87 / 200
№9 Bloody Hammer
(Illusion)Show my Teeth
しおりを挟む
森はイングウェイの味方だった。悪鬼たちの宴の声はすぐに消え、いつもの夜があった。
暗闇を月明りが照らし、足音は風に揺れる枝が消した。
イングウェイは歩いた。まっすぐに、とにかく家から離れるように。
途中で何度か吐きそうになり、そのたびに空を仰ぎ、ゆっくりと息を吸い込む。
喉の奥から血の味がした。錆びた鉄の味だ。
途中で少し迷い、普段歩かない細い山道に入る。
鉈で枝を捌きつつ歩いた。蜘蛛の巣が腕にかかるのがわかった。普段ならうざったいだけの糸が、今は妙に嬉しかった。小さな虫けらを見ると、安心できそうな気がした。
酒を持ってこれなかったのがまずかった。頭痛がじくじくと増している。
イングウェイは適当な木にもたれると、そのまま崩れるように腰を落とす。
こんなことなら、と思って逡巡する。こんなことなら、どうすればよかった? どうすれば少しはマシなことになってたんだ?
答えは出ない。
見下ろす荒れた畑の先に、紫の靄が見えた。
風にそよぎ形を変えつつも、身を震わせるたび、淡く鋭く、白光を放った。散ることはない。それ自身が意志を持っているかのように。
イングウェイはデイヴとの会話を思い出した。
「靄だ、あれには近づくんじゃねえ。紫の靄は脳みそを食うんだ。わかるか? 指先から痺れていって、喉が焼けるんだ。息ができない、吐くとか吸うとかじゃねえ、固まるんだ」
「薬のやりすぎだ、デイヴ。人が真面目に聞いてりゃ腐った魚のクソみてえな話を聞かせやがって。雌のトロルと一発やった話のほうがまだ面白かったぜ」
「違う、お前のために言ってるんだ。頭痛が消えないとかいうお前のためにな。いいか、まだ間に合う。穴は塞げ、ダイヴを使うな」
「わかってるよ、そうしてこのクソみてえな田舎に閉じ込められろって言うんだろ? ガラス張りのサナトリウムの中で、プラスティックの雨に打たれて、芯から腐っていけって言ってんだ!」
「違う」
「違わねえよ」
「……とにかく、あれには近づくな。靄には意識がある。中からは蟲が這い出てくるんだ」
それが何なのか、ついに聞くことはなかった。そしてそれが今、目の前にある。
考えている暇はなかった。
靄が揺らめく。次の瞬間、醜悪な蜥蜴が一匹、中から這い出てくる。
チロチロと朱色の舌を何度か出し入れし、周囲を珍しそうに眺める。
首をもたげ、イングウェイの方向を向き、ゆっくりと頭を振る。
イングウェイは唾を飲み込むのも忘れ、その様子に見入った。
蜥蜴は2本の脚で立ち上がり、そのまま器用に歩き出した。
やってやるさ。
リヴォルヴァーを抜き、ガチャガチャと音がするのも構わずに、急いで動作を確認する。大型の野生動物相手では、筋肉で弾が止められると聞いたことがある。
ぐっと両手で鉈を握り、軽く素振りをする。
ここでは、不利だ。
山の急斜面を急いで降りると、畑のそばに立つ。
蜥蜴は前傾姿勢のままで、警戒しつつゆっくりと歩き始める。
暗闇を月明りが照らし、足音は風に揺れる枝が消した。
イングウェイは歩いた。まっすぐに、とにかく家から離れるように。
途中で何度か吐きそうになり、そのたびに空を仰ぎ、ゆっくりと息を吸い込む。
喉の奥から血の味がした。錆びた鉄の味だ。
途中で少し迷い、普段歩かない細い山道に入る。
鉈で枝を捌きつつ歩いた。蜘蛛の巣が腕にかかるのがわかった。普段ならうざったいだけの糸が、今は妙に嬉しかった。小さな虫けらを見ると、安心できそうな気がした。
酒を持ってこれなかったのがまずかった。頭痛がじくじくと増している。
イングウェイは適当な木にもたれると、そのまま崩れるように腰を落とす。
こんなことなら、と思って逡巡する。こんなことなら、どうすればよかった? どうすれば少しはマシなことになってたんだ?
答えは出ない。
見下ろす荒れた畑の先に、紫の靄が見えた。
風にそよぎ形を変えつつも、身を震わせるたび、淡く鋭く、白光を放った。散ることはない。それ自身が意志を持っているかのように。
イングウェイはデイヴとの会話を思い出した。
「靄だ、あれには近づくんじゃねえ。紫の靄は脳みそを食うんだ。わかるか? 指先から痺れていって、喉が焼けるんだ。息ができない、吐くとか吸うとかじゃねえ、固まるんだ」
「薬のやりすぎだ、デイヴ。人が真面目に聞いてりゃ腐った魚のクソみてえな話を聞かせやがって。雌のトロルと一発やった話のほうがまだ面白かったぜ」
「違う、お前のために言ってるんだ。頭痛が消えないとかいうお前のためにな。いいか、まだ間に合う。穴は塞げ、ダイヴを使うな」
「わかってるよ、そうしてこのクソみてえな田舎に閉じ込められろって言うんだろ? ガラス張りのサナトリウムの中で、プラスティックの雨に打たれて、芯から腐っていけって言ってんだ!」
「違う」
「違わねえよ」
「……とにかく、あれには近づくな。靄には意識がある。中からは蟲が這い出てくるんだ」
それが何なのか、ついに聞くことはなかった。そしてそれが今、目の前にある。
考えている暇はなかった。
靄が揺らめく。次の瞬間、醜悪な蜥蜴が一匹、中から這い出てくる。
チロチロと朱色の舌を何度か出し入れし、周囲を珍しそうに眺める。
首をもたげ、イングウェイの方向を向き、ゆっくりと頭を振る。
イングウェイは唾を飲み込むのも忘れ、その様子に見入った。
蜥蜴は2本の脚で立ち上がり、そのまま器用に歩き出した。
やってやるさ。
リヴォルヴァーを抜き、ガチャガチャと音がするのも構わずに、急いで動作を確認する。大型の野生動物相手では、筋肉で弾が止められると聞いたことがある。
ぐっと両手で鉈を握り、軽く素振りをする。
ここでは、不利だ。
山の急斜面を急いで降りると、畑のそばに立つ。
蜥蜴は前傾姿勢のままで、警戒しつつゆっくりと歩き始める。
0
あなたにおすすめの小説
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
神様から転生スキルとして鑑定能力とリペア能力を授けられた理由
瀬乃一空
ファンタジー
普通の闇バイトだと思って気軽に応募したところ俺は某国の傭兵部隊に入れられた。しかし、ちょっとした俺のミスから呆気なく仲間7人とともに爆死。気が付くと目の前に神様が……。
神様は俺を異世界転生させる代わりに「罪業の柩」なるものを探すよう命じる。鑑定スキルや修復スキル、イケメン、その他を与えられることを条件に取りあえず承諾したものの、どうしたらよいか分からず、転生した途端、途方にくれるエルン。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる