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第六章 女神の洗濯

ユースアムネジア

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 俺たちはサクラと別れた後、岩山のふもとにあるダンジョンを訪れていた。
 とにかく歯ごたえのある戦いがしたいとギルドで言ったところ、ここのダンジョンを紹介されたのだ。

 アリサはこう言っていた。
「あそこはとにかく脳筋の魔物が多いんですよ、なんででしょうねー。よかったらついでに調査もお願いします」


 とりあえず引き受けたものの、確かにここのモンスターは強い。強いが、ストレートな強さだ。

「ふん、そんな大振り、当たるわけないにゃー、くらえにゃー」

 通常より3割増しの筋肉を持ったオーガの蹴りを、フィッツは軽くかわす。かわしつつ、爪で腕の筋を断つように鋭い攻撃を繰り出す。
 うん、フィッツは問題なさそうだ。

 そして――
「――書き記せ、動き出せ。
 お前は殺すために生まれた最初の子だ。
 私は這い寄る死だ。
 ≪屍体兵召喚サモン・ダークネス≫っ!!」

 ぐわんと黒い影がゆらめいた。
 正体は、先ほど俺が殺したポイズン・ジャイアントだ。
 紫色の巨体が動き出し、柱のように太い腕が、マイアー・ボアをまとめてなぎ倒す。

 厳密に言えば、レイチェルが支配下におくのは死体そのものではなく、死霊。魂そのものだ。それらを死んだポイズン・ジャイアントの体に憑依させて操っているのだ。
 細かい制御ができない半面、操作時の術師の負担や、使用する魔力は少なくて済む。長期戦、特にダンジョンなどにもぐり続けるときには、とても有用なスキルだ。
 死霊術師ネクロマンサーというクラスは研究者的側面が強いけれど、まさかレイチェルがここまで実践的な術を修めているとは思わなかった。俺も彼女についての認識を改めなければならないな。

 しゃーっ!

 パンパンっ! ぐぎゃー。


 ジャイアントの足元を抜けてきたマイアー・ボアを、キャスリーがピンポイントで打ち抜いた。
「ありがとうございます、キャスリーさん」

「ふん、たいしたことないんですの」

 正直、ここのダンジョンとキャスリーの相性は悪い。銃は貫通力は優れているが、制圧力には劣る。敵モンスターの筋肉量が多いと、どうしても利きが悪いのだ。

 ところがキャスリー自身、それに気付くとすぐに、援護中心に戦い方を変えた。
 今の漏れた敵の処理もそうだが、オーガの目を狙うなどの技も披露した。

 高飛車なお嬢様だったので協力プレイが苦手かと思っていたが、大ぶりのレイチェルと個人主義のフィッツ、ふたりの間の潤滑油となり、うまくやっている。
 ギルドに入って戦ううちに、心境の変化があったのだろうか。この調子なら、俺の出番はないな。


 と思っていた矢先、レイチェルが再び呪文を唱える。
 いや、別に呪文を唱えることが不思議ではないのだ。問題は、唱え始めた呪文だ。

「――書き記せ、動き出せ、お前は――」
「おいレイチェル、今度はなにを操るつもりだ?」

「え? あ、あれ? ポイズン・ジャイアントは……って、もう動いてる? おっかしーですねえ?」

 おい、しっかりしろ。いつものアルコールの過剰摂取による錯乱か? それにしては様子がおかしい。

「すみません、真面目にやろうと思ってビールを控えていたのが、かえって悪かったんですかねえ?」
「それは良くないな、いつものペースをくずすのはかえってよくない、飲め」

 俺は荷物からビールを取り出し、レイチェルに手渡す。礼を言って、瓶をぐぐっと傾けるレイチェル。

「ぷっはー、うまい! やっぱりこれですよこれ! あれ、ところであそこで戦っている猫さんって誰ですか? すごく強いですねえ」

「ん、猫さん? フィッツのことか? ……おいレイチェル、どうした? お前、何かおかしいぞ」

「あれー、そうですかあ? やっぱり酔わな過ぎて調子が悪かったのかな? あれ、そういえば美形のおにーさん、あなたどなた?」

 小さな違和感が少しずつ大きくなる。今までにレイチェルがこんな酔い方をしたことがあっただろうか? いや、ない。
 彼女は普段から飲んでいるだけあり、酔い慣れをしているはず。
 翌日に昨夜の記憶を失っていることはあっても、その場での記憶があいまいになるなんて、見たことが無い。

 もしかして、何かの呪いだろうか?
 前の世界と同じものかはわからないが、似たような呪いを聞いたことはある。
 たしか、「若年性記憶喪失ユースアムネジア」だったか?

 記憶系の呪いはやばい。

 本人が知覚できないのが、非常にまずいのだ。
 発見の遅れが呪いの対処を遅らせ、取り返しのつかないことになる場合もある。
 これがモンスターからの攻撃ならまだ簡単だが、そんな変な攻撃を食らった記憶はない。
 もしも、ダンジョン自体が由来となると――。

 少々面倒なことになってしまった。
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