没落ワンコと受験生

ぽんたしろお

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老犬ワンコ、空気を読む

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 昭和のその時代、動物病院がようやく地方の町にも開業を始めた頃であり、コロは老犬になるまで動物病院に連れて行った記憶はない。
 高校三年の厳冬期、動物病院へ老衰したコロを『初診』に連れ込んだのだった。

 『このワンコは老衰だから』
 とは、言えなかったのだろうな、たぶん。

 ヨボヨボの犬を、段ボールにいれ、自転車に載せて厳寒期に連れてやってきた学生を追い返すのもためらったのだろう。
 先生は、コロに点滴の処置をした。おぼろげながら覚えているけれど、それはコロに栄養を入れるための点滴だった。食べなくなったワンコの延命の手段にすぎない。一日か二日分、コロの命が伸びた、そこに意味があるのかないのか?
 小手先の自己満足に走った、それはコロのためでも何でもなかったのだと思う。そこに気が付かないほど、私は子供だったのだ。

 おそらく、三度ほど点滴にコロを連れていった。動物病院の処置費用は、決して安いものではない。

 「話がある」
 厳しい顔をしたまま両親が私に言った。
「老衰のコロに当てる費用は、もう家にはない。お前を学校にやるにはお金がどうしても必要なのだ。コロの延命はあきらめなさい」
 譲歩はしない、両親はそう言い切った。
 己の未来と、コロの延命を天秤にかける状態にしたのは、まさしく自分だった。
 受験勉強からの逃避、その手段に利用したコロの介護。結果。コロの一日か二日分の運命を、自分の手の中でころがしていた。
 握ったコロの明日の命を、あきらめろ、両親はそう言うしかなかった。そこまで追いこんだのは、外ならぬ私自身だった。
 私はうなだれた。もう点滴に連れていくことは出来ないのだ、私は何をしていたのだろうか?

 この世の空気を読まずにミックス犬として社長さんちのスピッツ母さんから生まれた。
 激怒しながら出産させたであろう社長さんを、空気を読まず骨抜きにした。
 没落ワンコになったのに、空気を読まず、近所に騒音をまき散らすがごとく吠え続けた。
 生れてから終始一貫、『空気を読まない』ワンコだった。

 なのに。両親が私に言ったその日の夜。
 空気を読まずに生き続けてきたコロは、『その一生分の空気を全部読んだ』かの錯覚を私に与えながら、この世を去った。

 これは、感動的な話では断じてない。コロのタイミングが、たまたま、そうだった。それだけの話だ。
 実際、私は泣き崩れ続けることなく、その事態を受け止めた。

 私は再び受験勉強に専念した。
 そして、第一志望校を当然のごとく落ちた。
「当たりまえの結果だよな」
 周囲の人が慰めてくれたが、実力がなかった当然の結果だ。

 二次募集をしている公立大学があった。私は、そこを受験し、三月末日、ひっそり合格の知らせを受け取った。

 コロがいる風景を離れ、故郷を離れ、行く――。

 「犬は好きですか?」
 よく聞かれるが、いつの頃からだろうか、ようやく気が付いた。
「犬が好きなのじゃなくて、コロが好きだった」
 そう答えるようになっていた。


(おわり)

 
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