197 / 200
最終章 Bottom Of My Heart
ブロークン
しおりを挟む明滅する次元のかなたに、王都アサルセニアの石造りの街並みが見える。覗き見るだけなら星の数ほど。訪れるのは数百年ぶり。
「そろそろね。すぐに道を開くから、待っててよ」
ドロシーは走りながらぶつぶつと呪文を唱える。
精神世界から覗き見える風景は、すれ違う次元の重なりだ。近くに見えたとしても、物理的につながっているわけではない。
「これでこの術を使うのも最後にしたいものね」
ため息とともに、次元の壁が蕩けていく。
ドロシーが唱えた紫の靄は、本来なら精神体にしか効果がない術だ。失敗とまでは言えなくとも、完成品とはとても言えない不完全な術。だが、最後までドロシーを助けてくれた。
安堵したのもつかの間のこと。
すぐに腹の底を持ち上げられるような咆哮が聞こえる。
刺すような凍てつく空気が周囲を包み、樽のような腕が霧の向こうから飛び込んでくる。
「あ、やば」
閉じたはずの扉は開かれたままになっていた。
青白い巨大な塊。それが巨人の肩だと気づくまで、数秒かかった。
バチバチと雷雲のような音を立て、空間がきしむ。強引に、腕力で隙間を広げようとしているのだ。
「ドロシー、急ぐぞ!」
リーインベッツィが漆黒の翼を広げる。二人して靄の出口から飛び出す。
出口はミスフィッツのホーム、レイチェル・ヘイムドッター医院の裏庭に通じている。
◇◇◇◇◇◇
「むー、遅いですねー。もう三日ですよ」
「しかたないにゃん、イングウェイが言うには、次元によって時間の流れが違うそうにゃん。待たせるかもしれないって、最初に言われてたにゃん」
「そうですけど、あまり待たされると、体も腐っちゃいますよ。魂が抜けてる間は、私の魔力で持たせるしかないんですから」
暢気な話をしているところで、特徴的なパチパチと空気がはじける音がした。
聞き覚えのある、パープルヘイズによる次元の隙間が開くときの音だ。
靄が形を成す前に飛び出してきたのは、透けた体のドロシーとリーインベッツィだ。
「あー、リーインちゃん、おかえりなさいー! ドロシーさんも、ようこそー」
「おー、本当に戻ってきたにゃんか。……あれ、イングウェイは?」
歓迎するミスフィッツの面々とは裏腹に、ドロシーたちは慌てていた。
「挨拶は後よ、すぐに怪物が追いかけてくる! 戦闘の準備を!」
「レイチェル、わしらの体をすぐに!」
リーインベッツイはレイチェルの首根っこを掴むと、幼女らしからぬ腕力で(しかし吸血鬼らしい腕力で)そのまま奥へと走っていく。
「うええ、そんな急かさないでくださいよー。その右の部屋ですぅ、その隣!」
残されたのは、サクラとフィッツ、そしてゾンビのマリア。
「せわしないなあ。なんかすごく慌ててたみたいだけど、何かあったの?」
「さあ? あ、マリアさん、麦の水割り持ってきましたよ」
「ありがとうサクラ。……あれ、ロックになってる?」
「え、そんなはずは。――って寒っ! なんですか、急に冬到来?」
「サクラ、マリア、下がるにゃん! あそこからにゃん!」
フィッツが背中を丸め、威嚇の体勢を取る。最初に異変に気付いたのはフィッツだった。庭の空間の一角、先ほど靄がドロシーらを吐き出した場所が、縦に裂けていた。
バリバリと金属を断ち切るような音が響いた。恐ろしい冷気が噴出している。
サクラは直ぐに名刀モモフクを構え、マリアを後ろに下がらせる。
「マリアさんっ、下がって! すぐみんなに連絡を!」
「あ、う、うんっ!」
◇◇◇
「ドロシーさん、何なんですか、モンスターって?」
「私たちが次元を超えるのが気に入らないやつがいるってこと! 性格が悪い女神の奴隷よ」
ドロシーは手順を頭の中で再生する。
新しい体に入り、インベントリから自分の体を取り戻し、入り直す。
巨人はすぐ後ろまで迫っている。この世界へ入ってくるまで、間に合うかどうか。間に合ったとして、魔力の涸れ果てた体で戦えるのか。
リーインベッツイは強いけれど、相手は魔法生物だ。相性は悪い。
それでも、ミスフィッツのメンバーに比べれば、自分とリーインが相対するほうがよほどましだろう。
「早く助けに来てよ、イングウェイ」
ぼそりとつぶやいて、頭を振る。
何を甘えてる。アサルセニアに戻ろうとしたのは、他でもないドロシー自身だ。ならば、これは自分の戦いだ。
――ばたんっ!
大きな音を立てて、レイチェルがドアを開けた。
「さあ、これですっ! これがイングウェイさんに頼まれていた、ドロシーさんの新しい体ですっ!」
「はあ? これって……」
リーインベッツイの肉体の横で寝かされていたのは、他でもないイングウェイ・リヒテンシュタインだった。
「これって、もしかして、インギーの? 間違いじゃなくて?」
「ええ、インギーさんからはこの体を使うようにって言われてますよ。あ、リーインちゃんはこっちですね」
「わかっとるわ。……のうドロシー、もしかしてイングウェイは、こうなることをわかっておったのかの?」
「わかんないわ。次元魔法の調整は難しいから、魔術に長けている体を使わせようと思っただけなのかもしれないし」
うお゛お゛お゛お゛おーん
その時、遠くで本日三度目となる咆哮が聞こえた。地面が揺さぶられる。
次元の壁が壊されたのだ。
もはや迷っている暇はない。
「使います? この体」
レイチェルはほほ笑んだ。邪術使い特有の、影をたっぷり含んでいる笑い方だ。
「この期に及んで迷ってるなんて、私もバカよねえ」
そういいながら、ドロシーは首を縦に振った。
「うふふ、じゃあ準備しますよ」
レイチェルは二つの遺体にかけられた死体保存の術を解いていく。死療術の基本の術だ。
ドロシーとリーインはすぐにそれぞれの体へと入る。
ドロシーの魔力がイングウェイの体をめぐっていく。
0
あなたにおすすめの小説
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
神様から転生スキルとして鑑定能力とリペア能力を授けられた理由
瀬乃一空
ファンタジー
普通の闇バイトだと思って気軽に応募したところ俺は某国の傭兵部隊に入れられた。しかし、ちょっとした俺のミスから呆気なく仲間7人とともに爆死。気が付くと目の前に神様が……。
神様は俺を異世界転生させる代わりに「罪業の柩」なるものを探すよう命じる。鑑定スキルや修復スキル、イケメン、その他を与えられることを条件に取りあえず承諾したものの、どうしたらよいか分からず、転生した途端、途方にくれるエルン。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる