薄墨桜が染まるまで

茉莉花しろ

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第四話『束の間の安寧』

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二人でお弁当を食べ終わり、もう一度髪を結い直してもらった後。片付けをしようと立つと、今日はお供物が置かれている日だと思い出した。何度も取りに行っているので特に困るわけではないが、いかんせん村の人と鉢合わせる可能性が高い。家の人でなければいいのだが、そうだったら厄介だ。

ウスズミ様はお風呂に入ると言い残してここにはいない。そんなに量もないだろうと見積もり、夕食の片付けを後回しにした。

一人で歩く洞窟は心配この上ないのだが、数年住んでいる身にとっては朝飯前。整備されていない穴を歩いていくと、いつも通り多くの野菜や果物が置かれていた。これだけの量なら一人で一度に持って帰れるだろう。
良かった、と心の中で安堵した時だった。

「なな、ちゃん?」

懐かしい名前で呼ばれた。

私をこの名前で呼ぶのは村の人しかいない。そして、『ちゃん』を付けて呼んでくれる人間なんて、もっと限られている。体が硬直し反応するかどうか悩んだ。しかし、この名前で呼んでくれる人はあの子しかいないのだ。

「もしかして、あーちゃん?」

「やっぱり! 良かった、ななちゃん、生きてたんだ!」

大きな岩陰から姿を現したのは、村の中で唯一味方だったあーちゃんだった。
ぱあっと花が咲くような笑顔で迎えてくれたあーちゃん。「本当に、良かった」と涙を浮かべている。良かった、と言われる言葉の意味が分からなかったのだが、久々に会えた嬉しさの方が上回った。

「あーちゃん、何でこんなところに? お供物は、もうないでしょう?」

「そうなんだけどね。その、村長から伝言があって」

「伝言?」

いつもなら人がいない時間帯。しんと静まり返っている洞窟内は不気味に感じても仕方ない。そんな中で待っていた理由が伝言だなんて。きっと、重要なことに違いない。手を前で遊ばせながらモジモジしているあーちゃん。何か言いにくいことなのだろうか。さまざまな予想を頭の中で巡らせる。

「あのね、今年の三月に、ウスズミ様を殺しなさいって、村長が」

「……え」

持っていた野菜がゴロゴロと落ちた。

腕に力が入らない。彼女の言葉の意味が分からなかった。三月に、ウスズミ様を殺す。どうして、今なのか。機会を見計らっていたというのか。回転していた脳みそは機能を失い、目の前で話し続ける人間を見つめていた。

「だからね、三月からななちゃんは村の一員になれるんだよ! やっと、一緒に遊べるんだよ!」

「そ、れは、そう、だね」

「うん! 私ね、ずっとずっと楽しみにしていたんだ! これでやっと村人だよ!」

良かったね、と私の肩を叩く彼女。私は口角を上げることができていただろうか。いや、そもそも声に出すことができていたのだろうか。自信がない。彼女に合わせて喜ばないといけないのに。それすらもできているか分からない。
私の気持ちに気づいているのかいないのか、あーちゃんは満面の笑みで「またね!」と去って行った。

季節は十一月。残された期間は、四ヶ月間。

それまでに私は彼を、神様を殺さなければいけない。

突きつけられる現実に、頭をガンッと殴られたような感覚に陥った。

いや、わかっていたことだ。いつかは彼を殺さなければいけない。殺して、自分を村の一員として迎えてもらわなければならない。そうしないと、私に人間として生きる価値を死ぬまで与えてもらえない。
わかっている。頭ではわかっている。

だけど、心が追いつかない。

ポロポロと何かが溢れてきた。ぴちゃん、ぴちゃん、と床に落ちていく。水が滴っている音が、洞窟内に響いている。

大丈夫、大丈夫。心の中で唱えてみる。でも、あまり効果はなかった。

シャラリと音がしたかんざしが、私の髪をほどいて落ちていった。
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