癒やしは囁きと共に

朝陽ヨル(月嶺)

文字の大きさ
11 / 26
付き合ってから

不穏、転機

しおりを挟む
 九月。主君であるアルスの誕生日が迫っている。つまりはもう母国へ帰る時期ということだ。母国へ帰った後はどうするのか、それはもうアルスへ伝えてあり承諾も得ている。あとは仁にこの大事な決断を聞いてもらうだけだった。今日はその大事な話をする為に個室がある店を予約している。 

「おはよう」
「おはようございます!」 

 仁は前のデートで買ったミルクティー色のセットアップに薄手のシャツを合わせている。
 ローランも同日に買った色違い、黒のセットアップを着ている。
 お互いこのセットアップがお揃いということを知っていて、今日は大事な話をしたいからと事前に話していたからか示し合わせずとも着ることは決まっていたようなものだった。 

「へへっ、やっぱりその色似合ってますね」
「ローラン君も銀髪が映えてカッコイイよ」
「や、やあそんな……ハハハッ。あ、じゃ、じゃあ行きましょっ!」 

 褒めたら褒め返されてついつい頬が緩む。好きな人とこうして会って当たり前のように約束をしてデートに行く。それが今とても幸せなことなのだと噛み締めている。
 予約した店は電車で一本で行ける場所にあり、二人は最寄り駅へ歩みを進めた。 

「まだ残暑が続きそうだね」
「そっスね。夏は好きだけど、寒さに慣れてるから冬の方が動きやすいんだけどなー」
「あ~それわかるなあ。育った所が寒いと寒いのが普通の感覚になるよね」
「そう! それっス! こっちの冬は母国の秋に近くて、まだ暖かいな~って感じがするから出掛けたくなります」
「それじゃあ冬になったらたくさん出掛けようか」
「是非ぜひそうしたいっス!」 

 ただの日常会話さえも楽しくて気が緩んでいた。だから気が付かなかった。背後からやってくる気配に。 

「……みぃーつけた」
「ッ!!」 

 気配無く肩にそっと置かれた手。それだけでは誰かなんてわからなかった。しかし声で判断出来る場合がある。ほんの一言でも誰なのか予想がついた。間延びした口調とやや高めの声音。そして、気を抜いていたとはいえ要人警護を担う自分の背後を容易く取ることが出来る手練となると当てはまる人は二人いる。背筋がゾッと冷えて振り向きたくない。 

「リーン?」 

 ーーその呼び方するのは…… 

「っ……!」
「わっ!?」 

 確信を得たローランは肩に置かれた手を振り払い、仁の腕を掴んで引っ張りながら走り出した。 

「えっ、ローラン君! その人は!?」
「関わらない方がいいんスよ!」 

 血相を変えて逃げ出そうとしたローランだが、仁を掴んだ腕とは反対の腕の関節を握られ後ろに引かれ止められる。 

「ヒドイなーリン。逃げないでよ」
「酷いのはどっちっスか! 威暗イアンさん!」 

 仁を掴む手を離し振り向く。そして掴んできた腕を掴み返し乱暴に引き剥がした。そこにいたのはやはり予想通りの人物だった。
 ローランより少し背が低いスラッとした痩せ型で整った顔立ち、黒髪で黒いサングラスを掛けた黒服の男。 

「ヒドイってなにがー? ぜんっぜん検討つかないんだけどー」
「とぼけないでください! 何も言わないで突然いなくなって、電話とかメールとか全然返してくれないし」
「でもこうやって会いにきてあげたんだよ? 電話やメールよりよっぽど良くない?」 

 ローランの話を遮って被せてきた言葉は上から目線で圧があり、爽やかな笑顔から出される雰囲気と不一致だ。 

「僕の用事が一旦落ち着いたからさ。当分こっちにいるつもりだけど、また帰ることになったらリンも一緒に行こーよ」
「は? なに、言ってんスか……行くわけない。俺はもう……」 

 眉をひそめながら威暗と呼んだ男から目を逸らす。
 すると威暗は怖いくらい静かに、頭の高さは一切変えず気配の感じない動きをしてローランに触れる数センチ前まで近づいた。そっとローランの頬に触れた手は冷たい。 

