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箱入りワンコ没落するも、しぶとく吠え続ける
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いわゆる高度成長期。第二次世界大戦敗戦国の日本が急激に製造立国へ邁進した時代。
ある地方の一企業の社長さんに若かった父が気に入られ、その会社に入社した。
終身雇用信仰真っ只中、若かった父は真っ直ぐだった。
真っすぐ、順調に。羨望や嫉妬もあったようだが、なにせ社長のお気に入りだ。後ろ盾が強いうちは気が付かないものだ。
結婚して、私が生れ、妹が生まれた。当時の日本の勢いのまま、父は家を建て、車を買った。そこまでは、たぶん順風満帆だったんじゃないかな。
持ち家の主(あるじ)になった父に、社長が箱入りわんこを渡したのだ。社宅住まいから持ち家になったのだから、犬も飼えるだろう? そういうことだったんだと思う。
以下、社長さんとこの事情を勝手に推理・妄想すると、だ。
当時の飼い犬は、現在ほど管理されていないから、勝手に散歩に行かせることもあったし、「事故的な出産」も多かった。
コロは、その類で生まれたのだ。
当時、「犬を番犬ではなくペットとして飼う」ことは、裕福な人の優雅な趣味なところがあった。そして人気だったのがスピッツだ。
社長さんが飼っていたのはスピッツのメスだ。彼女が散歩だったのか、彼の散歩だったのか? いずれにせよ、日本犬のオスとスピッツのメスは恋に落ちた。
どう考えても体格差のある日本犬とスピッツを意図的にお見合させる理由が、私にはわからないから。あくまでも、当事犬どうしの合意だった、が理にかなう。
当然、出産はメスのスピッツの飼い主の社長さん宅になってしまった。
生れた子犬は、見てくれが真っ白|(スピッツの色が出たのか)な日本犬の形だった。社長さんは、子犬をみた瞬間、骨抜きのデレデレになった。
以上が、私の勝手な推測及び妄想だ。
社長さんの膝の上でコロコロしていたらしい子犬は、子供だった私も目を奪われるほど可愛かった。
我が家にやってきたその子犬はコロと名付けられた。
当時、室内で犬を飼う習慣は広まっていなかった。社長さんのところでは室内にてぬくぬくしていたコロ。でも、我が家ではそれは無理だった。
外犬として、コロは我が家の一員になった。
家を建て資金繰りに厳しい日々、父は仕事を増やし続けていた。子供を育て、家の返済をするにはお金が必要だったのだろうと思う。
父と母は、割とお金に困らない家で育ってきた。ゆえに、日本総中流社会と言われる中、中流たるステータスを入手することに疑問を抱いていなかったのかもしれない。
しかし、何でもかんでも一遍に揃えれば、資金繰りは苦しくなるわけで。家を建てて以降、明らかに、生活が苦しい、その肌感は子供の私にも伝わってきた。
そして。詳しいことは、子供には話さないようにしていたらしいが。父の務める会社の社長が変った。父を可愛がっていた社長の退任、後任社長は前社長の弟だった。
社長一族と血縁関係がないなか、前社長のお気に入りだった父の立場が急に、あやしくなっていく。
それでなくても、持ち家の返済があり、子供の教育費がかさみだしていた中で、更に上乗せされるよろしくない話。
会社のパワーバランスの中で、父はかなり追い込まれていくことになる。血縁ではないゆえ、首の皮一枚で会社に居残ったものの、父への冷遇が始まった。
無論、社長交代劇を伴う兄弟の確執は、どちらか一方の視点で語ることはできない。感情のもつれがあるはずだ。会社の内部事情は父には理解できていたかもしれない。が。父の家族だった私たちには
「一体何がどーしてこーなった?」
状態なわけで。それでも。会社内の緊迫は伝わってきていた。
「没落」なるワードが人気のようだが、現実の没落は、ファンタジーのような話には展開しない。生活が苦しくなるのを実感する――それが「没落」だ。
そういう状態ゆえ、コロの待遇は恵まれたものではなくなっていた。「没落ワンコ」の出来上がりである。
人の食べ物の残りを餌にしていた。今なら「動物虐待」ととられかねないし非難されているであろう状況だったと思う。
しかし、前社長さんの膝の上でコロコロしていた、コロは日本犬由来の遺伝の力を発揮する。かなり雑な扱いを受けながら、逞しかった。
没落ワンコは、己の底力を発揮しつつあった。
外犬として、番犬としてコロは非常に優秀だった。
優秀すぎたと言っても過言ではない。スピッツの遺伝がもろに現れて、とにかく、家族以外を吠えまくる犬になったのだ。信頼しているのは、私たち家族のみ。
あまりにうるさく吠えるので、「吠える犬」として近所でも有名になっていた。ちなみに、その近所に高校が含まれていた。高校生がコロが吠えるのを面白がって、吠えるように仕向けるので、コロの鳴き声はほぼ騒音の域に達していた。
前述したとおり、持ち家である。隣近所の目があるわけなのだが。コロが中型犬サイズに育ち騒音状態の鳴き声をあげるようになったちょうどその時期、父の会社内での環境が劇的に持ちなおした。
現社長の、父に対する不信感が払拭したようで、いわゆる雪どけ期間になったのだ。
地方の小さな町で、父の会社の地域経済に与える影響は大きかった。再び、会社内でいわゆる出世街道に戻った父の影響力は、会社内外に波及したのだと思う。
コロが吠えまくっても、大きな問題にならなかったのは、今になって思えば。父の背景にあった力なのだと思う。
話をコロに戻そう。「生れは社長さん宅の箱入りワンコ、もらわれたら没落ワンコでした」の過程をたどったコロは、めちゃくちゃしぶとく強かった。飼い主家族が忙しくなるにつれ、ほっとかれたけれど。近所の高校生にからかわれ、元気に吠え続けた犬だった。
私が小学生低学年で我が家にやってきた没落ワンコは、私の青春と同じ時間を過ごした。
私は、中学生になり、そして高校生になっていた。
コロの鳴き声に変化を感じたのはそのあたり。
ギャンギャンだった吠え声が、ワンワンになり、ワムオムになっていた。青春真っ只中だった私は、コロの老いを深く考えてはいなかった。
犬の時間と人間の時間は、全く違うのだよね。
コロの吠え声が「ハムホム」になった時、私は、ようやくコロの老いを気にしだした。
小学校から高校――その青春時代を過ごしてきたワンコは、私の青春真っ盛りに老犬になっていた。外犬状態で、雑な飼われ方をしていたのに、コロは十才を超えていたのだ。
(つづく)
ある地方の一企業の社長さんに若かった父が気に入られ、その会社に入社した。
終身雇用信仰真っ只中、若かった父は真っ直ぐだった。
真っすぐ、順調に。羨望や嫉妬もあったようだが、なにせ社長のお気に入りだ。後ろ盾が強いうちは気が付かないものだ。
結婚して、私が生れ、妹が生まれた。当時の日本の勢いのまま、父は家を建て、車を買った。そこまでは、たぶん順風満帆だったんじゃないかな。
持ち家の主(あるじ)になった父に、社長が箱入りわんこを渡したのだ。社宅住まいから持ち家になったのだから、犬も飼えるだろう? そういうことだったんだと思う。
以下、社長さんとこの事情を勝手に推理・妄想すると、だ。
当時の飼い犬は、現在ほど管理されていないから、勝手に散歩に行かせることもあったし、「事故的な出産」も多かった。
コロは、その類で生まれたのだ。
当時、「犬を番犬ではなくペットとして飼う」ことは、裕福な人の優雅な趣味なところがあった。そして人気だったのがスピッツだ。
社長さんが飼っていたのはスピッツのメスだ。彼女が散歩だったのか、彼の散歩だったのか? いずれにせよ、日本犬のオスとスピッツのメスは恋に落ちた。
どう考えても体格差のある日本犬とスピッツを意図的にお見合させる理由が、私にはわからないから。あくまでも、当事犬どうしの合意だった、が理にかなう。
当然、出産はメスのスピッツの飼い主の社長さん宅になってしまった。
生れた子犬は、見てくれが真っ白|(スピッツの色が出たのか)な日本犬の形だった。社長さんは、子犬をみた瞬間、骨抜きのデレデレになった。
以上が、私の勝手な推測及び妄想だ。
社長さんの膝の上でコロコロしていたらしい子犬は、子供だった私も目を奪われるほど可愛かった。
我が家にやってきたその子犬はコロと名付けられた。
当時、室内で犬を飼う習慣は広まっていなかった。社長さんのところでは室内にてぬくぬくしていたコロ。でも、我が家ではそれは無理だった。
外犬として、コロは我が家の一員になった。
家を建て資金繰りに厳しい日々、父は仕事を増やし続けていた。子供を育て、家の返済をするにはお金が必要だったのだろうと思う。
父と母は、割とお金に困らない家で育ってきた。ゆえに、日本総中流社会と言われる中、中流たるステータスを入手することに疑問を抱いていなかったのかもしれない。
しかし、何でもかんでも一遍に揃えれば、資金繰りは苦しくなるわけで。家を建てて以降、明らかに、生活が苦しい、その肌感は子供の私にも伝わってきた。
そして。詳しいことは、子供には話さないようにしていたらしいが。父の務める会社の社長が変った。父を可愛がっていた社長の退任、後任社長は前社長の弟だった。
社長一族と血縁関係がないなか、前社長のお気に入りだった父の立場が急に、あやしくなっていく。
それでなくても、持ち家の返済があり、子供の教育費がかさみだしていた中で、更に上乗せされるよろしくない話。
会社のパワーバランスの中で、父はかなり追い込まれていくことになる。血縁ではないゆえ、首の皮一枚で会社に居残ったものの、父への冷遇が始まった。
無論、社長交代劇を伴う兄弟の確執は、どちらか一方の視点で語ることはできない。感情のもつれがあるはずだ。会社の内部事情は父には理解できていたかもしれない。が。父の家族だった私たちには
「一体何がどーしてこーなった?」
状態なわけで。それでも。会社内の緊迫は伝わってきていた。
「没落」なるワードが人気のようだが、現実の没落は、ファンタジーのような話には展開しない。生活が苦しくなるのを実感する――それが「没落」だ。
そういう状態ゆえ、コロの待遇は恵まれたものではなくなっていた。「没落ワンコ」の出来上がりである。
人の食べ物の残りを餌にしていた。今なら「動物虐待」ととられかねないし非難されているであろう状況だったと思う。
しかし、前社長さんの膝の上でコロコロしていた、コロは日本犬由来の遺伝の力を発揮する。かなり雑な扱いを受けながら、逞しかった。
没落ワンコは、己の底力を発揮しつつあった。
外犬として、番犬としてコロは非常に優秀だった。
優秀すぎたと言っても過言ではない。スピッツの遺伝がもろに現れて、とにかく、家族以外を吠えまくる犬になったのだ。信頼しているのは、私たち家族のみ。
あまりにうるさく吠えるので、「吠える犬」として近所でも有名になっていた。ちなみに、その近所に高校が含まれていた。高校生がコロが吠えるのを面白がって、吠えるように仕向けるので、コロの鳴き声はほぼ騒音の域に達していた。
前述したとおり、持ち家である。隣近所の目があるわけなのだが。コロが中型犬サイズに育ち騒音状態の鳴き声をあげるようになったちょうどその時期、父の会社内での環境が劇的に持ちなおした。
現社長の、父に対する不信感が払拭したようで、いわゆる雪どけ期間になったのだ。
地方の小さな町で、父の会社の地域経済に与える影響は大きかった。再び、会社内でいわゆる出世街道に戻った父の影響力は、会社内外に波及したのだと思う。
コロが吠えまくっても、大きな問題にならなかったのは、今になって思えば。父の背景にあった力なのだと思う。
話をコロに戻そう。「生れは社長さん宅の箱入りワンコ、もらわれたら没落ワンコでした」の過程をたどったコロは、めちゃくちゃしぶとく強かった。飼い主家族が忙しくなるにつれ、ほっとかれたけれど。近所の高校生にからかわれ、元気に吠え続けた犬だった。
私が小学生低学年で我が家にやってきた没落ワンコは、私の青春と同じ時間を過ごした。
私は、中学生になり、そして高校生になっていた。
コロの鳴き声に変化を感じたのはそのあたり。
ギャンギャンだった吠え声が、ワンワンになり、ワムオムになっていた。青春真っ只中だった私は、コロの老いを深く考えてはいなかった。
犬の時間と人間の時間は、全く違うのだよね。
コロの吠え声が「ハムホム」になった時、私は、ようやくコロの老いを気にしだした。
小学校から高校――その青春時代を過ごしてきたワンコは、私の青春真っ盛りに老犬になっていた。外犬状態で、雑な飼われ方をしていたのに、コロは十才を超えていたのだ。
(つづく)
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