ふと頭をよぎったことを書いておく、いわゆるブログ的なあれ

ぽんたしろお

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2020年08月

移動が終わった

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 正確な意味で言えば引越しは終わっていない。
 移動は終わった――それが正しい。

 引っ越し前日、夫の会社から電話が入った。申請していた福利厚生費が今になって認められないという内容だった。
 転勤「移動」前日である。そんな話なら会社辞めます、という判断をする時間はない。
すでに膨大なキャンセル料が発生する契約が進行しているわけで、引っ越し前日に心がぼっきり折れた。連絡受けて引っ越し準備の手が止まる。
「なんで? なんで?」
 体は動かないが時間は止まらない(うまい表現だな(自画自賛))。

 引っ越し当日。なんだか片付いていない雰囲気の部屋を見渡し、これで引っ越しできるの? と疑問がわく。しかし心が折れているので、テキパキと事を進める気力がわかない。
 やがて引っ越しの作業の人がきた。さすがに作業の人が入ると、心が折れたままでもからだは さすがに動き始めた。

 引っ越せる雰囲気のなかった部屋だが、荷物が搬出され、空間が広くなってきて。ほんとに、こんな精神状態でも引っ越しなのだ、とようやく自覚した。
 寂しかった。この地に来た時も、絶望的な引っ越しだった。なじむまで長い時間が必要で、それをこらえて小さな光が見えたと思った時の転勤だった。
 あげくに引っ越し前日に精神的なとどめの連絡が入った。それでも、作業はどんどん進んでいった。

 引っ越しの見積もり段階で搬出は二時間半と言われていたが、三時間半かかった。
 作業はプロの仕事!を見た思いでどんどん進んでいく。見積もりより物が多かったので時間がかかった、そういうことだ。
「すごいね、プロだね」
 夫が作業手順を見てつぶやいた。揺れ動いて感情が一瞬の凪のようになった。

 部屋の引き渡し立ち合いは搬出時間が長くなったので、予定より一時間遅れた。チェックしていたけど、どうやら修繕費用は大家さん次第らしい。まぁなー、六年は短くはないと思うから凄まじい請求きたら、また話し合いになるのかな、げっそり。
 管理会社の人とのやり取りで再び心が激しく動き出す。クレーマーのように噛み付きながら私は答えていたようだ。心の制御が全くきいていない。夫にたしなめられる。
 わかっている、夫の方が辛いはず、わかっているのに、夫に当たり散らす。二人になって怒鳴られるのも嫌で、他人がいる時から私は醜かった。
 部屋を去るのは一瞬だった。時間が押しているのだ。当日中に引っ越し先の鍵を受け取り、荷物を搬入してもらう。さらにライフライン関係の業者も入る。密度の濃い一日である。
 心折れたまま、作業に忙殺され。
 日が暮れてようやく作業に来た人が全員、撤収した。
 二人と二羽のオカメインコが段ボールに埋もれて残った。

 段ボールにまみれた部屋にすき間をなんとか作り、荷物をかき分け、疲れ切った中で夫がコンビニ弁当を買ってきた。その間も部屋のすき間を少しづつ広げる。食べて、シャワーを浴びて、寝るためのスペースと用品を掘り出した。
 何せ夫は転勤なので、部屋の移動が主ではない。新しい職場に行かねばならないわけでその緊張感の方が高まっていく。
 私は私で、段ボールの物を出して整理するのにやっきになっていた。

 夫と私の目下の考え事は乖離していく。ただ一点、引っ越し前日に知らされてこの引っ越しに意義を見失いかけているベースが共通していた。

 夫は新しい職場に通い始めた。とりあえず一週間を乗り切るのが目標だ。以前の転勤もそうだった。まず一週間。先を考えたことはない。
 今回もそうだ。夫は忍耐強い人ではあるが、まず一週間。転勤してまで働く意義を見失いかけながら、夫は新しい職場に出勤し、私は見知らぬ土地でようやく買い物をした。
 部屋の床が多少見えてきて、インターネットも開通した。

 先の見通しは全く持っていない。この引越しが意味があるのかないのか、その判断さえできない状態で、手続きは進めていくしかないのだ。
 転入届を出さねばならない。住所変更の必要なことがたくさんある。

 私たちが「ここ」に引っ越す選択が間違っていたとしても、私たちに今、居場所はここしかない。だから、引越しの手続きを進めていかなくてならないし、部屋の片づけも進めていくしかないのだ。
 またすぐ引越す可能性を残したまま。

 記憶が掠れそうな七月が終り、長くて暑い八月が始まった。

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