『小さな出会い』 グリーン車で隣り合わせたボロボロ爺さんの身の上話

紅牡丹

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爺さんの身の上話  2

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「母ちゃんに旨いもん食わせて、ちっとでも良い暮らしをさせてやりたくて、朝から晩まで働いたよ」

2人は東京へ行き結婚。爺さんは工事現場で働いたそうだ。

「家で母ちゃんがニコニコ待っててくれると思うと、それだけで嬉しくて俺は頑張れたんだ。最初は沢庵つまみにしながら、小瓶のビールを2人で分け合うのが何よりの贅沢って暮らしだったけどよ」

爺さんは優しい顔で懐かしそうに言った。何だか可愛い……。

「そのうち子供も3人生まれて30の時には独立して工務店開いて、こんなに幸せで良いのかと思うほど幸せだったよ……。母ちゃんは俺の福の神

爺さんは、『こんなに』のところを強調するように語った。

「社長さんだったんですね」

この爺さんにもいい時があったんだなぁ。
俺は単純にそう思った。

「ああ、大したことねぇけどな……。そう言えば、新聞に俺の記事が載った事があってよ、仙台時代の土建屋の社長が俺ん所に会いに来たことがあったんだ」

「えっ!?」

一瞬嫌な予感が走ったのだが……

「『あの後また窃盗事件があって、現行犯で捕まった従業員が全部白状した。疑って本当に済まなかった。酷い事をしちまったってずっと後悔してたんだ。お前、立派になったなぁ』って、涙浮かべながら謝ってた」

「そうですかぁ……、時間はかかりましたけど、謝ってもらえて本当に良かったですね」

ああ、と言った爺さんはふふふと笑って、
「でもよ、家に帰って母ちゃんに話したら、いつもは大らかなのに『今さら謝ったってしょうがないでしょう!!』ってぷんぷん怒ってたっけ……。母ちゃんは、いつでも俺の一番の味方……」

さっきもちらっと気になったが、だったという事は……
「あの、奥様は」

「2年前に肝臓が悪くてあっさり死んじまったのよ。医者から『手の施しようが無い。もってあと2か月』って言われた時は、俺は目の前が真っ暗になっちまってなあ……離れたくなくて泊まり込んで、ずぅっと母ちゃんに付き添ってた」

「……」

「死ぬ2日くらい前に、そばが食いたいって言うから、スーパーでカップのそば買って来て湯をかけてよ、病室で2人で分けっこして、こっそり食べたんだよ」

って、体に悪そうな。
「奥様は、味の濃いものを食べても良かったんですか?」

爺さんは首を横に振った。
「病院食以外食っちゃいけねえって言われてたから、絶対ダメだったんだけどよ、日に日に弱って食欲もがくんと落ちてた母ちゃんが、食べたいって言ってくれて俺は嬉しかったんだ。それで何をおいても願いをかなえてやりたくてなぁ……」

爺さんの気持ちが痛いくらいに伝わってくる。俺は無言でうなずいた。

「結局それが最後の晩餐で、翌日母ちゃんは昏睡状態になっちまって、目を覚まさぬまま逝っちまったのよ。俺が死期を早めちまったんだろうなぁ……、怒りながらで良いから、幽霊になって会いに来てくれねぇかなぁ……」

奥さんはきっと怒っていませんよ。うっすら涙に濡れた瞳を見ながら、俺は心の中で呟いた。

「ええそうよ、怒ってるわけ無いじゃないの、ねえ」
と通路を挟んだ隣の席から、涙交じりの声が飛んで来た。

声の主は、席を間違えていたあのお婆さんだ。
俺は驚いて目を丸くしたが、爺さんや周りの表情に変化はなく、お婆さんの声は聞こえていないようだ。

「怒ってるどころか感謝してるのよ。なのに俺のせいだ俺のせいだってホントうっとおしいんだから……。この人ねぇ、お蕎麦でもうどんでもラーメンでも、全部そばって言うの。あの時のは、しょうゆラーメンなのよ。……お椀に取り分けてくれてね、美味しかったわぁ……」

お婆さんは微笑を交えしみじみと語った。

「着るものくらい他にもあるでしょうに、不器用な私が編んだセーターを、そんなになってもいっつも着てくれて、まったくこの人は……。だから離れて行けやしないのよ……」

言うなり爺さんを愛おし気な眼差しで見つめ、優しさがいっぱい詰まっていると分かる苦笑いをした。

幽霊……? マジかよ!!

ふくよかな見た目も口調も可愛らしく、また、余りにも自然に現状に溶け込んでおり、恐ろしさなど微塵も感じなかった。よく見れば、オレンジ色のゆったりした襟なしブラウスにアフリカの部族が身に着けるようなジャラジャラしたネックレス、チャコールグレーのパンツスタイルが良く似合っている。

俺はカップ酒を煽る爺さんの方を向き、
「もしかしてそのセーターは、奥様のお手製ですか?」

「ああ、不器用なのに一生懸命こしらえてくれたから、着てやらねぇと可哀そうだからなぁ……」

お婆さんは吹き出し、俺もつられて吹き出しそうになった。

「あの、カップのおそばというのは、もしかしてラーメンですか?」

「おお、兄さん勘が良いなぁ……。何でもそばって言うって、母ちゃんにもよく言われてたんだよ」
爺さんはハハハと笑った。

とその時、車内アナウンスが、名古屋に近付いている事を知らせた。

「俺は名古屋で降りるんだ。駅のホームできしめん食おうと思ってな。母ちゃんとよく食ったんだよ、うめぇんだぞ。母ちゃんは大盛りにてんぷらのっけてなぁ……」

まさかきしめんだけの為に新幹線に乗ったわけじゃないよなぁ?
という俺の心の声が聞こえたのか、
「まったくねぇ、きしめん食べたら帰るんだから馬鹿みたいでしょう?」
とお婆さん。

げげっ、帰りもグリーンだとしたら、一杯4万円以上のきしめんかよ!!!
爺さん、年金大丈夫なのか? もしかしてボケちゃってるのか? 
俺は心配になり、爺さんの顔をじぃっと見つめた。

あれ? 今まで気付かなかったけど、この人前にもどこかで会った事が……

そんな事をフッと思った時、横から声が掛かった。
「ボケてはいないから大丈夫よ」
お婆さんは笑っていた。

多分、俺の爺さんへの失礼な考えも、この人には筒抜けなのだろう。
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