3 / 3
老犬ワンコ、空気を読む
しおりを挟む
昭和のその時代、動物病院がようやく地方の町にも開業を始めた頃であり、コロは老犬になるまで動物病院に連れて行った記憶はない。
高校三年の厳冬期、動物病院へ老衰したコロを『初診』に連れ込んだのだった。
『このワンコは老衰だから』
とは、言えなかったのだろうな、たぶん。
ヨボヨボの犬を、段ボールにいれ、自転車に載せて厳寒期に連れてやってきた学生を追い返すのもためらったのだろう。
先生は、コロに点滴の処置をした。おぼろげながら覚えているけれど、それはコロに栄養を入れるための点滴だった。食べなくなったワンコの延命の手段にすぎない。一日か二日分、コロの命が伸びた、そこに意味があるのかないのか?
小手先の自己満足に走った、それはコロのためでも何でもなかったのだと思う。そこに気が付かないほど、私は子供だったのだ。
おそらく、三度ほど点滴にコロを連れていった。動物病院の処置費用は、決して安いものではない。
「話がある」
厳しい顔をしたまま両親が私に言った。
「老衰のコロに当てる費用は、もう家にはない。お前を学校にやるにはお金がどうしても必要なのだ。コロの延命はあきらめなさい」
譲歩はしない、両親はそう言い切った。
己の未来と、コロの延命を天秤にかける状態にしたのは、まさしく自分だった。
受験勉強からの逃避、その手段に利用したコロの介護。結果。コロの一日か二日分の運命を、自分の手の中でころがしていた。
握ったコロの明日の命を、あきらめろ、両親はそう言うしかなかった。そこまで追いこんだのは、外ならぬ私自身だった。
私はうなだれた。もう点滴に連れていくことは出来ないのだ、私は何をしていたのだろうか?
この世の空気を読まずにミックス犬として社長さんちのスピッツ母さんから生まれた。
激怒しながら出産させたであろう社長さんを、空気を読まず骨抜きにした。
没落ワンコになったのに、空気を読まず、近所に騒音をまき散らすがごとく吠え続けた。
生れてから終始一貫、『空気を読まない』ワンコだった。
なのに。両親が私に言ったその日の夜。
空気を読まずに生き続けてきたコロは、『その一生分の空気を全部読んだ』かの錯覚を私に与えながら、この世を去った。
これは、感動的な話では断じてない。コロのタイミングが、たまたま、そうだった。それだけの話だ。
実際、私は泣き崩れ続けることなく、その事態を受け止めた。
私は再び受験勉強に専念した。
そして、第一志望校を当然のごとく落ちた。
「当たりまえの結果だよな」
周囲の人が慰めてくれたが、実力がなかった当然の結果だ。
二次募集をしている公立大学があった。私は、そこを受験し、三月末日、ひっそり合格の知らせを受け取った。
コロがいる風景を離れ、故郷を離れ、行く――。
「犬は好きですか?」
よく聞かれるが、いつの頃からだろうか、ようやく気が付いた。
「犬が好きなのじゃなくて、コロが好きだった」
そう答えるようになっていた。
(おわり)
高校三年の厳冬期、動物病院へ老衰したコロを『初診』に連れ込んだのだった。
『このワンコは老衰だから』
とは、言えなかったのだろうな、たぶん。
ヨボヨボの犬を、段ボールにいれ、自転車に載せて厳寒期に連れてやってきた学生を追い返すのもためらったのだろう。
先生は、コロに点滴の処置をした。おぼろげながら覚えているけれど、それはコロに栄養を入れるための点滴だった。食べなくなったワンコの延命の手段にすぎない。一日か二日分、コロの命が伸びた、そこに意味があるのかないのか?
小手先の自己満足に走った、それはコロのためでも何でもなかったのだと思う。そこに気が付かないほど、私は子供だったのだ。
おそらく、三度ほど点滴にコロを連れていった。動物病院の処置費用は、決して安いものではない。
「話がある」
厳しい顔をしたまま両親が私に言った。
「老衰のコロに当てる費用は、もう家にはない。お前を学校にやるにはお金がどうしても必要なのだ。コロの延命はあきらめなさい」
譲歩はしない、両親はそう言い切った。
己の未来と、コロの延命を天秤にかける状態にしたのは、まさしく自分だった。
受験勉強からの逃避、その手段に利用したコロの介護。結果。コロの一日か二日分の運命を、自分の手の中でころがしていた。
握ったコロの明日の命を、あきらめろ、両親はそう言うしかなかった。そこまで追いこんだのは、外ならぬ私自身だった。
私はうなだれた。もう点滴に連れていくことは出来ないのだ、私は何をしていたのだろうか?
この世の空気を読まずにミックス犬として社長さんちのスピッツ母さんから生まれた。
激怒しながら出産させたであろう社長さんを、空気を読まず骨抜きにした。
没落ワンコになったのに、空気を読まず、近所に騒音をまき散らすがごとく吠え続けた。
生れてから終始一貫、『空気を読まない』ワンコだった。
なのに。両親が私に言ったその日の夜。
空気を読まずに生き続けてきたコロは、『その一生分の空気を全部読んだ』かの錯覚を私に与えながら、この世を去った。
これは、感動的な話では断じてない。コロのタイミングが、たまたま、そうだった。それだけの話だ。
実際、私は泣き崩れ続けることなく、その事態を受け止めた。
私は再び受験勉強に専念した。
そして、第一志望校を当然のごとく落ちた。
「当たりまえの結果だよな」
周囲の人が慰めてくれたが、実力がなかった当然の結果だ。
二次募集をしている公立大学があった。私は、そこを受験し、三月末日、ひっそり合格の知らせを受け取った。
コロがいる風景を離れ、故郷を離れ、行く――。
「犬は好きですか?」
よく聞かれるが、いつの頃からだろうか、ようやく気が付いた。
「犬が好きなのじゃなくて、コロが好きだった」
そう答えるようになっていた。
(おわり)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる