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最終話  

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電車は速度を落としながら、名古屋駅のホームに入った。

爺さんは立ち上がり、俺の前を通りながら
「兄さん、話し相手になってくれて有り難な」
そう言って口元に笑みを浮かべた。

「本当に有り難うね」

お婆さんはいつの間にか爺さんの隣に立ち、俺に小さく頭を下げた。

仲良さそうに寄り添う老夫婦が俺の目には映っているが……
くそっ、鼻の奥がツンとする。

「こちらこそ有り難うございました。あの、目には見えなくても、奥様はいつも一緒にいらっしゃると思います……」
お婆さんは春風のようにふふふと笑い、爺さんは少し悲し気に笑いながら「ありがとな」と呟いて、通路を去って行った。

お元気で……
俺は寂しそうな背中に向かい、心の中で呟いた。

程なくして新幹線は滑る様に走り出した。
『人なんて一回会ったくらいじゃ分からねえもんよ。最初はパッとしない印象でも、案外かけがえのねえ存在になるかも知れねえよ』
見晴らしが良くなった車窓の風景を目に映しながら、俺は無意識に爺さんが言った言葉を思い出していた。


月曜日の午前中、俺は常務室に呼ばれた。

「みさちゃんが電話で断ってきたよ。『私には勿体無い方です』だそうだ」
常務の表情や言葉に重苦しさは一切なく、さばさばした口調だった。

「そうですか……、残念ですが縁が無かったのですね……」

ホッとしたような、でも残念なような、この時の気持ちはいわく言い難い。

恐らく今日常務に呼ばれるだろうとは思っていた。
「どうする?」と聞かれたら、
「土曜日は時間も短く、初対面という事もあり話も弾みませんでしたので、もしお許し頂けるなら、あと1・2回お会いしたいのですが」
と言うつもりでいが、ははは、あっさり振られたか……

にも拘らずその週の土曜日、休日出勤を14時で切り上げた俺の足は、電車で30分程のところにある黒木みさが学芸員を務める歴史民俗博物館に向いていた。

しつこく付きまとう気などさらさら無いが、普段の彼女を見たいと思った。
逆の立場ならちょっと、いやかなり怖いよな……ははは。

一階の展示物を一通り見た後、二階に上がる為階段に向かう。
その時、工作教室が開かれている部屋のドアの窓にふと目が行った。

あっ……
吸い寄せられるように窓際に寄る。
視線の先には子供達を相手に、はつらつとした表情で説明している黒木みさがいた。

折り紙を両手でくりくり開いて行くと、ぱたぱた絵が変わるからくり工作だが、制作過程で苦戦している子も多く、みさは終始明るく丁寧に子供たちを手助けしていた。
子供たちを見て回る眼差しが、とにかく優しい。
時折見せる笑顔も木漏れ日のようにキラキラとして温かい。

おいおい、見合いの時と全然違うじゃないか……

その後、2階の展示物を見ながらも俺の頭の中には、みさのキラキラした笑顔が溢れていた。


1年後

朝刊を読んでいた俺は、ある記事とその上にある大きめの写真に目が釘付けになった。

『昭和の政宗 ゼネコン界の巨星落つ』
それは日本で一・二を争う超大手ゼネコン『まつり建設』の会長で、経団連の元副会長 政 宗一まさ そういち氏の死亡記事だった。

『東北なまりの人情家』『財界きっての愛妻家』『亡き妻 あいさんが生前編んだセーターと、お孫さんから誕生日にプレゼントされた愛読書『独眼竜』が棺に納められた』『遺言により預貯金の8割は、親を失った子の為の育英団体に寄付』
などと、新聞はかなりの紙面を割きその死を伝えていた。

爺さん、なんて呼んだら首絞められるな。
とてつもないお偉いさんだったんですね……。
道理で会った事があると思った筈だ。

大学4年の就活で、俺は当時学生の人気企業ランキング1位だったまつり建設を実力試しに受け、最終の役員面接までこぎつけた。
あの時、仕立ての良いスーツをぱりっと着こなして、い並ぶ役員各位のド真ん中に座っていた会長が、あのぼろぼろ爺さんだ。

京大生でかなり成績も良かった俺は、当然内定をもらえるものと思っていたが、並行して受けていた本命の三石田商事から内定通知を貰った翌日、まつり建設からは不採用通知が届き、もともと本命では無かったものの、落ち込んだのを覚えている。今となっては笑い話だが。

俺は、新聞の写真に語り掛けた。
来月、あの日見合いをした女性と結婚します。
口説き落とすの、そりゃあ大変だったんですよ。
惚れた弱みですね、ははは。

俺も御二人のような素敵な夫婦になりたいです。

『兄さん、頑張れよ』

しわがれたそれでいて威勢の良い声が聞こえたような気がした。

                 ~ 完 ~
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みんなの感想(3件)

らび猫621
2018.05.08 らび猫621

涙がじわっとくる。
なんだか心が洗われる感じがしました。
ありがとうございました。

紅牡丹
2018.05.08 紅牡丹

らび猫621様

こちらにもお立ち寄り下さいまして、本当に有り難うございます(^^)
涙がじわっととか、心が洗われるなんて、くぅぅ、作者が泣きそうです!!
……そんな作者の心は、まあ何回洗ってもアレですが(ゴホッゴホッ)
亡くなった奥さんをずっと思い続けてる旦那さんて、切ないですけど素敵ですよね。
最後になりましたが、ご感想有り難うございました。



解除
むら役場の用務員

ホッとする作品でした。
寝る前にいい作品をありがとうございます。
ゆっくり眠れる気がします。

紅牡丹
2018.05.07 紅牡丹

むら役場の用務員様

素敵なメッセージを有り難うございます(^^)
派手な作品ではありませんが、そんな風におっしゃって頂けてとても嬉しかったです。
お疲れになった時にでも、また読んでくださいね。いえ、疲れていないときにもぜひ♪

解除
そまり
2017.05.05 そまり

懐かしい感じのするストーリーでした。
以前、お書きになっていたものとテイストがあまりに違うので、始めは驚きましたが、読み終わにニッコリできる作品でとても良かったです。

紅牡丹
2017.05.05 紅牡丹

そまり様

拙作をお読み下さり、本当に有り難うございます♪
にっこりして頂けたなんて、こちらこそにっこにこです。
これからもどうぞよろしくお願い致します(^o^)


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