亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
211 / 239
第十一章 客来の予兆

第二百十話 客来の予兆(7)

しおりを挟む
 ルグイラという国は思っていたより乱れているらしい。
 そんな噂が立ち始めていた。
 ――というのも、二通別の書簡が届いたからだ。一通は「手違いなので使者の秘書官には帰国してもらう」とあり、もう一通には「急で申し訳ないが、相互理解を深めるために、春までレジスの文化や学問などを学ばせてほしい。何ならレジスの留学生も受け入れる準備がある」という意味の内容であった。
 これは一体どういうことだろう。
 さっそくシュクロに問いただしたものの、どちらかが偽物か、何かの手違いではないかという、誰でも予想できるようなことしかいわない。
「レジスのことを学ばせろ」といっているのは当の使者であり、「帰国させる」といっているのは、使者とは別の人物だという。シュクロによれば両者とも間違いなくルグイラでは立場のある人物であるようだ。
 それから連日の会議である。
 どうも様子がおかしい。このままルグイラの人間を置いておくのは危険だという人々と、使者本人がレジスに留まらせて欲しいといっているのだから国へ帰せば面倒が起こるという人々で毎日侃侃諤諤の大騒ぎである。そこへあちこちに散らばっていた間諜からの情報も次々と入り、結論は二転三転とせわしない。
 余計な話し合いが増えたおかげでラヴォート殿下もシェイルもエリッツも連日忙しい。それなのに渦中の人物は朝になるとシェイルの執務室にお茶を持って現れ、くつろいでいる。
「シュクロさん、自分の部屋でおとなしくしていた方がいいんじゃないですか」
 エリッツもだいぶ慣れてしまって、諦めの境地に達していた。あんなに鬱陶しかったシュクロは日替わりの案内役とセットで風景になりつつある。目障りには違いないが、本人が主張するようにルールはちゃんと守っているようだった。そうなると元来おおらかな質であるエリッツはイライラしていることに疲れて、どうでもよくなってくる。
「やだね。あそこ、退屈なんだもん」
「今日は、それ、何をしているんです?」
 シュクロは執務室の応接で何か書き物をしている。エリッツが判読できない文字なので、ルグイラの文字かもしれない。見ていると毎日いろんなことをしている。
「レジスのことを書いてんの」
 それはつまり密書か。エリッツは文字をじっと見つめる。全然わからない。
「レジスは城の敷地内でヤギを飼っていて、書記官は子ヤギの愛らしさに夢中」
 そんなことを嘯きながらサラサラとペンを走らせている。本当にそんなどうしようもないことを書いているのか。どれだけ目を凝らしても異国の文字が読めないのでわからない。下手なことを言って読めないことをバカにされるのも嫌だった。語学ができないのはエリッツのコンプレックスでもある。早々にあきらめて、シュクロを無視したままシェイルに朝の挨拶をしに行く。
 いつも通りの簡単な朝の挨拶の後、シェイルがエリッツの方へ書類を差し出した。
「もう忘れているかもしれませんが、あのクルヴァルが王室御用達に決まりましたよ」
 あのお店の名前が書かれた紙面に「承認」と印が押され陛下の署名が入っていた。やはり一口で食べられるクルヴァルの方だ。
「ほんとだ! よかった」
 シェイルと城下をデートした日がずっと遠く感じる。とにかくこれ以上仕事が増えなくて助かった。しかしシェイルの顔はあまり晴れない。
「それと一緒にこれが」
 承認の書類の後ろにもう一枚書類が重なっている。シェイルはエリッツが読みやすいように書類を入れ替えてくれた。
「これは、どういうことですか?」
 レジスの文字なので、もちろんエリッツも読めるし内容もわかる。ただなぜそうなるのかわからない。
「苦肉の策というやつでしょう。何かが起こっているらしい国の人間を城内に留め置くのも危険、しかしぞんざいに扱うのも危険。それならば、しばらくの間、丁重に遠くへ行ってもらおうということでしょう」
 そこまではいいが、なぜその指示がこちらに来ているのか。
「陛下ですか?」
「もちろんです」
「なぜシェイルなんですか?」
「監視をつける名目がつくれるからだそうです」
 書面の内容はシュクロを連れてしばらくレジス国土を観光してくるようにという指示だった。場所等は事前の申請、検討、決裁の工程が必要だがある程度は任せるとある。また丸投げ案件だ。
 異国人のシェイルに振る仕事ではないと思うが、捕虜であるシェイルに監視をつけるという名目でシュクロのこともついでに見張れるので都合がいいという意味か。
「まさか春まで……?」
「いえ、これはルグイラの内情がもっと詳しくわかるまでの時間稼ぎらしいので、そんなに長くはないはずです。それにレイミヤ様の部下はルグイラに留学させられるそうなので、こちらはまだマシな方といえます。わたしがレジス城下からお菓子を取り寄せていることをきっちりと調べあげる部下ですから、きっとルグイラの情報もうまく持って帰ることでしょう」
 何か妙なことを根に持っている。要するに使者からの書簡の方を信用することにしたわけか。
「ルグイラが今どうなっているのかよくわかりませんからね。間諜たちの報告では、表面上は何事もないような様子ですが、水面下ではやはり何かあるようです。あっちの方が危険で面倒くさい仕事になるでしょう」
 確かにそうだ。すでに風景のようになっているシュクロとレジス国内をめぐるのと、よく知らないうえに何かが起こっているらしい異国に行かされるなら断然前者の方が気楽で安全だ。
「え!」
 ふむふむと紙面を眺めていたエリッツは急に声をあげた。
「これはもしかして旅行ですか!」
「ええ。仕事ではありますが、そうなります」
 エリッツは上目遣いでシェイルを見あげる。
「あ、あの、おれは?」
「当然、わたしについてきてもらいます。出先でもできる仕事はやりますからね」
 ついに念願のシェイルと一緒に旅行。じわじわと喜びが胸に広がる。またエリッツはうれしくなって、にこにこしてしまう。
「へー、観光旅行? 俺は別にここでごろごろしててもいいんだけど」
 そこへ当のシュクロが部屋の戸口までやってくる。書類や資料の多いシェイルの部屋は当然立ち入り禁止なので、案内役も戸口にぴったりと張り付いていた。男二人が戸口をふさいで、何とも息が詰まる。
 そうか。旅行とはいってもシュクロがいるのだ。邪魔なことこの上ない。
「シュクロさんが嫌なら、おれたちだけで行きますからその辺でごろごろしていてください」
 エリッツはついつい願望を口にしてしまう。
「エリッツ、目的と手段がごちゃごちゃになってますよ」
 シェイルは書類を机でとんとんと整えて立ちあがる。
「さて、どこか行きたいところはありますか?」
「いや、だから俺は――」
 シュクロは面倒くさそうに口を開くが、それをシェイルは静かに遮った。
「ご心配なく。レジスの牢よりは手薄かもしれませんが、わたしの監視役がたっぷりとついてきますから、そこまで危険ではないですよ」
 いつもふてぶてしい態度のシュクロが、めずらしく目を白黒させている。エリッツも意味がよくわからない。
「ご希望ならリギルにもついてきてもらいましょうか。腕前はよくご存知でしょう」
 シェイルは特に何でもない様子で書類を片付け、山積みになっている仕事に取りかかる準備などをしている。
「厳重に警備されたレジスの牢に入りたかったんでしょう?」
 あまりにシュクロが呆然としているからか、シェイルはさらにいいそえる。
「残念ですが、レジス国王陛下は一筋縄では行きません。牢に入りたそうにされると、このように逆のことをされます。今後は気をつけた方がいいですね」
 そういえば、シェイルもエリッツもどうにかしてシュクロにクルナッツを食べさせてやろうとしていた。どうやらいろいろと裏目に出てしまう質らしい。
「シュクロさん、牢屋に入りたかったんですか?」
 異国の街中であんな暴れ方をすれば、通常、牢屋といわずとも拘束は必至だ。もちろん逃げられないように警備も厳重になるだろう。
 シュクロは言葉を失った様子でシェイルを見つめている。エリッツはその視線を遮るようにわざわざ立ち位置を変えた。減るものではないかもしれないが、長時間シェイルのことを見るのはやめてほしい。
「牢屋とか、拘束とか、そういうのが好きなんですか?」
「はぁ?」
 呆然自失の状態からようやく息を吹き返したかのようにシュクロは声をあげた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

