、わざわざ殺して食べたいとも思わなかった。
しかし別の意味では興味がある。
「つかまえられるんですか、うさぎ」
あんなに警戒心の強い動物をどうやってとらえるつもりなのだろうか。
「さっきまでそこにいたんですね」
エリッツが頷くとシェイルは一度家に入りすぐに戻ってきた。
持ち出してきたのは家の入口付近に立てかけてあった弓矢である。あの家はわけのわからないものがいろいろと置いてあるがその中でも目立っていた。しかしかなり原始的なつくりだ。その辺に生えていそうな木を削りだしたものに細い縄を張っただけの弓、そしてやはり同じような木を削って野鳥の羽らしきものをしばり付けた矢が三本。
「それでは無理じゃないですか」
「実際、使っていたものみたいなので大丈夫でしょう」
そういいながら岩場に座りこんで弓の具合を確認している。わりと本気でうさぎをとってくるつもりだ。
「誰が使っていたんですか、それ」
「あの家に前住んでいた人たちですよ」
「誰が住んでいたんですか」
シェイルは一度顔をあげてエリッツを見たが「うさぎが逃げてしまいます」といって立ちあがり森の奥へと入っていってしまった。
シェイルが戻ってきたのは日が暮れてからだった。
あんなに疲れた様子だったのに一刻以上も森の中でうさぎを追っているというのはどういう神経の持ち主なのだろうか。
しかもきちんとうさぎを一羽とってきていた。
「まだ生きているじゃないですか」
あの原始的な矢が頭につき刺さった状態のうさぎは時おり足をばたつかせている。遠目には小さな動物に見えたが目の前にすると思っていたよりも大きい。
「さすがにこれでは難しかったです。罠を仕掛けた方が効率よさそうですね」
薄暗い中でやはり家の中に無造作に置かれていたナイフを手にすると躊躇することなくうさぎの腹にさしこんだ。
「あ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」
エリッツは思わず目を覆う。
うさぎの腹の中をかき回しているらしき音が続き、エリッツが薄目をあけて見てみるとうさぎはぱっくりと腹をあけられ中はすでに空っぽになっていた。
「誰かが食べるでしょう」
シェイルはそういうとうさぎの腹の中に入っていたであろう何かを薄闇の中に放り投げてから泉で空っぽのうさぎを洗いはじめる。手際がよすぎるのと薄暗いのとで何が何だかわからないうちに作業が進む。
「誰かって……」
「夜に鳴いてるじゃないですか」
「ああ、野犬か何かですかね」
そういえば、夜の森は案外騒がしい。鳥や何か得体のしれない動物が鳴いている。
丁寧に洗ったうさぎを今度は軒先に逆さまにつるす。
「これで何か作ってあげますよ」
シェイルは妙にうれしそうにナイフを使ってうさぎの毛皮をはがしはじめた。薄暗いとはいえこれもけっこう強烈な見た目で、エリッツはまたもや目を覆った。
「いい毛並みです。またとってきましょう。毛皮で冬に使うものを作っておけば暖かくすごせますよ」
当たり前のようにシェイルがそういうのでエリッツは思わず目を見開いた。そして半分だけ皮をはがされたうさぎを直視してしまう。
「冬になるまでいてもいいんですか」
シェイルは一瞬手をとめてエリッツを見た。だらりとうさぎの毛皮がたれさがって揺れている。
「冬になる前にどこかへ行くんですか」
小さく笑いながら作業を再開する。うさぎの皮は頭まできれいに取りはずされる。
「いや、あの、てっきり実家に戻されると思ってたんで」
「帰りたいなら送っていきます」
丸裸になったうさぎを手にシェイルは家の中に入っていき、かまどのある裏口のあたりにまたつるす。
「少し置いておかないとおいしくないんですよ」
エリッツはそこまで食欲が旺盛な方でもないのでむしろ安堵した。皮がはがされたうさぎは小さくなったように見えるが二人分の食事としては十分すぎるように見える。
今朝もエリッツが目を覚ました時にはすでにシェイルが出かけた後だった。
いろいろと気まずいのであまり会わずに済むのはありがたいけれど、少しさみしい。ボードゲームをしたいし、またなでてほしいし。あの長い指が髪をそっとすいていく感触を思い出しエリッツはうっとりと目を閉じた。そして自身のくちびるにふれる。
あれはなんだったのか。びっくりしたが嫌ではなかった。むしろよかった。とても。
岩場は平和な水音と木漏れ日に満たされている。しかし読書はあまり進まない。心地よい眠気に思想はあちこちにとんだ。
そういえばあれからマリルもここに来ない。
たぶんエリッツの出自はあらかた二人にばれてしまったんだろう。いつまでも隠し通せるとは思わなかったが、ばれたらすぐに家に戻されるものと考えていたからいまだに何も言われない状況をどうとらえていいのかわからない。
そのとき泉の向こう側で草木が揺れる音がした。
うさぎである。
最近よく見かけるがエリッツが物音を立てるとすぐに走り去ってしまうので息を殺してうさぎを眺める。後ろ足で体を支え長い耳をぴくぴくとさせている。周りを警戒している様子だ。水を飲みに来るのだろうか。
「エリッツ、そこで何をしてるんですか」
「あ」
帰ってきたシェイルに突然声をかけられエリッツは思わず岩場に立ち上がる。その物音に驚いたのかうさぎは文字通り脱兎のごとく逃げ出した。
「そこにうさぎがいたんですよ」
つい興奮したような声をあげてしまってすぐに恥ずかしくなる。シェイルの顔に濃い疲労の色が浮かんでいるのを見てしまったからだ。ごろごろしながらうさぎを眺めているくらいしかやることがないエリッツのことをどう思っているだろうか。
「うさぎが食べたいんですか」
明らかに疲れているだろうに嫌な顔一つせず、シェイルは岩場へとやってくる。
「え。うさぎを食べるんですか」
聞いたことはあるが基本的にこの辺りでは家畜の牛か鶏を食べている。「うさぎ」と聞いて即「食べる」という発想が浮かんでくるあたり文化の違いを感じた。エリッツは師の漆黒の瞳をじっと見つめる。誰も話題にしないが、この人はどこの生まれなのだろう。
「食べますか?」
「えーっと、いや、どうですかね」
そもそも食べること自体に興味がない。さすがに「うさぎがかわいそう」といい出すほど子供でもないが、わざわざ殺して食べたいとも思わなかった。
しかし別の意味では興味がある。
「つかまえられるんですか、うさぎ」
あんなに警戒心の強い動物をどうやってとらえるつもりなのだろうか。
「さっきまでそこにいたんですね」
エリッツが頷くとシェイルは一度家に入りすぐに戻ってきた。
持ち出してきたのは家の入口付近に立てかけてあった弓矢である。あの家はわけのわからないものがいろいろと置いてあるがその中でも目立っていた。しかしかなり原始的なつくりだ。その辺に生えていそうな木を削りだしたものに細い縄を張っただけの弓、そしてやはり同じような木を削って野鳥の羽らしきものをしばり付けた矢が三本。
「それでは無理じゃないですか」
「実際、使っていたものみたいなので大丈夫でしょう」
そういいながら岩場に座りこんで弓の具合を確認している。わりと本気でうさぎをとってくるつもりだ。
「誰が使っていたんですか、それ」
「あの家に前住んでいた人たちですよ」
「誰が住んでいたんですか」
シェイルは一度顔をあげてエリッツを見たが「うさぎが逃げてしまいます」といって立ちあがり森の奥へと入っていってしまった。
シェイルが戻ってきたのは日が暮れてからだった。
あんなに疲れた様子だったのに一刻以上も森の中でうさぎを追っているというのはどういう神経の持ち主なのだろうか。
しかもきちんとうさぎを一羽とってきていた。
「まだ生きているじゃないですか」
あの原始的な矢が頭につき刺さった状態のうさぎは時おり足をばたつかせている。遠目には小さな動物に見えたが目の前にすると思っていたよりも大きい。
「さすがにこれでは難しかったです。罠を仕掛けた方が効率よさそうですね」
薄暗い中でやはり家の中に無造作に置かれていたナイフを手にすると躊躇することなくうさぎの腹にさしこんだ。
「あ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」
エリッツは思わず目を覆う。
うさぎの腹の中をかき回しているらしき音が続き、エリッツが薄目をあけて見てみるとうさぎはぱっくりと腹をあけられ中はすでに空っぽになっていた。
「誰かが食べるでしょう」
シェイルはそういうとうさぎの腹の中に入っていたであろう何かを薄闇の中に放り投げてから泉で空っぽのうさぎを洗いはじめる。手際がよすぎるのと薄暗いのとで何が何だかわからないうちに作業が進む。
「誰かって……」
「夜に鳴いてるじゃないですか」
「ああ、野犬か何かですかね」
そういえば、夜の森は案外騒がしい。鳥や何か得体のしれない動物が鳴いている。
丁寧に洗ったうさぎを今度は軒先に逆さまにつるす。
「これで何か作ってあげますよ」
シェイルは妙にうれしそうにナイフを使ってうさぎの毛皮をはがしはじめた。薄暗いとはいえこれもけっこう強烈な見た目で、エリッツはまたもや目を覆った。
「いい毛並みです。またとってきましょう。毛皮で冬に使うものを作っておけば暖かくすごせますよ」
当たり前のようにシェイルがそういうのでエリッツは思わず目を見開いた。そして半分だけ皮をはがされたうさぎを直視してしまう。
「冬になるまでいてもいいんですか」
シェイルは一瞬手をとめてエリッツを見た。だらりとうさぎの毛皮がたれさがって揺れている。
「冬になる前にどこかへ行くんですか」
小さく笑いながら作業を再開する。うさぎの皮は頭まできれいに取りはずされる。
「いや、あの、てっきり実家に戻されると思ってたんで」
「帰りたいなら送っていきます」
丸裸になったうさぎを手にシェイルは家の中に入っていき、かまどのある裏口のあたりにまたつるす。
「少し置いておかないとおいしくないんですよ」
エリッツはそこまで食欲が旺盛な方でもないのでむしろ安堵した。皮がはがされたうさぎは小さくなったように見えるが二人分の食事としては十分すぎるように見える。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!
はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。
従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。
ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。
帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……
いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!
これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。
※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。
嘘つきな君の世界一優しい断罪計画
空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。
悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。
軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。
しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。
リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。
※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です
恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。
主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。
主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも?
※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。
また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる