背中で見る夢欠片(ゆめかけら)

ぽんたしろお

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3 氷の世代~当たりまえの絶望~

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 「ついにお役ごめんだってよ」
 六十四才の山崎さんが、吐き捨てるように言った。

 一年前、俺がアルバイトで入ってから、山崎さんと共に仕事を組んでやってきた。俺が来る以前、何人もの若いアルバイトが辞めていったと聞く。山崎さんについていけなかったからだ。
「山崎さんを、辞めさせるんですか?」
 この支社でアルバイトは二人、商品出荷の山崎さんと俺だけだ。他は全員正社員。
バブル世代の生き残りは、お偉いさんになっているし、課長以下は氷河期世代をすっ飛ばした四十手前の年下の正社員。
 山崎さんも今はアルバイトだが定年までは、この会社の正社員だった。
 それを考えると部外者は俺一人、ということになる。
 
 氷河期世代の俺は正社員になれず、アルバイトと派遣で食いつないで生きてきた。景気の波の揺れで真っ先に雇用調整されるのが氷河期世代の俺たちだ。
 たまたま生まれた時代がハズレだから、ここまで辛酸を味わうことを世の中は受け入れた。社会の緩衝材、調整用として利用されるにいいだけ利用されている世代。他の世代に利用される都合のいい世代。

 俺は山崎さんに尋ねた。
「山崎さんに辞められたら、困るんですが。バイトの募集かけるんですか?」
 新しいバイトが来れば、一応下っ端を脱出……といえるのか? そんなことを考えていると山崎さんの顔が歪んだ。
「転勤してくるんだってよ」
「は?」
「会社にしがみついて辞めないのを支社がお守り押し付けらたんだとよ」
 それを言ったら山崎さんもだろうと思うが、当然、その言葉は呑み込んだ。つまり、正社員様がくるってわけだ。
「本社を追い出されてこの支社が引き取るんだってさ」
 山崎さんは心底腹をたてている。当然だ。玉突きで追い出されるわけだから。俺は今回は命拾いをしたのか。
 山崎さんより二十歳若い、それだけの理由なのは身に染みてわかっている。

 本社工場から来るというそいつは、定年まであと数年だという――つまりバブル期に大量入社した会社内の落ちこぼれということだ。
 山崎さんがいなくなったら、アルバイトは俺だけということになる。その落ちこぼれが自分の上司的な立場になるのだろうか? 俺は気分が悪くなってきた。
 悔しい思いを重ねた経験値は、社会的な価値に全く反映されない。
 正社員の立場で、俺と同じ仕事をする人間がやってくる。それを歓迎すれというのは無理があった。

 佐々木聡が転勤してきた。社交性が全くなさそうな、見るからに出世できない人物という印象しかない。
「お世話になります。よろしくお願いします」
 消え入るような声でようやく挨拶した佐々木さんは、でくの坊のように突っ立ていた。
山崎さんがぼやく。
「派閥に無関心でいた慣れの果て」
「山崎さん、知っているんすか?」
「一応、同じ会社だしな。数少ないがダラダラ売れているあの製品の設計者」
「あれの?」
 俺は心の中で鼻を鳴らした。アルバイトで入った時、この会社がそんな製品を作っていることを初めて知った。知らないのは当然でOEM供給品なのだ。
 会社の名前が出ないOEM製品。マイナー製品群を売って生き延びてきた会社の中でもどがつくマイナーな製品だ。
 
 それでも、佐々木さんは腐っても正社員なのだ。会社のゴミそのものなのに、過去の栄光にしがみつく権利を持っているのだ。生れた年代の違いだけで正社員になれた幸運を自覚すらしてない佐々木さんを、俺は受け容れる気持ちにはなれなかった。

 佐々木さんの物覚えの悪さは、設計とやらをやっていたとは思えない悲惨さだった。
 二週間たっても、まともに仕事をまかせられない。
 山崎さんがいなくなれば、佐々木さんと二人でやっていかなければならないのに、この覚えの悪さでは俺に二人分の作業が降りかかる。
 引継ぎが上手くいかなくて焦る山崎さんの罵声が職場に響く日々が続いた。



(つづく)

 
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