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2020年01月
web小説を書いて思うことと、村上春樹さんの本のこと(2020/01/12)
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web小説を書くようになって、ツイッターで同じ小説書きさんの創作に関する呟きを見るようになっていろいろ考えるようになった。
タイトルに日付を入れたのは、一回書いても、また書きたくなると思ったからだ。
考え方に変化が出てくる可能性もある。それも含めてまず一回書いておこうかなと思った。
web小説を書くための入り口は広い。書いた文章をアップしたら「web小説家」を名乗れる。敷居の低さは有難い。皮肉ではない、今まで、自分で書いた文章を読んでもらえる機会なんて、ほぼなかったわけだから。
作文を公募してそれこそ「書籍化」してようやく読み手に届くほど敷居が高かった。でも今は違う。書いた物をweb上に晒せば(アップすれば)、読んでもらえる時代だ。
ところが、読んで読んでとアップしても、一向に読んでもらえないという事態になる。
人って飽和状態で与えられた物に対して、興味を失う生き物の側面はあるだろう。
さらに、小説は読むのに時間がかかる。読み手は、小説を読む時間を消費しなければならないのだ。書き手から見れば、自分の書いた作品で人の時間を奪う行為である。
小説は「時間泥棒」だ。書いている身からすれば、人の時間を奪う泥棒になることに、無上の快感を覚えることになる。
逆に、読み手は簡単に時間を泥棒されたくないのが、本音だろう。
お話を見つけて読み始めても一~ニページで離脱するのは、非常に理にかなった行動だ。時間を奪われるのを防衛する必要があるわけだから。
よく後半になって面白くなる作品がもったいないといわれるのは、一~二ページで面白さを伝えられないからなのだというのはわかる。
わかるけれど、そういうテクニックで離脱を防ぐだけでは、読者はついてこないと思うんだよね。
面白いと思わせる文章は、初めから意識しなくても読み手を引きずりこむ力がある。それはテクニックの問題ではないと感じる。
話は変わるが、書籍化を目標にする人が多い。書籍化は書き手の目標の一つとして否定しないが、では書籍化したものが読まれるかというと、「積ん読く」という言葉があるのだから、「読まれているとは限らない」ということだ。
書籍化した本は、乱暴な言い方をすれば「買われた」時点で成功なのだ。その本にお金を払ってくれた時点で成果になる。でも読まれているのかは、web小説のPVの可視化より、わからない部分もある。
村上春樹さんの本は売れているけれど、読むのを途中でやめる人も多いと感じる。「商業作家」としての村上春樹さんは間違いなく成功者だ。しかし、創作者の村上春樹さんは満足しているのだろうか?
私は長編の小説を極力読まないようにしている。のめりこみすぎる体質で生活が破綻するからだ。その私でも「ノルウェイの森」と「1Q84」は読み始めた。
で、読者としての立場からズケズケ言うと「ノルウェイの森」は序盤で脱落した。ヒットしている理由がさっぱりわからなかった。
それから何年後か知らないが「1Q84」を夫が誕生日プレゼントに買ってくれた。分厚い本をプレゼントしてくれたのだから、多少、生活に支障が出るのを目をつぶるというメッセージと理解して本を開いた。
読みやすい。面白い。ページをめくるたびに、のめりこんで字が飛んでいく。目が滑るのではなく展開が知りたくてたまらないのだ。そして、本の残りが物理的にわかるのが残念だった。ああ、もうちょっとで現実に戻ってしまうと思った。
ショッキングだったのは、まったく終わってない状態で本が終わってしまったこと。そこで初めて夫が発売されていた「一巻目だけ」プレゼントしてくれたのに気が付いた。
それぐらい、本の情報を拒絶して生活していたのだけどね。そうしないと、生活できないから、仕方ない。
しかし、一巻目しか出ていない状態で読書をぶったぎられたのには、ショックだったな。
プレゼントしてくれた夫にかなり文句を言ってしまった。一巻目しか出ていなかったのだから、夫だってどうしようもないのにね。
で、こんなにのめりこみながら、私が一方で感じたのは、村上春樹さんが読者に近寄って、更にひどい言い方で申し訳ないが読者に媚てきているなと思った。
ノーベル賞という名誉をとりにくるための作品だと感じた。
村上春樹さんの本意はわからない。しかし「1Q84」という作品から読者の自分は、そう感じたのだ。「ノルウエイの森」が受け容れられなかった自分が、夢中になって「1Q84」を読んだ理由を、自分はそう考えた。
村上春樹さんにとって「1Q84」という作品はどういう位置づけなのだろうか? 自分の中で好きな作品なのだろうか? 村上春樹さん自身に一切興味をもったことがない私は、村上春樹さんが「1Q84」が大嫌いだと語っても驚かないと思う。
さて、話をweb小説に戻す。無名の物書きが書いた海のものとも山のものとも知れない作品に、読み手がどれだけ時間をさけるだろうか?
有名な方ののレビューもないお話だよ?
ぶっちゃけていえば、勝負の舞台にすらのっていない状態の自分の作品を、「読んでくれる」方の存在を大事にしたいと書き手として思う。
村上春樹さんが売れてからしか知らないし大御所と比較するのはおこがましいが、それでも言う。
全く比較にならない状況でいうのは乱暴な話であるのは承知の上で、村上春樹さんの作品を読むことやめた人が、自分のお話を好きだと言ってくれた。感想を言ってくれた方の時間を、自分の話は奪うことに成功したのだ。村上春樹さんよりもたくさん奪った。
web上の読み手は逃げていくものだ。ほんとに逃げやすい存在だ。
だらこそ、読んでくれている読み手さんに感謝したいし、お話をきちんと終わらせたいと強く思う。
んで、ふと思うのよ。村上春樹さんが匿名でweb小説あげていないかな。わかる人いるかな。すごく興味あるな。
タイトルに日付を入れたのは、一回書いても、また書きたくなると思ったからだ。
考え方に変化が出てくる可能性もある。それも含めてまず一回書いておこうかなと思った。
web小説を書くための入り口は広い。書いた文章をアップしたら「web小説家」を名乗れる。敷居の低さは有難い。皮肉ではない、今まで、自分で書いた文章を読んでもらえる機会なんて、ほぼなかったわけだから。
作文を公募してそれこそ「書籍化」してようやく読み手に届くほど敷居が高かった。でも今は違う。書いた物をweb上に晒せば(アップすれば)、読んでもらえる時代だ。
ところが、読んで読んでとアップしても、一向に読んでもらえないという事態になる。
人って飽和状態で与えられた物に対して、興味を失う生き物の側面はあるだろう。
さらに、小説は読むのに時間がかかる。読み手は、小説を読む時間を消費しなければならないのだ。書き手から見れば、自分の書いた作品で人の時間を奪う行為である。
小説は「時間泥棒」だ。書いている身からすれば、人の時間を奪う泥棒になることに、無上の快感を覚えることになる。
逆に、読み手は簡単に時間を泥棒されたくないのが、本音だろう。
お話を見つけて読み始めても一~ニページで離脱するのは、非常に理にかなった行動だ。時間を奪われるのを防衛する必要があるわけだから。
よく後半になって面白くなる作品がもったいないといわれるのは、一~二ページで面白さを伝えられないからなのだというのはわかる。
わかるけれど、そういうテクニックで離脱を防ぐだけでは、読者はついてこないと思うんだよね。
面白いと思わせる文章は、初めから意識しなくても読み手を引きずりこむ力がある。それはテクニックの問題ではないと感じる。
話は変わるが、書籍化を目標にする人が多い。書籍化は書き手の目標の一つとして否定しないが、では書籍化したものが読まれるかというと、「積ん読く」という言葉があるのだから、「読まれているとは限らない」ということだ。
書籍化した本は、乱暴な言い方をすれば「買われた」時点で成功なのだ。その本にお金を払ってくれた時点で成果になる。でも読まれているのかは、web小説のPVの可視化より、わからない部分もある。
村上春樹さんの本は売れているけれど、読むのを途中でやめる人も多いと感じる。「商業作家」としての村上春樹さんは間違いなく成功者だ。しかし、創作者の村上春樹さんは満足しているのだろうか?
私は長編の小説を極力読まないようにしている。のめりこみすぎる体質で生活が破綻するからだ。その私でも「ノルウェイの森」と「1Q84」は読み始めた。
で、読者としての立場からズケズケ言うと「ノルウェイの森」は序盤で脱落した。ヒットしている理由がさっぱりわからなかった。
それから何年後か知らないが「1Q84」を夫が誕生日プレゼントに買ってくれた。分厚い本をプレゼントしてくれたのだから、多少、生活に支障が出るのを目をつぶるというメッセージと理解して本を開いた。
読みやすい。面白い。ページをめくるたびに、のめりこんで字が飛んでいく。目が滑るのではなく展開が知りたくてたまらないのだ。そして、本の残りが物理的にわかるのが残念だった。ああ、もうちょっとで現実に戻ってしまうと思った。
ショッキングだったのは、まったく終わってない状態で本が終わってしまったこと。そこで初めて夫が発売されていた「一巻目だけ」プレゼントしてくれたのに気が付いた。
それぐらい、本の情報を拒絶して生活していたのだけどね。そうしないと、生活できないから、仕方ない。
しかし、一巻目しか出ていない状態で読書をぶったぎられたのには、ショックだったな。
プレゼントしてくれた夫にかなり文句を言ってしまった。一巻目しか出ていなかったのだから、夫だってどうしようもないのにね。
で、こんなにのめりこみながら、私が一方で感じたのは、村上春樹さんが読者に近寄って、更にひどい言い方で申し訳ないが読者に媚てきているなと思った。
ノーベル賞という名誉をとりにくるための作品だと感じた。
村上春樹さんの本意はわからない。しかし「1Q84」という作品から読者の自分は、そう感じたのだ。「ノルウエイの森」が受け容れられなかった自分が、夢中になって「1Q84」を読んだ理由を、自分はそう考えた。
村上春樹さんにとって「1Q84」という作品はどういう位置づけなのだろうか? 自分の中で好きな作品なのだろうか? 村上春樹さん自身に一切興味をもったことがない私は、村上春樹さんが「1Q84」が大嫌いだと語っても驚かないと思う。
さて、話をweb小説に戻す。無名の物書きが書いた海のものとも山のものとも知れない作品に、読み手がどれだけ時間をさけるだろうか?
有名な方ののレビューもないお話だよ?
ぶっちゃけていえば、勝負の舞台にすらのっていない状態の自分の作品を、「読んでくれる」方の存在を大事にしたいと書き手として思う。
村上春樹さんが売れてからしか知らないし大御所と比較するのはおこがましいが、それでも言う。
全く比較にならない状況でいうのは乱暴な話であるのは承知の上で、村上春樹さんの作品を読むことやめた人が、自分のお話を好きだと言ってくれた。感想を言ってくれた方の時間を、自分の話は奪うことに成功したのだ。村上春樹さんよりもたくさん奪った。
web上の読み手は逃げていくものだ。ほんとに逃げやすい存在だ。
だらこそ、読んでくれている読み手さんに感謝したいし、お話をきちんと終わらせたいと強く思う。
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