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常務命令
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我が国三大商社の一つ三石田商事
の常務室
「……ああところで一ノ瀬君、彼女と別れたんだって?」
業務報告を終え一礼し踵を返そうとした俺に、鈴木常務はニタっと笑いながら言った。
50代中盤のこの常務は数か月前、俺のいる先端デバイス事業部の担当役員になった。
ヤリ手だが気さくな人柄だと前々から評判だったが、噂以上に魅力的な人物で、そのうち社長になるだろうと俺は密かに思っている。
しかし業務中にプライベートな事を聞かれ、一瞬目を丸くした。
しかもこんなに砕けた話し方は初めてだし、いつにも増して俗っぽさ満点だ。
俺が10日ほど前彼女と別れた事を聞いたのだろう。
話の出所は見当がつく。同期の原西だ。
ゴルフの腕がプロ並みで、常務のゴルフコーチのような事をしている。
良い奴だが、いかんせん口が軽い。
まあ、別に隠すつもりもないのだが……。
「あ…ええ、彼女の為になかなか時間が取れず、振られました」
「そうらしいな……」
お互いハハハハハと笑う。原西ぃぃ!!
超大手銀行に勤める元彼女は、モデルのようなプロポーションに目鼻立ちのはっきりしたきれいな顔、それを更に引き立てる艶サラのストレートロング、街を歩けばすれ違った男どもが振り返るような美人だったが、寂しがり屋で重くて重くてホント重くて正直俺はうんざりしていた。
『私と仕事とどっちが大切なの!?』
うわっ、また始まった……んっとにめんどくさい。
『正直言うよ。仕事に決まってるだろう?』
お互い限界だったのだろう。俺の頬を思い切り引っ叩き、彼女は去って行った。
彼女に告白された時、
『付き合うのは別に良いんだけど、俺は何より仕事を優先するけど良いの? まだまだ誰とも結婚する気はないし』
『私、仕事のデキる人が好きだから良いわ……』
って言ってた筈なのに、なんでひっ叩かれなきゃいけないんだ?
けど8カ月に及ぶ交際にピリオドが打てて、正直俺はホッとした。
今まで何人もの女の子に告白されて何となく付き合ったが、時間が取れず彼女達を怒らせては、結局半年以内に終わる事が多かった。
残念かって? 全く逆、やはり俺は一人が大好きだ。
人肌が恋しい時もあるから今迄ついついOKしてきたが、暫く誰とも付き合う気はない。
恋人同士になったとたん当たり前のように背負わされる義務が煩わしいし、相手が悪びれもせず主張する権利みたいなものが、気持ち悪くもあるからだ。
「君、見合いしたまえ」
「えっ……」
目の前から飛んで来た爆弾に、目を見開いて固まった。
「凄く良い子がいるんだ。亡くなった親友の娘なんだが、奥手でね。君30だったよな? そろそろどうだ……」
鈴木常務はしれっと言った。
どうだってそりゃ常務、はっきり言って勘弁してくれ!
恋愛すら息が詰まるってのに、家に帰れば嫁という名のあかの他人がいて、あーしろこーしろ私の全てを受け入れて的なことを当たり前のように言ってくるんだろう? それも一生! ちょっと想像しただけでも、うっぷ、お腹一杯ご馳走様だ!
ここは絶対逃げ切れ一ノ瀬!
「大変有り難いお話ですが、私は結婚にはむきませんので」
「ははは、君は見た目も頭の中も、本当に若い頃の私そっくりだ。大丈夫、君は間違いなく結婚にむいてるよ」
ガマガエルみたいな顔、タヌキの置物みたいな腹……長年の美食でブックブクなあんたの若い頃が、俺には全く想像出来ない!
いや、そんな事はどーでもいい!
なにが結婚にむいてるだ、根拠の無い事言うんじゃねぇよ!!
そもそも大丈夫って、俺がいつ大丈夫かなぁ? とか心配した? いらねぇんだよそんなフォロー!!
はははと白々しい笑いの中に、見合いなんかしたくないというニュアンスをたっぷり込める。
「常務にそのようにおっしゃって頂けて本当に光栄で」
とまでは言えたが、常務がスパッと遮った。
「会って気に入らなければ気兼ねなく断って良いから、会うだけ会ってみなさい。本当にいい娘だから。これは業務命令だ。早速だけど、再来週の土曜日なんてどうかな?」
ぅげっ、結局見合いに持ち込みやがった。
「……ええと土曜日は夕方から友人の披露宴が大阪でありますので、二時ごろには新幹線に乗りたいのですが、その前なら」
嫌なことはサッサとすましちまえ。
「そうか、じゃあ決まりだな」
常務は俺の目の前で店に予約を入れた。
それにしても、常務の紹介で見合いしたのちに外堀埋められてゴールイン、そんなの真夏の怪談より恐ろしい。
しかし一方で、そんなに良い女なのか? とも思う。
いやいや、前の彼女みたいに美人でも煩わしいのは困るし……って、何考えてるんだオレ! そもそも相手が誰でも、結婚なんて絶対嫌だー!!
見合いして断ったあと、常務の機嫌を損ねたら、転職すればいいだけの話だ。くぅぅ
の常務室
「……ああところで一ノ瀬君、彼女と別れたんだって?」
業務報告を終え一礼し踵を返そうとした俺に、鈴木常務はニタっと笑いながら言った。
50代中盤のこの常務は数か月前、俺のいる先端デバイス事業部の担当役員になった。
ヤリ手だが気さくな人柄だと前々から評判だったが、噂以上に魅力的な人物で、そのうち社長になるだろうと俺は密かに思っている。
しかし業務中にプライベートな事を聞かれ、一瞬目を丸くした。
しかもこんなに砕けた話し方は初めてだし、いつにも増して俗っぽさ満点だ。
俺が10日ほど前彼女と別れた事を聞いたのだろう。
話の出所は見当がつく。同期の原西だ。
ゴルフの腕がプロ並みで、常務のゴルフコーチのような事をしている。
良い奴だが、いかんせん口が軽い。
まあ、別に隠すつもりもないのだが……。
「あ…ええ、彼女の為になかなか時間が取れず、振られました」
「そうらしいな……」
お互いハハハハハと笑う。原西ぃぃ!!
超大手銀行に勤める元彼女は、モデルのようなプロポーションに目鼻立ちのはっきりしたきれいな顔、それを更に引き立てる艶サラのストレートロング、街を歩けばすれ違った男どもが振り返るような美人だったが、寂しがり屋で重くて重くてホント重くて正直俺はうんざりしていた。
『私と仕事とどっちが大切なの!?』
うわっ、また始まった……んっとにめんどくさい。
『正直言うよ。仕事に決まってるだろう?』
お互い限界だったのだろう。俺の頬を思い切り引っ叩き、彼女は去って行った。
彼女に告白された時、
『付き合うのは別に良いんだけど、俺は何より仕事を優先するけど良いの? まだまだ誰とも結婚する気はないし』
『私、仕事のデキる人が好きだから良いわ……』
って言ってた筈なのに、なんでひっ叩かれなきゃいけないんだ?
けど8カ月に及ぶ交際にピリオドが打てて、正直俺はホッとした。
今まで何人もの女の子に告白されて何となく付き合ったが、時間が取れず彼女達を怒らせては、結局半年以内に終わる事が多かった。
残念かって? 全く逆、やはり俺は一人が大好きだ。
人肌が恋しい時もあるから今迄ついついOKしてきたが、暫く誰とも付き合う気はない。
恋人同士になったとたん当たり前のように背負わされる義務が煩わしいし、相手が悪びれもせず主張する権利みたいなものが、気持ち悪くもあるからだ。
「君、見合いしたまえ」
「えっ……」
目の前から飛んで来た爆弾に、目を見開いて固まった。
「凄く良い子がいるんだ。亡くなった親友の娘なんだが、奥手でね。君30だったよな? そろそろどうだ……」
鈴木常務はしれっと言った。
どうだってそりゃ常務、はっきり言って勘弁してくれ!
恋愛すら息が詰まるってのに、家に帰れば嫁という名のあかの他人がいて、あーしろこーしろ私の全てを受け入れて的なことを当たり前のように言ってくるんだろう? それも一生! ちょっと想像しただけでも、うっぷ、お腹一杯ご馳走様だ!
ここは絶対逃げ切れ一ノ瀬!
「大変有り難いお話ですが、私は結婚にはむきませんので」
「ははは、君は見た目も頭の中も、本当に若い頃の私そっくりだ。大丈夫、君は間違いなく結婚にむいてるよ」
ガマガエルみたいな顔、タヌキの置物みたいな腹……長年の美食でブックブクなあんたの若い頃が、俺には全く想像出来ない!
いや、そんな事はどーでもいい!
なにが結婚にむいてるだ、根拠の無い事言うんじゃねぇよ!!
そもそも大丈夫って、俺がいつ大丈夫かなぁ? とか心配した? いらねぇんだよそんなフォロー!!
はははと白々しい笑いの中に、見合いなんかしたくないというニュアンスをたっぷり込める。
「常務にそのようにおっしゃって頂けて本当に光栄で」
とまでは言えたが、常務がスパッと遮った。
「会って気に入らなければ気兼ねなく断って良いから、会うだけ会ってみなさい。本当にいい娘だから。これは業務命令だ。早速だけど、再来週の土曜日なんてどうかな?」
ぅげっ、結局見合いに持ち込みやがった。
「……ええと土曜日は夕方から友人の披露宴が大阪でありますので、二時ごろには新幹線に乗りたいのですが、その前なら」
嫌なことはサッサとすましちまえ。
「そうか、じゃあ決まりだな」
常務は俺の目の前で店に予約を入れた。
それにしても、常務の紹介で見合いしたのちに外堀埋められてゴールイン、そんなの真夏の怪談より恐ろしい。
しかし一方で、そんなに良い女なのか? とも思う。
いやいや、前の彼女みたいに美人でも煩わしいのは困るし……って、何考えてるんだオレ! そもそも相手が誰でも、結婚なんて絶対嫌だー!!
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