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二話 夢と現
五
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買い物に行く約束をした日、祖父が腰を痛めてしまった為、買い物は延期となった。病院に行った結果はぎっくり腰とのことだった。
あの日から数日が経過。腰の痛みでゆっくりとした動作、床を這うなど最低限しか動けない祖父は申し訳なさそうに布団で寝ている。
伯母の亜希子が湿布を持ってやって来る。
「亜希子さん、すまないね」
「いえ、ぎっくり腰ですから安静にしていて下さい」
うつ伏せになって湿布を張り替えるようだ。剥がすと湿布独特のにおいが和室内にこもる。
「ああ……情けない。ぎっくり腰なんていつ以来だろう」
「お若い時ですか?」
「三十代だったかな。働き盛りの時で困ったものだったよ」
「今も癖になってしまったら大変でしょうし、無理はなさらず何かあったら呼んでくださいね」
「……はい。どうもありがとう」
湿布を貼り終え、会話が途切れて伯母は立ち上がり和室から出た。
そこに伯父が怪訝な顔をして近寄っていく。
「親父、まだ痛いって?」
「それはそうよ。ぎっくり腰だもの。程度にもよるでしょうけど」
「ぎっくりごしってそんなにいたいの?」
何となく聞いたことはある単語だが、普段腰が痛いと言っているのとは違うのだろうか。
伯父がまだ痛いのかと言うものだから心配になり、伯母の言葉で拍車をかける。
伯父は何とも思っていないような、むしろ嘲るような顔で、肩と手をわざとらしく上げて見せた。
「さあ? 俺はなったことないけど」
「痛いわよ。動くだけで死にそうなくらい」
「え……」
伯母の言葉を聞いて血の気が引く。そんな重いものだとは思っていなかった為に尚更。
「親父もこれから筋トレだな。筋トレして運動すれば腰痛も良くなるって」
「運動不足だからって原因だけじゃないと思うわよ?」
「そうなの? 俺にはわかんねーや。それよりさ」
能天気というのか気楽というのか、伯父は自分の父親のことをそんなに気にかけてはいなそうだ。
「今日こそ行こう! プロテイン!」
「はあ……はいはい、買えばいいでしょ」
伯母も呆れて溜め息混じりに返事をしている。
「コラーゲンも忘れないでよ?」
「あーそうだそうだ。それね!」
すっかり忘れていたのだろう。伯父の返事も適当である。
そんな伯父に呆れつつ伯母はココロへ向く。
「ココロちゃん」
「っ……!」
「買い物行く準備してきなさい」
「あ………」
準備なんてリュックを背負えば終わることだ。しかし気が進まない。祖父と買い物に行く約束をしたのにその祖父が一緒ではない。祖父がいない状態で伯父夫婦と買い物に行くのは不安だった。祖父は傍にいると安心出来る。伯父夫婦は安心出来ず怖いとすら思っている。
「う……」
行きたくない。正直そう思っている。でもそんなことを言えるはずもなく黙りこんでしまう。
「え、なにどうしたの」
「!」
俯いていると、伯父が近寄ってきて顔を覗き込んできた。
ココロは咄嗟に首を横に振った。
何でもないのだと。本当は嫌だ、行きたくない。行きたくないけれど、それは言っちゃいけないことだと思っていて、本心を隠して首を振るジェスチャーこそココロにとっての精一杯のあがきで嫌という意思表示であった。
その様子を見た伯父は片方の眉を跳ね上げて訝しげな顔をしている。
「……ねえ、ココロちゃん。何色が好き?」
「え……?」
真面目な顔で突発的に質問してくる伯父に呆気に取られてココロは聞き取れず答えることが出来なかった。
「色。赤とか青とか。俺は金とかギラギラしてんのが好き」
「あっ………そう、なんだ。あの、わたしは……えっと……水色」
「ふーん。じゃあそれだ!」
途端にいつもの笑顔になるとバシッと膝を叩きその勢いで立ち上がる伯父。
腕を組み伯母は怪訝な顔をする。
「何がそれなのよ」
「ココロちゃんの衣装ケース。どうせ物は同じようなもんだし、色さえ分かればどれ買ったっていいだろ? なあココロちゃん」
「えっ……う、うん?」
「ほら、ココロちゃんも良いって」
「あなた何が言いたいの?」
「別にココロちゃんが一緒に買い物行かなくても良いんじゃないかって話」
「!」
伯父の考えがわからなかったが、もしかしたら助け船を出してくれているのかもしれない。ココロにとっては買い物に行かないチャンスである。
伯母は立ったままの姿勢でココロを見下ろしている。
「ココロちゃんは一緒に行きたくないの?」
「うっ……」
少し低めの声で直接的な言葉。加えて怒っているような表情。
そんな風に言われると怖くて固まってしまう。また俯いて黙っていると、上から溜め息が聞こえてくる。
「行きたくないならそれでいいわ」
それだけ言って伯母はリビングから出ていった。
「なにピリピリしてんだろ?」
キョトンとしている伯父にも何も言えず、ココロは俯いたままその場で立ち尽くしていた。
あの日から数日が経過。腰の痛みでゆっくりとした動作、床を這うなど最低限しか動けない祖父は申し訳なさそうに布団で寝ている。
伯母の亜希子が湿布を持ってやって来る。
「亜希子さん、すまないね」
「いえ、ぎっくり腰ですから安静にしていて下さい」
うつ伏せになって湿布を張り替えるようだ。剥がすと湿布独特のにおいが和室内にこもる。
「ああ……情けない。ぎっくり腰なんていつ以来だろう」
「お若い時ですか?」
「三十代だったかな。働き盛りの時で困ったものだったよ」
「今も癖になってしまったら大変でしょうし、無理はなさらず何かあったら呼んでくださいね」
「……はい。どうもありがとう」
湿布を貼り終え、会話が途切れて伯母は立ち上がり和室から出た。
そこに伯父が怪訝な顔をして近寄っていく。
「親父、まだ痛いって?」
「それはそうよ。ぎっくり腰だもの。程度にもよるでしょうけど」
「ぎっくりごしってそんなにいたいの?」
何となく聞いたことはある単語だが、普段腰が痛いと言っているのとは違うのだろうか。
伯父がまだ痛いのかと言うものだから心配になり、伯母の言葉で拍車をかける。
伯父は何とも思っていないような、むしろ嘲るような顔で、肩と手をわざとらしく上げて見せた。
「さあ? 俺はなったことないけど」
「痛いわよ。動くだけで死にそうなくらい」
「え……」
伯母の言葉を聞いて血の気が引く。そんな重いものだとは思っていなかった為に尚更。
「親父もこれから筋トレだな。筋トレして運動すれば腰痛も良くなるって」
「運動不足だからって原因だけじゃないと思うわよ?」
「そうなの? 俺にはわかんねーや。それよりさ」
能天気というのか気楽というのか、伯父は自分の父親のことをそんなに気にかけてはいなそうだ。
「今日こそ行こう! プロテイン!」
「はあ……はいはい、買えばいいでしょ」
伯母も呆れて溜め息混じりに返事をしている。
「コラーゲンも忘れないでよ?」
「あーそうだそうだ。それね!」
すっかり忘れていたのだろう。伯父の返事も適当である。
そんな伯父に呆れつつ伯母はココロへ向く。
「ココロちゃん」
「っ……!」
「買い物行く準備してきなさい」
「あ………」
準備なんてリュックを背負えば終わることだ。しかし気が進まない。祖父と買い物に行く約束をしたのにその祖父が一緒ではない。祖父がいない状態で伯父夫婦と買い物に行くのは不安だった。祖父は傍にいると安心出来る。伯父夫婦は安心出来ず怖いとすら思っている。
「う……」
行きたくない。正直そう思っている。でもそんなことを言えるはずもなく黙りこんでしまう。
「え、なにどうしたの」
「!」
俯いていると、伯父が近寄ってきて顔を覗き込んできた。
ココロは咄嗟に首を横に振った。
何でもないのだと。本当は嫌だ、行きたくない。行きたくないけれど、それは言っちゃいけないことだと思っていて、本心を隠して首を振るジェスチャーこそココロにとっての精一杯のあがきで嫌という意思表示であった。
その様子を見た伯父は片方の眉を跳ね上げて訝しげな顔をしている。
「……ねえ、ココロちゃん。何色が好き?」
「え……?」
真面目な顔で突発的に質問してくる伯父に呆気に取られてココロは聞き取れず答えることが出来なかった。
「色。赤とか青とか。俺は金とかギラギラしてんのが好き」
「あっ………そう、なんだ。あの、わたしは……えっと……水色」
「ふーん。じゃあそれだ!」
途端にいつもの笑顔になるとバシッと膝を叩きその勢いで立ち上がる伯父。
腕を組み伯母は怪訝な顔をする。
「何がそれなのよ」
「ココロちゃんの衣装ケース。どうせ物は同じようなもんだし、色さえ分かればどれ買ったっていいだろ? なあココロちゃん」
「えっ……う、うん?」
「ほら、ココロちゃんも良いって」
「あなた何が言いたいの?」
「別にココロちゃんが一緒に買い物行かなくても良いんじゃないかって話」
「!」
伯父の考えがわからなかったが、もしかしたら助け船を出してくれているのかもしれない。ココロにとっては買い物に行かないチャンスである。
伯母は立ったままの姿勢でココロを見下ろしている。
「ココロちゃんは一緒に行きたくないの?」
「うっ……」
少し低めの声で直接的な言葉。加えて怒っているような表情。
そんな風に言われると怖くて固まってしまう。また俯いて黙っていると、上から溜め息が聞こえてくる。
「行きたくないならそれでいいわ」
それだけ言って伯母はリビングから出ていった。
「なにピリピリしてんだろ?」
キョトンとしている伯父にも何も言えず、ココロは俯いたままその場で立ち尽くしていた。
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