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下にいる①
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その日の幽は珍しく混んでいた。
相変わらず夢幻和尚は隅にいるが、いくつかあるテーブル席とカウンターには仕事帰りのサラリーマンや建築や設備関係の職人と思しき客が何人もいた。
寒い時分なんで皆ダウンやコートを持ってきていたが、店内は割と暖かいので、皆それを脱いで椅子に掛けたり衣装箱に入れたりしていた。
僕は幽子さん手作りの肉じゃがを食べながら、相変わらず熱燗をちびちび舐めていた。
怪談居酒屋もこうなっては普通の居酒屋だ。
幽子さんは忙しく駆け回り、客の注文を聞いていた。
酒を飲む以外なにか出来るわけじゃなかったが、僕は辺りの客を観察してみた。
大半の客が普通の飲み客だが、中に妙な客がいた。いや、別に妙な人間ではないのだが、飲み屋の風景に似つかわしくない女子学生と思しき二人連れがいた。
女の子たちの手元を見てみるとノンアルコールのドリンクとわずかなつまみがあるだけで、どうも酒飲みを楽しんでいる風情ではなかった。
耳をそばだててみると「どうする? 今日は止めてまたにする?」とか「本当にこのお店が…………なんだよね?」とかの話し声が聞こえた。
来た! と僕の怪異アンテナが立った。別に髪が立ったわけではないけど、僕は確信した。この娘たちは何か奇怪な体験の相談に来ているんだと。
酒とつまみがちょうど切れたところで、僕はその二人に話しかけてみた。
「こんばんはお嬢さん」
「あ……はい、こんばんは」
娘さんたちは僕を見て訝し気な表情を見せた。
「何かお困りですか?」
「あの……このお店にくれば除霊とかの相談に乗ってくれるって聞いたんですけど、おじさんが?」
「いや、僕はただの常連客。でも、そういう事なら取り次げるよ」
僕がそういうと娘さんたちは安堵したような表情を浮かべ、
「お願いします」
と、頭を下げた。
「幽子さん!」
僕が手を上げると、幽子さんは調理の手を止めてこちらに来た。
「こちらの二人のお嬢さんが例の相談にのって欲しいそうなんだけど」
「あらそう」
幽子さんは笑顔を浮かべると、
「こちらへどうぞ」
と、僕たちを店の隅へ連れて行った。
幽子さんは店の隅にいる夢幻和尚の肩を叩くと、
「例の相談です」
と、短く声をかけ、店の奥まったところにあるドアを開けた。
「そういえばこのドアの先って何があったんだっけ?」
僕がそう尋ねると幽子さんは、
「個室ですよ。普段は使いませんが」
と、いった。
「そうだったんだ」
ドアを開けた先は短い廊下になっていて、その先にもドアがあった。
「女将さん! ビール頂戴」
「はい、はい、今行きますよ」
幽子さんは僕に目配せしてから、またカウンターに戻っていった。
そのまま僕たちは奥の個室に入った。しばらく遅れて夢幻和尚がのっそりと現れた。
「和尚、その盆に乗っているのは?」
「何って、ワタリガニの寄せ鍋だが」
「喰いながら話を聞くつもりですか?」
「食べ物は粗末にはできんだろう」
「はあ、まあそうですか」
女の子たちはポカンとした顔をして僕たちを見ていた。
「そういう作家どのはなぜここへ?」
言われてみれば僕が相談に乗るわけじゃなかったけど、
「まあまあ僕の怪談の知識も少しは役に立つかもしれないじゃないですか」
夢幻和尚はふ~むと唸ると、まあ、良いでしょうと僕たちに着席を促した。
個室は落ち着いた内装で、窓はなくドアを閉めてしまうともう店の喧騒は聞こえない。なるほどプライベートな話をするにはうってつけな部屋だった。
上品なデザインの木製テーブルに背もたれがゆったりしたテーブルとおそろいの木製の椅子があった。
夢幻和尚はさっさと椅子を引くと腰掛け、ワタリガニを喰い始めた。
あっけにとられた様な顔つきで女の子たちも席に着くと、僕は夢幻和尚と女の子たちの間に腰掛けた。
「それで、どんな相談ですかな?」
和尚がそういうと女の子のかたわれがおずおずと話し出した。
「あの……変なんです。私の部屋」
相変わらず夢幻和尚は隅にいるが、いくつかあるテーブル席とカウンターには仕事帰りのサラリーマンや建築や設備関係の職人と思しき客が何人もいた。
寒い時分なんで皆ダウンやコートを持ってきていたが、店内は割と暖かいので、皆それを脱いで椅子に掛けたり衣装箱に入れたりしていた。
僕は幽子さん手作りの肉じゃがを食べながら、相変わらず熱燗をちびちび舐めていた。
怪談居酒屋もこうなっては普通の居酒屋だ。
幽子さんは忙しく駆け回り、客の注文を聞いていた。
酒を飲む以外なにか出来るわけじゃなかったが、僕は辺りの客を観察してみた。
大半の客が普通の飲み客だが、中に妙な客がいた。いや、別に妙な人間ではないのだが、飲み屋の風景に似つかわしくない女子学生と思しき二人連れがいた。
女の子たちの手元を見てみるとノンアルコールのドリンクとわずかなつまみがあるだけで、どうも酒飲みを楽しんでいる風情ではなかった。
耳をそばだててみると「どうする? 今日は止めてまたにする?」とか「本当にこのお店が…………なんだよね?」とかの話し声が聞こえた。
来た! と僕の怪異アンテナが立った。別に髪が立ったわけではないけど、僕は確信した。この娘たちは何か奇怪な体験の相談に来ているんだと。
酒とつまみがちょうど切れたところで、僕はその二人に話しかけてみた。
「こんばんはお嬢さん」
「あ……はい、こんばんは」
娘さんたちは僕を見て訝し気な表情を見せた。
「何かお困りですか?」
「あの……このお店にくれば除霊とかの相談に乗ってくれるって聞いたんですけど、おじさんが?」
「いや、僕はただの常連客。でも、そういう事なら取り次げるよ」
僕がそういうと娘さんたちは安堵したような表情を浮かべ、
「お願いします」
と、頭を下げた。
「幽子さん!」
僕が手を上げると、幽子さんは調理の手を止めてこちらに来た。
「こちらの二人のお嬢さんが例の相談にのって欲しいそうなんだけど」
「あらそう」
幽子さんは笑顔を浮かべると、
「こちらへどうぞ」
と、僕たちを店の隅へ連れて行った。
幽子さんは店の隅にいる夢幻和尚の肩を叩くと、
「例の相談です」
と、短く声をかけ、店の奥まったところにあるドアを開けた。
「そういえばこのドアの先って何があったんだっけ?」
僕がそう尋ねると幽子さんは、
「個室ですよ。普段は使いませんが」
と、いった。
「そうだったんだ」
ドアを開けた先は短い廊下になっていて、その先にもドアがあった。
「女将さん! ビール頂戴」
「はい、はい、今行きますよ」
幽子さんは僕に目配せしてから、またカウンターに戻っていった。
そのまま僕たちは奥の個室に入った。しばらく遅れて夢幻和尚がのっそりと現れた。
「和尚、その盆に乗っているのは?」
「何って、ワタリガニの寄せ鍋だが」
「喰いながら話を聞くつもりですか?」
「食べ物は粗末にはできんだろう」
「はあ、まあそうですか」
女の子たちはポカンとした顔をして僕たちを見ていた。
「そういう作家どのはなぜここへ?」
言われてみれば僕が相談に乗るわけじゃなかったけど、
「まあまあ僕の怪談の知識も少しは役に立つかもしれないじゃないですか」
夢幻和尚はふ~むと唸ると、まあ、良いでしょうと僕たちに着席を促した。
個室は落ち着いた内装で、窓はなくドアを閉めてしまうともう店の喧騒は聞こえない。なるほどプライベートな話をするにはうってつけな部屋だった。
上品なデザインの木製テーブルに背もたれがゆったりしたテーブルとおそろいの木製の椅子があった。
夢幻和尚はさっさと椅子を引くと腰掛け、ワタリガニを喰い始めた。
あっけにとられた様な顔つきで女の子たちも席に着くと、僕は夢幻和尚と女の子たちの間に腰掛けた。
「それで、どんな相談ですかな?」
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