いじめられない子供

ぽんたしろお

文字の大きさ
8 / 10

8 事件の収束とその余波

しおりを挟む
  騒ぎが大きくなりつつあることに気が付いた畑中(はたなか)先生が、事態収拾のため動こうとした。その時、思わぬところから動きが出た。
 
 橋本紬(はしもと つむぎ)だった。紬が新品の「超理解 爬虫類ワールド」を畑中先生に差し出したのだ。
「わたしが、返却手続きの終わっていない本を持ち出し紛失しました。ごめんなさい」
 橋本紬が言えば、それが『解』である。畑中先生は、紬にまっすぐすぎる目を見て言った。
「わかりました、橋本さんが紛失したということですね?」
「はい」
 紬がきっぱりと肯定した。
「見つからなかったので、お母さんに買ってもらいました。黙っていてごめんなさい」
 紬は頭を下げて謝罪した。

 紬の謝罪を受けて畑中先生はただちに事態の収拾を動いた。橋本さんから謝罪があり、本も弁償されたことが子供たちに伝えられたのだ。
 紬が主張するなら、そういうことなのだ。子供たちの遥斗への批判があっという間に鎮火していった。
 遥斗(はると)は、真実が覆われてしまった戸惑いがあった。しかし、批判の視線が消失したことに、自らを納得させるしかなかったのである。子供社会の力学に歯向かうことは決して出来ないのだ。

 一番困惑したのは無論、大崎留美(おおさき るみ)である。自作自演の騒ぎを引き起こした結果、最大の味方であり後ろ盾と信じ込んでいた紬が想定外の行動にでたからだ。犯人として泥まで被った紬の真意を測りかねた留美は、初めて紬に対して怖れを抱いたのだ。
 留美は荒木舞(あらき まい)が言っていたことを思いだした。『質(たち)が悪い』――紬のことを評した言葉が留美の頭の中にこだました。
「大崎留美さん」
 留美は、紬に声をかけられ、硬直した。紬が言った。
「私しか見ていないから。もう終わりにしよう」
「見ていたの?」
 留美が震える声で聞き直した。紬はまっすぐな視線で留美を射抜いた。
「見ていた。でもこれで終わり。いいよね?」
 その場に崩れ落ちそうになるのを、留美はようやくの想いで持ちこたえる。
「わかった……」
 紬はニッコリ笑う。
「よかった!」
 晴れやかな笑顔を残して、紬は留美の元を去っていった。留美は、紬が自分の後ろ盾をする存在ではないことを思い知った。

 騒動があって数か月後、クチナシ工場に勤務していた二名に昇進を伴う転勤の辞令が出た。異例の時期に異例の二名の移動であった。寺田と田本という苗字の社員であった。
 二名の名前をきいた時、荒木沙耶(あらき さや)は小さく眉をしかめた。何かが引っかかった。しかし、沙耶はその原因を思いだせなかった。

 「そうなんだ、あんたのお父さんの実家って七瀬産業の本社があるところなんだ」
「うん、母さんはクチナシが地元だから、ちょっと動揺しているけどね」
 寺田遥斗(てらだ はると)はクスリと笑った。久しぶりに荒木舞(あらき まい)と話し込んでいたところだった。
「ちょっと寂しくなるな」
 舞がポツリと言う。
「俺は、ワクワクしているんだ」
 遥斗はまだ見ぬ生活に興奮を隠そうとはしなかった。
「じいちゃんとばあちゃんが住んでるし、馴染みもあるからさ」
 遥斗は言葉を続けた。
「リセットしたかったし、ちょうどいいタイミングだと思うんだ」
 遥斗がこの土地の閉塞から一抜けするのか。舞は遥斗が羨ましかった。
「私も絶対ここを脱出するから」
 舞が遥斗の手を握った。
「うえっ、お、おい……」
 手を握られた遥斗はしどろもどろになる。しかし舞は遥斗の手を離さなかった。
「今は全然だけど。成績もっとあげて、私も都会に行くから! 待っていて」
「そのために勉強しているのか?」
「いろいろ『力』を付けたいんだよ」
 遥斗の問いに舞は曖昧(あいまい)に答えた。遥斗は出て行く人間だ。クチナシ市の子供社会の力関係から脱却する遥斗に今更、説明する必要はない、と舞は思うのだ。
 クチナシからの脱出――舞が大人になるために必要な目標がもう一つ明確になった。
「大人になったら、また会おう!」
 舞は遥斗の手を握り、誓う。
「う、うん」
「絶対、絶対会いに行くから」
「じゃあ、約束だ!」
 子供の約束は純粋だ。二人は願えば約束はかなうものだと信じている。純粋に未来を信じる子供の姿がそこにある。

 寺田遥斗は家族とともに引越して、クチナシ市を去った。

(つづく)

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...