上 下
114 / 119
8章 勇者の国

96.血

しおりを挟む



 「ホラホラホラ!そんな遅くては当たってしまいますよ!!」

 次々とレイピアが繰り出され、なんとか風魔法を駆使しながらギリギリ躱していく。
 空中の戦闘は相手のホーム。まずいな。

 「ーーーッ!! でも当たってねーだろうが!」

 フッと風魔法を解いた。
 空中での力を失った俺は、地面へと真っ逆さまに落ちていく。

 「はは、もう魔力が切れたのですか?」

 「まさか!まだ1割も使ってねーよ!」

 「・・・?」

 俺の体は落ちていく。もちろんわざとだ。空が奴の得意領域というのもあるが、強力な魔法を空で使うと屋敷にも飛び火する可能性があった。

 「取り敢えずくらっとけ!風の空撃ヴァンエアレイド!」

 神級の風のエネルギーが俺の手元へ収束していく。全てを吹き飛ばし荒らし尽くす豪風の力が魔法によって捻り出されているのだ。

 「なにっ!?神級魔法だと!?なぜお前が使える!?」
 「さあな?」

 驚愕にそまるペルシルに向け、魔法を発動する。
 発生するのは極大の風の刃。俺の雷豪でさえ風の刃一本分に過ぎなく、その風の刃は無数に存在している。相変わらずトンデモない魔法だ。
 そしてそのトンデモない風の刃は轟音を轟かせて次々とペルシルへと襲いかかる。

 「くっ!! まずいっ!!」

 その言葉を最後にペルシルは風に飲み込まれた。
 さらに、追撃として上空から豪大な風の柱がゴオーーと降りてくる。風の圧力でその中に入れば一瞬でぺしゃんこになるはずだ。
 これが最強の魔法、神級魔法。ハクリに頼み込んで教えてもらった甲斐があった。

 「ふう、さすがに倒したろ」

 ストっと風魔法で着地し、そんな言葉を漏らす。神級魔法まで放って倒せていなければ打つ手がないかもしれない。

 「・・・倒したよな?」

 ちょっと心配になる。
 空ではまだ猛風が吹き荒れているが、あのシルクハットなら「はは、効きませんねえ!」とか言って出てきそうだ。

 「・・・あっ」

 そんな中、ヒラヒラと何かが落ちてくる。

 「仮面・・・か」

 ペルシルが付けていた仮面。それは無残にも一部に過ぎず、真っ赤な血がこびりついている。どうやら・・・。

 「・・・ハクリのとこに行くか」

 まさかハクリが倒されていることはないと思うが、苦戦しているかもしれない。
 俺は曇天の空を背後に屋敷へと入っていった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 「ぐぬっ!!」

 走る斬撃。その斬撃をハクリは紙一重でかわす。
 元七大列強ハクリは相対する相手の底知れぬ強さに戦慄していた。
 
 「これは当たりくじを引いたかのう・・・?」

 ゆらゆらとやってくる仮面の男。背中には大剣を構え、その柄にはガルフォンス家の紋章、大鷹の頭が刻まれている。
 
 「(頭隠して尻隠さずとはこのことじゃのう)」

 どうやら顔は仮面で隠しているが、正体は隠す気がないらしい。これではガルフォンス家の仕業だと丸わかりである。

 「(これは天然か・・・それともこの場で全員口止め、殺せる自信があるとでも言いたいのかの?)」

 舐めるなとばかりにフンとハクリは鼻を鳴らす。しかし、ハクリが仮面の男に対してここまで一撃も与えられていないのも確かだった。

 「その紋章、もしかしてお主がレストかの?」

 「ーーーっ!?なぜっ・・・じゃなくて、いえいえ、全然違います。別人です」

 「どこかじゃ」

 「・・・・・・・」

 思いやりのない言葉にショックを受けるレスト。その隙を見逃さずハクリは一気に距離を詰めよる。

 「でもバレては仕方がないですね」

 ゆっくりとレストは仮面を外す。いや、あまりにも動作が精錬されすぎてゆっくりに見えただけであった。

 「(じゃが、遅いっ!)」

 完全にハクリは後ろに回り込み、無防備なレストの背中にその拳を叩きつけるーーーところだった。
 ゴウッと突然放たれた殺気に、思わずハクリは仰け反る。

 「まあまあ、ゆっくりやりましょうよ」

 そして、その仰け反った瞬間をレストは見逃さなかった。
 いや、見逃さなかったのではない。そういう風に調教された・・・・・レストの体が勝手に反応したのだ。

 「ぐふっ!」

 ハクリの脇腹に入る右ストレート。人間離れしたその力に流石の吸血鬼も吹っ飛ばされる他なかった。
 何枚もの壁を突き抜け、やっとハクリの体が止まる。

 「あ、また体が勝手に・・・」

 対するレストは困った表情を浮かべる。そしてまだまだ軽い準備運動だとも言うように肩をぐるぐる回した。

 「さ、これからが本番ですよ」

 挑発気味にそういうもの反応はない。

 「あれ?もしかしてやられちゃいました?えー、あの元七大列強だという方が・・・ガッカリだなあ・・・」

 レストは穴が空いた壁をくぐり抜け、グダリと脱力しているハクリを見下ろした。

 「やっぱり過去の栄光なんですね。呆気ない。さて、じゃあ次は火神さんでも倒しに行こうかな」

 レストにも過去とはいえ強者への敬意はあり、吹き飛ばされてもなお艶やかな美しさを見せるハクリの体を起こし、壁に横がける。
 最後まで綺麗な体だった。

 「(・・・・綺麗な体?)」

 ふと、その瞬間レストは違和感を覚える。

 果たして自分の攻撃を受けて無傷だった者が今までいただろうか?

 小さな疑問はジワジワ確信へと変わっていく。
 
 そしてレストが大きな過ちを犯したと気付いた時だった。

 「ふむ、50点じゃな」

 「ーーーーッ!!??」

 レストは超速スピードで後ずさった。奇襲を仕掛けられた時に使う緊急の脱出技だ。
 しかし、いつもは崩れないはずの姿勢が左へ傾く。

 「! ! ! !」

 「油断は禁物じゃぞ、若者よ」

 レストの目の前でレストの腕・・・・・が投げ捨てられる。
 レストの左手の感覚はすでになかった。


 「うっ、うっ、うわああああああああああああああああああ!!!!!!」


 赤い液体が吹き出している。誰のものでもない、自分の血だ。
 グシャ、グシャという血が噴き出す音がまだ未熟な心を揺らす。止まらない血。

 「はあっ、はあっ、おえっ!」

 今まで味わったことのない、強烈な嘔吐感。追い詰められたことのないレストにとって血を噴いていることはすべてが異常だった。
 未だ経験したことのない猛烈な脱力感。
 全てを否定しようとする現実逃避。
 負の感情をシャットアウトしようとする精神。

しかし、その精神は極限まで逆に追い詰められてからこそ真価を発揮する。

 「ぐああああああああああ!!!!!」

 残っている右手で背中の大剣を抜き、目にも留まらぬスピードで剣を突き出す。

 「むっ!」

 「あああああ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええええ!!!!」

 何度も何度も何度も何度も何度も、何度も剣を刺しては抜き刺しては抜き動くままに剣を振るう。血が飛び散り、肉が裂ける。
 その目はもう何も見てはいない。しかし圧倒的な快楽だけがレストの体を支配していた。

 「あははははははは!!!死んだ死んだ死んだ!」


 「誰が死んだのじゃ?」

 「!!!!!!!?????」

 
 思わず剣を落とす。
 相対するハクリは全くの無傷だった。

 「それだから50点なのじゃよ、若者」


 その僅かコンマ1秒後、レストの意識は刈り取られたーーーー




しおりを挟む

処理中です...