いじめられっ子異世界にて、最強の仲間を引き寄せて勝利する!

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ファンタジー
 逃げることと隠れることだけが得意な男子中学生、園部優理。  従来のお節介な性格で、いじめられっ子を助けては自分がいじめの標的にされるということを繰り返していた。  ある日、自分をいじめた不良達と一緒に事故に遭い、異世界転生させられてしまうことに。  帰るためには、異世界を荒らす魔女を倒さなければいけない。しかし与えられたのは“引き寄せ”というよくわからないスキルで……  いじめられっ子だけれど、心の強さなら誰にも負けない!  これはそんな少年が、最強の仲間を引き寄せて異世界で成り上がる物語である。 ※表紙絵は汐茜りはゆさんに描いて頂きました。

嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉
ファンタジー
誰も傷つけないよう付いた嘘が暴かれる時、誰よりも優しい青年の真実が明らかになる。 悪逆非道な侯爵家に生まれたリトスは、王太子妃を狙っている妹の野望を阻止し、実家を良い感じに没落させて、自分は国外追放されたいな~と考えていた。 軟派で無能な侯爵令息を装い、妹の対抗馬である庶民出身のテレサ嬢を支援したり、裏でいろいろ画策していた。 しかし、リトスの完璧な計画は、国外から招聘された有名な魔術師レイヴンによって徐々に暴かれていく。 リトスとレイヴン、二人の【星瞳の魔術師】が織りなす、オリジナル世界観の異世界ファンタジー物語。 ※女性向けハイファンタジー&ブロマンス作品です  恋愛がメインではないので既存の女性向けカテゴリに分類できず・・主役二人の関係性はBLに近いです。  主人公最強、かつ相方も最強で、対等に戦うライバル&相棒です。  主役二人が水戸黄門よろしく事件を恰好よく解決していくお話になります。いっそ文芸の方がいいのかも? ※カクヨム、エブリスタ、Talesで連載中。掲載サイトによって進行がちがいます。  また、番外編の掲載の仕方も各サイトの仕様に合わせて変えています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...