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1章 1節 仲間と成長の時間 《ディスペア編》

S第18話 教官達の会話

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「あれ?3人とも集まってどうしたの?」

ディスペア最上階に位置する訓練場全体を見渡せる用に作られた教官や施設員専用の食事スペース。
その一角に魔術訓練担当のルカ、座学担当のローガン、普段こちらには滅多に顔を出さない医務室勤務のミナが座り何やら話していた。

「おつかれさま、何の話をしてるんだい?」

「あっキーパーさんお疲れ様です、アレですよアレ」

ルカが窓から見える身を乗り出し訓練用の広場の方を指さす。

広場では激戦が繰り広げられていた。
魔術が縦横無尽に飛び交い訓練用の木剣の音が鳴り響いていた。

そしてその攻撃の中心には上半身裸の大男、
《堅牢》の2つ名を持つジェイケル・マクハンド教官が仁王立ちで大地を踏み締めていた。

「そう言えば特殊訓練の時間ですか」


「ですです♪いつ見てもジェイケルさん凄いですよね~、
全訓練生の攻撃相手に1歩も動かないんですもん」


ルカが楽しそうに言う。


ジェイケル・マクハンド教官の特殊訓練、
それは訓練生の最初の障害。

ここにやってくる者たちは魔界の実力者、権力者の子供が何故か多い。

おそらくここを卒業した訓練生がいずれも大きな活躍をして優秀だからだとは思うが…

巣立った者たちは問題児だらけと言う点を除けば…だが

まあそれはいい、
活躍した卒業生に憧れた子供や、
自分の育った場所に子供を入れ、
そして再びとその子供を…と言ったように循環している。



そして今回入った訓練生で考えると割合としては実力者2割の6割が権力者そして憧れの興味本位が2割と言った所だろうか?

先が思いやられる数ヶ月先には半分以下になってそうだ、
実力者と興味本位で入ってきた訓練生はそこそこ生き残れるだろうが、
過半数を占める権力者の子供が厄介だ。

ここに来る前から親が常識的で尚且つ実力者を持っているか戦場の怖さを知っておりで、
子供にしっかりと力を振るう意味、そして何のために戦うのか、
そして世界にはどれほどの強敵が蔓延っているのかなどをしっかりと教育という観点からして説明していればいいのだが。

殆どの親がそれに当てはまっていない、
その親と子らの共通点と言ったら当然かのように自尊心…プライドが高い。
そしてここディスペアに入るまでに武術や魔術を齧った程度の者でも自分は強いと勘違いし、
弱者に力を振るいさらに見下している。

なぜなら彼らの親がそうしていて、自分の子供を可愛がりすぎ、
厳しさを教えていないからだ。

親も戦場に出たことすらない素人ばかりだろう。

今ではクローヴィアの魔王に限っては実力主義を掲げ、実力相応の身分を与えられるようになったが。
それまでは魔界全土で家柄を基準にしていた。
親が権力者ならば子もそれなりの地位に付き、
ただの農民などならば一生上の者に搾り取られる運命だった。

それが実力主義に変わったことによって、
農民などが兵士になり手柄を得れるようになり活躍の場が出てくる事が多くなった反面、

家柄と実力が見合わず落ちぶれるものが多く、
家から勘当される権力者の子供も多く出た。


実力主義に変わった事でたとえ高い地位で権力を振りかざし牛耳っていたとしても、
実力がなければ地方の鉱山送りと言うのも十分に有り得る。

子供ならまだいくらでも成長の余地があるが、既に成長しきった大人ならば悲惨なものだ、
傲慢でプライドが高く、下のものにいびり散らかし、
まともに仕事もせず…出来ないの間違いか。

そんなダメな大人になる者を少しでも減らすように
特殊訓練ではプライドを叩き折る所から始める、
自分の得意魔術や得物を使い、相手が無傷で立っていたらどう思う?

苛立ち、焦燥、敗北感そんな思いが自身を襲うだろう。

既に大勢の訓練生がそれに耐えきれず打ち砕かれここディスペアを出て行き、
何時しか権力者の子供が来ることは少なくなった。
それでも6割なのだが、王都に比べればマシだ。

そしてこの訓練を最後まで生き残れたものは…


「キーパーどうやら、あなたの予想は当たったようね?」

ミナが一瞬外に目を向け言った。

「予想って?」

「例の新人くんが最初の特殊訓練で残るか残らないかよ」

窓の外に目をやると、
ジェイケルさんを囲うように複数の訓練生が立っていた、
その中に例の少年、ハイルもいた。

「だろうね、僕と対峙した時もペース配分はまだまだ未熟だったけど最後まで地に足を付けていた、
だから特殊訓練ぐらいで根を上げてちゃこれから生きていけないよ」

「でもな~あれじゃジェイケルさんに勝てませんよ~」

ハイルはジェイケルさんの胴体から手先、足先、
頭から足に至るまで一点ではなくバラバラに攻撃を当ててちた。

おそらくジェイケルさん魔術《身体強化スケイル》の装甲の薄い場所を探しているのだろう。

前に聞いた話だがあの魔術を剥がせた者は今の所2人だけらしい、
1人は先代の絶対魔王、そしてもう1人は名も知らぬ戦士らしい、

彼がまだ先代の絶対魔王に忠義を尽くしていた時、
突然ふらっと彼の前に現れ、戦いが終わった後いつの間にか居なくなっていたらしい。

彼いわく剣を振れば閃光と共に雷鳴が鳴り響き雷の竜のようなものが自身を襲ったのだと、
身体は焼け焦げいつの間にか地に倒れていたと。

たった一振で自分を倒した程の相手だ何処かの魔王軍か名のある武人であるに違いないと情報収集をしたが一切情報は集まらなかったらしい。



「…キーパーさんは彼と剣を交えてみてどう思ったんですが?」


「っ、え?ああそうだね。
彼と剣を交えて…か、荒削りではあるが悪くは無かった、
少なくとも型を持った動き方じゃない、臨機応変に対応できる立ち回りだった、
滅多に剣を両手で握らないのも何かの策だと思う。
相手が目で捉えられないくらいに素早く動き回り相手を翻弄し死角を付き疲労を狙う。

短期決戦型と言うより中から長期かな、
体力面が少し心配だけどあそこまで動ければ後は成長しだいって所かな」

だが最後の一撃が引っかかっていた、
大技を繰り出すと見せかけ、構えた隙を付く、
それ自体は幾度も見てきた。
あの攻撃もいつも通り対処出来る"はずだった"
だが剣を振り上げた瞬間迷いが生まれた、
戦場での迷いは死に繋がる。
そしてそれを見透かしたように彼は口元に笑みを浮かべ次の瞬間背筋が凍る感覚に襲われた、
恐怖を感じ取ったのだ。


彼の目は黒いはずなのにその瞬間だけ赤く光っているように見えた、
彼の姿を例えるなら飢えた獣、捕食者、狩る者。
そして自分が無惨に命を散らしている姿が脳裏を過ぎった。

何とか頭から振り払い恐怖から開放され瞬時に今からでは振り下ろしても間に合わないと判断し後ろに飛んだ、
そしたら彼はいつの間にか目の前に急接近していた、
後ろに砂煙が存在する。

おそらく彼は後ろに引くことを読み、
横凪に降った剣を途中で止め自分の正面、
剣を地面に平行になるように構え、
地面を前に蹴り飛んだのだと予想する。

そして剣が胸に当たる直前死を覚悟した、
持っているのは訓練用の木剣なので死ぬことはないのだが、
後ろに飛ぶのと、前に飛ぶのでは後者の方がスピードが出る、
相応の怪我を覚悟し目を瞑ったが、

トンという軽い音とともに何かが胸に振れそれ以上衝撃が来ることは無かった。
目を見開くと確かに胸には剣が当たっていたがそれだけだった。

そして悟る、最後に手加減されていたと、
剣が当たる瞬間剣を後ろに引き衝撃を最小限にしていた、
彼の顔が身体にもう少しで触れてしまうほど近かったのが証拠だ。


「…自信なくすな」

思っていたことが口から流れる

「そんな事ないですよ、キーパーさんは凄いですよ!教官だけではなくいつものお仕事の他に所長の右腕としても頑張っているんですから!!」

「…本来なら僕とジェイケルさんで完全にプライド取り除くつもりだったのに」

最初に僕が相手して実力差を思い知らせ特殊訓練で完全に叩き折る…はずが今期は2人に負けてしまった前代未聞という訳では無いが、その度に自分の実力不足に悩まされる。



「あなたは最近は外に出てないんだから身体が鈍っているのは仕方ないわ」


…とため息をつきながらミナが言う。

「ですです!しょうがないですよ、ジェイケルさんと違ってここらディスペア周辺の森などの警備を任されてるんですもん、
最近は《ファントム》が多いって聞きましたしあの子たち相手と勝手が違いますもん」

ファントムとは200年程前から現れた幻影のような存在で、
見た目は黒い霧を纏っている獣のようなもので実体が無いので武器での攻撃は意味がなく、
魔法を纏った攻撃なら効果があるという正体不明の生物だ。

奴らは暗い場所で主に活動しここらは森があり影ができる場所が多くあるのでので目撃数が多い。

襲われた魔族が揃って魔力切れの症状をを起こしているのは原因は正確にはわかってないが奴らのエネルギー源は魔力だと予想している。

その危険が訓練生や職員に及ばないよう訓練がない時間は基本的には防衛隊長を任されファントムの対処に出ている。

…それに最近はファントムの目撃情報が多くなっている、
魔力を吸収したことによって個体数を増やしたのかは分からない、
調べられればいいのだが捕まえようにも実体がないので捕らえることは出来ないから奴らに関しては分からない事が多いのが現状だ。

「…にしてもジェイケルの奴、毎回特殊訓練の度に小さな傷程度でこられても困るのだが」

やれやれと困ったように広場のジェイケルさんを見るミナ。

「それは私たちにじゃなくて本人に言ったらどうですか?」

今まで会話に参加していなかったローガンが発言する。

「もちろん言ったさ、だがあいつときたら
『傷口から悪いものが入った可能性もある、専門的な知識を持っているお前に見て欲しい』の一点張りだ、
単に消毒して新しい包帯を巻けばいいだけの素人でもできる簡単な作業だそ?
あいつはそれすら出来ない脳筋体細胞では無いはずだが」


「あっ私閃いちゃいました!!うっふふ~」

何やらルカがにやにやした顔でルカとジェイケルさんを交互に見ている。

この顔は何か企んでいる顔だ…
しばらく監視が必要か?

キーパーは頭を悩ましたが、
理由を知りさらに懐柔されるのはまた別の話。
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