お姉様に夢中なはずなのにその他の誘惑が多すぎます

那須野 紺

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煙草

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離島への四人旅行二日目の朝、ホテルの朝食にて梢さん達と遭遇した。

挨拶もそこそこに、二人してガツガツ食べている所を見ると、どうも昨日は夕食も摂らずに睦み合っていたのではないかという疑惑でいっぱいになる。

食事はバイキング形式の為、一人で席を立った梢さんを捕まえてそれを問い質すと、「その通り」と恥ずかしそうな答えが返って来た。

「…大丈夫なんですか、そんなで」
「ねーホントこっちはイイ歳して情けないよ」

そう言いながらも、梢さんは「…でも度合の問題だけじゃないの?新婚気分のそっちだって似たようなもんでしょ」と反論してくる。

「食事はしてますよ」
「ふーん、でいつするの?」
「何をですか」

梢さんは時間を惜しむように皿を片手に料理を取りながら、何気なくそんな事を尋ねてくる。
私はそんな梢さんに張り付くように歩いて話を続けた。

「いつ、って…?」
「私たちは今日これからでも大丈夫だけど」

そこまで聞いてようやく何の話なのか理解し、私は梢さんの肩をひっぱたいた。
「いてて」と梢さんが身体を斜めに傾ける。
同時にかなり遠いが食卓用テーブルの方から晴香ちゃんの強烈な視線を感じ振り返ると、思った通りじっとこちらを見つめていた。

…こ、怖いよ晴香ちゃん。
私は慌てて叩いた場所を形式的にさすりつつ、苦笑いするしかなかった。

「真面目な話、帰る前の晩とかじゃしんどいかもしれないよ」
「……」
「変な意味じゃなくて、身体の為にも昼間の方がいいんじゃないかと、個人的には思うけど」

スクランブルエッグと焼き鮭、更に唐揚げという組み合わせが並ぶ梢さんの皿の、ジャンル不統一感と言いタンパク質重視過ぎるチョイスと言い、突っ込みたい気持ちにはなったけど、今はそれどころではない。

「…昨日だってその、こもりきりだったんですよね?せっかくなんだからマリンスポーツとか色々、やってみたい事もあるんじゃないですか」
「…うーん」

梢さんが次に取ろうとしているのは小鉢の納豆のようである。
これで主食は白米なのかパンなのか、全く想像がつかない。

「晴香たんとの初めての旅行だしね、そういうのは諦めているというか」
「は?」
「晴香たんがそれよりも…ってなったら私は従うだけだからさ」

一瞬、それが卑猥な話であるとは思えないぐらいに明るい調子で言われるけれど。
…それだと、さすがに一歩も出してもらえないという事まではないにせよ、何かのきっかけで晴香ちゃんがその気になるか、もしくは苛立って仕置きを断行するとなれば即応じるという事なのか。

どういう主従関係なんだと謎が深まるばかりだが、それでも梢さんの言う内容には理屈が通っている気がした。

「……」
「いいんだよ、マリンスポーツとかそういうのは別に今回でなくたってできるんだから、だけどあっちに次回とかそういうのはないでしょ?」
「…そう簡単にはないんでしょうけど」

どれだけそれを楽しみにしているのか、梢さんは。
その図太い精神性は少し分けていただきたいぐらいである。

「…じゃあさ、適当に私たちが乱入するって事でも良いのかな」
「それはちょっと待ってください」
「じゃ、いつにするか決めてよね」

おかしい。何故そうなるのか。
と言うか部屋に嗅ぎをかけていれば物理的に乱入される心配はないのだけど、その事を私はすっかり失念しており大いに焦った。

「い、いつまでに決めればいいんですか」
「そうだなあ、じゃこの朝ご飯の時間が終わるまでに教えてよ」
「……わかりました」

取る物もとりあえず私は和食コーナーから適当におかずを取り、食卓テーブルへと歩を進めた。
そこで合流した美咲さんにそこまでの顛末を話すと、「それもそうね」と美咲さんは思案顔になる。

「じゃさっさと済ませちゃおうかな…今日の夕方、早めに夕食を済ませてからって言っといて」
「今日ですか」
「うん、もやもやする時間が長いよりいいでしょ、多分」
「…はい」

美咲さんの口調も、まるで業務上の相談ごとに答えるかのようで実にあっさりしていた。
いちいち声をかける必要もないと思い至り、私は梢さんのスマホにその事をメッセージで送った。
「オッケー」という一言だけ返答が来たけど、ノリが軽いので私だけがどんどん沈んでいくような気持ちになる。

「冴子」
「…はい」
「本当の事教えてあげようか」

美咲さんの箸の進みは地味に遅い。これはいつもと全然違っていた。

「多分、冴子以外の全員はその場の冴子がどうなるか、考えるのも怖いぐらいにびびってる」
「……」

どうして、とは聞く事ができなかった。
記憶にある唯一のヒントは晴香ちゃんとの三人での交わりだったけど、私は何の躊躇も違和感もなく、しかもそれなりに興奮して適応できている。

はっきりと具体的に考えてはいないけれど、私がこれからの行為に怖がっているのは、正に自分がどうなってしまうのか、それを考えるのも確かめるのも怖い、という事に尽きる。

だから美咲さんの指摘をおかしな事だとは思わなかった。
ただ、私以外の人が何を考えているかなどという事は想像もつかない。

美咲さんは少しだけ周囲を気にするように視線を巡らせてから、私にだけ聞こえるギリギリの声の小ささで囁いた。

「結果三人がかりで冴子を、って事になるかもわからないけど、その時は許してね」
「……」

自分でも、かっと顔に血が集まるのがわかった。
…私がみんなのいやらしい妄想の標的にされてるの?
まあ考えてみれば三人それぞれと何らかの性的接触の経験があるのはこの中で私だけなんだけど。
だからと言って「びびってる」は言い過ぎではなかろうか。

もう、それならそれで確かに美咲さんが言うように、さっさと済ませてしまっても良いやという気になってきた。

本来であれば今日は、朝食の後出かけるか、それとも気分によっては部屋でまったりと過ごすか、決めきれてはいなかったけど。
でも、ずっとホテルにこもりきりというのも寂しいから、午前中は島を散策がてら見て回りたいと美咲さんに伝える。
「うん、じゃそうしよう」と美咲さんは快諾してくれた。

当然の事だが夕方までは梢さん達と別行動を継続する。
夕方までの間を二人がどう過ごすかについては、もう考えない事にした。
呆れるような過ごし方をするかもしれないけど、それを知った所で咎められる立場でもなし、第一それもまた旅行の過ごし方として、間違っているなんて事ではないのだから。

*-*-*-*-*-

青空の下で美咲さんと手を繋いで散策していても、夕方以降の事を考えると気が散ってしまう。
私はその度に、きゅっと強く美咲さんの手を握ってしまっていた。

美咲さんは気付かないふりで、でもかわす事もしないで私の手を握り返してくれている。

ふとした時に男性の視線を感じたり、明らかに地元でない観光客の人から声をかけられそうになったりして、そういう意味では離島と言えども人の態度は変わらないか、むしろ強気になっているのかもしれないなんて事も思ったりする。

散策の道すがら、ウォーターアクティビティに興じる観光客の様子を海岸から少し眺めたりもした。
鍾乳洞があると言うので、ほんの少し覗いてみたりなんかもした。

その後は、ランチを挟んでホテルのエステを利用する事にした。
海泥とソルトスクラブを用いたコースがあったので、それを使ったボディトリートメントを受ける事にする。
…別に、今夜梢さん達に裸を見せるからとかそういう事を気にした訳ではないのだけれど、美咲さんに誤解されそうでちょっと躊躇しつつ、それでも受けてみたい気持ちが勝った、という面倒くさい心中の葛藤があったりした。

「じゃ、私も同じやつを試してみようかな」と美咲さんも全く同じコースを受ける事になり、それに対して私は今晩見るであろう美咲さんの裸を想像して軽く緊張してしまった。
人には想像して欲しくないと思いつつ、自分は実に勝手である。

旅先だから、やっぱりそれなりに疲労も老廃物も蓄積していたようで、施術を受けている間は割とうとうとしていた時間が多くなってしまった。
この地域独特の海泥&ソルトスクラブの施術に入ってやっと覚醒してきたけれど、オイルトリートメントの辺りはあまり記憶がないぐらいにがっくり落ちてしまっていた。

セラピストからは「お休みになるのもまた贅沢の一つですよ」と笑顔で言われたけれど、慣れない場所、相手であるにも関わらずがっつり眠ってしまった事自体は少し申し訳なかったと思う。

肌は文字通りピカピカのツルツルになった。
元の状態もそこまでごわごわとかざらざらしてた訳ではないと思っていたけれど、施術を受けた直後はやっぱり違いがわかりやすい。
嬉しくなり私は「ありがとうございました」と服を着て個室を後にする。
美咲さんも同じように個室から出てきたんだけど、顔からして明らかに若返ったのかと見間違えるぐらいで、変に過剰なリアクションを取らないよう注意するのが大変だった。

終わってみれば美咲さんよりセラピストの方が何故かにこにこしているし。
…その所為で、ただのトリートメントなのに美咲さんの全身を撫で回したそのセラピストに軽く嫉妬心まで芽生える有様で。
癒しのひと時のはずが、あっという間に自分の心の狭さにがっかりしてしまった。
どうにか気持ちを立て直して、とにかく美咲さんが更に美しくなり本人も満足しているのだからそこを喜ばねばと自分に言い聞かせる。

「…あんなに胸とか揉まれると思ってなかった」

サロンを出てから美咲さんがぽつりとそう呟いたので、私はぎくりとした。
確かにそういう施術もあった事はあったのだ。
美咲さんは「はぁ」と物憂げな溜め息を吐いてから、「…冴子も同じように胸とか揉まれてるのかと思うとその場でそわそわしちゃったよ」と自戒するようにこぼす。

「……」

なんだ同じような事を考えていたのかと思い、私が言葉を探していると、「しょーもない事考えてるって思ってるんでしょ」と美咲さんは自虐的に続ける。

「そうじゃなくて、なんか似たような事考えてたんだなと思ったので」
「…あ、そうなの?恥ずかしいとか思ってたのに損した」

美咲さんは少しだけ頬を膨らませたけど、最終的に二人して笑いながら、仲良くオーシャンビューのスイートルームへ戻った。
笑いながら、今夜起きる事についてはもうあれこれ考えるまいと心に決め、それからは早めの夕食もすごく楽しむ事ができた。

二人でもう、当たり前みたいに手を繋いでレストランから客室に戻り、四人で集まるついでに…と言うよりもシラフでいるのがいたたまれなくて、私は美咲さんにルームサービスでお酒を頼もうと持ち掛けた。
「いいわよ」と言う美咲さんと二人でソファに並んで座りながら、部屋備え付けのドリンクメニュー表を確認していく。

泡盛を使ったカクテルメニューというのがあって、この中から一つずつ選ぼうという話になった。飲んでいる間におそらく梢さん達も集まってくるだろう。

私は梢さんに「部屋でお酒飲んで待ってるよ」というメッセージを送ってから、ブーゲンビリアをイメージしたと言うピンクのグラデーションカラーのカクテルを選んだ。
美咲さんはだいぶ悩んでから、ティーリキュールとグレープフルーツジュースを使ったすっきり系の泡盛カクテルを選んでいた。

運ばれたカクテルを、色が綺麗だの飲みやすいだのとコメントしながらゆっくりと楽しんでいると、徐々に酔いが回ってくる。
「一杯全部飲まなくても大丈夫よ」と美咲さんに言われて、私はあまり調子に乗らないよう注意しつつ、少し体内アルコール濃度を薄めるつもりでジンジャーエールも飲んだ。

…徐々に眠いような感覚に襲われて、なんとなく美咲さんの肩にもたれるようにして、時々気が向いたら顔を美咲さんの方に向けて軽いキスをねだったりしていると、部屋の扉がノックされ、同時に私の携帯にもメッセージが着信する。

「来たみたいね」

ソファに私を残したまま美咲さんが扉に向かった。
私は身体が柔らかくなったような心地で、少し背中を丸めてみんなが来るのを待つ。

「お邪魔しまーす」という梢さんの間延びした声が遠くに聞こえて、三人がこちらに向かってきた。

「…すっかり空気が出来上がってるんですけど」

梢さんはそうぼやきつつ、ローテーブルを挟んで私たちと向かい合う位置に据えられた三人掛けソファに腰を下ろした。
晴香ちゃんも「…どうも」と無表情気味に小さく呟いて、梢さんの隣に座る。不愛想に見えるけど、これは多分緊張しているのだろう。

「貴女たちも何か頼む?」

美咲さんが二人にメニュー表を手渡してから、元いた私の横に腰を落ち着けた。
梢さん達が寄り添ってメニューを眺めている様子を見ていると、何だか本当に二人は付き合ってるんだなあ、と今更のように実感する。

「…冴子ちゃんのそれは?」

梢さんに聞かれて、私と美咲さんはそれぞれ何を飲んでいるのか伝えた。
それから二人がまたひそひそと話しながらお酒を選んでいる様子をなんとなく観察してしまう。

梢さんはラフなTシャツ姿にハーフパンツ、晴香ちゃんはアウターにも着られそうな小花柄のガウンのような羽織り物をブラウジングして、ワンピース風に着こなしている。

顔まわりはメニュー表で隠れて見えないので、私からはソファに座る二人の下半身ばかりが目に入って、その膝が触れ合いそうになる様子だったりとか、細かい事にいちいち動揺しそうになる。

…顔と言葉ではメニューの話をしているのに、腰から下はそこだけで何か別の話でもしているのではないかという、よくわからない錯覚まで起こる始末だ。

私が二人の脚ばかり見ている事に気付いた美咲さんが、横から私の腕を掴んでくる。

「……」

メニューの検討に熱心な向かいの二人には気付かれないだろうなと思うけど、美咲さんの手がそのまま私の背中に回ってきて、私は軽く硬直してしまった。

「…何、見えないの?冴子」
「…え」

美咲さんがそっと指差した先には、メニュー表のすぐ下にギリギリ隠れていない所で梢さんと晴香ちゃんが腕を絡ませて更に手も握り合っているのが見えた。

…何だかものすごく親密な感じがするし、あの超絶どSの晴香ちゃんが、こうも簡単に人前で恋人と腕やら指やら絡めちゃったりして、貴重な物を見た気もするし、そもそも美咲さんに言われるまでそれに気づかないぐらい私が二人の下半身ばかり凝視していた件も微妙に恥ずかしい。

二人は本当にメニューを選んでいるのだろうか、あんまり検討が長いので疑わしくなってきた頃になってから、ようやく二人はそれぞれの注文を決めたようである。
梢さんは泡盛とブルーキュラソーを使ったカクテルを、そして晴香ちゃんはノンアルコールカクテルからフルーツがたっぷり飾られたものを選んでいた。

やっと二人と顔を見て話ができるようになったけど、メニュー検討の名残のまま、二人は絡めた腕をほどかないでそのままくっついている。
私は思わず「なんか…新鮮だよね」と呟いてしまった。

梢さんは「え」と返しているけど、晴香ちゃんは顔を赤くしてうつむいている。
…それでも二人は腕をほどこうとはしていない。

「い、いつでもしてる訳じゃないからね、今日はその、限られた人しかいないから」

梢さんがぎこちなく釈明するんだけど、それもまた聞いているこちらが恥ずかしくなる勢いだ。

「…と言うよりもさ、冴子ちゃんこそ」

梢さんが目を細めて私たちを見やったので、私は自分と美咲さんの状態を改めて思い出した。
ソファに背を預けて寛いでいる美咲さんの右腕は私の背中に回っているし、私は私で先ほどまでの戯れの名残で美咲さんの肩に軽くもたれるようにしなだれかかっている。

「……」
「まあまあ、そのままで結構ですよ」

私がぴくりと顔を起こそうとしたけど、先に梢さんに止められてしまった。

…あれ?
部屋に何故か煙草の臭いがしたように思うけど、晴香ちゃんは別として他の三人は喫煙者ではないはずだ。
煙の出所を探して横を見ると、私の左側に座る美咲さんの左手に、なんと火のついた煙草が挟まれているではないか。

「…あの、それ」
「…うん」

いつの間に火をつけたんだろう、右手は私の背中に回したままだったように思うのに。
それどころではない、美咲さんは喫煙者だったのか。驚きを通り越して衝撃だが、美咲さんもそれをわかっているのか、逆に何も言わずにいる。

「…ごめん、すぐに消すから」

美咲さんは晴香ちゃんに向かって詫びているようだった。
19歳の晴香ちゃんはお酒も煙草もNGの年齢である。
晴香ちゃんは構わないといった様子で小さく首を横に振る。

…私の横に座っている美咲さんは、割とぴったり目の黒いTシャツに、くるぶし丈くらいのセンタープレスが入った、分類上はカーゴパンツ風のダークグリーンのボトムスを身に着けている。
そういう、ちょっとマニッシュな恰好でソファにもたれて片手に煙草を挟んでいる姿はもう、大人の女性そのものという強烈な魅力に溢れ過ぎていて、もはや異彩を放っているのだ。

「…って、吸う人だったんですね」
「たまにね」

嘘ばっかり、私と暮らしている中で煙草を吸っている所など一度も見た事なんてない。

私はキャバクラとかスナックへ行った事はないけど、美咲さんの様子を見ていると、ちょうど大人の男性がそうしている場面を容易に想像できる気がする。
それでもはっきり美咲さんは女性なんだけど、それでいてこれだけ様になって見える人が、他にどれくらい存在するだろうか。

たくさんいるかもしれないけれど、少なくとも私の知る限りでは、せいぜい亜里沙さん?ぐらいしか、それが様になるかもしれない人を連想できなかった。

煙草の煙そのものは勿論空気が汚れて宜しくないんだけど、これは仕事モードの美咲さん以上に渋すぎる姿で、正直言って私のツボだ。
昔はけっこう吸っていたのだろうか、久々に吸っている割にはやはり煙草の扱いに慣れている。
…そういうのは止めてる期間の長さには関係ないのかな。

程なくして梢さん達二人分の飲み物が部屋に運ばれてきて、それの対応は雰囲気的に察したものがあったのか、梢さんが自発的に行った。
私たち同様「わー綺麗だね」とか「美味しい」とか、二人は二人ではしゃぎながら飲み物を楽しんでいた。

美咲さんはあっさりと灰皿に煙草を押し込んで、それきり吸うのを止めてしまう。
…なんか、もうちょっと見ていたかった気もするが、勧めるのもおかしいし黙って美咲さんばかり見ていた。

