15 / 15
明日は明日の風が吹く・・・
しおりを挟む
※※※
「ねぇ、オーブ。まだ起きてもいない未来のことを心配しても仕方がないから、成り行きに身を任せることも時には大切なのよ?」
かつてオーブより更に鮮やかな紅い髪を持った人は、先の心配事ばかり考えがちな弟子の自分にそんな話をしてくれたことがあった。
「明日は明日の風が吹くってね。」
そう口癖だった彼女が咲き誇る大輪の花のように笑う姿は今なお心から消えることはない。
※※※
「あれから三百年も経つのか・・・」
ずいぶん歳をとったものだと苦笑しつつ玉座の間にて呟くと、オーブの片腕にまで成長した実の娘でもある王宮魔法士団の団長シアが軽く首を傾げて不思議そうに声をかけてくる。
「おや、珍しい。陛下、考え事ですか?」
思えば、シアが自分を「母様」と呼ばなくなったのはいつからだったか?父親に似て癖のある短く刈り揃えた黒髪に紫と紺色のオッドアイを持つ娘を目を細めて眺めやる。
結局、長い人生を生きてきたがオーブの紅い髪に橙色と薄紅色というオッドアイは三人の子供たちには受け継がなかった。弟子であるマリウスは紅い髪の双子を授かったようだが。
「ちと師匠のことをな。思い出していたのじゃ。」
紫と紺色の瞳を瞬かせて遠慮がちに「それは大魔女アルバ様のことでしょうか?」と尋ね返してくるシアに、「そういえばシアには師匠のことを話したことがなかったのじゃ」と思い返す。
「ただの一度たりとも魔法でも剣でも勝てたことなどなくてな・・・。最期まで我ら弟子たちは師匠の首枷にしかならなかったのじゃ。」
それは自分を含める七賢人と呼ばれるもの全員に刻まれた悔恨という名の後悔の念。誰もが口に出さないだけで思っていただろう事実。
「まるで奇跡のように美しい人だったのじゃ。心も魂もな・・・」
オーブは語る。初めてアルバと出会った日のことを。
※※※
からからに乾いた痩せた大地。どこまでも続く広大な砂漠の中にわずかに残ったオアシスに囲まれポツンと存在する貧しい村。それがオーブの生まれ故郷だ。もう名前も思い出せないその村の唯一の教会に併設された小さな孤児院でオーブは育った。親の顔は知らない。
血のように紅い髪は不吉だと恐れられ、また常人と異なる橙色と薄紅色のオッドアイは見る者に恐怖の念を抱かせた。孤児院では話しかけてくるものもなく、オーブの世話をする者もいなかった。粗末なボロボロの薄汚れた服とわずかな食事ともいえない一日一食の不味い黒パンに具のないスープが出るだけという生活でよく生きていたものだと今更ながらに感心する。
ある年、日照りが続きとうとう村のオアシスが枯れ始めた時に村の誰かが言った。
「水の精霊様に生け贄を捧げよう」
「あの紅い髪の娘がよかろう」
水の精霊が清い心を好むのはよく知られたこと。本心は気持ち悪い忌み子を殺す大義名分が欲しかっただけだと今ならわかる。
そもそも水の精霊は人間の生け贄など欲しがらないし、むしろそのような真似をする人間を毛嫌いするのだ。
枯れ木のようにガリガリに痩せ細った幼いオーブに目隠しと白装束を着せ、縄で縛られてオアシスの前に作られた祭壇まで、村の大人たちに引きずられるようにして連れてこられたオーブは、その時初めて死を意識した。
恐怖に身を縮ませて、全身を震わせながらオーブは思った。
「あぁ、一度でよいからお腹いっぱい飯を食べたかった」と。
だが、運命はオーブを見捨ててはいなかったのだ。
冷たい刃がオーブの首にあてられる寸前、鈴を転がすかのような美しい声が辺りに響いた。
※※※
『その娘、要らぬというなら私が頂こう』
まるで雷に打たれたかのような衝撃とはこういうことを指すのかと、村人全てが一斉に跪くほどの圧倒的な何か。
美しい声だというのに聞くものに畏怖の念を抱かせる少女の声が耳に響く。
気づけば、他の村人と同じように地面に跪いたまま茫然と上空を見上げていた。目隠しが小さな妖精たちによって外されて、細い体を縛っていた縄が切られ自由の身になる。しかし、オーブは動けずにいた。
『精霊たちが騒いでいているから何事かと思えば、魔物よりたちの悪い醜い虫けらどもがいたわ』
精霊たちを周囲に侍らせて、宙に浮かぶその紅い髪の少女は侮蔑を込めた声音で村人に言った。
(この少女に逆らってはいけない)
そう本能が村人すべてに告げていた。
小さな妖精たちがくるくると踊るかのように少女の周りを包み込み、キラキラと輝く光を放って神秘的な光景を作り上げていたが、どんなに美しい光景であろうとも村人にとっては逆に美しすぎて恐怖でしかない。
そんな中、逆にオーブは不思議と恐怖が和らぐのを感じた。自分と同じ紅い髪を初めて見た驚きもある。だが、それ以上に、少女の瞳はまるで蒼天のごとく澄み渡る青い右目と豊かな緑を連想させる緑の左目。そう……オッドアイだったのだ。
オーブは今まで自分以外のオッドアイの人間を見たことも聞いたこともなかった。また紅い髪でも夜明け前の空を思わせる鮮やかで艶やかな髪は命の色をも彷彿とさせ、オーブとは全然違って見えた。
「天使様・・・?」
もしかして、人間ではないのだろうか?そう思い、教会に飾られていた天使の像を思い浮かべて口にしてみる。
次の瞬間、オーブの言葉を耳にしたその天使様はまるで大輪の花のように笑った。
誰もが見とれずにはいられない美しさで、その場を魅了してみせたのだ・・・。
『面白い。みんな、私は天使になったようだよ?』
精霊たちが同調するように愉快そうに笑い、小さな妖精たちは一層輝きを強める。
くすくすと楽し気に笑いオーブを見つめる瞳は優しくて、今思い出してもやはり美しいとしか言えなくて。
花のように微笑む記憶の中の彼女は圧倒的な魅力に満ちあふれていた。
※※※
それがアルバと最初の弟子となるオーブとの最初の出会いであった。
まさか、それからの長い人生を師弟として、またオーブにとって育ての親として過ごすことになるとは、アルバもそしてオーブも思いもしなかった。
オーブは語る。
「あれは『運命』だったのじゃ・・・」
「ねぇ、オーブ。まだ起きてもいない未来のことを心配しても仕方がないから、成り行きに身を任せることも時には大切なのよ?」
かつてオーブより更に鮮やかな紅い髪を持った人は、先の心配事ばかり考えがちな弟子の自分にそんな話をしてくれたことがあった。
「明日は明日の風が吹くってね。」
そう口癖だった彼女が咲き誇る大輪の花のように笑う姿は今なお心から消えることはない。
※※※
「あれから三百年も経つのか・・・」
ずいぶん歳をとったものだと苦笑しつつ玉座の間にて呟くと、オーブの片腕にまで成長した実の娘でもある王宮魔法士団の団長シアが軽く首を傾げて不思議そうに声をかけてくる。
「おや、珍しい。陛下、考え事ですか?」
思えば、シアが自分を「母様」と呼ばなくなったのはいつからだったか?父親に似て癖のある短く刈り揃えた黒髪に紫と紺色のオッドアイを持つ娘を目を細めて眺めやる。
結局、長い人生を生きてきたがオーブの紅い髪に橙色と薄紅色というオッドアイは三人の子供たちには受け継がなかった。弟子であるマリウスは紅い髪の双子を授かったようだが。
「ちと師匠のことをな。思い出していたのじゃ。」
紫と紺色の瞳を瞬かせて遠慮がちに「それは大魔女アルバ様のことでしょうか?」と尋ね返してくるシアに、「そういえばシアには師匠のことを話したことがなかったのじゃ」と思い返す。
「ただの一度たりとも魔法でも剣でも勝てたことなどなくてな・・・。最期まで我ら弟子たちは師匠の首枷にしかならなかったのじゃ。」
それは自分を含める七賢人と呼ばれるもの全員に刻まれた悔恨という名の後悔の念。誰もが口に出さないだけで思っていただろう事実。
「まるで奇跡のように美しい人だったのじゃ。心も魂もな・・・」
オーブは語る。初めてアルバと出会った日のことを。
※※※
からからに乾いた痩せた大地。どこまでも続く広大な砂漠の中にわずかに残ったオアシスに囲まれポツンと存在する貧しい村。それがオーブの生まれ故郷だ。もう名前も思い出せないその村の唯一の教会に併設された小さな孤児院でオーブは育った。親の顔は知らない。
血のように紅い髪は不吉だと恐れられ、また常人と異なる橙色と薄紅色のオッドアイは見る者に恐怖の念を抱かせた。孤児院では話しかけてくるものもなく、オーブの世話をする者もいなかった。粗末なボロボロの薄汚れた服とわずかな食事ともいえない一日一食の不味い黒パンに具のないスープが出るだけという生活でよく生きていたものだと今更ながらに感心する。
ある年、日照りが続きとうとう村のオアシスが枯れ始めた時に村の誰かが言った。
「水の精霊様に生け贄を捧げよう」
「あの紅い髪の娘がよかろう」
水の精霊が清い心を好むのはよく知られたこと。本心は気持ち悪い忌み子を殺す大義名分が欲しかっただけだと今ならわかる。
そもそも水の精霊は人間の生け贄など欲しがらないし、むしろそのような真似をする人間を毛嫌いするのだ。
枯れ木のようにガリガリに痩せ細った幼いオーブに目隠しと白装束を着せ、縄で縛られてオアシスの前に作られた祭壇まで、村の大人たちに引きずられるようにして連れてこられたオーブは、その時初めて死を意識した。
恐怖に身を縮ませて、全身を震わせながらオーブは思った。
「あぁ、一度でよいからお腹いっぱい飯を食べたかった」と。
だが、運命はオーブを見捨ててはいなかったのだ。
冷たい刃がオーブの首にあてられる寸前、鈴を転がすかのような美しい声が辺りに響いた。
※※※
『その娘、要らぬというなら私が頂こう』
まるで雷に打たれたかのような衝撃とはこういうことを指すのかと、村人全てが一斉に跪くほどの圧倒的な何か。
美しい声だというのに聞くものに畏怖の念を抱かせる少女の声が耳に響く。
気づけば、他の村人と同じように地面に跪いたまま茫然と上空を見上げていた。目隠しが小さな妖精たちによって外されて、細い体を縛っていた縄が切られ自由の身になる。しかし、オーブは動けずにいた。
『精霊たちが騒いでいているから何事かと思えば、魔物よりたちの悪い醜い虫けらどもがいたわ』
精霊たちを周囲に侍らせて、宙に浮かぶその紅い髪の少女は侮蔑を込めた声音で村人に言った。
(この少女に逆らってはいけない)
そう本能が村人すべてに告げていた。
小さな妖精たちがくるくると踊るかのように少女の周りを包み込み、キラキラと輝く光を放って神秘的な光景を作り上げていたが、どんなに美しい光景であろうとも村人にとっては逆に美しすぎて恐怖でしかない。
そんな中、逆にオーブは不思議と恐怖が和らぐのを感じた。自分と同じ紅い髪を初めて見た驚きもある。だが、それ以上に、少女の瞳はまるで蒼天のごとく澄み渡る青い右目と豊かな緑を連想させる緑の左目。そう……オッドアイだったのだ。
オーブは今まで自分以外のオッドアイの人間を見たことも聞いたこともなかった。また紅い髪でも夜明け前の空を思わせる鮮やかで艶やかな髪は命の色をも彷彿とさせ、オーブとは全然違って見えた。
「天使様・・・?」
もしかして、人間ではないのだろうか?そう思い、教会に飾られていた天使の像を思い浮かべて口にしてみる。
次の瞬間、オーブの言葉を耳にしたその天使様はまるで大輪の花のように笑った。