「僕と話してンのに目を逸らすなんていけない子だなーリンは。ダメだよ、ちゃーんと僕を見ないと」 

 頬に触れられる手に力は入っていない。なのに動けなかった。背筋も足も腕も、まるで凍ったかのようにゾクゾクと嫌な寒気がして動かない。相手の笑ってない貼り付いた笑顔が怖かった。 

「んッ?」
「あ……」 

 冷ややかな威暗と怯えるローランの間に引き締まった顔つきの仁が割って入る。 

「どなたか知らないけど、お友達なんでしょう? 嫌がることはやめて下さい」
「えー別に嫌がってないよネー?」 

 放たれた言葉を受けてローランは、顔は威暗に向けているが視線は逸らしている。 

「ていうかアンタ誰? 友達じゃなくて恋人だし。恋人同士のことにいちいち口挟まないで欲しいンだけど」
「違います仁さん! もう別れてます!」
「はあ? 何言ってんのリン」 

 慌てた様子で釈明するローランに威暗は明らかに怒りを露わにしている。 

「突然いなくなって、もうダメだと思って、電話も繋がらないから別れますってメールしたんスよ」
「そんなメール知らないし。なに一人で完結してンの?」
「俺がどれだけ不安だったか知らないくせに……そんな……」
「知らない。全然。……じゃあ何、もしかしてこの冴えないおっさんが今の彼氏ってわけ?」 

 ローランは答えなかった。
 それを肯定と取った威暗は高らかに笑う。 

「あっはははははッ! チョーウケるー! じゃあとっくにそのおっさんともヤッた?」
「んなっ、なに変なこと聞いてんスか!」
「えー? リンはそういうこと大好きっしょ?」
威暗イアンさんッ!」
「ローラン君、時間が」
「へっ?」
「お店を予約して急いでいるので、僕たちはこれで失礼します」
「へぇ~いっちょ前に彼氏面ってやつ? まーいいや、今回は見逃してあげる」 

 にやりと余裕のある笑顔で話す威暗の言葉は半分聞き流し、仁はローランの手を引いて駅へ続く道を進んでいった。
 ローランは威暗が追いかけてこないか注意深く後ろを見やりながら歩き、見えなくなると繋がれている仁の手に視線を移した。手を繋いでいる事実に温もりと緊張でドキドキしてくる。しかし駅に着くと改札口を通る際に手が離れてしまい残念に思う。
 
「なんだかおっかなそうな人だったね」 

 電車を待つ間なんて説明しようか話を切り出せずにいたが、仁がいつもの調子で聞いてくれるお蔭で遠慮なく話せる。 

「付き合ってた時も何をしてくるかわからないような謎な人だったんスよ。でも……前よりなんでか怖い感じがしました」
「向こうはまだ付き合ってるように言っていたね」
「そうみたいスね……メール届いてないとか無いと思うんスけど、気づかなかったのかな……」
「直接そういう話はしてないんだね?」
「直接言うのはさっきが初めてです。そもそも向こうがいなくなるの急過ぎだったんスよ。いきなり『当分会えなくなる』ってメールがきて、それから連絡が途絶えちゃって……」
「…………。もしかしてだけど」 

 仁が言いかけた途端、スピーカーからアナウンスが流れてきて電車が来ることを報せてくる。踏切の警告音も響き、意識が周囲を向くと客が増えていたことに気づいた為、遮断された言葉を飲み込んだ。 

「お店でゆっくり話そうか」 

 内容が内容なだけに人が大勢いる場所で話すことは憚られ、ローランは同意した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

ミルクと砂糖は?

もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。

【完結】エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

十年越しの恋心、叶えたのは毒でした。

碓氷雅
BL
支配や管理で愛情を伝えんとするDomとそれに応えることで愛情を伝えんとするSub。 そんなDom/Subユニバースの世界。 十年、忘れることはなかった初恋の相手を、とある会場で見かける。 「ワインのすべてに青酸カリを入れた!」その一言でパニックに陥った中のことだった。その相手はワイングラスを傾けていて――?! ▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀▷◀ 第二章を書き終わりましたので小出しにしていこうと思います。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...