「…そんなに変だった?」

私が美咲さんの喫煙姿をとにかくガン見してしまっていたので、美咲さんは軽くソファに座り直しながら尋ねてくる。

「…いえ、全然そういう事じゃないです」
「あ、そう」

言ういながら美咲さんの右手が少しだけ強く私の腰を引き寄せた。
それ自体には少しドキドキするけど、今はもう美咲さんが煙草を吸うという事実とその姿の渋さと、それから銘柄は何なんだろうかという事など、それらの情報が頭の中に充満していて他の事はあまり考えられない。

ただ、その時美咲さんが緊張した心を落ち着かせるかのようにハーと長く息を吐いたので、瞬間的に私は事態を理解した。
美咲さんは美咲さんで、これから起こる事に対して緊張していて、それを和らげようとする一環で煙草を吸ったのかもしれないと。

私は少しだけ身体を前に傾けながら、ピンク色のカクテルのグラスから一口分だけを喉に流し込んだ。

美咲さんは、よく見ると寛いでいるというよりもぼんやりと何かを考えているような、それとも特に何も考えていないような、そんな様子だ。
ただ確かめるように私の背中に回された腕だけは温かくて、しっかりと存在を感じる。

「……」

見れば梢さんのお酒のグラスはもうほとんど空いている。
梢さんは、お酒が強いと言うよりも酔うとただでさえ激緩の貞操観念やモラルが更に崩壊して手が付けられなくなるというイメージだ。
だから普段は皆、本人の思う通りには飲ませない。

晴香ちゃんは梢さんのそういう体質を理解しているんだろうか、心配だ。
まあこの状況の場合はそれはむしろ望まれる所なのかもしれないんだけど。

「…でさ」

梢さんが身を乗り出して私に尋ねてくる。

「…はい」
「ここ、いっぱいベッドあるじゃない?どこ使えばいいのかな?」

またしても、およそ性的な内容を尋ねているとは思えないような明るい調子で言われてしまうので、私は一瞬答えに窮する。
そうして答えるタイミングを逸してしまったからか、梢さんは背筋を伸ばして背後を振り返り、「広すぎるんだよね」などと呟いていた。

美咲さんが「サブのベッドルームにしたら」と私に囁いて来たので、それを梢さんに伝えると「どこだっけ」などと言いつつ一人で部屋の奥へと消えてしまう。

「あ、ちょっと」と晴香ちゃんが立ち上がって、多分偽竿か何かが入っていると思しきポーチを片手に持ち梢さんを追いかけていった。

「…あの」

取り残された私は焦って美咲さんの方を見るけれど、美咲さんはぼんやりしたまま「大丈夫よ」とだけ言ってすぐに動こうとはしなかった。

「冴子…ある?」

そうだった。今回性具の類は全て私のキャリーに収めて来ているし、使用後も私が預かっている。

出発前に美咲さんは大丈夫だと言ったけれど、それでも性具の入ったキャリーなり手荷物に、美咲さんの名前が入ったタグを貼られてX線検査を受けるという状況がどうしても嫌で、性具の類は全て私が持ち運ぶ事にしたのだ。
万が一、いやそれよりはるかに低い可能性だけど、荷物に何事かあったり、飛行機に何事かあったりして美咲さんの荷物が改められるような事があった際に恥をかかせたくない、と思うのだが美咲さんは「アメリカ行くんじゃないんだから」と笑い飛ばしていた。

その性具があるのかと、美咲さんは聞いている。

「はい」

私はソファを立ってそれらをしまっているキャリーの中をあさり、やはり小型のポーチに収めたそれを美咲さんに手渡した。
それを受け取ってからようやく美咲さんはソファから背中を起こして立ち上がる。

「行くわよ」
「……」

美咲さんはさっきまであんなに気だるそうにしていたのに、もう私の手を引っ張ってサブのベッドルームへと歩き出している。
何だかいつもこんな感じだなと思いながら、私は引きずられるように美咲さんの後を追った。

先に移動していた梢さん達は「私たちの部屋のベッドも大きいけど、こっちの方が更に大きいかな」などと楽しそうに喋っていた。

賑やかな雰囲気のはずなのに、急に氷点下の風が通り過ぎるかのように生まれた一瞬の静寂の中で、美咲さんが一言「二人で始めたら」と呟く。
その時梢さんと晴香ちゃんは同じ一つのベッドに座って話をしていたので、美咲さんの言葉を聞いてそのまま「そこで始めろ」と言われた意味を理解したのかしていないのか、二人とも同じように固まっている。

そんな二人に構う事なく、美咲さんはもう一つのキングサイズベッドに歩を進めて自分の座った隣に私を座らせた。
そのまま、固まっている梢さん達を無視するようにベッドの上に私を押し倒しつつ、眼鏡を外してサイドテーブルに置く。

私からすればよく見るいつもの流れだけど、まるで他の二人は関係ないとでも言うような勢いで普通に始めようとしているので、それで良いのかと私は悩んだ。
そもそも四人で交わる正しいやり方なんて知らないんだけど。

「大丈夫」

そんな私の不安を察してか、美咲さんはそれだけ言うと私に覆いかぶさるようにして身体を密着させ、擦りつけるように唇を重ねてきた。

「…んっ」

美咲さんの下敷きになっているので、私から彼方のベッドの状況はよく確認できない。
でも、どうせこの空気になってしまえば二人も同じように始める事だろう。

美咲さんが私の手首をベッドに押さえつけるように組み敷いてくる。
胸の前にあった私の両手は、肘を曲げたまま両サイドに開かれてシーツに埋まるように固定されてしまった。

「あ、ん……」

自由に動ける美咲さんは顔を動かし私の唇から頬、首筋へと唇を這わせていく。

…いいのかな、何も考えずに身を任せていれば。

わずかな迷いはなかなか消え去ろうとしないけれど、美咲さんの唇による愛撫で私の思考は徐々に削られていく。

そうして身体をもじもじさせつつ美咲さんの愛撫を受け止めていると、急に私の耳に梢さんの喘ぎ声とはっきりわかる「あぁん」という声が飛び込んできた。

…あ、そういう事かと私は納得する。
目で見ていなくても、わかるんだ。
誰が何をして、されているのかぐらいの事は。

梢さんの喘ぎ声が私にとって感度上昇のブーストになっているのと同じように、私の声もまた、彼女達にいやらしい盛り上がりを提供している事だろう。

気持ち良くて喘いでいるのが、同時に他者を煽る材料にされる、これはつまりそういう状況を楽しめという事なんだ。

「…冴子?」

美咲さんが一瞬何かを感じて私の顔を見上げてくる。
私は小さな声ではあるけれど、はっきりと「お姉さま…もっと、激しく」とおねだりしてしまった。

それを聞いて美咲さんは何とも返答しない代わりに、私がいつも着ているのと同じ部屋着用のワンピースの襟元を引っ張って、肩が剥き出しになるぐらいまで引き下ろしてしまう。
下着を着けていない胸が半分以上露わになり、きっとそこをしゃぶられると思うが早いか、美咲さんは私の首筋から舌を這わせて顔を下げて行き、乳首の先端をかぷりと甘噛みしてくる。

「ひぃあぁ…っあん」

美咲さんは私に、声を出させようとしているのかもしれない。
だったらできる限りご期待に沿うつもりで、私は派手に声を上げてから、「も…もっと」と美咲さんにおねだりした。

「なに急いでるのよ」と咎められ、私が言葉に詰まっていると、また唇にキスされる。

「ん……」

夢中になって美咲さんのツルツルの唇と舌を舐め回しながら、知らないうちに拘束の解かれた手を動かして美咲さんの後頭部と背中をかき抱いた。
美咲さんは私の身体に体重がかかり過ぎないように自分の身体を脾字で支えている。
その態勢を崩すぐらいの勢いで、私は美咲さんの身体を強く引き寄せた。
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