誰もが見とれずにはいられない美しさで、その場を魅了してみせたのだ・・・。
『面白い。みんな、私は天使になったようだよ?』
精霊たちが同調するように愉快そうに笑い、小さな妖精たちは一層輝きを強める。
くすくすと楽し気に笑いオーブを見つめる瞳は優しくて、今思い出してもやはり美しいとしか言えなくて。
花のように微笑む記憶の中の彼女は圧倒的な魅力に満ちあふれていた。
※※※
それがアルバと最初の弟子となるオーブとの最初の出会いであった。
まさか、それからの長い人生を師弟として、またオーブにとって育ての親として過ごすことになるとは、アルバもそしてオーブも思いもしなかった。
オーブは語る。
「あれは『運命』だったのじゃ・・・」
20
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
本当の外れスキルのスロー生活物語
転定妙用
ファンタジー
「箱庭環境操作」という外れスキルしかないエバンズ公爵家の長男オズワルドは、跡継ぎの座を追われて、辺境の小さな土地を与えられて・・・。しかし、そのスキルは実は・・・ということも、成り上がれるものでもなく・・・、スローライフすることしかできないものだった。これは、実は屑スキルが最強スキルというものではなく、成り上がるというものでもなく、まあ、一応追放?ということで辺境で、色々なことが降りかかりつつ、何とか本当にスローライフする物語です。
犬の散歩中に異世界召喚されました
おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。
何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。
カミサマの許可はもらいました。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
ちっちゃくて可愛いものがお好きですか。そうですかそうですか。もう十分わかったので放してもらっていいですか。
南田 此仁@書籍発売中
恋愛
ブラック企業を飛び出すように退職した日菜(ヒナ)は、家で一人祝杯を上げていた――はずなのに。
不意に落ちたペンダントトップへと手を伸ばし、気がつけばまったく見知らぬ場所にいた。
周囲を取り巻く巨大なぬいぐるみたち。
巨大化したペンダントトップ。
あれ?
もしかして私、ちっちゃくなっちゃった――!?
……なーんてね。夢でしょ、夢!
と思って過ごしていたものの、一向に目が覚める気配はなく。
空腹感も尿意もある異様にリアルな夢のなか、鬼のような形相の家主から隠れてドールハウスで暮らしてみたり、仮眠中の家主にこっそりと触れてみたり。
姿を見られたが最後、可愛いもの好きの家主からの溺愛が止まりません……!?
■一話 800~1000文字ほど
■濡れ場は後半、※マーク付き
■ご感想いただけるととっても嬉しいです( *´艸`)
転生したら幽閉王子でした~これどうすんの?
サクラ近衛将監
ファンタジー
神様の眷属の過失が原因の事故に遭って死んだ桜庭雄一が異世界に転生したら、とある国の忌避すべき王子として幽閉されていた。
転生にはチートがつきもののはずだが、事故で死んだ者が300名を超えるために、個別にチートは与えられず、転生先の者の能力を生かせと神に告げられている。
「神の加護」ではないけれど、「恩寵」が与えられているので、当該異世界では努力を為した分、通常に比べると成果があるらしい。
これはとある国の幽閉王子に転生した男の冒険譚である。
原則として、毎週月曜日20時に投稿予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる