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それぞれの道

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秘書課への異動発令があった数日後、友紀が私をディナーに誘ってきた。

「冴子の、異動のお祝いに、明日あたりどう?」
「えっ…そんなの、いいよ」

定時も迫った時間帯、私たちはその時事務所業務にあたっていた。
私自身は、引継ぎらしい引継ぎもないし、特にいつも変わらない日々を過ごしている中だったけど、友紀にそこまでしてもらうのは悪いと思う。

「別に、単なる部署異動なんだし、そこまでしなくても」

そう付け加えようとしていると、友紀からこう切り出された。

「…私からも話があるのよ」
「えっ」

何だろう。結婚とか、退職とかだったらと思うとやたらと緊張してしまう。

「…大丈夫よ悪い話じゃないから」
「本当?」
「うん、だからお店いくつか考えといて」
「わかった」

私と友紀は、エントランスで従業員や客人を出迎える仕事をメインとしているため、業務中に私語を交わす事はほとんどない。お互いの近況などは、概ねランチかディナーの席で報告し合っている。
だからこの時の会話もそれだけで終わり、後はSNSで店リストでも交換するという流れがお互いの共通の認識となっていた。必要以上に長く私語は交わさない。

だが会話を終えた跡、友紀はなんだかにこにこしている。
地毛なのだと言う茶髪に色白の肌、少し青緑がかった瞳で微笑んでいる友紀の顔を見ていると、改めて綺麗だなと思い知らされる。確かミス・キャンパスにも選ばれた事があるんだとか言っていたっけ。

晴香ちゃんほど極端ではないが色素が薄く、それでいて健康的で明るい。正に美人の王道と言えるだろう。
友紀と晴香ちゃんは顔立ちこそよく似た姉妹だけど、晴香ちゃんがあまり笑わないのに対して友紀はよく笑う。行為としての笑いではなく、普段の表情がそういう印象だ。

友紀の話の内容は気になるけれど、まあそう構える必要はなさそうだし、仮に友紀が受付をこのまま続けるにしても、どうせ私は離れてしまう立場だし、何でも来いと思っていた。

*-*-*-*-*-

翌日私たちは定時終わりでその店へと向かった。
予約する暇がなかったので、気軽に入れて料理もおいしいイタリアン居酒屋に入る事にする。

美咲さんには昨日のうちに友紀とのディナーについては報告しておいた。美咲さんは私に「楽しんでおいで」という言葉をかけてくれた。
私が「あの、私の帰りは気にせず休んでくださいね」と念押しすると、美咲さんはやたらと笑いながら「ちゃんとお出迎えするわよ?…冴子さま」とからかって来て困った。
美咲さんは、恥ずかしがる私に抱きついてきて、そのまま「またいやらしい事考えてたでしょ」と図星を刺され、それから私の身体中をくまなく触って感じさせてくれた。
そんな事を少し回想しながら友紀とテーブル席に着く。

「明日もあるけど、とりあえず一杯目はね」

お互いにアルコールで乾杯する事にした。
ワインリストを眺めながら、美咲さんの部屋で飲んだあのスパークリングワインの銘柄を見つけて、友紀に「これにしない?」と提案する。
それは美咲さんが言っていた通り、手ごろな値段だった。

「何?それおいしいの?」
「うん、飲んだ事があるの」
「へー」

友紀は「怪しいなあ」という視線を向けてくるけれど、「じゃあそれにしよう」と乗ってくれた。

「冴子、最近やっぱりセレブとお近づきになったでしょ?匂うわよ」
「そ、そんな事ないよ…これだって安いし」
「…そういう事じゃないんだよなぁ」
「そ、それよりも友紀の話があるんでしょ?そっちが本題だから」
「あ、そうだったわね」

だから早く、と友紀に食事のメニューを手渡し、二人で前菜とメインを選んでいった。

カヴァでまず私の異動を祝して乾杯してそれを一口飲んでから、二人してほーっとため息を吐く。

「なんか、今日も一日終わったなって感じ」
「ほんとに」

「でさ、そうまで引っ張る内容でもないからもう話すけど」
「え」

こちらの心の準備ができていないのに友紀は構わず話を始める。

「私も異動だって、6月付で」
「えっ?!どこへ?」
「営業部」
「営業…」

まだ何も食べていないけど、友紀の発言を咀嚼するのに時間がかかった。

「でも、私実は営業部へ行きたいって、希望は伝えてたんだ」
「…そうなんだ」
「あくまでもいつか、って感じでだけど。でも、4月の異動予定の人が来られないんだか何か欠員があるみたいで、それでいきなりこうなったみたい」
「へー…あ、でも話してしまって大丈夫なの?私に」
「一応内密にとは言われてるけど、冴子だって異動するわけだし、どうせもうある程度の人たちはわかってるみたいだから、大丈夫だよ」
「そっか、でも良かったね」

私はよく知らないけど、きっと営業部界隈はばたばたとしているのかもしれない。6月などと中途半端な時期に異動をかけるのだから、何か緊急事態となっているのだろう。

「友紀だったらすごく稼げそうだね」
「そうだといいけどね、わかんないよ」
「でも、嬉しい…んだよね?」
「うん」
「じゃあ、とりあえず今はその事だけで十分、って考えないと…私も正にそういう心境だし」
「冴子の方がよっぽど大変そう」
「そうかなあ?」

すっかり話し込んでいる所へようやくオリーブの盛り合わせとオムレツが運ばれてきた。私たちの会話のペースが速いだけだけど、間延びして感じてしまう。

「で、冴子はどうなのよ?私の話はもう終わりだから」
「…え」

友紀は何か、勘付いているのだろうか。私は考える。
これまで私と美咲さんの関係について、私は誰にも話して来なかった。
ただ、袴田氏に嗅ぎまわるような真似をされて以来、美咲さんはもしかしたらこの関係について彼に匂わせたりしているのかもしれないと思う事もある。
何より、美咲さんと半同棲状態になってからというもの、これはもう隠しておくような事ではなくなっているのかもしれないと思うようにもなった。
一生懸命に隠すというよりも、隠さなくていいと思っているが言う必要がないから言わないだけ、という感覚と言うか。

私が黙っているので友紀は「あるわけね」と勝手に結論づけている。
友紀の口は堅い方だから、話す事自体が嫌なわけではない。でも、友紀にこの関係性を理解してもらえるかは疑問だったから、それがブレーキとなり私の口はなかなか開かないのだ。

「いや…無理に話す事ないけど」

私が思い詰めているように見えたのか、友紀は追求の手を緩めようとする。
友紀はおそらく『WS』アプリを知らないし、そして自分の妹である晴香ちゃんがそれに関わっている事も知らないのではないか。

「ううん…」

でも、私は話したかった。本音を言えば、いつだって、美咲さんとの事を自慢して歩きたいぐらいなのだから。そして友紀はきっと、私の報告を聞いても、引いたりしないでくれるという予感はある。
だけどそれを美咲さんと確かめ合った事はない。
美咲さんが、秘密の関係でいたいと言うなら私は従うし、そうではなくて私の好きにしたらいいと言うなら、友紀には話したい。
友紀とは違う部署に異動するから、というのも後押しにはなってるけど。

「友紀、ちょっと待ってて」
「えー?…」

私は、席を立って一旦外に出てから美咲さんに電話をかけた。
美咲さんはすぐに出て「どうしたの?今日食事会でしょ」と聞いてくる。雰囲気からして既に帰宅しているようだった。

「その、食事会の途中なんですが」
「何、急ぎの用でもあるのかな?」
「はい」

美咲さんとしては、ここで「帰ってからすぐにでもやりたいコスプレを準備しておけとかそういう話なの?」などと冗談でも言いたそうな様子だけど、今は私の態度を察してか、そのような事は言ってこない。

「あの、その…お姉さまとの事、友達に話してもいいですか」
「え?」
「…」

美咲さんが沈黙しているので私は緊張した。
だけど、すぐに美咲さんの笑い声が聞こえて、それがどんどん大きくなっていくから、私はびっくりしてしまう。

「…ちょっと、冴子ったら笑わせないでよ、あはは」

もはや笑い過ぎて泣きそうなぐらいに美咲さんは爆笑している。

「私には、笑い事じゃないです」

消え入りそうな声でそれだけ言うと、美咲さんは「あー、ごめんごめん」と気を取り直したようだった。

「冴子、やっぱり真面目すぎ…私とは違うのね」
「はぁ…」
「いや、私の事はさておき、好きな人や付き合ってる人の事、友達に話すななんて、言えるわけないでしょ?…」
「まあ…そうなんですけど」
「わかってるよ…冴子が何を気にしてくれてるのかはね」
「はい」
「でも、冴子なりにそういう心配をする必要のない相手なら、それは冴子が思う通りにすればいいんじゃないのかな」
「…」
「勿論、その人が冴子の事『錯覚してる』とか「遊ばれてるだけだよ』って思ったり言うかもしれないからね、傷つく事もあるかもしれないけど」
「はい」

「それでも聞いて欲しいって事なんだよね?その子に」
「…どうなのか、自分でもわかりません、でも多分気付かれていると思うので隠すよりいいかなとは思います」
「なるほど」

美咲さんは少しだけ迷ったような沈黙の後、「まだ話せる?」と尋ねてくる。私は「大丈夫です」と応じた。

「冴子、私から言う資格はないから黙ってたけど…将来の事、考えた事ある?」
「え…」
「私はもうそういう年齢いっちゃってるから、現実的な事を言えば、将来はきっと、冴子が私を捨てるのよ」
「…!」

美咲さんは何を言っているんだろう。
しかも、こんな飲食店の店の前で慌ただしく電話してきた私に、なんて重い言葉をくらわせるんだ。実に恨めしい。

「なんでそんな…」

涙が出そうになるがこらえなくてはいけない。

「聞いて、冴子」
「はい」
「客観的にはそういうパワーバランスなのよ、だから冴子が今している事も、考えている事も、誰もバカになんかしないって言いたかっただけ」
「…」
「でも、仮にそういう日が来たとしても、私と過ごした時間を冴子が振り返って、いい思い出だったなと思ってもらえるようにはやれてるつもりだから」
「…はい」
「だから冴子のやりたいように、やりなさい」
「わかりました」

電話は思いのほか長引いたけど、美咲さんの言いたい事はわかった。
私と美咲さんの間にある鎖は、実在はしていないけど、二人の心の中だけにあるという事なのだろう。あると思えば鎖は存在するが、ないと思えば瞬間的に消えもするし、永遠に消す事もできるという事だ。それは私一人だけでも、そう思えばそうなるのだと。

更に言えば、先に鎖を消す、または切るのは私の方だと美咲さんは断言した。それはショックだったけど。
でも現に私はそれを利用して、晴香ちゃんとの逢瀬に及んだ事にもなる。
美咲さんを都合良く利用しているのは私の方なのだ。しかも美咲さんはそれをもわかった上でこうして付き合ってくれている。
更に美咲さんほどの人が「それでいい」とまで口にしたのだ。

正直、私が言わせてしまった感もあり、後悔もしている。
…けど、あまりこのまま感慨に浸っているわけにもいかない。友紀を一人店に残しているのだ。

「…」

きっと、足りないんだ。私の本気を伝える力が。
美咲さんに、もっと本気を見せないと、きっと信じてくれないんだ。
確かに身分違いもはなはだしい関係だし、美咲さんが言うように本当にそのうち終わる関係性だったとしても、ほんの一瞬でも、いや今の私の時間のほとんどは、美咲さんを思う気持ちでいっぱいなんだから、それだけはわかってもらわなくてはいけない。

…何だか、美咲さんを気遣ってこの関係を隠していた事が、実は自分の保身だったと言われたようでもありショックはひとしおだ。
美咲さんは大人だから、これくらいの事でいちいち思い悩む事はないのだろうけど。

でもそれなら尚更、友紀にきちんと話しておこう。
びっくりされるだろうけど、それは事実なのだから。

「ごめんね、友紀…時間かかっちゃって」
「何、いちいち相談してたわけ?」

そこもお見通しか、と友紀の察しの良さに驚きながらも私は「そう」と答えた。
私が戻るのを待っていたかのように、あつあつの石窯ピッツァが運ばれてくる。今度はいいタイミングだ。
あまりに熱そうなので二人ともピッツァには手をつけずに話を続ける。

「…って事はやっぱり、私が知ってる人物って事だよね」
「うん、まあね」
「私、やっぱり冴子は社内の人と付き合ってるんだろうなって思ってるんだけど」

そこも鋭い。

「そういう事になるね」
「やっぱり」

友紀は、がっかりしたような溜め息を吐いた。
椅子に半分背中を預けて、少し天井を見るような姿勢で「はー」と呟いている。

「だから飲み会とか断りまくってたわけね」
「それは、全部がそういう訳じゃないけど」
「うん」

友紀は気を取り直してピッツァに手を伸ばす。マルゲリータの薄い生地は既に手に持てる温度になっているだろうが、上にたっぷりと乗ったトマトソースとチーズはまだまだ熱そうだ。
友紀は器用に一切れを取り皿に取る。

「そこまでは当たってるんだけど…多分この先は友紀もびっくりするかもしれないから、本人と相談してたんだ」
「ふーん」

友紀が、きちんとピッツァを口に運んである程度飲み込むのを待ってから話そう、と私はそのタイミングの事だけを考えている。
おそらく友紀は、私と袴田氏が怪しいと考えているのではないだろうか。
…だとしたら、さっきのあの感じはもしかして。
友紀が袴田氏に好意を持っているのかも、という推測がにわかに湧いてきた。

「もう、誰の名前が出ても驚かないから」

友紀はそんな事を言いながら、カヴァにも口を付ける。

「私、その人と今一緒に暮らしてるんだ」
「…そうなの?」
「うん、で…その人、友紀は信じないかもしれないけど、松浦部長なんだ」

友紀はグラスをテーブルに置いた態勢のまま、全く動かなくなってしまった。
それが数秒あってから、混乱を隠せない表情で、尋ねてくる。

「松浦部長って、あの松浦部長の事言ってるの?」
「うん」
「え?…冴子と松浦部長が、一緒に暮らしてるの?」
「うん」
「…なんで?」
「いや、その…縁があってと言うか何と言うか」
「一緒に暮らすって、その…付き合ってるって事なんだよね」
「多分」
「え…本当に?」
「うん、だからずっと黙ってたの、それに誰にも言わないで欲しい」
「言わない、けど…」

もうそれ以上の言葉は聞きたくない、と思っていると、友紀は「なんだ…そうだったの」と呟いた。そしてまた数秒沈黙する。

「…だから冴子は秘書課に行こうって思ったんだね」
「…うん」
「そっか、良かった」

良かった、にどういう意味が含まれているのか私にはよくわからなかった。

「食べなよ」
「うん」

私はピッツァに手をつけていなかったから、友紀が気にして勧めてくれる。友紀が何か考えているらしい間に、私はマルゲリータを口にした。
その味を噛み締めながら、おいしいと思うのと同時に、これを美咲さんと一緒に食べたいな、と無意識に思いつく自分に気付く。

「冴子はさ、誰かと付き合うと自分がだめになっちゃうみたいな事、気にするタイプだったのに、この所そういうのとは違う感じがしてたから、不思議だったんだ」
「うん」
「いい意味で、自分を変えようとしているし、冴子をそうさせるような人が現れたんだなって思って」
「うん」
「…松浦部長だったんだね」
「…そう、なんだよね」
「うん、納得した」

友紀は、私の相手が女性である事については何も言わなかった。その事はとてもありがたく、混乱しながらも友紀なりの賢さと言うか、人を分け隔てしない友紀らしい態度だなと思う。
だから念の為聞いてみたくなる。

「…変だと、思わないの?」
「思うとも思わないとも、言えないけど…」

友紀は、今度は考えながら慎重に言葉を発しているようだ。

「その、そりゃ、なんで松浦部長ぐらいの人が独身なんだろうとか、そういう疑問はあったし、冴子から聞いてあーそういう事なのかなとかも思うけど、それだけで何か断言できるわけでもないし」
「…」
「冴子だって、その…女の人は初めてなわけでしょ?」
「うん」
「だから、そういう事もあり得るって事だったらさ、松浦部長だって過去にどんな事があって今、これからどうなのかも、きっと誰もわからない事だし」
「…そうだよね」

私が妙に冷静に返したので、友紀は慌ててフォローする。

「違うよ?そういう意味じゃなくて」
「わかるから、大丈夫」
「…でも、今二人とも幸せなんだよね、だったらそれでいいんじゃないかなって思う」
「ありがとう」

美咲さんは私を「真面目」だと言うけれど、私からすれば友紀の方がよほど真面目だ。
恥ずかしいから出会いの経緯をごまかしてしまったけど、所詮私はいやらしい行為に誘われて美咲さんの性的玩具になろうとしたにすぎない。むしろそれを望んで出会った関係だ。
私と美咲さんを繋ぐ鎖、それもいやらしい交わりの中で生まれたものだ。男女で言えばセフレに毛が生えたような関係性と言えるのかもしれない。なのに友紀はそれさえも、いやそれは知らないからか、尊重しようとしてくれている。
そういう扱いをそのまま受け止める気になれなくて、私はついこう口走ってしまった。

「でも、エッチな事ばっかりしてるだけだから」
「…」

ちらりと友紀の表情を伺うと、嫌悪というよりも、友紀は少し興奮したように顔を赤く染めていた。

「…友紀?」
「私あんまり知らないけど…どんな事してるのか考えたら、ちょっと気になっちゃった」

言いながら友紀は笑った。

「友紀が知りたいなら、話してもいいよ」
「ほんと?…」

友紀は、好奇心を隠し切れない様子で食いついてくる。
その表情が、いつかどこかで見た、晴香ちゃんの表情に似ている気がしてどきりとした。

「普通に、キスとかもするんだよね?」
「うん、してる」

それだけで友紀は固まってしまうぐらい、緊張しているようだった。

「あの、大丈夫?…」
「大丈夫だけど…松浦部長と冴子がキスしてる所、想像したらやばいよね」
「何が?」
「…わかんないの?…困ったなぁ」

友紀の頭の中でどういう情景が再生されているのかはわからないけど、友紀は「やばい」と連発しながら、それでも元気にピッツァも食べたしワインも飲んでいた。

「あ、じゃあこれから松浦部長の部屋に帰るんだね、冴子は」
「…うん」
「そう考えると、なんか凄いなあ、そりゃ価値観も考え方も変わるよね」
「変わりたいけど、そんなに簡単じゃないよ」
「ううん、もう十分変わったよ、冴子は…だから異動も叶ったんじゃないかな」
「そうかな」

もう食事も終盤、あわやデザートというタイミングだったけど、私たちは改めてお互いの前向きな異動を祝して乾杯した。

「冴子、お互い頑張ろうね」
「うん」

そして友紀が改まって「それから、今日聞いた事、誰にも話さないから、安心して」とわざわざ宣言してくれた。

「ありがとう、でもなんか…秘書課へ行ったらばれるのは時間の問題という気もしてるんだけどね」
「そうなの?」
「いや、わかんないけど…」
「ばれても、きっと大丈夫だよ」
「…そうかな、でも一応気を付けるつもり」

そして、やっぱり気になる件を尋ねてみたくなって、私は友紀に聞いてみた。

「もしかして友紀は、袴田さんの事いいなって思ってるんだよね?」
「…それは、みんなが言ってる程度のね、あれだけ松浦部長に一途だと、誰も何も言えないよ」

友紀が乾いた笑い声をあげる。

「しかも冴子はその袴田さんとライバルって事でしょ?…それも凄い話だよね」
「凄く困る話だよ…普通に、戦意喪失するでしょ、あんな人が出てきたら」
「なるほど、でも実際は冴子が松浦部長と同棲しちゃってるんだから、勝ち誇らないと」

友紀にそう言われて、私たちは一緒に笑った。

「でも、まるで私が袴田さんの邪魔してるみたいで、微妙な気分なんだ」
「なんで?関係ないでしょ、それに…そんな危機感があるのなら、もっと必死で松浦部長を捕まえておかなくちゃね」
「それもそうだよね」

私はまた笑った。

「なんだか、妙に見せつけられちゃった気分だなあ」

友紀が冗談めかしてだけどそんな事を言うので、「じゃこの一皿は私が払うから」と、友紀にデザートプレートを勧める。

「じゃ遠慮なく」
「うんうん」

デザートプレートは700円だったけど、私にとってはもっともっと高いものでも出したいぐらいに、友紀の姿勢はありがたかった。
美咲さんとの事を、これだけ快く聞いてもらえた事、それの値打ちは私にとって到底700円で済ませられるようなものではない。

「ありがとう」

なぜか700円を払う側の私が、友紀に向かって頭を下げている。
そのチグハグな感じさえも可笑しくて、また自分で笑ってしまった。

適度にアルコールも回って、なんだか二人して笑ってばかりだった。
そんな中で「明日に響かないように」と、21時半を回った所でばたばたと帰りの準備をする。
会計も済ませて、残りあと何回かの「また明日」という挨拶を交わして、私たちはそれぞれの帰路に着いた。
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