お姉様は一途でいたいのに妖艶美魔女に狙われています

那須野 紺

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貞淑なんて似合わない(美咲SIDE)

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容子の言う「とある信頼できる筋」とは一体どこ…いや、誰なのか。
本人は「はなはだ不本意ではあるのよ」と言っているがその表情は笑っていた。

例え部屋数が一つであっても、今この会社においていわゆるスーパーラグジュアリークラスの客室を持つべきかどうかは、賭けではあるが何もしない事の方がマイナスであろうという考えは、私も容子も一致している。

今保有しているのは地方の観光地で自然豊かな場所だが、次の企画としては都心にという方向も概ね固まっている。
そしてその中で最有力なのが、レインボーブリッジを見下ろすロケーションに聳え立つタワーマンションの上層階、ゲストルームにあたる一室なのだ。実際には二室扱いのものを一室に間取り変更をした広大なスイートルームである。

利用客を女性限定に絞る事により、同マンション内の大浴場やジム施設も利用可能とできるよう、管理会社とも交渉を始めている。
通常タワーマンションのゲストルームは居住者かその関係者のみの利用に限られており、外部のホテルチェーンがプロデュースや管理を行う事例はなかなか存在しない形態だろう。
ただこの物件についてはゲストルームを複数抱えており、通常利用として居住者とその関係者のみが利用可能な区画も確保できている分、外部委託で大幅にコンセプトを変更した使い方も許容されている。
こちらとしては、本職が手掛ける分、料金も高額設定にするし、設備やアメニティもならではのものを取り揃えて付加価値を向上させるのは勿論だ。
売上の一部は管理会社に支払う形式になるけれども、ゲストルームそのものが収益を産んでくれるというのはマンション側も嬉しい事なのだと思われる。

あとは出入り客の質の問題となるが、これだけの高価格と女性限定という縛りによって、概ねマンション側の懸念も払しょくできそうな状況である。

「美咲さん一度泊まってみたら?」
「…は?」

珍しい事を言われて思わず素っ頓狂な声が出た。
容子という人は実は、自社の客室にはほとんど宿泊をしない。
あれだけのお屋敷に住んでいて、そこが気に入っているというのもあるのかもしれないが、気分転換にでも多少利用しても良いものを、案外プライベートでは自社を利用しないあたり、顧客指向の強さが伺える。

そんな容子がどういう訳だか私に自社の、しかもスーパーラグジュアリーラインの客室の利用を勧めてくるとは。

「…開業直後は予約で埋まるはずなんだから、変な事言わないでよ」
「そう?…あ、美咲さんも高層階住まいだからあまり気分転換にはならないかしらね」
「そういう、訳じゃないけど」

高層階と言っても、今回のこの部屋はレベルが違うだろう。
客室のあるフロアは55階に位置しているのだ。しかもそこは最上階ではない。
部屋からはレインボーブリッジのみならず、東京タワーも一望する事ができ、正に都会の夜景を独り占めというコンセプトにふさわしい。

「ここまで来ておいて何言ってるのという気持ちもわかるんだけど、うちは比較的低層の建物に小規模な部屋数でやってるじゃない?間借り的な部屋とは言え高層階に持つのは実際始めてになるから、ちょっと気になって」
「…だったら自分で確かめるべきだと思うけど」
「それもそうね」

案外とすんなり引っ込めてしまったのでむしろ拍子抜けする。

「でも、泊まる相手が居ないのよね…それにパソコンとネットがあれば仕事できるというタイプでもないし、私」
「……」

何を今更と言いかけた口を閉じてぐっと堪えた。
まさか私を誘っている訳でもあるまい。
どちらにせよ私は、その部屋については客足が落ち着くまで、プライベートで利用するつもりはない。
それは容子も同じ考えのはずだけれど。

「…冴子の友達に声をかけてもらってみようか」
「あら、良いじゃない?開業前にモニター企画なんてのも面白いわね」

そこではっと思い出した。件のアプリの事を。

「女性向けのアプリに、どこか取り上げてもらうとか…」
「それならとっておきを知ってるわ♪」
「はぁ……」
「これよ」

躊躇なく容子が示したのが正に私のイメージしているそのアプリ『WS』だった。

「あの…これって」
「何を隠そう私の昔馴染みが開発してるのよ、これ」
「そ、そうだったのね」
「結局私は使ってないけど、評判は良いんでしょ?」

容子の言う昔馴染みとはおそらく木下光江の事だろう。
ある時期妙に懐かれた事があった女性だ。

しばらく顔を合せなかったが、アプリが軌道に乗って経済的にも桁違いに豊かになったであろう彼女の佇まいは、それのみが理由とは思えない変化を見て取る事ができた。

……もしかして、と勘ぐるまでもない。
容子が馴染みと言うからには浅からぬ繋がりが--つまり一度ならず身体を重ねた、もしくはそれ以上の関係があるという事を意味する。
そこまで考えて、そうか…なるほど、と腑に落ちた。

木下光江という人は野心が旺盛だったけど、変わった後の彼女も決してそういう、貪欲な自分を否定するでもなく、その上で余裕を見せていたように思う。
彼女はおそらく、容子という圧倒的カリスマ的経営者と遭遇した事により、どこか開き直ったかどうかしたのかもしれない。

とは言え私の方も冴子経由ではあるが、佐藤春香との繋がりはある。
念のため、どちらの繋がりがより上位ポジションであるのか確認する必要があった。

「いわゆる経営者同士の、ってやつ?…」
「まあ、そんな所かしらね」
「それなら貴女に任せるわ、一応そこの関係者と冴子が繋がってた…みたいだけど」
「あら、そうなのね」

ここで私もそのアプリを使っていて、しかもそこで冴子と出会っているとは言い出せなかった。
この場において関係ない話のような気もしたし、どこか気恥ずかしいような気にもなったのだ。
でも、どうしてそう思ってしまったのか理由を言語化できずにいる。
冴子とアプリで知り合った、それを人に話す事を、どこか後ろめたいと思っているのだろうか、私は。

私自身、実際冴子個人に対しては何でもしていると言うのに。

*-*-*-*-*-

結局、件の部屋については『WS』アプリを通じてモニター募集が行われ、当社にはその宿泊客からクチコミをもらうという事になった。

モニター企画とは言え、さすがにこのクラスの部屋の無料宿泊が当たるかもしれない機会ともなれば、指定された宿泊日の枠であるにも関わらず、応募は大変な数に上ったとの事である。
話題作りとしては上々と言えるが、果たして実際に費用を負担して泊まる客はそのうちの何名なのだろうかと思うと、それはそれで不安だった。
部屋の魅力のみで勝負する施設であり、ホテルであれば通常セットである所の食事や共用施設については自前で提供できない。故に室料設定は悩み所である。

モニター企画では、平日の連泊プランと、週末の一泊プランを複数回用意した。
どのプランにも相当数の応募があり、『WS』の表向きとしては無作為抽選で選んだとしているが、実際の所は他の利用者とトラブルを起こしたりしていない、つまりブラックリストやその予備軍には属さない応募者のみの中から抽選するという事である。

最終的な部屋の設備や機材、室料の調整もその結果をもとに行われる事が予定されている。

*-*-*-*-*-

「……」

いつだか誰かに、オンオフの切り替えは重要だなんて言ってたような記憶もあるが、今となっては全く実行できていない。
事務所から恵比寿の自宅に戻るまで、確かにさしたる時間はかからないと言えるけれども、その帰宅に要する時間の全てを使っても、様々な事が気になってしまい、うまく考えをリセットできずにいた。

冴子は先に帰っているはずだから、当然家に帰れば冴子が待っている。
それは本来、当たり前の事なのだが、容子の義娘の山元梨々香が通いのメイドとして来てくれていた頃に比べてなぜか気まずさを覚えてしまっている。

…当初あの娘が私と、冴子の暮らす部屋に通う事についてそれほどいい気持ちはしなかったはずなのに、居なくなったらなったでどこか物足りないと思っている自分に気付いて驚いてもいる。

容子はおそらく梨々香本人に、通いのメイドを辞めるようにとは言っていないはずだ。もしそうなのだとしたら私にもそれを話しているだろうから。
要はあの娘が勝手に来なくなったか、冴子が来るなと言っているか、どちらかのような気がするのに、それを確かめられずのまま来てしまっている。

…冴子が私に気を使っているのに悪いかなとでも、思っているからだろうか。
自分の気持ちさえ、ぼんやりとして整理できない。

玄関ドアを開けて、出迎える冴子にバッグを預ける。
そして先にシャワーを浴びると言いながらバスルームへと向かった。
冴子は余計な事を言わず、しかしさりげなく私に「湯舟を張ってある」という事を知らせてくる。
…まるで、勤務先での役員と秘書の会話とそう変わらない、そんなテンションで。

「……」

私はそんなに疲れて見えるのだろうか、と湯舟に浸かりながら考える。
少なくとも冴子にはそう見えているのだろう。

湯舟から立ち上ってくるオイルの香りは、華やかなフラワー系のものだ。お湯が無色のままなので非常に不思議な感覚に陥る。
…でも、どこで買ったものなのか、私は知らない。冴子が一人で、どこかで買ったものだろうと思うけど。

…おかしい、と思う。
週末には一緒に買い物にも行っているし、食事だってする。
それに三日と空けず、冴子とは身体を重ねている、そんな生活は変わらないのだ。
それなのに、細かい部分の記憶がどうも不鮮明なような気がしてならない。

このフレグランスオイルだって、今日より以前にも使ったものかどうか、はっきりとは思い出せない。
そしてこれについてどこで買ったとか、そういった話を、過去に冴子としたのかどうか、そこも記憶が怪しくなっている。

「……そっか」

冴子が、多分私に遠慮して、自分の話をしなくなったのだ。

バスルーム内を見回せば、壁も、床も、鏡も、綺麗に掃除されている。
最後に私が掃除したのは、いつの事だったろうか。
梨々香が来ていた時には彼女がしていたから、全く意識していなかったけど、今は冴子がそれをしているのだ。

私はそれらの事について、やってもらっているという意識さえしていない。それはだいぶ前からのような気がする。
当初は冴子がやりたがっていたし、わざとやる事を増やして冴子を困らせて遊んだりもしていたはずなのに。
今はその事自体について、触れる事すらなくなった。

誰も居なければ多分自分でしていた物事について、そして別に今更私がそれをしない件について冴子がとやかく言うはずもない。

…でも、それって。
会社での私と冴子との関係と、どう違うと言うのだろう。

ベッドの上で戯れ愛し合う、という事はそれの代償にはなり得ない。
仮に冴子がそう思っていたとしても、私はそうは思わない。

セックスは、一方が与えるとかそういう関係の上に成り立つ行為ではないし、そういう風にとらえ始めたらそれは身体を売って、買っているのと同じだから。
第一そういう考え方をしてしまえば、私の方が今は一方的に与えられている側になってしまう。

まだ二十代半ばなのだからあの身体はともかくとしても、どうやって身に着けたのだか知らないが--おおよそ容子の影響だとしてもあまり具体的に想像したくはないが、大人の女を悦ばせる為のテクニックまで使いこなし始めている冴子なのだ。

冴子本人は容子の事をモンスターだと恐れているけれども、私に言わせれば冴子の方がよほど恐ろしい。
あと十年先、その時でもまだ冴子は今の私より若い。冴子自身の身体も更に熟女固有の官能を拾えるようにこなれてくるだろうし、そうなった時の冴子を想像すると、湯舟に浸かっていなくても上せそうになる。

まずい……と思い湯舟から身体を引き上げてバスタブの縁に腰掛けた。
本音を言えば、確かにモンスターではあるけれども容子と身体を重ねている方が、気楽な部分はある。
冴子に対しては、長年の馴れというものはあってそれなりに交わりのバリエーションは使い分けできているけど、この所の、攻めに関して急激に磨きのかかった冴子と相対するのは、なぜか微妙な緊張を伴うのだ。

その感情に名前を付けるなら、おそらく「畏怖」なのだろう。

もし本人に向かってそれを正直に言葉にしてしまったら、冴子は泣いて怒って、もうこんなの辞めますとか、そういった事を言い出すに違いないので、口が裂けても言うまいと思っているけれど。

冴子が将来、女盛りを迎えてどんな風になっているのか、見届けたいしそれを楽しみにもしてるのは事実だけど。
この畏怖のような気持ちがもっと大きくなってしまったら、と思うとほんの少し不安でもある。

いっそプレイ中だけは冴子に隷属するのもありだろうか、などと考えているとバスルームの外から「お姉さま?」と冴子が声をかけてきた。
だいぶ長いこと出てこないので心配になったのかもしれない。

「ゴメン、もうじき上がるから」

扉は締めたままで会話する。

「いえ…そういう訳じゃないんです、ごゆっくり」
「ありがとう」

言った所で何か悪戯してやろうかと思いバスルームの扉を開けたけど、冴子の姿は既に消えていた。

扉越しの会話では、およそ冴子の危険過ぎる側面など感じられない。実に謙虚なのだ。
いや、そもそもそちらが本質と言って良いのだろうけれど。

冴子本人にとってはその二面性を持ち合わせている事自体が自然体なのであろう。
時として無防備な冴子を見ていると、どうにも自分だけのものにしたくなって、乱暴に誘ってしまいたくなる衝動だって芽生えるし、きっとそれは私だけが感じているものではない。
山元梨々香もおそらく、それに翻弄されたうちの一人だと思えば、どこか親近感すら覚えるほどなのである。

ふと思い立って私は、それこそ適当に身体や髪を洗い、バスルームを出てこれまた適当に全身を拭く。
サニタリー収納に手を伸ばし、たまたま掴んだシャンパンゴールドカラーの薄手のサテンローブを身に着ける。
この所気に入って、複数色違いで買い揃えているものの一つだ。

「冴子」
「……あの、それなんですけど」
「……?」

雑にローブを羽織っただけの私の恰好を指さして冴子が困ったように呟く。

「その、目のやり場に困ると言うか」
「は?…何、色が反射するとかそういう事言ってるの」
「違います…」

言いながら冴子が、少し厚地のタオル生地のパーカを身体にかぶせてくる。

「何…暑いよ」
「ダメです」
「もうっ」

冴子がこちらを見ようとしないので、仕方なく距離のあるソファに腰を下ろす。
脱いだパーカを胸元に抱えて、冴子の方を見た。

「あの娘に、またうちの通いのメイドをやってもらうから」
「…え?」
「もう、決めたから。現にまだ報酬の金額戻らないし」
「……あの、お姉さま、それって…」

あまりに驚いたのか、冴子はこちらを向いて立ち上がっている。
手には私に手渡すつもりで用意していたと思しき冷緑茶のグラスが握られていたが、危ないと思ったのかそのうちグラスだけはテーブルに下ろしている。

「…冴子が困る内容じゃないでしょ?」
「困るか困らないかで言えば、微妙に困るような気もしますけど」
「あ、この部屋でセックスするのは禁止だから、やるなら外でしてね?」
「何、言ってるんですか…っ」
「まあキスとかそれぐらいまでは許すけど」
「いや、だから…そうじゃなくて」

「それとも何、あの娘とは顔を合わせただけで抑えがきかなくなるぐらいの関係という感じ?」
「いや私はそうじゃないですけど」
「相手が…って事?」
「………それも、約束があれば破るような人ではないと、思います…けど…」

冴子が口ごもる。確証がないのだろう。
少なくとも自分の心にだって絶対などと断言できるものは存在しないのだ。他人の事となればなおさら、不確かなのは当然である。

「とにかく、私は冴子に当たり前のように家事をやらせるのとか、嫌だから」
「…それが、理由なんですか…?」
「それだけじゃないけど、私自身あの娘にちょっと癒されてた部分もあるし」
「……」

少し間をおいてから冴子がぼそりと言う。

「お姉さまが、無理して言っているのでないのなら…いいです」
「そう?…じゃ容子にもう一度頼んでみる」
「わかりました」

「冴子だって、一線を越えたからってあの娘と二度と普通に関われないとかそういう訳でもないでしょ」
「まあ…そうですね…多分」

最後の方は消え入りそうなトーンである。
おそらく家出した時点で、後の事はどうなっても仕方ないと冴子なりに覚悟していたのだろう。

「あの…その事でちょっと、お伝えした方が良い事があって」
「…何?」

ようやく冴子は我に返ったのか、机上に置いていたグラスを私の所まで運んで来る。
私はそれを受け取りつつ、冴子に隣に腰掛けるよう促した。冴子は素直に従う。

今日の冴子は、カットソー素材の黒のルームワンピースの上にベージュのシルクニットボレロを羽織っている。リラックスした着心地の割には見た目ちゃんとして見える恰好だ。
しかも最近は胸の変形を気にしてか、いわゆるナイトブラの類を身に着けるようになってもいるので、私とは対照的と言って良い。

「あ、いや…やっぱり、いいです」
「あの娘の事でしょ?…」
「………」

冴子は下を向いて、考え込んでしまっている。

「さっき言った通りだけど、あの娘と何しても、冴子のやりたいようにすれば良いから」
「………」

冴子は顔を上げない。止めようがないから知らないと言われているのだと、思っているのかもしれない。

「…その、容子社長に、頼まれて……でも私、きっぱり断れませんでした」
「……」
「それが、自分でちょっと嫌で」
「なんで?」
「…だって」

冴子が泣きそうになりながら顔を上げたので、私は余裕の表情でグラスを傾けた。
そう、冴子は大事な事を一つ忘れている。

「…でも、家出したのは嫌に思ってない訳でしょ?」

言い終わらないうちに可笑しくなり過ぎて笑い声が漏れてしまった。
正直グラスを持っていられないぐらいに、大笑いしてしまって、自分でも意外だった。

冴子は顔を真っ赤にして再び下を向いてしまう。
私はかろうじてグラスの中身をこぼす事なくサイドテーブルに置く事ができた。

「ねえ、冴子」
「……」

冴子が顔を上げないのでその表情を軽く覗き込むようにしながら語りかける。

「…容子の事を見ていれば、わかると思うけど」
「…?」
「そもそも貞淑なんて、冴子には似合わない、そういう事」
「でも……」
「貞淑という言葉は辞書にない、けど周りに自分を認めさせている、その実例が容子でしょ?……冴子も、どちらの側かと言われれば、そっち側だという事よ」
「そう…なんでしょうね」

私は冴子の傍に近づいてその肩に腕を回した。

「…私の事、気にしてくれてるんだと思うけど…大丈夫、もうそんな小さい事は気にしないから」
「……」

冴子はおそらく、元来性欲と心の部分を割と切り離して考える事のできる娘なのだと思う。
ただ、過去の経験上身体目的の恋人に振り回された記憶から、不誠実な付き合い方には嫌悪感を持っているのだ。

冴子は自分なりに、私に対して誠実であろうとはしているけれど、性的な部分ではその限りではない。
でも、逆に身体の関係があったからという理由だけで、心の部分までもが染まってしまう娘でもない、私にはそう思えるのだ。

「家出はしたけど、現状帰ってきてるしね」

笑いを含んでそう言うと、冴子は「その事は、言わないでください」と本気で恥ずかしがっている。
この所攻めやテクニックに磨きがかかって事の最中に畏怖すら覚える娘が、今こうも恥ずかしがっているのが信じられないぐらいのギャップで。

「…ゴメン、でも本当に悪いと思ってるなら……私の、」

私の…事も大事にしてね、と言おうと思ったのだが、冴子に語尾を食われてしまう。

「勿論です」

言うが早いか私の胸元に飛び込むようにして押し倒してくる。

「何、急にガツガツしちゃって…」

本当に可笑しくて、また笑ってしまう。
冴子はそれが面白くないのか、身体を密着させながら、「お姉さまの事は、本当に…大事です、だから」と切羽詰まった口調で迫ってきた。

「…じゃ今日も、気持ち良くしてくれるんだ?」

つい試すように尋ねてしまう。でも冴子はそんな事気にも留めなかった。

「そんなの、当たり前です」

長くて深いキスをしてから、冴子はローブ越しに私の全身を愛撫する。
指先で軽く触れるように、胸の先端や内腿、腰や背筋に至るまで、丁寧かつ執拗に撫で回すのを止めない。
さっき一瞬あんなにがっついていたはずなのに、よくこれだけの集中力をもって、焦らすような愛撫ができるものだと感心してしまうほどだ。

「冴子…気持ちいい」
「……」

一見すると実に真面目に愛撫に集中しているように見えるけど、その実冴子自身も昂っているに違いない。

…冴子も興奮してるんじゃない?と視線で問いかけるが冴子は小さく首を左右に振った。

「お姉さまを、もっと…気持ち良くさせたいんです、だから私の事は…いいんです」
「嘘ばっかり」
「…嘘じゃ、ないです…」

また可笑しくて笑うと、冴子は急にむきになってローブを暴き私の脚の間に指先を滑り込ませてくる。
けれどもすぐに自制心を取り戻したのか、一気に秘部を貫くような事はせず、指先を使ってちょこちょこと花弁を弄ぶようにしながら、露出した乳首に唇を這わせてきた。

「あ……っ」

身体が自然に弛緩して、はしたなく脚が開いてしまう。
そのわずかなスペースにうまく膝を進めながら、冴子は秘部のぬめりを指先で広げるようにしつつ大胆に動かし始める。

自分のものとは思えないぐらい、クチュクチュと卑猥な水音が聞こえてきて私は恥ずかしくなった。

「冴子、ベッドで…したい…」
「わかりました」

愛撫を一時中断した後、私たちはベッドへと移動した。
互いに身に着けているものを全て脱ぎ捨て、私が仰向けに横たわった所で急に冴子が私の股間に顔を埋めてくる。

「っん、あんっ、…はぁん」

羞恥で切れ切れの喘ぎが、徐々にねだるような、媚びるような嬌声へと変化してしまう。

「あんっ、冴子…気持ちいいぃ」

私の言葉に冴子は、呼吸をもって反応する。
鼻から漏れる、溜め息のような呼吸がそれだ。
自分自身の興奮を、深い呼吸で制御し集中力を保つのだ。

でも私は知っている。
実は深く呼吸する事は、より深いオーガズムへの近道だという事を。

激しさの中にある絶頂は言わば鋭利なオーガズムだ。それはそれで一つの到達点ではあるが、冷めるのも早い。
一方膣内の奥深くで感じるオーガズムは、一見穏やかだけれども、逃れられないぐらいに深く沈むように、心も身体も長時間捉えて離さない。

冴子はこの年齢にして既に、これらの違いを知っているし、どうすれば他者のそれを引き出せるのかも心得ているのだ。
だから深く呼吸する冴子を見て、私は間接的にだが強烈な卑猥さを感じてしまう。

この心の動きに伴い、無意識のうちに秘部からはとめどなく淫蜜が溢れ出てしまっている。
冴子はわざと、下品な音を立ててそれをすする。

「あ、やんっ、それ…だめっ」

ダメだと言ってそうですかと止めてくれるはずもなく、むしろそれはもっとという意味なのだと伝えているようなものだ。
冴子はあえてそのリクエストを無視し、丁寧な舌使いで花弁の上部にある萌芽を転がしてきた。

「…んっ、あぁっ」

その舌使いはあまりにも柔らかく、もどかしさにどうにかなってしまいそうだ。
欲しい気持ちが膣壁を収縮させ、これでもかと淫蜜を垂れ流す。まるで生理が始まったのではないかと勘違いするぐらいに。

「凄い、お姉さま…ぐしょぐしょ」
「そ、そんな事、しながら…喋らないで」

冴子は従順に言葉を止めて、力強く私の両脚を広げて押さえつけるようにしつつ、手を伸ばして胸を愛撫する。
このまま一度達してしまいたいという欲望が押し寄せてきて逆らえない。

「冴子…イキそう」

今日の冴子は視線で「いいですよ」と答えた。
時としてそれを許さず愛撫の手を抜いて、徹底的に焦らす事もあるのだが、今日は違うらしい。

半乾きの髪が揺れて肩口に貼りつく感覚に、改めてまだ食事も摂っていないのにこんな事を始めてしまったと後悔したが、もう遅かった。

「冴子のも…触りたい」

そう訴えると、黙ったまま冴子は身体を反転させ私の顔をまたぎ腰をゆっくりと落とした。

いつものように、冴子の秘部に唇をあてがい右手も使って弄りながら、冴子の口淫を受け止める。
左手ではさりげなく冴子の胸に触れて、軽い愛撫を施すが、実は私は冴子の胸を愛撫するのがけっこう楽しみなのだ。
いや…冴子と交わる人間の中で、それが楽しみでない者など居るはずがない。

案の定冴子もしっかり濡らしてくれているが、冴子の施す口淫の精度に大きな変化はない。
もしかすると本人なりには乱れているのかもしれないが、それさえも相手を悦ばせる技術のうちに入ってしまっているのかもしれない。

この態勢になると、お互い口を塞がれているのをいいことに、遠慮なく声をあげる事ができるようになる。
でも、冴子は「お姉さまの喘ぎ声をちゃんと聞いていたい」と言って、しょっちゅう腰を上げてしまうのだ。
だがそれも、背筋を反らして女豹のような恰好をするものだから、こちらとしては眺めているだけでも興奮してしまう。

「……っ、んっ」

冴子の指先が、膣内の一点を的確に撫で始める。
緩やかな刺激だが、私の身体はそれをきちんと捕らえ官能として享受する。

「んあ…ぁっ、あぁ…」

いかに感じているか教えるように、冴子の秘唇で自身の唇を塞いだまま声を漏らす。
声がこもるのを冴子が嫌がって腰を上げれば、すぐ離れていく程度の弱弱しい力で塞いでいるにすぎないのだけれど。
つまりその判断は冴子に任せているという事だ。

冴子は腰を上げる事なく、私は冴子の身体に押さえつけられたままで絶頂した。
私の痙攣する身体を、まるで冴子は包み込むようにして身体を密着させている。

溢れ出る淫蜜を余すことなく吸い尽くし、達した事などなかったかのようにその証拠を消し去っていく。

…そう、私の絶頂はこの時「なかった事」になるのだ。
だからまた、冴子の愛撫を、身体を、口淫を求めるし、次もまた初めてのように絶頂する。
何度でも喘ぎ、感じて…そして達する事を許される特別な時空に入り込んでいくような、そんなループ状態に私の身体は溶け、堕ちていくのだ。
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